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第十五話

 馬鹿と煙は高い所へ上る、という言葉がある。

 要するに馬鹿はすぐ煽てられて調子に乗る、という意味なのだが、その言葉を文字通り体言してしまっている馬鹿が此処に一人居た。

 そう、文字通り。煽てられたのではなく、物理的に高い場所に登り、四速総真は決戦の朝日をじっと見詰める。

 場所は二階建ての自宅の屋根の上。トーレン・ライドを使って登った高台で、数時間後に迎える決戦に備えて気を集中させているのだ。


 ――既に、クララと邂逅したあの朝から三日が経っていた。


 本日こそ、彼女が指定した決戦日である。正直嘘の可能性も考え警戒していた総真だが、昨日夜にわざわざ彼女の姉であるメルト・ミッシェルハートがこの家を訪ねて決闘場所を伝えてきた時点で、彼の疑念は露へと消えた。

 何せメルト・ミッシェルハートといえば、世界一の妹を唯一御せると噂の、敏腕マネージャーである。クララと各所の連絡・連携はほぼ彼女が担っていると言っても過言ではなく、必然的に超多忙。

 そんな彼女が業務の合間を縫ってお忍びで訊ねて来たのだ。これで決闘が嘘であれば、無駄に手間を掛け過ぎである。虫けらの如く見下されている(と、総真は思っている)己に対し、そこまでする事は流石にないだろう(ちなみに、せっかく電話番号を教えたのに姉の勝手で連絡をなしにされたクララは、大層怒ったそうである)。

 と、いう訳で。いよいよ現実に迫った決戦に頭がのぼせ、遠足前の幼稚園児みたいに眠りにつけなかったせいで博士謹製の睡眠薬で強制的に眠らされた総真は、ばっちり快眠を取った上で朝日を眺め寝ぼけた頭を起こしているのだ。

 何処か張り詰めた、静謐な空気が肌を叩く。辺りから聞こえる小鳥の声に耳を傾け、雑念を心の中から追い出していく。


「ふー……はー……すぅ……」


 息を吸っては、吐く。吸っては、吐く。

 幾度も深呼吸を繰り返す内に、次第に緊張がほぐれていくのを総真は感じ取っていた。

 強張っていた体から余計な力が抜けていく。ほどよい緊張状態。これからの戦いに向けて心の状態は万全だ。


「身体も良好。アルトリーナの健康管理と、冷夏の怪しい栄養ドリンクが効いたかな?」


 大きく背伸びし、陽を全身にたっぷり浴びる。

 昨日までの特訓の合間に冷夏がドス黒いドリンクを持って来た時は、殺すつもりかと思ったものだ。博士やアルトリーナの保障付きという事で飲んでみたのだが、酷い味とは裏腹に効果はきちんとあったらしい。

 非・協力的な態度を取りながらも何だかんだで気に掛けてくれる素直じゃない少女を思い出し、総真は苦笑。直後階下からくしゅんと音がして、僅かに呆けた後また苦笑する。


「そろそろ皆も起きて来るか。んじゃ朝飯の前に気合を入れる為ひとっ風呂、浴びて来るかね」


 別に必要無いとは分かっているのだが、決戦前に出来るだけ身奇麗にしておきたい。

 何て自分でも良く分からない拘りを果たす為、総真は屋根の淵を掴み振り子のようにベランダに降り立つと、窓から室内へと戻って行ったのであった。


 なお。


「……窓から乙女の部屋に侵入とは。しかも着替え中を狙って。やっぱり変態ですね、死んでください」

「あ、あれ……? おかしいな、此処、冷夏の部屋?」


 間違って同居人の部屋に侵入してしまう辺り、まだ眠気は取りきれていないようである。


 ~~~~~~


「はー、此処が会場かー。……でかすぎねぇ?」


 朝っぱらから電撃を浴びた総真は、朝食を負え身支度を終えると、早速指定場所に向けて出発した。

 勿論皆――何時も通り白衣の西加、動きやすい軽装の冷夏、大きなケースを手に提げたアルトリーナ――も一緒だ。『見ているだけなら面白そうなイベントですし』と言い訳がましくぼやきながら付いてきた冷夏に肩を竦めながら、バスを乗り継ぎ都心部にやって来た一行だが、その前に現れた会場は見上げるほどに巨大であった。


 プロ野球の試合にも使える円形ドーム。それが、クララが今回の戦い為に確保した会場だったのである。


 無論、自分の住んでいる街にあるドーム会場の事は総真とて知っている。しかしスポーツにあまり興味の無い彼は、これまでこの場所を訪れたことは無かったのだ。

 野球を観る暇があるのなら、どうやって時流者に勝てるかを考える。そんな日常を送ってきたのだから当然だろう。

 故に初めて直接見る会場の大きさに圧倒され、これから此処で戦うのかと消えたはずの緊張を募らせて、『何ぼーっとしてるんですか』と冷夏に尻を叩かれた。

 ぽかん、と目を丸くする。


「何ですか、その間抜け面は。何を考えていたのか知りませんが、此処まで来て今更逃げられませんよ。それに、逃げて良いものでもないでしょう? 貴方にとっては」

「……ああ、そうだな。余計なこと考えても仕方ねぇ。胸を張って乗り込むか!」


 気合を入れ、一歩踏み出す。

 冷夏の分かり難い励ましを受けながら、総真はドームの中へと踏み込んだ。


 ~~~~~~


 人っ子一人いないドームの中は、不気味な程広く、静かに感じられた。

 表に立っていた警備員の指示に従い、関係者用通路を通って中に入った総真達は、観客席の一角からすり鉢の中心を覗き込む。

 何も無い、土のグラウンドだ。ただ広いだけで、だからこそ決戦の場にこれ以上相応しい場所もないだろう。


「これから此処で戦う訳か。ちょっとしたスターになった気分だな」

「あまり調子に乗るなよ、総真。お主はあくまでもチャレンジャーなのだからなっ」

「分かってるって、博士。しかし観客は零か。あいつの事だから無駄に客を集めて、恥を搔かせてやろうー、とか考えているかと思ったんだが」

「流石に問題があると判断したのでしょう。今回の件も、恐らくは相当な無理を通していると思われます」

「世界一の権力でごり押した訳だなっ。ふははははは、その思い切りの良さだけは好印象が持てるぞ、一応なっ!」


 博士の高笑いが虚しくドームに響き渡る。

 腰に手を当て胸を張る幼女に、何をやってるんだか、と首を振る冷夏だが、次の瞬間視界に入った少年の姿に二度目蓋を上下した。


「どうかしましたか。突然動きを止めて」

「見りゃ分かる。……おでましだ」


 言葉に従い冷夏が顔を動かせば、総真の視線が向かう先、向かい側の通路から豆のように小さな人影が現れる。

 ぽっかり開いたドームの天井から注ぎ込む陽射しの下へ歩を進め、人影はぴたりと脚を止めた。時粒子を使って視力を強化しその影を見詰めれば、冷夏にも正体が漸く分かる。


「クララ・ミッシェルハート……」

「悪いが此処で一旦お別れだ。皆は適当にその辺で観戦しててくれ」

「あっ、総真様っ?」


 慌てて手を伸ばすアルトリーナにも構わず、総真はトーレン・ライドを起動させると、決戦場へと跳び下りる。

 ほとんど同時に向かいの少女も飛び跳ねた。似た起動を描き、二人はグラウンドの中央に向かい合って着地。じっと、無言で見つめあう。

 やがて。風が二人の間を一吹きした頃、漸く総真が口を開く。


「よう。逃げなかったんだな、時流者様?」


 第一声は挑発だった。

 いきなりの口撃に気分を害した様子も無く、クララは己の金色の髪を軽く弄ると余裕綽々という顔で、


「あれぇ? もしかして総真君は、僕に逃げて欲しかったのかい? ま、確かにそうなれば君の不戦勝だからね。楽して勝てるならそれに越した事はないか。僕とも戦わずに済むしねぇ!」


 此方もまた、挑発で返す。

 目を見開き唇を吊り上げるクララの表情は、今すぐぶん殴りたくなるほど苛立つものであったが、今更総真にそんな煽りは通じない。

 万人が感じるであろうイラつきさえも今は心地良さに変換され、彼は逆にニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。


「勘違いされちゃ困るな。俺はただ、お前に勝ちたいんじゃない。とにかく何でも良いからお前に勝ちたいだけならよ、勉強でも頑張って学力で勝負した方がずっと可能性はあっただろうさ。お前、テストの点数そんな良くなかったし」

「う、煩いなっ。君だって大して変わらなかっただろう? それに勉強なんて出来なくても、僕は時流者だ。金も権力も幾らでも手に入るんだよ。凡人の君と違ってねっ」

「ああ、そうだ。お前は凡人の俺とは違う」

「そうそう、やっと分かって……って、え?」


 素直に認めたことに驚くクララ。

 彼女が言葉を失うその間に、総真は雲一つ無い青空を見上げると、独白するように。


「だからこそ、何だ。俺は時流者に成れなかった凡人で、お前は時流者に成れた特別で。だからこそ、お前の土俵で戦い、勝つ」


 視線が落ちる。上から下へ、丁度空と地面の中間で止まり、真っ直ぐ先には声も発せぬ少女の姿。

 金色に輝くその双眸を見詰め返して、総真の瞳にギラリと鈍い炎が宿る。


「覚悟決めろよ、クララ・ミッシェルハート。俺は届くぞ。今の俺は、絶対届くはずの無い時流者おまえにも、確かに届く」


 痺れるような戦意が、クララの総身を圧力を伴って激しく叩いた。

 少女の脳に衝撃が走る。彼の覚悟は強くて重くて――なのに何故か、笑みが零れた。


「はははっ、言うねぇ総真君。後になって冗談でした、は通じないよぉ?」

「冗談でも嘘でもないさ。ぶっ飛ばすぜ? その顔を。女だからって容赦してはやらねぇからな?」

「勿論構わないとも。僕は強者で、君は弱者だ。むしろ容赦してあげるのは、僕のほうだからねぇ!」


 凶悪な相貌で二人、睨み合う。

 だが不思議と険悪という感じはしない。馬鹿と馬鹿の喧嘩という下らなさのせいなのか。何だか悪友のような雰囲気が、そこにはあった。

 更に顔を突合せ、互いに子供のような言い合いを続ける彼等に、外野の冷夏は呆れ顔。


「何をやっているんでしょう、あの二人は。戦うなら戦うで、さっさと始めてくれませんかねぇ。私も暇ではないんですが」

「嘘はいけないぞっ、冷夏。我が家に来てからのお主は、家事以外は何時もごろごろしてばかりではないか。その家事も、最近はアルトリーナに取られ気味だしなっ」

「博士……私は別に、冷夏さんの仕事を奪うつもりは……」

「……最近怠け気味だったのは認めましょう。しかしその事は今は関係ありません。さあっ、私達は観戦に集中しましょう。なんなら飲み物を買ってきましょうか?」

「もう少しプライドを持ったらどうなのだ、冷夏……」


 露骨に話題を逸らし、下手に出てくる冷夏に流石の博士も頬をひくつかせる。

 冷夏にとって、あの家に住めることは正に生命線なのだ。変態な兄の待つ家に帰らない為にも、家主である西加の機嫌はあまり損ねたくはないのである。

 彼女と気が合い、数多の特許や技術提供などにより財産に余裕のある西加としては別段、追い出すつもりなどこれっぽっちもないのだが、幼女の心の内など冷夏に分かるわけも無く。懐から財布を取り出しダッシュの姿勢を見せる彼女は、まごうことなく本気であった。

 ちなみにこの財布、総真の物である。ドームに入る前に、決闘で壊したり無くしたりしたら敵わない、と財布とスマホを預けられたのだ。

 冷夏が持っているのは偶々彼の一番傍に居たからだが、それだけの理由でライフラインとも言える二つを軽く預けてきた彼に、信頼されていると喜ぶべきか、警戒心が足らないですねと馬鹿にするべきか、冷夏複雑な思いである。


(まあ、渡されたのならば使っても良いでしょう。博士とアルトリーナさんも巻き込んで共犯にすれば、三対一で無理矢理押し切れるでしょうし)


 結構下衆なことを考えながら、冷夏が自販機のあった通路に走り出そうとしたその時。

 近づいて来るヒールの硬い足音に、三人は会話を止め揃って首を動かす。

 背の高い女性が、「こんにちは」と手を振って微笑んでいた。


「おお、昨日ぶりだなっ。こんにちはだぞ、メルト・ミッシェルハート!」

「覚えていてもらえて光栄です、物宮博士。そちらの二人も、うちの馬鹿のせいでこんな事になって、御免なさいね」

「いえ……吹っかけたのは、こっちの馬鹿らしいですし。それに乗ったそちらが馬鹿なのも事実でしょうが」

「冷夏さん……そのような言い方はどうかと」

「あはは、良いのよ。え~と……アルトリーナさん、で良いんだっけ? あの子が、クララが馬鹿なのは、正真正銘真実だから」


 からからと快活な笑みを浮かべるメルトに、卑屈や謙遜は一切見受けられない。

 本気で、妹の事を馬鹿だと思っているようだ。無理もあるまい、賢明な人間ならばこんな決闘、絶対に受けないはずなのだから。

 未だ言い合う馬鹿二人を見下ろして、メルトは掛けていた四角い眼鏡を取り外す。


「むっ? 外してしまって良いのか? 此処からだと結構距離があるだろうっ」

「心配御無用です、物宮博士。あの子のように飛びぬけたものではありませんが、一応私にも時流者としての才能がありますので。と言っても遮断時流も満足に展開出来ない、本当に僅かな才能ですけれど」

「ほーう、時粒子による身体活性くらいは出来る、という事か。時流者としての才能に遺伝性はないという研究結果を何処かで読んだことがあるが……姉妹で時流者とは珍しいなっ」

「おかげで『姉妹時流者』として私まで表に出そうとする人間が結構居りまして。私にそんな気はないのに、本当面倒な人達で困っています」

「はははっ、お主も苦労しているようだな。まあ、あれだけの妹を持った反動みたいなものだ。諦めて我慢すると良い」

「まあ、私も何だかんだでちやほやされること、嫌いじゃないんですけどね」


 茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせるメルトに、博士の笑いが大きくなる。

 この二人、中々気が合うようだった。というより、これまでを考えると西加のコミュニケーション能力が高いと言うべきか。何せ気難しい冷夏や変態の狂三郎とも打ち解けているのだから、多分常人とは感覚が二百七十度ほど違うのだろう。

 最も。本人はただ、無邪気にはしゃいでいるだけなのだが。研究に関して意外は、わりと子供っぽいのがこの天才の特徴である。研究に関しても幼い時が多々有るが。


「しかし、良く許可したな。もう三日後には世界大会の本戦が始まるだろう?」

「そうなんですけど……あの子がどうしてもと聞かないもので。同じ女として気持ちは多少分かったので、仕方が無く許可したんです」

「ん? 女として? そんな要素、この戦いにあったかっ?」

「ふふ。博士はまだ、分からなくてもよろしいと思います」

「む~? そう言われると、余計気になるぞっ!」

「心配なさらずとも、何れ分かるかと。きっとね?」

「むむっ、何か大人っぽい。羨ましいぞ、そういうのっ!」


 キラキラと、西加のまあるい目が輝く。

 と、アルトリーナがそっと彼女の肩を叩いた。西加とメルト、二人の注目を集め、言う。


「博士。どうやらそろそろ、始まるようです」

「む、本当か? おおっ、二人の闘志がぶつかり合い、まるで火花が散っているかのようだぞ!」

「そんな上等なものには見えませんけどね。精々ちょろ火じゃないですか?」


 専用の望遠ゴーグルを装着する西加と、突っ込みながらも時粒子で視力を強化する冷夏。

 メルトとアルトリーナも合わせ、四人八対の瞳に見られながら、総真とクララの舌戦は終わりを告げる。


「ガミガミガミガミ煩いんだよこのぺたんこ胸! 上等だ、五秒と掛けずにぶっ飛ばしてやらぁ!」

「ぺた……! 僕だってそれなりに胸はあるもん! そんなこと言う君なんて、速攻で叩き潰してやるからね!」


 ヒートアップし過ぎて素を漏らしながら、クララは時粒子を操作した。

 感知した総真の意識が切り替わる。即座にトーレン・ライドを待機状態へ。そのまま流れるように、起動状態へ移行する。

 睨み合い、同時に。


「クロック・ロック!」「トーレン・ライド!」

   ――Data Set Ready,Go!――


 その姿を掻き消して。まるでただの喧嘩のように、彼等の戦いは始まったのであった。

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