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episode3.御飯事(おままごと)の結婚許可証(ウェディングライセンス)

 吹雪の夜道を苦労して歩いたマリオンとオリヴィア。


 そして、途中で助けた幼い少女と怪我をしている少年は、辛くもソール・アーシィー教団の廃神殿へと到着した。


「なんとか、此処(ここ)まで辿り着いたか……」


 頭で考えていたよりも、逃亡することが大変だったマリオンは、思わず安堵(あんど)した様子で(つぶや)いた。


「わたし……もう……限界です」


 歩き(にく)い婚礼衣装を(まと)ったオリヴィアは、礼拝の際に使用していたのであろう古びた長椅子に突っ伏した。


 そして、当然のことながら過酷な逃亡により、豪奢(ごうしゃ)だった婚礼衣装には、雪や泥が付着し、更には鉤裂(かぎざ)きになっている部分さえ見受けられた。


「マリオン様、そしてオリヴィア様、此度(こたび)の助力、誠に有り難う御座いました。ガラティナ・ティン・ディーテの名に懸けてお礼は必ず致します」


 (かしこ)まってお礼を言う幼い少女は、襤褸着(ぼろぎ)を着ている割に、不思議と威厳(いげん)のある様子で大人(おとな)びた挨拶(あいさつ)をしてくれた。


 そして、容姿を見ると、長く(つや)やかな黒髪を編んで束ねており、薄汚れてはいたが、顔の造作は美形であり、深紅色の瞳には、強い意志が感じられた。


 こんな辺境の、更に僻地(へきち)にあって場違いな美少女であった。


「僕が不甲斐(ふがい)ないばかりに、ガラティナには世話を掛ける。マリオン様にオリヴィア様、このお礼は必ずや、このアーレン・パトナ・ルーンの名に懸けて果たしましょう」


 怪我をしている少年も、連れの少女と同様に襤褸(ぼろ)い旅装束を着ているが、腰には短剣を()いていた。


 手足には無数の切り傷痕や擦り傷痕が見られ、深い傷には、布を巻き付けてあったが、血が(にじ)んでいた。


 アーレンも良く見ると淡い金髪に凛々(りり)しい顔をしており、ガラティナと同様に高貴な雰囲気を(かも)し出している。


 オリヴィアは、疲れからか寝入ってしまったが、マリオンとしては、助けた少年と少女にも俺たちと同様に深い事情が有りそうだということに気付き、密かに頭を抱えた。


 逃亡中の身であるにも(かかわ)らず、更にお荷物を抱え込むとは……。


 その後、比較的元気だったマリオンとガラティナは、廃神殿の床に落ちていた廃材を()き集めて暖炉に火を(とも)した。


 赤々と燃える(まき)を見ていると、疲労と空腹でささくれ立った心に、(わず)かであるが落ち着きが生まれた。


「奥の厨房(ちゅうぼう)には、食器や鍋に薬缶(やかん)、そしてまだ食べられそうな保存食料が残されていましたわ」


 廃神殿を探索していたガラティナは、嬉しそうにマリオンへと報告してきた。


「それは、有り(がた)い。ガラティナさんは、料理などは出来るのかい? 残念ながら俺には無理だし、頼りのオリヴィアは疲れから寝入ってしまった」


「大丈夫ですわ。わたくしにお任せ下さいな」


「ガラティナだけでは大変だろう。僕も手伝うよ」


「アーレンは、怪我人なのですから……、こんな時くらいは、わたくしにお任せ下さいな」


「そ、そうか……では頼むよ」


 ガラティナは、薬缶や鍋の中に雪を入れると暖炉の上に置いて溶かした。


 そして、薬缶の中で沸騰しているお湯に茶葉を入れると、お茶を()れてくれた。


 少々、茶葉が古かったようで風味は落ちていたが空腹に勝るものはなく、横になっていたオリヴィアも起き出して四人で仲良くお茶を(すす)った。


「ふうぅ~。温かい飲み物を頂くと落ち着きますわ」


 オリヴィアは、ティーカップを両手で握って、温かさを実感したかのように(つぶや)いた。


「わたくしも、今回は、本当に駄目かと思いました……。こうして、お茶を飲むと生き延びたという実感が湧きますわ」


 今度は、ガラティナが何やら剣呑(けんのん)なことを言っている。


「君たちは、如何(どう)してこんな辺鄙(へんぴ)なところに居たのだい?」


 マリオンは、出会った当初からの疑問をアーレンとガラティナにぶつけてみた。


「僕は、とある理由で旅をしている。そして、ガラティナは僕のパートナーとして何時(いつ)も助けて貰っているんだ。昨日、森の中で手強い魔獣と遭遇して、辛くも勝利したけれど、負傷してガラティナには苦労を掛けてしまった」


「アーレン様。わたくしのことは、従者と考えて下さいと言っておりますのに……。それに、その怪我は、わたくしを(かば)ったものですわ。わたくしなど――」


 アーレンとガラティナの言い合いを聴いていると、ふたりの事情はだいたい掴むことができた。


 それにしても、マリオンやオリヴィアよりも年若いふたりが、旅をしていたのには驚いてしまった。


 その後、鍋のお湯に干し肉や香辛料、そして乾燥野菜などをぶち込んだスープをガラティナが作ってくれて、何とか腹もくちくなった。


 そして、食事をしながらの雑談で互いの境遇を話し合っていた。


 アーレンとガラティナは、(たく)みな話術で、旅の目的などは(ぼか)していたが、こんな幼いふたりの抱える秘密など大したことはないだろう。


 一方、マリオンとオリヴィアの事情は、廃神殿に到着したという安堵(あんど)感もあり、全て話していた。


 マリオンとしては、切羽詰った視野狭窄(きょうさく)状態で、婚礼前のオリヴィアを(さら)ったのだが、冷静になると今後のことで胸が潰されそうになり、神に懺悔(ざんげ)する心算(つもり)で話していたのだ。


「マリオン様、そしてオリヴィア様。お二人の事情は、(うかが)いましたわ。わたくしは助けて頂いたお礼として、お二人の『婚姻の儀』を執り行いと思います。如何(いかが)でしょうか?」


 ガラティナは居住まいを正して、マリオンとオリヴィアに対して助けてくれたお礼として『婚姻の儀』を執り行うと言っている。


 しかしながら、この世界では、幾ら高位の王侯貴族でも勝手に婚姻を結ぶことは認められていなかった。


 婚姻を結ぶには、ソール・アーシィー教団の神官が神の下に、二人が結ばれたことを報告し、その(あかし)として『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を受ける必要があったのだ。


 更に、高位貴族や王族の婚姻ともなれば、それに見合った格の神官が発行する『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』が必要とされ、更に立会人が求められることもあるのだという。


 しかし、一介の旅の少女であるガラティナが、『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を発行することが出来るとは考えられなかった。


「では……僕が立会人を務めるよ。マリオンさん、そしてオリヴィアさん、それ程深く考えなくても、此処(ここ)は廃神殿とは言え立派なソール・アーシィー教団の神殿で、必要な道具もあるし御飯事(おままごと)でも『婚姻の儀』を挙げたという事実は、二人の中に残ると思うんだ。更にオリヴィアさんは、婚礼衣装を着ているのも都合が良いよ」


 マリオンとオリヴィアが、ガラティナの提案に困惑し、逡巡(しゅんじゅん)していると、アーレンが後押しをしてくれたこともあり、二人は『婚姻の儀』を受けることにした。




「それでは、これよりマリオン・ヴェラドーナとオリヴィア・シエーナの『婚姻の儀』を執り行います」


 祭壇跡の前に立ったガラティナは、堂々とした態度で『婚姻の儀』の開始を宣言した。


 着ている衣装は襤褸(ぼろ)い旅装束にも(かかわ)らず、威厳ある落ち着いた態度は、本物の神官を彷彿(ほうふつ)とさせるものだった。


「我等の世界を御創りになられた――」


 朗々とした声で、ガラティナは、新しく結ばれるマリオンとオリヴィアを祝福する。


 立会人席では、アーレンが怪我を押して(にこ)やかに夫婦となる二人を祝福していた。


 不思議なことに、ガラティナは『婚姻の儀』の作法に精通しているらしく、兄や姉たちの時よりも、(おごそ)かな雰囲気の中で進められていく。


 勿論(もちろん)、祝福してくれる一族の者や美味しいご馳走などはなかったが、マリオンとオリヴィアは満足して『婚姻の儀』を受けることができた。


「マリオン・ヴェラドーナよ、そなたは()める時も(すこ)やかなる時も、終生、このオリヴィア・シエーナを妻にすると(ちか)うか?」


「ち、誓います」


「オリヴィア・シエーナよ、そなたは()める時も(すこ)やかなる時も、終生、このマリオン・ヴェラドーナを夫にすると(ちか)うか?」


「はい、誓いますわ」


「では、誓いの口付けを()って『婚姻の儀』が(つつが)無く終わったと認めよう」


 最後に幼いガラティナから『誓いの口付け』が求められ、一瞬、唖然(あぜん)としたマリオンとオリヴィアだった。


「ま、マリオン様……」


 初々(ういうい)しく、顔を真っ赤に染めたオリヴィアが、そっと瞳を閉じて(たたず)んだ。


「き、綺麗だよ……オリヴィア」


 ちゅ♡


 マリオンは、柔らかなオリヴィアの口唇に触れるような『誓いの口付け』であり、初接吻(ファーストキス)を贈った。


 こうして、マリオンとオリヴィアは、神の名の下に結ばれた。


 ところが、ガラティナが『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』を書こうとしたしころ、筆記用具と紙がなかったのだ。


「こ、困りましたわ」


 ガラティナが、散々家捜ししても見付からず、がっくりと腰を落とした。


「なあ、ガラティナ。このテーブルクロスと暖炉の炭で代用できないかい?」


「そ、その手がありましたわね。流石(さすが)はアーレン」


 アーレンのアイデアにより立ち直ったガラティナは、テーブルクロスを床に広げると、燃え残りの木炭を握って何かを書き出したのだが、不思議な文字? で、それなりの教育を受けていたマリオンやオリヴィアにも読めない代物(しろもの)だった。


 最後に、アーレンが立会人としてのサインをして、謎の『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』が出来上がった。


 御飯事(おままごと)だと言っていたが、何だか以前に立ち会った『婚姻の儀』よりも権威があったような気がするマリオンだった。


 最後に書き上がった『結婚(ウェディング)許可証(ライセンス)』をオリヴィアに渡したガラティナは、彼女に何事かを(ささや)いていた。


 その後、疲れていた四人は、暖炉の前で折り重なるようにして眠りに就いた。




「マリオン様、オリヴィア様、昨日は助けて頂き、有り難う御座いました。名残惜しいですが、道が分かたれております。新しく夫婦となられたお二人に神のご加護がありますように」


「昨日は世話になりました。マリオンもオリヴィアも元気で」


「アーレン様もガラティナ様もお気を付けて。旅の無事を祈っております」


「俺も昨夜の『婚姻の儀』で少し気分が楽になった。アーレンとガラティナには、礼を言おう」


 翌朝は快晴で、マリオンとオリヴィアは、進む道が異なるアーレンとガラティナに別れを告げて旅立った。


 ところが、快晴だったことが(あだ)となって、マリオンとオリヴィアは、シエーナ騎士爵家の探索隊に発見された。


 そこには、婚礼のために訪れていたソール・アーシィー教団のロレンス神官に花嫁を強奪されて怒り心頭のサイモン・アデーレの顔も見えた。


 一方、反対側からは花嫁強奪の知らせを受けたらしいヴェラドーナ騎士爵家の一族も(つど)い、一種の三竦(さんすく)み状態となっている。


 なお、ヴェラドーナ騎士爵家の方にも、マリオンの許婚であるイザベラ・シシリーに謎の老人が付き添っていた。


 多分、この老人もロレンス神父と同じ神官だとは思われたが、何故(なぜ)此処(ここ)に居るのかは不明だった。


「オリヴィア、俺は絶対にお前を手放さない」


「マリオン様、わたしも同じ気持ちですわ」


 ふたりは強く抱き合って、悲恋の時が迫っているのを忘れようとしていた。


 最早、()の段階に至っては、為す術(なすすべ)が無かったのである。


お読み下さり、ありがとうございます。


episode4.争いの種(たね)が無くなる時

は、6月14日0時に予約投稿済みです。

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