表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

episode2.廃神殿

 オリヴィア姫の誕生会が過ぎて三日後、如何(どう)しても彼女のことが知りたいマリオンは、それとはなしに彼女のことを()き回っていた。


 しかしながら、仇敵であるシエーナ騎士爵家の三女であるオリヴィア姫の、詳しい情報を知る者はいなかった。


 それでも諦め切れないマリオンは、危険を承知でシエーナ騎士爵家の本宅を、密かに木陰から観察することにしたのであった。


 そんな(むく)われない努力を続けていたマリオンだが、神が哀れと(おぼ)し召されたのか、それとも単なる偶然かは判らないが、ベランダ付きの二階部屋がオリヴィア姫の私室(プライベートルーム)であることを、遂に突き止めたのであった。


「ほぅ~。わたし……なんだか切ない……の……」


 マリオンがシエーナ騎士爵家の本宅を観察し始めて四日後、二階のベランダの手摺(てすり)に両手を添えて深い溜息を吐くオリヴィア姫を偶然に見遣(みや)ったのだ。


 マリオンは、庭木の陰に隠れており、この絶望的な迄の距離がもどかしい。


 微風(そよかぜ)に揺れる亜麻色の髪は、誕生会の時に逢った時の(まま)であった。


 清楚(せいそ)生成(きな)りのワンピース姿のオリヴィア姫は、マリオンが夜毎に夢想した姿よりも可憐だった。


 ノースリーブの華奢な肩からは、ほっそりとした腕が伸び、ベランダの手摺(てすり)を握っていた。


 胸元を見ると乳房の膨らみと(おぼ)しき陰影が映り、胸の谷間の一部さえも(のぞ)いていたのだ。


 誕生会の際、オリヴィア姫の許婚と(ささや)かれていたサイモン・アデーレの野郎は、彼女の胸を貧乳と断じていたが、これは事実誤認にも程があるというものだろう。


 しかしながら、淡い桃色の飾り(ひも)(くく)られた腰は、折れる程に細く、この部分に関しては、同意せねばなるまい。


 結局、オリヴィア姫とは、何と形容して良いのか解らない程の美少女であったのだ。


「……ほぅ~……――」


 オリヴィア姫は、何やら心配事でもあるのか、再び深い溜息を吐いていた。


 初めてオリヴィア姫の素顔を見たマリオンは、(うれ)いた表情をするオリヴィア姫の様子に、心臓がどきんと跳ねた。


「……マリオン様……逢いたい。如何(どう)して……あの時、フルネームを(うかが)わなかったのかしら……」


 な、なんと、オリヴィア姫もマリオンに逢いたがっていたのだ。


 しかし、ふたりの間には、どうしようもなく距離がある。


 その日のマリオンは、オリヴィア姫が室内に引き込むまで、彼女の一挙一動を脳裏に刻み付けるように凝視していた。


 オリヴィア姫も俺のことを好いてくれている! 


 その事実が明らかになったマリオンは、天にも昇る気持ちを切り替えて、頭を振り絞ってオリヴィア姫と内密に連絡を取り合う手段を模索した。


    ◇


 親愛なるオリヴィア・シエーナ様


 私は、貴女(あなた)様の(とりこ)となった、哀れな囚人(めしゅうど)で御座います。


 一日千秋の想いで、貴女(あなた)様をお慕い申し上げております。


 哀れと(おぼ)し召し下されば、ベランダの手摺(てすり)に、()手巾(ハンカチ)(くく)って下さい。


 ()すれば、その夜に参上致します。


 貴女(あなた)様の信奉者、マリオン・ヴェラドーナ


    ◇


 マリオンは、手近にあった純白の手巾(ハンカチ)に自身の思いの(たけ)を書き(つづ)ると、中に小石を詰めて結び、(くだん)のベランダに投げ入れた。


 その恋文(こいぶみ)とも言える文言(もんごん)に、身悶(みもだ)えしたことは内緒である。


 そして、マリオンは、(いさぎよ)くフルネームを明かしていた。


 仇敵であるシエーナ騎士爵家の本陣とも言える本宅のベランダに投げ入れたのだから、脚が震えた。


 しかし、無情にもベランダの手摺(てすり)に、手巾(ハンカチ)(くく)られることは無かったのだ。


 更に追い討ちを掛けたのは、『手巾』とは『てぎれ』とも読めることから、愛しい相手に贈るのは不適切であるという事実が発覚したためだ。


 勇気を出してマリオンは、フルネームを明かしたのも(まず)かったのだろうか!?


 マリオンとしては、精一杯の誠意を示した心算(つもり)だったのだが……。


 それでも(いと)しいオリヴィア姫を想って日参したマリオンだったが、通い詰めるということは、発見される危険性が大きくなることと同義だった。


 これで……、最後にしよう。


 そんな悲痛な気持ちを胸に、シエーナ騎士爵家のベランタが見える木陰に着いた時、果たしてベランダの手摺(てすり)には、あの手巾(ハンカチ)が括り付けられていたのであった。


 恐らく、オリヴィア姫の方も、マリオンの正体が仇敵であるヴェラドーナ騎士爵家の者であることを知り、悩んでいたのだろう。


 その夜、マリオンは、ベランダの下に立つと拾った小石をベランダへと投げ入れた。


「マ、マリオン様でしょうか!?」


 程なくして室内から物音がして、オリヴィア姫が顔を出した。


「オリヴィア様、再びお声を聴けて嬉しゅう御座います」


「マリオン様……わたしも再会できて嬉しゅう御座いますわ」


 こうして、愛の確かめ合いを果たしたマリオンとオリヴィアの恋心に火が点り、秘密の逢瀬を重ねることになったのだ。




「愛しいマリオン様……、貴方(あなた)様とお逢いできるのは……、これが最後です」


「オリヴィア! 如何(どう)してそんなつれないことを言うんだ」


「実は……、わたし……、明日が婚礼で、許婚のサイモン・アデーレの許に嫁ぐのです。もう、マリオン様とは逢えないのですわ」


 衝撃の告白を受けたマリオンは、其の儘(そのまま)、負け犬として家路に就いたものの、如何(どう)してもオリヴィアのことが忘れられず、婚礼衣装の着付けが終わり、控え室で休んでいたオリヴィアを執念で見付け出して強奪したのだ。


「オリヴィア、とうとう直接に抱き締めることが叶った」


(いと)しいマリオン、家族の者に見付かったら殺されるわ。如何(どう)か、わたしのことは見捨てて下さい」


「一緒に逃げよう、オリヴィア!」


「でも……わたし……きゃ!? ご、強引よ、マリオン」


 マリオンが『虚仮(こけ)の一念岩をも通す』の想いで、オリヴィアを見付け出したのだが、彼女の態度は煮え切らなかった。


 オリヴィアも、自身に課された役割を忘れていなかったのだろう。


 それでも強引に連れ出し、愛馬に乗せたところ、踏ん切りがついたのか背中からマリオンを抱き締めてくれた。


 背中に愛しいオリヴィアを感じるマリオンだが、同時に胸の膨らみも感じていた。


 何というか、暴力的なまでの高揚感だ。


 出逢ってからの半年で、オリヴィアの胸は一回り成長していたのだ。


 当然のことながら追い(すが)るシエーナ騎士爵家の家人たちを振り払い、雪の降る夜道に飛び出した二人は、辛くも逃げ切った。


 ただ、夜が明けると同時に本格的な捜索隊が組まれ、とても逃げ(おお)せられる程には、甘くはないだろう。


 今宵の(しとね)で想いを遂げた後のことは、マリオンにも分からなかった。


 無理をさせ過ぎたマリオンの愛馬を乗り潰してしまい、ふたりは徒歩(かち)で逃げていく。




「もし……もし……、そこを行かれるお方様がた。連れが怪我を負って難渋(なんじゅう)しております。どうか、如何(どう)かお助け下さいませ」


 マリオンが、体力が限界のオリヴィアに肩を貸して歩いていると、道の脇から飛び出した少女に呼び止められた。


 少女は、マリオンやオリヴィアよりも幼い容姿だ。


 そして、幼い少女が指差す大木の根元に、幼い少年と(おぼ)しき者が横たわっていた。


「御免ね、俺たちも精一杯なんだ」


 マリオンは、素早く状況判断をして、素気(そっけ)無く無理であると返事した。


「マリオン、例の廃神殿までは、もう少しなのでしょう? わたしも頑張るから連れて行ってあげましょう。こんな幼い者たちを放置するのは、騎士爵家の名折れよ!」


 ところが、幼い少女と怪我をした少年と(おぼ)しき者を、切り捨てられなかった心優しきオリヴィアは、助けてあげて欲しいと懇願した。


「……わ、分ったよ、オリヴィア。ふたりで頑張ろう」


「はい! マリオン」


「あ、有り難う御座います。この御恩には、必ずや(むく)います」


 助けてくれることを確かめた少女は、深々と頭を下げた。


 ただ、少女たちの衣装は、見窄(みすぼ)らしい襤褸着(ぼろぎ)で、とてもお礼など出来るようには見えなかった。


 こうして、逃亡中のマリオンとオリヴィアは、お荷物となる幼い少女と少年を助けて廃神殿へと向かったのであった。


 結局、マリオンは、右手側にオリヴィアの肩を抱き、左手で怪我を負った少年を抱えてよろよろと吹雪く夜道を歩いて行った。


 (ちな)みに、幼い少女は、反対側からオリヴィアの手を引き、健気に引っ張ってくれた。


「もう少しだ、頑張ろう、みんな!」


「「「はい」」」


 そうこうしている内に、何とか廃神殿に辿(たど)り着くことが出来たのであった。


お読み下さり、ありがとうございます。


episode3.御飯事(おままごと)の結婚許可証(ウェディングライセンス)

は、6月13日0時に予約投稿済みです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ