第十八話
数多の作戦を実行して、その全てを看破された。
速度を活かしたかく乱も、リロードの瞬間を狙った突撃も、彼女の癖を熟知した上での攻勢も、遮断時流を利用した攻撃の先置きも、幾らかのブラフも。
細かいものを含めればそれこそ五十に達しようかという戦法を試し、その全てに失敗した。この日の為にと精査し、準備しておいた作戦のほぼ全てが、敢え無く無に帰したのである。
仕方が無い事ではあった。クララ・ミッシェルハートの実力とは、決して中途半端な才能に支えられているものでは無い。絶対的な、世界有数の才によって成されているのだ。
その才は単なる時粒子の扱いが上手いというレベルに収まらず、戦闘におけるあらゆる方面にまで作用する。即ち戦術眼、体捌き、無意識の呼吸法や直感に至るまで。こと戦闘に関する様々な事象を、彼女は高次元で極めているのだ。
結果、総真の仕掛けた策は全てが不発となった。先程までならば通じたものもあったかもしれない。だが今のクララはカルバリオ・ランチャーを破壊され、直撃ではないとはいえ地に落とされ、油断や慢心の消えた状態である。
正しく世界最強。今の彼女を倒せる者は世界に一人も居ない。それは、世界一という称号が何より証明している事実である。
「はは。本当に、倒しがいのある奴だぜ」
だから、総真は笑った。
幾多の銃弾を受け、幾多の爆発に晒され、全身傷付いたボロボロの身体で。息も絶え絶えの容態で、それでも総真は笑うのだ。
(こんなにも強い。ああ、分かっていた事だ。奴は本当に強くて、ムカつく奴で――だからこそ、倒した時。心の底から喜べるんだ)
戦う前、彼は冷夏に言った。
負けたのなら、また挑めば良いのだと。だが今の彼の頭の中には、負けるという未来などもう微塵も存在していない。
明確な勝機がある訳では無い。ただ、どうしようもない程に負けたくなくなったのだ。丹羽の時と同じように、果てしない負けず嫌いが、総真に敗北を考える事を放棄させていた。
「随分汗を搔いているようだが、そろそろ限界かな? 総真君。疲れたのなら休んでも良いんだよ。少し位なら寛大な僕は待ってあげよう」
「馬鹿言え。まだまだ余裕さ。それより良いのか? あんまり油断してると、一瞬で決めちまうぜ」
額から流れる汗を拭い去り、総真は挑発し返す。
言葉とは裏腹に身体は限界が近かった。トーレン・ライドによる負担は、確実に己を蝕んでいるのだ。
昨夜、寝る前に西加と交わした会話を思い出す。
『いいか、総真。お主にはもう言うまでもなく分かっている事だと思うが、トーレン・ライド――特にトップ・スリーの扱いには充分に気を付けろよっ』
『ああ、分かってるよ。負担が完全には相殺しきれないんだろ?』
『そうだっ。といってもこれは、トップ・スリーに限った話では無いが。そもそもトーレン・ライドというシステム事態、非常に無茶なシステムなのだ』
『まあ、そうだろうな。時間の流れに速さで対抗しようってんだから』
『うむ。初期状態でさえ、その速度は人間の許容限界を超えておる。だからこそリージェネレイト・エネルギーの干渉力で身体を保護している訳だが、それにも限度があるのだ。人外の身体能力を持つ時流者と戦う想定な以上、負荷の軽減だけにリソースは回せないからな。特に目標があの根腐れ女な以上、射撃・砲撃を防ぐ為にもダメージの軽減を疎かにする訳にはいかん。結果として、トーレン・ライドは速度を上げれば上げるほど、使用者の身体に加速度的な負担の掛かる代物となってしまった』
そう語る西加は悔しそうな顔だった。多分、自らの技術力不足を嘆いていたのだろう。
『しょうがない事だろ。何でもかんでも都合良くはいかないさ、完成しただけましだろう?』
『そう、かもしれんな。……とにかく。トップ・スリーのタイムリミット事態は既に無いが、相変わらず負担は大きい。だからこそ三段階に別けて負担の軽減を図っている訳だが、明日の戦いでは流石にトップ・スリーなしというわけにはいかないだろう』
『多分な。戦闘のほとんどは、トップ・スリーの状態で行うことになると思う』
『故にだ、総真。長時間の戦闘は自滅の可能性がある。余計な引き伸ばしは計るな。多少余裕のあるうちに勝負を仕掛け――決めろ』
『りょーかいだ、博士。どの道余裕のある時じゃないと切り札も切れそうにないしな』
『ふふ、そうだな。……本当は使って欲しくないのだがな、あんなもの。流石に負担が大き過ぎる』
『言ってくれるな、博士。無茶を超えた無茶なのは分かってる。だから使うのも極短時間だけさ。あいつに通じるかは分からねぇが……それで、確実に決めてみせる』
『そうか。……信じるぞ、総真』
『ああ。信じていてくれ、博士』
ちらり。観客席の西加を横目で窺う。
デカイゴーグル型の望遠鏡越しに、固唾を呑んで此方を見守る幼女と目が合った。
自分以上に必死な形相で拳を握る彼女に、思わず苦笑。負けらんねぇな、と総真は気を引き締め直す。
挑戦の始まりは、自分自身の悔しさだった。けど、今は一人じゃない。こんな自分に協力してくれた博士や、応援してくれているアルトリーナ、後一応冷夏。皆の思いも一緒に背負っているのだ。
「無茶は承知。その上で……ぶっ潰す!」
自らを鼓舞するように宣言して、総真は前傾姿勢を取る。
観客席で、西加が「やる気かっ」と呟いた。その言葉に冷夏やメルトが反応したのとほぼ同時、総真は勢い良く叫ぶ。
「トーレン・ライド・コンデンサー……起動っ!」
瞬間、四肢の偽装表皮が剥がれ、鋼色の手足が露になる。
同時にアルトリーナの持って来ていたケースが開き、中から何かが飛び出した。空を飛翔する四つの影が素早く総真の下へと集い、その四肢に接続される。
鋼の四肢に取り付いたそれの正体は――追加式の、ブースター。
「まさか……更に速度を上げる気かい? 今でさえそんなに苦しそうなのに?」
「はっ、生憎こちとら、天才のお前と違い凡人でね。限界を超えて無茶しなけりゃあ届きそうに無いのさ。だからっ」
地を踏み締める。義眼にてコンデンサーの状態を確認、充填式のそれが使えるのは、遮断時流換算で丁度一分。
「充分だ。こいつで……勝負っ!」
四肢から激しい噴流を撒き散らし、総真は飛んだ。
先程までよりも遥かに速き速度で、クララへと飛翔する。身体に掛かる負担も著しく増加したが――気合で押さえ込む。
「そんなものっ」
咄嗟に反応したクララがカルバリオ・ディザスターを乱射するが、総真は鋭角な軌道を描き、その全てを回避した。
増加した速度は、遂に遮断時流内の弾丸にさえ追いついたのだ。全てを無視するように避けきって、彼の身体はクララの前まで辿り着く。
「何て速度っ!」
「おらああああああああああ!!」
驚愕する彼女を無視し、右腕を振り上げる。
本能で、クララはカルバリオ・ディザスターを放り投げた。このままでは対応出来ないと察したのだ。
交差された両腕と、鋼色の右腕がぶつかり合う。あまりの衝撃に少女の腕の骨がぎしぎしと音を立てた。
「糞っ、君は――」
「まだまだぁああ!」
何かを言おうとしたクララを遮って、今度は左腕。
そこから更に、総真は四肢を一杯に使って連撃を掛ける。
霞むような速度で次々と襲い掛かる攻撃の数々。ずっと遠距離攻撃に頼り、近接戦を疎かにしてきたクララには、凌ぐだけで精一杯だ。
「く、う、ぁぁぁああ」
だが、押し殺したような呻き声が漏れるのは、総真の口からである。
あまりにも強い負担。全身の傷口が開き、飛び散る鮮血。襤褸切れよりも酷い状態で――それでも、チャンスは今を置いて他にない。
(勝つっ。絶対に、こいつをぶっ飛ばして……俺は勝つっ)
馬鹿な少年の馬鹿な意地だけが、彼の身体を支えていた。
振るわれる拳打が加速する。まだ捉えられない。けれど諦めない、一分という時間の中で、無数の拳打を繰り返す。
後少し、もう少しで捉えられる――そう思った瞬間。
「凄い凄い。けど……それだけじゃ、あの子には届かない」
観客席から、そんな声が聞こえた気がした。
構わず振るう右脚。それに合わせるように、カウンターの拳が総真の腹部に突き刺さる。
ごあっ、と声にならない悲鳴が溢れた。
「僕は、負けないんだ。僕は負けない……君には、決して!」
続いて回転するように少女の右足が振るわれ、総真の顔を横から叩く。
この時の彼女の動き、カウンターは、賭けにも等しい無茶苦茶なものだった。総真からしてみれば訳が分からない。こんな動きは自分のような、馬鹿な意地でも張っている人間にしか出来ない動きだ。そんなものを何故彼女が出来るのか。
そう、総真は分からない。クララが、『勝ち続ければ総真君がまた挑んで来てくれて、また会えるようになるかもっ』などと思っていることは。知らないのだ、『負けたらもう会えないかもっ!?』と割と悲壮な覚悟で、彼女がこの勝負に挑んでいることなどは。
クララの愛もなんだかんだで、総真の執念に負けるものではなかったのである。
「ちっ、くしょうめ!」
予想外の反撃にそれでも怯まず、総真は攻撃し続ける。
だがやはりクララの方が一枚上手だ。互角に殴り合っているように見えてその実、彼の攻撃は全て防がれ、逆に相手の攻撃は何度も身体に当たっている。
そうして。決着は唐突に訪れた。
「っ、コンデンサーがっ……!」
一分。トーレン・ライド・コンデンサーの限界時間である。
エネルギーを使いきり、デッドウェイトと化したブースターがパージされる。速度がガクンと下がり、突然の変化に総真の身体が泳いだ。
その隙をクララは見逃さない。
「お終いだね、総真君っ」
「この……なにくそぉお!」
ここぞとばかりに振るわれた右腕に、総真は意地で右腕を合わせた。
二つの拳がぶつかり合い、あまりの衝撃に二人揃って弾け飛ぶ。
背後に吹き飛ばされながらクララが笑った。
「はは、見たまえ総真君。これぞ真に選ばれた人間というものだ。天も僕に味方したっ」
彼女の下に計ったようにピッタリと、先程投げ捨てたカルバリオ・ディザスターが落下してきていた。
満面の笑みでそれを掴み取り、空中で体制を整え、クララは銃口を同じように吹っ飛んでいる総真に向ける。
身体に限界が来たのだろう。彼はトーレン・ライドをまともに扱えず、体制を整えるだけで精一杯だ。
「僕の勝ちだ。四速総真ぁぁぁあああああ!!」
これでまた彼が会いに来てくれる――クララは浮かれた思考で勝利を確信し。
気付く。総真の右腕が、此方を向いている。
「下らない抵抗かい? 無駄だよ。もう何をしても手遅れだ!」
「……お前は、言ったな。この空間の中で、遠距離攻撃が出来るのは僕だけだ、と」
嘲りを無視し、総真はまっすぐ伸ばした右腕に左手を添える。
狙いをつけるように真っ直ぐ。矛先を、むかつくあん畜生の顔面へ。
「俺にだってあるのさ。奥の手――遠距離攻撃が!」
クララがトリガーを引くのと同時、凄絶な笑みで、総真は奥の手を解き放つ。
それはロマンの塊。博士がふざけて付けたおまけの機能。総真にとっての、正真正銘最後の『手』。
「喰らいやがれ。ロケット――」
「ま、まさか!?」
人はそれを。『ロケットパンチ』、と呼ぶ。
「ストラァァァァァイクッッッ!!」
弾丸と交差するように、総真の右腕が放たれた。
肘部の噴射口から発せられるエネルギーが、右腕を遮断時流の中でさえ充分な速度へと加速させる。
あっという間にクララとの距離は零となった。同時に放たれた弾丸と右腕。二つが着弾するのは、これまた同時。
「がっ……!」「ぐぅ……!?」
無数の弾丸が総真の身体を打ち据えて。
たった一つの拳が、クララの顔面を殴りつけた。
遮断時流が解除される。巨大な噴煙を上げドームの壁に激突した二人は、ずるずると落ちると、揃って地面に横たわる。
どちらもピクリとも動かない。静寂が辺りを満たした。
「ど、どうなったのだ。総真っ!」
ゴーグルを脱ぎ捨て、慌てて走り出す西加。
そんな彼女を抱えアルトリーナは跳んだ。冷夏もまた続き、一気に観客席から跳び出して総真の下へと着地する。
降ろされた西加が急いで彼の身体を揺する。向かいではメルトが同じようにクララの身体を揺すっていた。
「総真、総真っ。しっかりしろ、総真ぁぁぁあああああああああ!!」
「落ち着いてください、博士。総真様はご無事です。今は多大なダメージと過大な負荷のせいで気を失っているだけかと」
「……そう言うアルトリーナさんこそ落ち着いてください。動揺し過ぎですよ」
おろおろと歩き回るガイノイドに冷夏は溜息。
けれど心の中では、ほっと安堵の息を吐いていたりする。彼女にだって、同居人を心配する心くらいはあるのだ。
「とりあえず勝負は終わりだなっ。総真を病院に運ぶぞっ」
「はい、博士。お任せください」
二人の喧騒を余所に、冷夏は考える。
勝って欲しい、という思いはあった。が、本当に此処までやるとは予想外だった、と。
(まるで宝くじにでも当たったような気分です。自分の事ではないのに、ほとんど関係ない事なのに。何だか嬉しいのは何故でしょうね?)
微笑ましいものを見る目で、倒れる総真を見詰める。
彼もまた微笑んでいた。気絶しているというのに馬鹿面で、能天気に、なのに心底嬉しそうに。
「今晩の食事担当は確か、私でしたか。これは少々、豪華な夕食を用意しないといけませんね」
まあ、そんなに直ぐに目を覚ますかは分かりませんけど。
そう今夜の予定を考えながら、右腕を拾ってやろうかと冷夏が一歩踏み出したその時。倒れる総真に影が重なり、一同は揃って向き直る。
「お主……っ!」
「…………」
クララ・ミッシェルハートが立っていた。肩を竦める姉を背後に引き連れて、しっかり自分の両脚で立って。
驚く三人を無視して彼女は総真をじっと見下ろす。数秒そのまま、青痣の出来た顔を固定した後、やおら西加へ目線をずらし、
「引き分けだ」
「むっ……?」
「だから、引き分け。彼が気絶しているように、僕も一瞬だけだけど気を失っていたから。両者が気を失ったその時点で一旦勝負は終了。だから引き分け」
「そうか。総真はこんな状態だからな、そちらがそれで良いと言うのなら、私は構わないが……」
「彼が起きたら伝えておいて。『僕もこの結果には満足いっていない。もしまだ戦う気があるのなら、何時でも勝負を受け付ける』って」
「ああ、分かった。必ず伝えよう」
「…………」
西加の返事を聞くと、クララはもう一度総真に視線を戻し、そして踵を返す。
またね~、と手を振って姉のメルトが後に続いた。通路に消えていく彼女等を見送り、西加は総真の髪を優しく撫でる。
「引き分けだそうだ。お主は満足いかないかもしれないが……今は、良くやったと褒めておこう」
薄っすらと微笑む彼女の頬を。穏やかな風が、そっと撫でて行った。
~~~~~~
「良いの? クララ。判定的に言えば貴女の勝ちだと思うけど」
暗い通路の一角でメルトは妹に問い掛ける。
ぴたり。少女の脚が止まった。
「……言ったろ、勝負は終わったって。僕の勝負に判定勝ちとか、負けとか、そんなケチなものは無いんだ。誰が何と言おうとあれは引き分けだよ」
「ふーん。カルバリオ・ディザスターまで持ち出しておいて、それで良いんだ」
「良いのっ。……僕だって、すっきり勝ちたかったっていうのはあるよ。けど、一応引き分けでも目的は達成出来たから」
「目的?」
「……秘密っ。教えなーい!」
「あ、クララっ」
ぷらんぷらんと右手のカルバリオ・ディザスターを揺らし歩き出すクララ。
その心の中には、二つの喜びがあった。
一つは、(形はどうあれ)総真があんなにも自分の事を想い、強くなってくれていた事への喜び。
そしてもう一つは、再戦の約束を――いや、再開の約束を取り付けられた事への喜びである。
正確には約束した訳でも総真本人の意思を確認した訳でもないのだが、クララは確信していた。彼ならばきっとまた僕に挑みに来るだろう、と。
だから今はそれで良いのだ。元より勝ちとか負けとか、そんなものはクララにとってはどうでも良い事。肝心なのは総真とまた会う事が出来るかどうか、なのである。
「ふんふふんふ~ん♪」
「あらら、上機嫌なことで。ま、この調子なら三日後の世界大会も大丈夫かな?」
「もっちろん。任せといてよ、軽ーく優勝するからさ」
気軽に宣言し、クララは歩く。
その歩調はこれまでの人生の中でも、一・二を争うほど軽いものだった――。
なお。その後ろで、
(普通にこれを機に、友人になればよかったのに)
と呆れている姉が居た事は、余談である。




