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〈森の民〉の物語  作者: 冬木洋子
8/10

番外編『テル・トールマンの手記』(4)

 ところで、実は、彼らの最大の――と思われる――特徴は、小さいことでも美しいことでも、赤ん坊の頃に毛皮があったり尻尾が生えていたりすることでもない。

 死ぬと木になることである。

 最初、それは埋葬した場所に木を植えることを比喩的に言っているのか、あるいはそういう信仰なのかと思ったのだが、そうではなく、ただ単に事実だったのだ。


 彼らは、死者を土に埋葬する。すると、数十日後に、そこから一本の木が生えてくる。

 植えたり種を蒔いたりしているわけではない。本当に、自然に生えてくるらしい。

 誰も蒔いていなくても鳥などが種を落としていったのではないかと疑ってもみたが、その木が普通の木ではないのは、発芽後の異様な成長速度を見て信ぜざるをえなくなった。

 彼らは、その木を、故人の名前で『誰それの木』と呼んで親しみ、敬愛し続ける。

 自分たちは、人としての生を終えても、ただ居なくなるのではなく木の姿で生き続けるのだ、と、彼らは言う。人の姿から木の姿に変わるだけだ、と。

 彼らが仲間の死をあまり悲しまないのは、そのせいらしい。


 この森の木は、ほぼすべて、そういう、誰かが死んでなった木であるという。

 人としての生を終えてしばらくの間、故人の思い出を持つ人々が『誰それの木』と呼んで面影を偲んだ木は、やがてセレタの世代交代とともに個別の名を忘れられて『ご先祖様の木』となり、周囲がそうした木で混み合ってくるとセレタは別の場所に移動して、それを繰り返すことで森が豊かに茂ってゆくのだという。


 彼らが基本的に木を伐らないのは、そういう理由からなのだ。森の木は、木の姿で『生きている』彼らの先祖なのである。


 ただ、前に述べた通り、全く木を伐らないわけではない。いつどこの木を切って良いかは『森が教えてくれる』のだと、彼らは言っている。混みあった箇所を間引いたり、新たにセレタを作る場所の木を伐ったり、その他、森にだけわかる何らかの理由で伐る必要のある木、伐ってもよい木を、森が指示するのだそうだ。

 セレタをいつどこへ移動するかも、やはり、森の指示によるという。


 そのように祖先の集合体であり意思を持つものである彼らの森は、招かれていないよそ者を寄せ付けないのだという。

 外のものが森に足を踏み入れられるのは〈森の民>に招かれた時だけで、交易も森の外で行なっているため、実際に外部の者を森に入れることは、まずないらしい。もし森に入ってこようとするものがいても、森が認めなければ、樹木に阻まれて果たせないそうだ。そういうものたちは、森の浅い部分をそれとは知らずぐるぐるとさまよい歩き、『自分は森の奥深くまで分け入ったが〈森の民〉の里は見つからなかった』と信じて、そのまま出てゆくことになるのだという。入り込んだものを発見した〈森の民〉が、森狼の鳴きまねで脅したり、足元の草を結んで転ばせたり、頭上に木の実を落とすというような、ちょっとした悪戯をして追い返すこともあるらしい。娘たちが、くすくす笑いながら教えてくれた。


 しかるに私は、この森の中に忽然と現れた。

 彼らが驚くのも、無理もない。

 だが、彼らは、私が森の中に現れることができたということは、森が私にそれを認めたからだと解釈している。

 私は森に客人として招かれ、立ち入りを認められたのだと。

 だから彼らは、私を仲間として受け入れてくれたのだろう。


 私は、その幸運を、しみじみと噛み締める。私は今、とても幸せだ。

 平時の主食であるでんぷんや木の実の粥が口に合わないのにだけは閉口するが、森の空気は清々しく、四季の移ろいは美しく、人々は穏やかで心優しく、セレタの暮らしはいつも明るい笑い声と様々な楽しみに満ちている。食べ物だって、粥が口に合わなければ芋でも焼いてもらって食べていればいいのだ。森は豊かで、食物は豊富にあり、〈森の民〉は親切で気前が良い。私とて無為徒食を決め込んでいるわけではなく、狩こそできないが、女性たちに混ざって自分の食べるくらいの食料は採集するし、力仕事ではいかんなく特性を発揮して、「背高さんがいてくれて本当に助かる」「背高さんがいればなんでも百人力」と重宝がられ、何かと頼りにされ、親しまれている。

 そんな幸福な日々の折々に、ふと思うのだ。こうしてこのまま、彼らの一員として、ずっとここで暮らしていけたらどんなにいいか……と。


 今、こうして手記を書いている時も、私の周りには可愛らしい子供たち、美しい娘たちが集まってきて、手元を覗きこんだり、背中をよじ登ってみたり、膝に上ってきて私の髭を触ったりしている。彼らは髭が生えない種族なので、私の髭がもの珍しく、面白いらしいのだ。

 男たちは狩りや森の見回りに出ている時間が長いので、その間、狩りに連れて行ってもらえない私を構ってくるのは、主に、子供たち、女たちだ。女たちの中でも、特に、好奇心の強い若い娘たちは、仕事の合間合間に私のところに立ち寄っては、積極的に構ってくる。

 そんな時、自分がこんな美しく優しい娘たちの一人と結婚して、こんな可愛らしい子供を持つという、夢のような想像が心をよぎったりもする。


 が、それは、ありえないこと――まさに夢なのだ。


 ついつい繰り返してしまうが、〈森の民〉の娘たちは、一人残らず花のように美しく可憐である。そんな娘たちが、子供たちと同じように無邪気に膝に座ったり背中に抱きついたりとやたらまとわりついてくるので――今も二人同時に膝に乗ってきて、ふざけて押し合いへし合いをはじめてしまったので、たいへん書き物がし難い――、なんだか自分は女性にとてもモテているのではないかなどと、うっかり勘違いしそうになるのだが、悲しいことに、それは錯覚である。彼らには『恋の季節』という決まった繁殖期があって、それ以外の時期は、年頃の男女であっても、色恋めいたことなど欠片も頭にないのだ。彼らは非常にスキンシップを好むが、それはただ単にそういう習慣、文化なのであって、誰に対しても同じようにするのであり、たとえ男女間であっても、性的な意味合いは全くない。その無邪気な振る舞い通り、そういう面では心も子供と同じなのだ。好奇心と素朴な優しさから、珍しいものを構い、寄る辺ないものに寄り添ってくれているだけである。

 彼らにとって、セレタにいるものはすべて家族なので、恋とはセレタの外の森にあるものであり、セレタの中には存在しえないものだ。私も、実際には血縁ではなくても、セレタに受け入れられた段階で、彼女たちにとっては兄やおじと同列のものになっているはずだ。いや、むしろ、彼らにペットを飼う習慣はないが、珍しい大きなペットのように思われているような気もする。子供たちや娘たちがやたらと私を構うのは、おとなしい大きな珍獣を構うようなものだろう。

 では、別のセレタの娘なら私を恋人に選んでくれる可能性があるかというと、それもありえないことはわかっている。

 そもそも、彼女たちには、私の持っているような『結婚』という概念がない。『家庭』という概念も全く違う。『恋愛』という概念も、たぶん私とは全く異なっているだろう。愛しあう一組の男女が互いを唯一の伴侶と定めて永続的に共に暮らし、協力して子を産み育てるという、私が考えているような恋愛や結婚や家庭の形は、ここにはないのだ。


 さらに、それ以前の問題がある。

 たまたま成人後の姿がほぼ同じであるためについ忘れがちになるが、やはり私は、彼らとは別の種族、別の生き物であるのだ。

 それが、たとえ他のセレタの娘であろうとも私を恋人に選ぶことはありえないと思う理由だ。

 彼女らの『恋』は、すなわち生殖である。種の違う生き物は、生殖の相手に選ばれることはないだろう。


 私と彼らが、姿は似ていても根本的に違う生き物なのだということを、私にはっきりと教えてくれたのは、『森』だった。


 私はそれまで、〈森の民〉たちが何度も『森が教えてくれる』というのを聞いて、自分にはその感覚がわからないのを、少し寂しく思っていた。

 彼らは、私が問えば、森がどうようにして語りかけてくれるのかを、言葉をこらして何とか伝えようとしてくれるのだが、私には、その説明を聞いても、悲しいことに全く理解できなかったのだ。

 だから、森が私に語りかけてくれた時は、その神秘に打たれ、ついに自分も彼らの森に受け入れてもらえたのか、真に彼らの仲間になれたのかと、感激に震えた。

 けれど、森が私に語ってくれたことがらは、皮肉にも、私が彼らとは別の生き物、永遠に一つにはなれない別の存在であるということを、私に、はっきりと突きつけたのだ。

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