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episode4.争いの種(たね)が無くなる時

 針葉樹林帯の中に開けた草原があり、その中央部には、仇敵の間柄である(はず)のヴェラドーナ騎士爵家の次男であるマリオン・ヴェラドーナと、シエーナ騎士爵家の三女であるオリヴィア・シエーナが熱い抱擁(ほうよう)を交わしていたのだ。


 昨日は、オリヴィアと彼女の許婚(いいなずけ)であるサイモン・アデーレとの『婚姻の儀』だったのだが、式の直前に彼女を見初(みそ)めていたマリオンが強奪したのだ。


 愛し合う二人は、懸命に逃亡を図ったのだが、とうとうシエーナ騎士爵家の捜索隊に発見され、次いで駆け付けたヴェラドーナ騎士爵家の捜索隊も合流して一触即発の危うい状況を作り出していた。


「てめえが俺の花嫁を強奪しやがったヴェラドーナの糞餓鬼(くそがき)か!? 他人(ひと)様の()に手を出すとは、如何(どう)いう了見だ!!」


 顔を真っ赤にして怒っているサイモンが、マリオンに向けて悪態を吐く。


「わ、わたしは、()ではありませんわ! それに、わたしは、昨夜マリオン様と『婚姻の儀』を済ませました」


 これに対して、オリヴィアが抗議し、更にマリオンとの『婚姻の儀』が済んでいると無意識にサイモンを(あお)っていた。


「おい、オリヴィア、勝手に『婚姻の儀』を済ませたと言っても、誰も納得するかよ。それに既成事実のことを言っているのなら、お前を此処(ここ)素っ裸(すっぱだか)()いて『処女検査』をしてやる。もし乙女で無くなっていれば、不貞の罪で叩き斬ってやる」


「サイモン様、わたしは『婚姻の儀』のために呼ばれただけですが、『処女検査』の方も請け負いますよ」


 激昂(げっこう)するサイモンの言葉に重ねて、ソール・アーシィー教団のロレンス神官も真面目な顔をして酷いことを言ってくる。


 ここで言う『処女検査』とは、密通の疑いがある乙女に対して、下半身を(さら)させた状態で、処女膜の有無を確認するというものであった。


 具体的な手順は……、流石(さすが)に知らない。


 通常は、ソール・アーシィー教団に所属する女神官や治癒のルーンが使える聖女様が担当するのだが、懲罰の意味も込めて神官が対応する場合も(まれ)にはあった。


 神官の無骨な指先が……、やはりこれ以上は拙いだろう。


「わ、わたしは、まだ清い身体ですわ。だからこそ、父様を含めて誰にも(さら)したことのない恥かしいところを、検査されるのには耐えられませんわ」


 『処女検査』と聞いたオリヴィアは、顔を真っ赤に染めてマリオンに抱き付く力をぎゅと強めた。


「マリオン、良くやった。シエーナの小娘は、お前の(めかけ)として認めてやろう。今日は偶然にも尋ねていらしたソール・アーシィー教団のフランシス大神官にお前の許婚であるイザベラ・シシリーもいる。こうなっては早速に、お前とイザベラの『婚姻の儀』を執り行ってやる」


 今度は反対側から、ヴェラドーナ騎士爵たるオーギュ・ヴェラドーナが、都合の良い解釈をしていた。


 謎の老人は、果たしてソール・アーシィー教団の大神官様だという。


 こんな辺境に大神官様が如何(どう)していらっしゃったのかも気掛かりだが、現状のマリオンとオリヴィアに取っては、この状況を何とかするのが先決だった。


 既に両騎士爵家の家臣たちは、互いに武器を手に取って戦闘開始の命令を待っている状態だ。


「マリオン様……わたしよりもそんな小娘に手を出すとは、どんな了見ですか? わたしの方が乳房も大きく魅力的ですのに……その小娘との火遊びは、広い心で(ゆる)しますわ。でも、わたしのマリオンを(そそのか)した小娘には、折檻(せっかん)が必要ですわね」


 ヴェラドーナ騎士爵に続いて、マリオンの許婚であるイザベラが瞳を(すが)めてオリヴィアを(にら)む。


「私の可愛いオリヴィア、そんな薄汚い小僧に(だま)されているのか? 私がその邪魔な小僧を叩き斬ってやろうか?」


 今度は、再び反対側からシエーナ騎士爵たるバリスト・シエーナが、熱病に(かか)ったかのような声をあげた。


「そこなマリオン・ヴェラドーナとやらよ。そなたは、正統な婚姻を控えたオリヴィア・シエーナ嬢を(かどわ)かす罪を犯した。懺悔(ざんげ)することを認めるので、この場に(なお)れ」


 再度、反対側からフランシス大神官が、オーギュ・ヴェラドーナの意図とは関係なくマリオンに懺悔(ざんげ)を求めてきた。


 この複雑怪奇な現状は、益々、混迷の度を深めている。


 しかし、此処(ここ)で紛争に至れば、多数の死傷者が出るのは間違いなく、その事実が抑止力となっているのに過ぎなかった。


 この場には、一族の男たちが(ほとん)ど集結しており、紛争に負ければ騎士爵家の没落が目に見えていたからだ。


 それでも、両騎士爵家とも、此処(ここ)で引く訳には行かなかった。


 騎士とは、武勇と忠誠が求められる存在である。


 此処(ここ)でおめおめと逃げ帰れば、最早、騎士とは名乗れなくなるのだ。


 三つ(どもえ)の勢力は、膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。


 時間の経過と共に、暴発する(やから)が出てくるかも知れない。


 マリオンに取ってこの状況は悪夢そのものだった。


 この時に至って自身は、何と言う軽率な行為をしてしまったのだろうと悔やんでも、後の祭りである。


 それに、腕に抱いたオリヴィアは可愛く、彼女は護るべき存在であるとも認識していた。


 このまま、シエーナ騎士爵家の者に捕縛された場合、マリオンは、オリヴィアと引き()がされた後、花嫁を強奪した(とが)で拷問死することになるだろう。


 一方、ヴェラドーナ騎士爵家に救われた場合でも、許婚であるイザベラと『婚姻の儀』を執り行われて、愛しいオリヴィアは、良くて(めかけ)、悪くすると性奴隷として一族の男共の(なぐさ)み者にされるのではないかと考えた。


 つまりマリオンとオリヴィアは、シエーナ騎士爵家にもヴェラドーナ騎士爵家にも捕まってはならないということだが、周囲を両家の者たちが不思議な連帯感で包囲網を敷いていることから、逃げ出すことは事実上不可能な状態であった。


 考えられるとすれば、マリオンとオリヴィアが自害して果てるしかないのではないか……、次第にマリオンも追い詰められていく。


 最早、万策尽きたのではないか? と思うマリオンだった。




「マリオン様、わたしに考えがあります」


 この煮詰まった状況下、オリヴィアがマリオンに(ささや)いた。


 しかし、オリヴィアの身体は、極度の緊張からか震えていた。


「俺は愛するオリヴィアに賭けるよ」


 そう(ささや)き返したマリオンは、背中からオリヴィアの身体を支えたのであった。


「お父様、わたしは、マリオン様のことをお(した)いしております。サイモン様、恥を()かせて申し訳ありませんでした。そしてロレンス神官様には、見て頂きたい物があるのです」


 そう毅然(きぜん)と言い放ったオリヴィアは、逃亡によって薄汚れた婚礼衣装の上に、腰帯として巻いていた薄汚いテーブルクロスを(ほど)いて掲げたのであった。


「何を出すのかと思えば、そんな落書きされたテーブルクロスにどんな意味がありましょうか?」


 ロレンス神官は、(あざけ)りの表情を浮かべると、オリヴィアの決死の行動を馬鹿にした。


「良く見て下さいませ。これは昨夜、『婚姻の儀』を執り行って頂いたガラティナ・ティン・ディーテ様が残された『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』で御座います」


「オリヴィア様も往生際が悪いお方と見えますな。そんな襤褸(ぼろ)切れには何の意味も無いのですよ」


 ロレンス神官は、気の触れた者を見るような憐憫(れんびん)の目付きで、オリヴィアを(さげす)んでいる。


「ち、ちょっと待たれよ! オリヴィア殿、そのテーブルクロスを、わたしが見えるように掲げてくれんかのぉ~?」


 その時、背後にいたフランシス大神官が切羽詰ったような、それとも感極(かんきわ)まったような声を上げた。


 それには、ロレンス神官も吃驚(びっくり)している。


 ロレンス神官が無価値と断じたテーブルクロスに、一体どんな価値があるというのか!? 


 この場に(つど)った全員の視線が、フランシス大神官に(そそ)がれた。


「おぉ! ……何と言うことじゃ。我がソール・アーシィー教団は、マリオン・ヴェラドーナ様とオリヴィア・シエーナ様の『婚姻の儀』が(まご)うことなく挙行され、晴れてお二人は、夫婦と成られたことを確認しましたじゃ」


 何故(なぜ)か、涙を流しながらフランシス大神官は、周囲の者たちに説明した。


 その言葉に対して、一体全体如何(どう)したことだと全員が困惑し、最も早く立ち直ったのはロレンス神官だった。


「フランシス大神官様、如何(どう)してこんな落書きを以って『婚姻の儀』が成立したと判断されるのですか?」


 困惑の表情で、上役に当たるフランシス大神官にロレンス神官は、問い掛けた。


「ロレンスよ、お主の耳は節穴か!? 先ほどオリヴィア・シエーナ様がこの『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を書かれたお方の名前を述べておられたではないか?」


「お言葉では御座いますが、わたしも神官として数多(あまた)の『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を発行してきた身で御座います。こんな落書きに意味など……」


「馬鹿者め! これは我がソール・アーシィー教団の巫女姫様でいらっしゃるガラティナ・ティン・ディーテ様のご真筆に間違いない。お前が読めぬのは、ソール・アーシィー教団と秘儀とされ、大神官以上にしか伝えられぬ神聖文字で(つづ)られているためじゃ」


 フランシス大神官の言葉にロレンス神官は、呆然自失状態に陥った。


 しかし、フランシス大神官の解説はそれだけではなかったのだ。


「我等が巫女姫様のご真筆というだけでも(とうと)いのに、更に最後にサインされていらっしゃるお方がまた凄いのじゃ」


 何時(いつ)の間にか、この場は、フランシス大神官の独擅場(どくせんじょう)となっていた。


此度(こたび)の『婚姻の儀』で立会人を務められたお方の名は、アーレン・パトナ・ルーン皇太子殿下である。()の神聖ルーン皇国の世継ぎの皇子殿下じゃ」


 その言葉を聞いた一同は、『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を掲げるオリヴィアと支えるマリオン、更に説明するフランシス大神官を除いて平伏した。


 何となれば、ヴェラドーナ騎士爵家とシエーナ騎士爵家が仕えるロンバル公国の宗主国が神聖ルーン皇国であったからだ。


 そんな超大物が書いた『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』の権威は、ずば抜けていた。


 たとえば、大国の王族と下町を徘徊(はいかい)する街娼が相手でも、正式な伴侶として認めさせることが出来るという程の、ご大層な代物(しろもの)であったのだ。


 更に、フランシス大神官の説明は続く。


「この『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』では、ふたりの名前をマリオン・キューカー、オリヴィア・キューカーと記されておる。これは現在、ソール・アーシィー教団が預かっておるキューカー男爵領の正統後継者として認めるということだ、(いく)らロンバル公王であっても拒否することは不可能じゃな」


 こうして、一夜の逃亡劇を終えたマリオンとオリヴィアは、後日にロンバル公王から正式にキューカー男爵夫妻として授爵(じゅしゃく)されたばかりか、親許であるヴェラドーナ騎士爵家、シエーナ騎士爵家の寄親に任命されたのであった。


 (ちな)みに、今までの枠組みが崩壊したこと、及びマリオンとオリヴィアの婚姻によりあぶれたサイモン・アデーレとイザベラ・シシリーが『婚姻の儀』を執り行い、マリオンが見抜いたように仲睦まじい夫婦となったという。


お読み下さり、ありがとうございます。


本編はこれにて完結です。

6月14日12時に創作メモを予約投稿しております。

用語や登場人物紹介です。

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