第十九話
「知らないてんじょ……いや、やめよう。このネタは流石に古い」
目を覚まし。総真は開口一番、自らの短慮を戒める。
見上げた天井は真っ白で、自らが横たわるベッドも真っ白だ。横に目を向ければ壁まで白く、窓から覗く青空と花瓶に挿さった赤い花がなければ色を失ったかと錯覚する所である。
ゆっくり、身体を起こす。妙に硬く、気だるい上半身を起こしきった所で、さて俺は何でこんな所の寝ているのだろうかと考えて。
「お見舞いに来てやったぞ、総、真……総真ぁぁぁぁああああああ!?」
「うぐぉ!? いきなり抱きついてくるな、西加!」
「それくらい我慢しろっ、あと博士と呼べと言っているだろう総真ぁぁぁあああああ!!」
ガラリと扉を開け入って来た幼女に、激しいボディタックルを受けるはめになった。
耳元で甲高い叫びを上げられ総真は咄嗟に耳を押さえ。そこで部屋の入り口に立ち尽くす、ロボット女性の姿を認める。
パサリ。彼女の持っていた花束が床に落ちた。
「あ、これ、やばいパターン……」
「総真様っ」
「あ、アルトリーナ――ぐほぁっ」
再びのタックル。器用に西加を避けた突撃が総真に突き刺さる。
支えていられず、ベッドに倒れこんだ。な、何がどうなってるの……と訳が分からず呆ける彼の目に、花束を拾う新たな入室者の姿が映る。
「れ、冷夏……これは一体、どうなってるんです?」
「これだけの状況で分からないんですか……? はぁ。察しの悪い馬鹿ですねぇ」
(あ、ちょっと安心した)
突撃してくる事もなく、何時も通りの毒舌で返してくれる少女に安堵。
未だ引っ付いている二人を優しく剥がし、再び上半身を起こして会話を試みる。
「そう言われてもな。えーと、確か俺は。そうだ、クララの畜生と決闘して……それで? 最後、どうなったんだ?」
「むむっ、記憶が混乱しているのか。無理もあるまい、限界まで力を振り絞った上、長い間眠っていたのだからな」
「長い間、って……そんなに?」
「うむ。今はあの決闘から一週間後だぞ」
「は? ……一週間んんんんんん!?」
驚愕のあまり、総真は目玉が飛び出るかと思った。
一週間。つまり七日も自分は眠っていたというのである。そりゃ、二人のあの反応も無理はないものだろう。
と、いうか。
「勝負、勝負の結果はどうなったんだ!?」
「お、落ち着け総真。そう肩を揺すられては、話すに話せんっ」
「あ、悪い博士。で! 俺はあいつに、勝ったのか!?」
「ふむ。それなのだがな」
ちょこん、と総真の膝の上に座り、西加はあの戦い結末を語り出す。
互いに気を失った事。直ぐに起きたクララが引き分けと宣言した事。改めて決闘を受け付けるという事。
一通り話を聞き、足りない記憶を補完した所で、総真はむむむと下唇を噛んだ。
「やはり不満か? 総真」
「あぁ……まぁな。引き分けなんて形じゃなく、すっぱり決着付けたかったってのが本音だよ」
「ふぅむ。ならば直ぐにでも再戦を申し込むか? 無論、実際に戦うのは体調が万全になってからだろうが」
「再戦か……いや。今は止めておく」
意外な返事に冷夏が目を丸くする。
一方、西加はやっぱりな、という表情で。
「一応、理由を聞いても良いか?」
「理由か。幾つか有るが……まず出てくるのは、今やっても勝てないって事だな」
「勝てない、ですか。しかし総真様は、辛うじてとはいえ今回の勝負を引き分けました。勝ち目は充分あると思われますが」
「それがそうでもないのさ、アルトリーナ。今回の勝負ははっきり言って、薄氷の上に成り立っていた勝負だ。特に不味いのが一度見せた作戦は多分もう通じないって事と、武装が足りないって事」
「武装……あの煙幕や、追加ブースターの事ですね」
「ああ。煙幕は一個一個博士のお手製で作るのに時間が掛かるし、トーレン・ライド・コンデンサーに至ってはもっと精密で手間が掛かる。そしてそのどちらも、今回の戦いで使い切っちまった」
「爆発物である煙幕は勿論だが、コンデンサーの方も中々に無茶な仕上げだったからなっ。使い切った時点で中身はボロボロ、一から新調しなくてはならないレベルだっ」
「と、まあ主力になりそうな二つはどちらも使い切りの武装だったのさ。それ等があってやっとまともに戦えたってのに、どっちも無い状態でまともに勝負になる訳が無い。こんな状態で戦っても勝ち目は薄いどころかゼロだよ、ゼロ」
肩を竦めながらも総真は言い切る。
自分は勝てないのだー、と悔しい事を言っているはずなのに、その表情はやけに清々しい。当然冷夏は首を傾げた。
「随分あっさりと断言するんですね。悔しくはないんですか? 情けなくはないんですか?」
「悔しいし、情けないよ。けどまあ、だったらもっと強くなってからまた挑めば良い話だからな。決闘の前にも言っただろ?」
「……その割に、決闘中は随分と必死で勝とうとしているように見えましたけど」
「ははは、それはまぁな。実際戦っている時は『絶対負けたくねぇ』『死んでも勝ってやる』って思ってたさ。けど……今はある程度、満足してるから」
「満足?」
眉を顰める冷夏に総真は右腕を小さく掲げ、
「おう。博士から聞いた話と、多少思い出した記憶の通りなら。煽り返す事こそ出来なかったけど、ぶっ飛ばせたからな。ちゃんとこの拳で」
「飛んでましたけどね。腕ごと」
「良いんだよ、何でも。とりあえずぶっ飛ばせたんだから」
そう言って総真は苦笑する。
確かに勝負の結果は引き分けだった。いや、ほとんど彼の負けと言っても過言では無いだろう。
けれど当初の、そして長年の目的であった『憎っき時流者のあん畜生を、己の拳でぶっ飛ばす』という目的は果たせたのだ。だからこそ今は悔しさよりも、情けなさよりも、充足感が心に満ちている。
一言で言えば『満足している』のだ。とりあえずは。
「勿論、何れリベンジは果たすけどな。けどそれは、俺とトーレン・ライドがもっと強くなってからだ」
「その頃には、相手も今以上に強くなっていると思いますが」
「上等だろ。倒す敵は強いほど燃えるってね。相手以上の速さで俺達が強くなれば良いんだ。な、西加」
「ああ、勿論だとも。あと博士と呼べと言っているだろう、何回言ったら分かるのだ総真ぁぁぁぁあああああああ!」
「いてっ。この、だからって一々殴るな、糞幼女がぁぁぁああああああ!」
「ああ。御二人共、病院ではあまり騒がない方が……」
ベッドの上で取っ組み合いを始める総真と西加、それをオロオロとうろたえながら止めようとするアルトリーナ。
あまりに何時も通りの三人組に思わず溜息を吐き、冷夏は近くの椅子に腰掛けた。ついでに手を伸ばしてテレビのスイッチを入れ、適当な番組に意識を移す。
『さて、世界大会の決勝戦が終わって一夜が過ぎました。結果はクララ選手の三連覇ということでしたが、土井谷さんはどうお思いで……』
「んっ? クララっ!?」
見過ごせない名前を聞き、総真もまたテレビの画面へと視線を移す。
そこにはありふれたお昼のニュース番組が映っていた。アナウンサーだの評論家だのがグダグダと話しているが、そんな事はどうでも良い。肝心なのは今年の世界大会の結果についてである。
「そうか、一週間も眠ってたって事はもう世界大会も終わってるのか。ってか、また今年もあの畜生の優勝かよ」
「うむ、私は一応全試合チェックしていたが、圧勝だったな。なにやら随分と調子が良く見えたぞ」
「はー? 調子が良い? 俺とあんだけ戦ったのにかよ。まぁまともに入ったのは最後のラッキーパンチだけだったし、仕方が無いんだろうけどよぉ……何か悔しいな、ちくしょー」
実際には引き摺る程のダメージが無かった事に加え、総真との再会を(ほぼ)確約出来た事で気力バッチリになった結果なのだが、当然彼は知る由も無い。
「あーあー、別に良いさどうでもー。俺は時流者じゃないし、あいつが時流者の中でどんな順位に居ようとやることは一緒だしー。でも何故か涙が出そうだから慰めてっ、アルトリィィィナッ」
「ぁっ……そ、総真様、以前もそうでしたが、その……私も一応女性型アンドロイドですので。胸に飛び込まれるのは、その……」
「え、あ~、悪いアルトリーナ。やっぱり不快だよな、調子に乗って本当にすまんかった」
「あ、いえ、嫌ではないのです。ただ、その……」
そこで如何なる技術か、博士謹製のアンドロイドは頬を薄っすらと赤く染め、微かに目を伏せ。
「は、恥ずかしい、ので」
「…………」
ズキューン。古臭い効果音と共に、総真の心は即座に撃ち抜かれてしまった!
「……ア……アルトリーナァァアアア!」
「っ、そ、総真様っ!?」
今度は抱きつくなんてものでは無い。思いっきり彼女を抱きしめて、総真は翡翠色の髪に頬ずりする。
「うぁぁあああ、やっぱりアルトリーナは最高だぁ。何故か俺の周りには、テンションいかれた喧し幼女とか、毒舌ばっかり吐いてくる電撃貧乳少女とか、おかしな女しか居ないんだ。でもっ、そんな世紀末みたいな世界にも希望は正しくあったんやー!」
「今すぐ撃ちます。なのでまず、アルトリーナさんから離れてください」
スタンガンを最大出力で構え、冷夏。
バチバチと電流が目に見えるほど火花を散らす。そんなものを見せられては、余計にアルトリーナから離れられる訳がない。
何時も無慈悲に電撃をぶっ放す彼女も、流石に何の罪もないアルトリーナまで巻き込む真似は出来ないのだ。総真相手にはたいした罪が無くてもぶっ放すが。
「冷夏、安心しろっ。アルトリーナは機械だからこそ、外部からの電撃には特別強く造ってある。その出力でぱなしても全く影響はないぞっ!」
「そうですか、安心しました。では早速……」
「ちょ、ちょっと待て! 此処は病院だぞ、そうなんだろ!? 幾らなんでも病院の中で電撃ってのは、問題あり過ぎじゃあないか!?」
「………………それもそう、ですね」
総真の必死の抗弁を受け、冷夏はたっぷりの沈黙の後にスタンガンを降ろす。
確かにこんな場所で電撃を撃っては何処に影響が出るか分からない。幾ら怒りの中にあるといっても、冷夏にだってその程度の判断は辛うじて付いた。
「では、まず彼を窓から放り出す事から始めましょう。協力してください博士」
「はっはっはー、そうだな。私も悪口を言われたし協力しようっ……と、言いたい所なのだが」
「? なのだが?」
「流石に今はそっとしておいてやろう。あいつも色々と、思うところがあるのだ」
「……そうなんですか?」
「そうなのだ。多分なっ」
愉快そうな顔で西加が笑う。
言われて冷夏が観察してみれば、確かに今の彼には普段とは何処か違う、奇妙な雰囲気があった。
明確にどう、とは言えない。ただ何となく、挙動不審と言うか、沈んでいるというか、無理に明るく振舞っているというか。
(まあ、長年目指して来た相手に実質敗北ですからね。無理も無いでしょうか)
納得し、冷夏はスタンガンの電源を切った。
もう撃つ気は無い、という意思の表れだ。単に呆れたとも言う。
(別に無理してまで意地を張らなくても良いでしょうに。男の子は皆こんなものなんでしょうか?)
疑問に思い、真っ先に浮かんだのは最も身近な男性――自分の兄。
そういえばあの人も昔は変な意地を張ったりしていたっけ。角に小指をぶつけた時に『大丈夫この位何とも無いさ』と汗だくの顔でアピールしてきたり。
そう、過去を思い出し、冷夏はまた一つ呆れを深くする。男の子という生き物は、どうにも不可解なものだった。
「はぁ。ほら、何時までもくっついていないで下さい。アルトリーナさんが困ってますよ」
「う、うぁぁぁぁぁ。癒しが、癒しが消えるぅぅぅぅ」
「……いい加減にして下さい。電撃じゃなくて、殴りますよ? グーで」
「はい、すみません。勘弁して下さい」
ぺこり頭を下げ、総真は素直にアルトリーナから離れベッドに深く腰を沈める。
冷夏が溜息を吐いた。西加が能天気に笑っている。アルトリーナは何故か、名残惜しそうな顔をしていた。
全てに視線を流し――総真は優しく微笑む。何だか今は、皆に感謝したい気分だった。
「っと、そうだ。世界大会といえばあいつはどうなったんだ?」
そうしてふと、頭に過ぎった疑問に声を上げる。
むぅ? とクエスチョンマークを浮かばせる西加に総真は続けた。
「丹羽だよ、丹羽鹿野比呂。あいつも出てたんだろ? しかも去年は第三位の有望株」
「あぁ~、あ奴についてか」
そこで一度、西加は言葉に詰まって腕を組み、唸りを上げる。
「どうかしたのか? 博士」
「いや、実は彼なのだがな。今回の世界大会には、出ておらんのだ」
「……は? いやだって、あいつの子分共が言ってたじゃねぇか。一週間後の世界大会がどうのーって」
「うむ、言い方が悪かったな。確かに彼は予選に出て、立派に通過し、本選にも参加するはずだった。が、直前になって突如棄権したのだ」
「棄権……? 一体なんで」
「分からん。会見では『個人的な事情』の一点張りだった。何処のメディアも理由は掴んでおらんようだし、真相は闇の中だ」
「……まさか、とは思うが。俺と街中で戦った事が理由、ってのは……」
「安心しろ、それは無い。冷夏と狂三郎の件でもそうだったが、時流者同士の喧嘩くらいで一々罪に問われたりする事はないのだっ。お主は正確には時流者ではないが、周りの人間にはそんな事分かりようがないからな。バレたとしてもあの件は、『時流者同士の喧嘩』で処理されて終わりだろう」
「なら、良いんだ。あの時は勢いに任せて戦っちまったが、実際結構冷や汗もんだったからな」
「そう思うならこれからは少しは気をつける事だな。トーレン・ライドというシステム自体、まだ世間的には色々と厄介なものなのだからっ」
「ああ……分かったよ、博士」
身に染みるように深く頷く。
時流者が世界情勢の要となっている現在において、その時流者に対抗出来るシステムというのは、世界を揺るがしかねない発明である。というか、間違いなく揺らぐ。
だからこそ西加は今、繋がりのある様々な権力者との交渉に励んでいた。トーレン・ライドの存在を認めつつ、世界に拡散しないように。裏で慎重な交渉を行っているのだ。
総真はその事を知らされていないが、薄々勘付いてはいた。だからこそ無闇な使用は控えよう、と反省したのである。
最も彼のこと。必要となれば躊躇いなく使うだろうが。
「はぁ~あ。どっちとも戦った身としては、どちらが強いのか。見てみたかった気もするんだがな」
「心配せずとも、何れ何処かで戦うのではないか? 丹羽ほどの逸材を世界が放って置く訳がないからなっ。また大会なりに出てくるだろう」
「そうかね。ま、あいつともその内、決着付けたいしな。出来ればその時までクララも丹羽も、誰にも負けて欲しくないってのが本音だが」
「はっはっは。ならば二人がぶつかるよりも早く、お主が強くなって彼女等を打ち負かさなければな。出来るか? 総真」
「おう、任せろ。俺の……いや、俺と博士の成長は光よりも早い。だろ?」
「言ったな、総真。ならばさっさと体調を万全に整えろ、そして特訓だ! 今度こそあの二人に勝つ為にな!」
「了解だ、博士。やってやるぜ!」
「うぉぉおお」とか「はぁぁああああ」とか、変な気合の入った雄叫びを上げる馬鹿二人を、冷夏は最早無視。
ニュース番組を眺めながらベッドから降りたアルトリーナに花束を渡し、病室の花瓶に活けてもらう。そうしてやおら立ち上がると、テレビの電源を消して背を向けた。
「お? どうしたのだ冷夏、トイレか?」
「いえ、もう帰ろうかと」
「むぅ? もう良いのか? ほとんど話などしていないだろう」
「そう言われましても。話すことも無いですし」
「だからって幾ら何でも早すぎないかー。俺は実感ないけど、一応一週間ぶりの再会なんだろ? もう少し居てくれたって良いじゃねぇか」
「いえ、貴方と一週間ぶりに会ったからといって、別段感慨もありませんし。此処にいて時間を無駄にするより、家に帰って夏休みの宿題の残りでも片付けていた方が余程有意義です」
「ぬぐぐ。言ってくれるじゃねぇの」
と、歯噛みしていると、ちょんちょんと小さな指に肩を突かれた。
「ん? どうした、博士」
「安心しろ、総真。冷夏はな、口ではああ言っているが……内心、結構お主の事を心配していたのだ」
「いえ、それはありません。謙遜とかではなく、本当に。……ふぁぁ」
否定の後、冷夏は微かに眠そうに欠伸を漏らす。
それを見て西加は含み笑い。
「ほらな。心配のあまり寝不足になっているのだ。帰りたがっているのも恐らく、安心した所でぐっすり眠りたいからだろう」
「確かに私は寝不足ですが、それは別に総真さんが理由ではありません。昨晩、ちょっと暑苦しかったので。上手く眠れなかっただけです」
「嘘付け、きちんとエアコンを使っていただろう? それにお主が寝不足になり始めたのは丁度一週間前……総真が倒れた次の日からではないか」
容赦の無い追求を受け冷夏は言葉に詰まる。
ニヤニヤと笑う西加に振り向く事も出来ず唇を尖らせると、ドアノブに手を掛け搾り出すように、
「……帰ります。御二人はごゆっくり」
「素直じゃないなっ。冷夏は」
「大きなお世話です」
呟きドアを開いて、部屋から出て行く。
立ち去る少女の首筋が薄っすら赤く染まって見えたのは……総真は、敢えて口にしない事にした。
(でも後で何かに使えるかもしれないし、映像は残しとこ)
ちゃっかり、義眼の映像は保存して。
~~~~~~
始まりはそれから間も無く。
暫く話し込んだ西加とアルトリーナが、研究があるからと病室を立ち去ろうとした時の事。
突如街中に響いた爆音と共に。世界の終わりが始まった――。




