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第二十話

「おわぁ!? な、何だぁっ!?」


 大きな爆発音が鳴り響き、衝撃で病室の窓が微かに振動する。

 驚き、総真はベッドから転げ落ちそうになりながら、慌てて窓の外へと顔を向けた。

 目を凝らす。左目の義眼が意思に応じてオートフォーカス、遠方の景色を鮮明に映し出す。

 見えたのは市街地からもうもうと立ち昇る、真っ黒な煙の筋。


「事故か? でもあの爆音……車でも爆発したのか?」

「分かりません。此処からでは障害物が多く距離もありますので、何とも……」


 部屋を出かけていたアルトリーナが、同じようにアイカメラを操作しながら眉を顰める。

 小走りで窓に駆け寄った西加が張り付くように外を見た。


「ふうむ。しかし音の大きさからして、言うほど離れてはいないようだが。多分煙が立ち昇っているのはオフィス街のある辺りじゃないか?」

「じゃあやっぱり車の事故か? 後は……火事? でもそれにしちゃあ、煙の元が低いか」

「そうですね。あの辺りには、民家は無いはずですし……」


 三人首を傾げ、あーでもないこーでもないと話し合う。

 この時はまだ、皆他人事だった。実際自分達には関係の無い事であるし、平和な日本に住んでいるのだからまず真っ先に事故を疑うのは当然の反応だ。


 その意識が崩されたのは三秒後。


「なっ……また爆発? おいおい、連鎖事故か?」

「いえ、それにしては場所が……」


 続けざまに起きた爆発によってであった。

 一つ目と二つ目の爆発はかなり近かったが、アルトリーナの指摘通り全く同じ場所と言う訳でも無い。一つ目の爆発とはどうも別件に思えた。


「おいおい、何だか嫌な予感がするな……。まさかテロとか? いやでも、もう世界大会は終わったしな。世界のVIP達もとっくに帰っているだろ?」

「うむ、今のこの街はただ大きいだけで政府の主要機関も無い平凡な街だ。テロの標的になる事は無いと思うが……そもそも本気でそんな事をするつもりなら、世界が注目する大会期間中に行っているだろう」

「だよなぁ。じゃあ、やっぱり事故? でも――」


 そこで、三度目の爆発。更に四度目、五度目。

 今度は近場ですらなく、街の至る所から上がる爆炎に、未だ残っていた総真達の暢気な気分は吹き飛んだ。


「流石にこれは……事故で片付けるには異常過ぎるぜ。博士っ」

「分かっている。今調べている所だっ」


 懐から小さな箱状の機械を取り出し、西加は急いでテーブルの上に置く。

 途端起動した箱から伸びた光がテーブル上に仮想のキーボードを、空中にディスプレイを展開させた。

 世間には発表もされていない特製の技術を使いながら、彼女は小さな指でキーボードを高速でタップする。幾つもの情報がディスプレイ上に流れて行き……西加が目尻を険しくする。


「どうした博士。何か分かったか?」

「……これを見ろ、総真」


 空中で指をスイング、流し寄越されたディスプレイを総真が見詰めれば、そこには見慣れたインターネットの画面と何かの動画。

 西加がキーボードをタップ。動画が再生される。


『この動画を見ている諸君。我々は、『ニュルメグルスタ』のメンバーである』

「ニュメル……ごほんっ、ニュルメグルスタ?」

「確か何処かの宗教で……『世界の終わり』を意味する言葉、だったと思うぞっ」


 画面では奇妙な白服に身を包んだ複数の男女が、ぴっしりと背筋を伸ばした格好で此方に語り掛けて来ていた。

 代表なのだろうか。中央の厳つい男が基本、語り手のようだ。


『我々は兼ねてより考えていた。今、この世界はっ。滅びるべき運命にある、と!』

「……な~にとち狂ったこと言ってんだこのおっさん。てかこれ、良く見たら配信されたの五分前かよ!」

『世界は……いや、人は今、あまりに汚染され過ぎているっ。君達にも分かるだろう。世界を見渡せば、何処にだって転がっているものだ。人の醜さ、愚かさというものはっ』

「なぁ博士。この動画が一体、何だってんだ?」


 熱を増す演説を半ば無視して総真は問い掛ける。

 街で起こっている騒動について調べていたはずなのに、頭のおかしいおっさんの演説を見せられて正直困惑していた。

 だが西加はそんな彼の心に気付きつつも取り合わず、動画を見ろと身振りで促す。

 しょうがなく視線を戻し……耳に入ってきた言葉に、総真は目を見開いた。


『故にっ。私達は、世界の浄化を決行する事にした。その為の手段は既にある。そして決行するのは日本……××市!』

「はぁ? それって……此処かよぉ!?」


 驚きつつも漸く総真は理解した。

 何故この街が選ばれたのか、それは分からない。だが今、街で起きている爆発騒ぎは……恐らくは彼等の仕業であるのだ、と。


『冗談だと思っているのならば、その愚かさを悔いる事だ。我々は間違いなく本気であり、そして事実である。恐らく君達がこの動画を見ている時……既に事は始まっているだろう。あらゆるメディアで確認出来るはずだ』

「ネットニュースによればだがっ。どうやらこの街の市街地で、警察とこのニュルメグルスタとかいう宗教団体の二つが争っているらしい。銃は勿論爆発物まで持ち込んでいるようだ、先程からの爆発はそれが原因だなっ」

「おいおいおい、じゃあガチのテロリストって事かよっ」

「いえ、彼等に政治的表明はありません。どちらかと言えば、一種の終末思想かと」


 アルトリーナの冷静な言葉を聞きながら、総真は頭を掻く。

 目覚めたと思えば行き成りこれとは。突然過ぎて、全く頭が働かない。

 そうして戸惑っている間に動画は進み――


『人は、世界は一度滅び、そして偉大なる神によって救済され、創り直されるべきである! その為に我々は一度、世界を破壊する。見よっ! 彼こそが我々の核たる協力者であり、神が世界の浄化を願っている証である!』

「は? おい、あれって……丹羽鹿野比呂!?」


 男に促され新たに画面の中央に出てきた青年に、総真は見覚えがあった。

 忘れる訳が無い。つい十日ほど前に街で出会い、戦いあった仲なのだ。その特徴的な肉体も含め見間違えることなどありえない。


「どうしてあいつが。確か世界大会を棄権したって……」


 そこで総真はハッとした。

 彼が世界大会を棄権した理由。『個人的事情』に、予想が付いたからである。


「まさか、これに協力する為に――?」

『我々が兼ねてより研究していた世界の浄化方法。それを実践するに最適な人材である彼の存在こそ、神が浄化を願っている証に他ならない! なれば我等は彼をこの世界に産み落とした神の意思を受け、浄化を決行する!』

「博士っ。奴等は何をしようとしてるんだ? まさかただ街中でドンパチ起こしただけで世界が破壊される訳じゃないだろう?」

「……それに関してだがな、総真。空を見ろ」

「空?」


 促され、もう一度窓から外を見る。

 今度は視線を上へ。そこで、先程までは無かった奇妙なものを見つけた。


「なんだ、あれ……。世界が、裂けてる?」


 そうとしか表現しようの無いものだった。

 青空に巨大な、空間の裂け目が出来ていたのだ。肉食獣の口のように獰猛で恐ろしい歪んだ空間。中は良く分からないが、雑多に多色が混じった空間になっており、どう考えても周囲から浮いている。

 思わず総真は息を呑んだ。それだけの迫力、異常さがあの裂け目にはあったのだ。


「何なんだあれは。一体どうなってんだよ、博士!」

「落ち着け、総真。と言っても無理だろうがな。……あれはお主が感じた通り、世界の裂け目だ。正確には時空の裂け目、と言った方が正しいがなっ」

「時空の、裂け目?」

「うむ。見ろっ」


 言葉に従いディスプレイに視線を戻す。

 動画は、既に佳境に入っていた。


『優れた時流者である彼を中核に、我々が研究した時流至断理論の新たなる境地。これを組み合わせることで、世界に時空の異常を巻き起こし……世界を裂くっ。この異常は瞬く間に広がり、間も無く世界中を巻き込み崩壊へと導くだろうっ』

「嘘だろ……? そんな事……」

『有り得ない、と考える者も居るかも知れない。だがっ! 我々は事実として、これを成功させる確信がある! 時空は徐々に崩壊し……この世界は一度、消滅するのだっ。最早止める事など、誰にも出来ん!』

「は、博士。実際どうなんだ、こいつ等の言っている事はっ」


 慌てて、総真は西加の肩を揺さぶった。


「おおおおおい、放せ総真っ。そそ、そう揺さぶられては、話すものも話せんっ」

「あ、ああ悪い博士。つい焦っちまって……」

「少し落ち着け。……で、奴等の言っていた事だがな。悲しいが、事実だ」


 一瞬、頭の中が真っ白に染まる。

 が、直ぐに自分を取り戻し急いで捲くし立てた。


「事実ってどういう事だ西加! まさか本当にあいつらの言うとおり、世界は崩壊するってのかよ!」

「ええい、だから焦るなと言っておるだろう総真ぁぁああ! 後西加ではなく博士と呼べっ! ……はぁ。とにかくだな、このまま行けば本当に世界は崩壊する。これは揺るぎようの無い事実だ」


 ほら、と西加がディスプレイを切り替える。

 新たに現れたのは何かのデータ群であり、総真には理解出来るものではなかったが、不穏な空気くらいは辛うじて読み取れた。


「これは?」

「あの裂け目に関する調査データだ。研究室のレーダーと、国が観測している情報を合わせたもので、正確性は保障するぞ。このデータによれば確かにあそこに時空の異常が発生し、世界の裂け目が出来ている。しかも今尚、肥大化しているという有様だ」

「じゃ、じゃあこのまま行けば……?」

「うむ。あの裂け目が一定の大きさにまで至った時。時空の歪みは世界の許容量を超え……この世界は崩壊するだろう」


 バラバラと、硝子のように世界が砕け散らばるイメージが頭に浮かぶ。

 一瞬、総真は言葉を失った。しかし直ぐに気を取り直し、打開策を問い掛ける。


「何とかならねぇのか博士っ。いや、何とか出来るんだろう!?」

「……正直難しいな。どうやらあの空間の歪みは、内部で強力な時流者――恐らくは丹羽だろう――が制御し起こしているものらしい。崩壊を防ぐには中に入り、直接制御者を止めるしかないが……」

「何が難しいんだ。軍隊なり時流者なりを大勢派遣すれば良い話だろ? 丹羽は確かに強いけど、それだけだ。この宗教組織もそんなに大規模じゃないみたいだし……数で押せば何とか成るだろ」

「そうも行かないのです、総真様」

「アルトリーナ?」


 何時の間にか窓を開け、上空の裂け目を凝視していたアルトリーナが口を挟む。

 どうやら、時空の歪みに関するデータを採取しているようであった。既存のものだけでは不足だったのだろう。頭の両脇からアンテナのような装備が出ている。


「一体何が駄目なんだ」

「あの裂け目は、非常に強力な時空の歪みによって生まれたものです。当然、内部の時流の異常は時流者が通常操るようなそれとは全く違います」

「それが……?」

「通常兵器では、中に入った瞬間に歪みに圧し潰されてしまいます。人間も同様です。また、時流者に関してですが……」


 視線を受け、西加が言葉を継ぐ。


「時流者でも、無理だな。完全に時流が狂っている。時粒子を使えば辛うじて圧し潰されることは防げるだろうが、それだけでは移動手段が無い。あの内部は言ってしまえば空気のある宇宙空間のようなものだ、推進装置がなければ止まってしまうぞ」

「じゃ、じゃあ強力な爆弾を投げ込む、とかは?」

「裂け目の中は相当な深さです。観測出来た情報からの予測では六百km近い深さがあり、これは東京―大阪間の距離にほぼ等しいものとなります。爆弾が空間に入った瞬間に圧し潰されてしまう事を考えると、奥に居ると思われる丹羽さんに爆発を届けることは不可能かと。同様の理由で、あらゆる遠距離攻撃は無効です」

「加えて、あの空間はどんどんと深度を増しておる。時間が経てば経つ程、丹羽は遠ざかるだろうな」

「え? 時流者は中じゃ動けないんじゃないのかよ?」

「丹羽がもしそうだったのなら、今頃一kmと行かぬ場所に居ただろうな。外からの観測も出来ただろう。が、実際にはまるで人の影が見えぬ。奴は恐らく、相当の深度に居るはずだ」

「この事から、丹羽さんは何らかの移動手段を持っていると思われます。此処からは推測ですが、制御者である丹羽さんだけは、内部を移動することが可能なのかと。それによって奥の安全な場所に籠もっているのでしょう」

「ずっる、そんなんありかよ……! あ、そうだ、クララならどうだ!? あいつなら他の物質に時粒子を付与出来るだろ。それを使えば!」


 妙案を閃いた、という様子の総真に、しかし西加は首を振る。


「無理だろうな。彼女のそれは大型の物には使えん、ヘリや飛行機にまでは時粒子を付与し切れんのだ。それともジェットパックでも装備するか? そんなもので数百kmの距離を踏破し、かつ逃げ続ける丹羽に追いつけるなら、だが」

「じゃ、じゃあっ! 俺ならどうだ!? 俺と、トーレン・ライドなら……」

「それじゃあ時空の歪みに圧し潰されるだけでしょう。話を聞いていなかったんですか? いえ、聞いた上でもう頭から抜け落ちたんですね。鶏以下です」

「へ? え、冷夏? お前帰ったんじゃあ……」


 ひょこ、と扉の陰から顔を出し早速毒舌を吐く少女に、総真は驚きを露にした。

 はぁ、と溜息を吐きながら、少女が部屋の中に入ってくる。


「そうしようと思ったんですが。何やら外が物騒なことになっている上、時空までおかしくなっていたので。とりあえず博士に聞こうと此処まで戻ってきたんですよ」

「その割りには大分早くから話を聞いていたようだが。冷夏お主、ずっと扉にでも張り付いていたのか?」

「……いえ、別に。入り辛かったとか、そんな事はありません」

「本っ当に素直じゃないの、お主……」


 呆れる西加だが、今はそれどころではない。

 万策尽きた事を悟り、総真は歯噛みし思わずベッドを叩く。ボスン、と気の抜けた音に皆の注目が集まり、気まずげに頭を掻いた。


「とにかく、このままじゃあ世界が滅んじまうんだろ。行き成り過ぎてどうしたら良いのか分からねぇけど……国から何か無いのか? 避難命令とか、こう対処しますーとか」

「国の方も混乱しておる。繋がりのある政治家達にも連絡を取ってみたが、むしろ私の方が頼られた位だ。対処法などまるで見当が付いていないだろうな」

「マジかよ。じゃあこのまま世界が滅ぶのを、黙って待って居ろってのかっ?」

「…………」


 西加は何も答えない。

 顎に手を当て考え込んでいるようであり、そんな彼女に総真がこれ以上言える事など何も無かった。

 何せ彼女は稀代の天才なのだ。自分とは頭の出来がまるで違う、アドバイスなど以ての外。出来るのは待つ事だけだ。

 一秒、二秒、沈黙が場を制し……絹を裂くような悲鳴に、弾けるように顔を上げる。


「今の……この病院の中からだっ」

「まさか此処にまであの宗教団体が? だとしたら面倒ですね」

「落ち着いてる場合かっ。もし本当にそうなら、誰かが襲われてるって事だぞ!」

「あ、総真様! まだ激しく動いては――」


 アルトリーナの制止を無視し、総真は病室から飛び出した。

 廊下に出て直ぐに左右に視線を巡らせる。義眼に表示された先程の悲鳴の分析結果から声の元を特定し、素早く左の通路を駆け抜け、階段を一気に飛び降りる。

 そうしてあっと言う間に辿り着いた一階のロビーでは、今正に銃を構えた男に撃たれようとしている、小さな少女とそれを庇う母親の姿があった。


「――トーレン・ライド!」

――Data Set Ready,Go!――Top One!――


 ほとんど反射的に叫ぶ。

 視界と思考が急速加速。長期間眠っていたせいか、義眼に表示される身体の状態は決して良いものではなかったが、無視して噴射口を稼動させる。

 病衣を引き裂き現れた鋼色の口から、リージェネレイト・エネルギーが放出された。それは小さな引き金が絞られるよりも速く、総真を男の元まで到達させる。


「っらぁ!」


 気合一閃、拳が男の身体を吹き飛ばす。

 そのあまりの速度と威力に、男は容易く意識を手放した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 安堵と共に荒い息を吐く総真。

 改めて窺った親子は特に怪我もしていないようで、暴漢もあの男一人であったらしく、一先ずの安全は確保出来たらしい。

 つい、力が抜け掛ける。彼が真っ白な天井を見上げ細い息を吐いている間に、力のありそうな男性達が率先して、気を失った男を拘束していた。


「無事かっ、総真!」「総真様!」


 助けた親子にお礼を言われていた総真は、聞こえて来た声に振り返る。

 階段を、西加とアルトリーナが駆け下りてきていた。後ろには渋々といった様子で付いてくる冷夏も見える。

 軽く手を上げて応え――この日三度目の衝撃。


「げふぉっ! お、おい博士。だから飛びつくなと……」

「煩いぞ総真ぁぁぁああああ! 全く、お主は。喧嘩や試合とは違うのだぞ! もうちょっと慎重に行動しないかっ!」

「そうです、総真様。ただでさえ起きたばかりで、体調も万全とは言い難いのですから……」


 二人の言葉や行動が心配から来ているものと分かり、総真は気まずげに頭を搔く。

 自分でも、無茶な行動をしたとは自覚していた。それもクララとの試合の時のようなものではない、命を失っていたかもしれない無茶だ。

 だがそれでも、総真の心には反省はあっても、後悔は無い。


「悪い、二人共。でも許してくれ、おかげで助けられた命もあるしな」


 ちらり、既に離れた親子に目を向ける。

 抱き合い涙を流すその姿は、とても尊いものに見えた。親を亡くした自身だからこそ余計にそう思うのだろうか。

 ぐしり、涙を拭った西加が抱きついたまま見上げてくる。


「それは分かる。だがこれ以上はよせ、暴漢に対処するのは警察の仕事だ」

「いや、でも……。俺のこの力があれば、今街で暴れている連中だって」

「それが駄目だと言うのだ、総真っ! 良く考えろ。仮にお主が銃を持っていたとして、強盗が現れたという現場までわざわざ出向いて、犯人達を撃ったりするのか?」

「それは……」

「その行動が悪を討ち、誰かを守る為のものだとしても。それをして良いのは、正しく権利を持つ者だけなのだ。少なくとも一般市民であるお主では無いっ」


 はっきりと言い切られ、総真は押し黙る。

 確かに西加の言う通りだった。力を持っているからといって何でもして良い訳ではない。例え正しくともしてはいけない事もある、それが社会というものなのだ。

 総真とてもう高校生、その位は理解出来た。出来たからこそ歯噛みし、拳を強く握り締め葛藤する。


(それで良いのか。それで――)


 まだ大人に成り切れず、かといって子供らしい純粋さも捨て切れない。

 それが、四速総真という少年なのだ。それは時に美徳ではあるが、今この場に置いては彼や周囲を悩ませる無用な種でしか有り得なかった。

 西加が厳しい目を向ける。アルトリーナの瞳が何処か不安に揺れていた。冷夏は暢気にロビーのテレビでニュースを見ている。

 そんな彼女等を余所に沈黙を続ける総真だが……そうこうしている内に、西加の懐から突然、軽快な電子音が鳴り響く。

 彼女は少し迷ってからその電子音に――電話に出た。簡単な応答を繰り返し、直ぐに通話を切る。


「街の方が終わったそうだ。警察お抱えの時流者が活躍したらしくてな、無事犯人達は確保出来たらしい」

「そう、か。……なら良かった」


 再び安堵の息を吐く総真。

 まだ肝心の、時空の歪みが解決した訳では無い。けれど目先の問題が解決した事を、今は素直に喜びたかった。


(もし、まだ街の件が解決しそうになかったら。俺は……一体どうしていたんだろうか)


 その疑問の答えが出る事は、今は無い。

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