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涙を知った野獣  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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博士

◎博士


 明智の下でクリスタルを作っている男。かつては化学者だったが、幼女に手を出し全てを失う。



「どうも、はじめまして。成宮亮です」

 そう言って、頭を下げる若者。見た感じは、自分と同じくらいの年齢だろう。身長は高からず低からず、いかにも軽薄そうな雰囲気を漂わせている。細身の体をスーツに包み、にこやかな表情で座っていた。

 明智は、じっくりと目の前の男を観察する。この成宮亮と顔を合わせるのは、今日が初めてだ。パッと見の印象を言えば、裏の世界には似つかわしくないタイプの男だった。

 だが、明智は知っている……こういうタイプは、見るからに凶悪そうな風貌のチンピラよりも遥かに手強い。凶悪だが頭の足りないチンピラを、上手く操縦する側の人間だ。

「成宮、会うのは初めてだな。だが、前から話は聞いているよ。小林が世話になってるようだな」

 言いながら、明智は成宮の顔を覗きこむ。しかし、成宮はヘラヘラしているだけだ。怯えているわけではなく、かといって虚勢を張っているわけでもない。ごく普通の自然体である。

 何を考えているのかは不明だが、大した度胸であるのは確かだ。頭がキレる上に度胸がある、それはこの業界で上に行くための必須条件である。

 もっとも、それはどこの業界も同じかもしれないが……。


「こちらこそ、小林さんには何かと世話になってますから。それより、俺に用とは何でしょうか?」

 成宮は、にこやかな表情を崩さずに尋ねる。

「小林から聞いたんだが、お前はあちこちに顔が利くらしいな。それに、情報を集める能力もトップクラスだと聞いた。そんなお前に、是非とも頼みたいことがある」

「それは、ちょっと買いかぶり過ぎですがね……でも、俺に出来ることなら引き受けますよ」

「そうか。だったら、神居桜子カムイ サクラコの日常について、出来るだけ詳しく調べてくれ」

 その言葉を聞いたとたん、成宮の眉間に皺が寄る。

「神居桜子、ですか……あれは厄介な女ですよ」

「知っている。だからこそ、お前に頼みたいんだ」

「まあ、やれというなら引き受けますがね……ただ、神居桜子には狂犬が付いてきますよ。そこはお忘れなく」

「狂犬だと? 何者だ?」

 怪訝そうな顔をする明智に、成宮は渋い表情をして見せる。

「岸田真治っていう男がいましてね。こいつは完全なキチガイなんですよ。死体の写真や映像を撮るのが大好きで、人殺しも大好きなんですよ」

「人殺し? そいつはヤクザなのか?」

 訝しげな表情をする明智に、成宮は顔をしかめながら頷く。

「いいえ、ヤクザじゃないです。ただ、頭のネジが五・六本くらい飛んでる男なんですよ。少し前にも、士想会の連中とバチバチやり合ったみたいなんですが……未だに士想会の中では、岸田を殺せって言ってる奴もいるらしいですよ」

「士想会と? そいつは何を考えてるんだ?」

「さあ……ただ、俺はお近づきにはなりたくないですね」

 そう言って、いかにも嫌そうな表情を浮かべる成宮。岸田という男のことを、本気で嫌っているらしい。

「そのキチガイと、神居桜子はどんな関係があるんだよ? まさか、二人は付き合ってるのか?」

 明智の問いに、成宮は笑いながら手を振る。

「いえいえ、そんな関係じゃありません。岸田は、神居桜子の父親である神居宗一郎が愛人に生ませた子供なんですよ。いわば、桜子の義理の兄に当たるわけです。もっとも、岸田には妹を可愛がる気持ちなんか、欠片ほどもありゃしませんがね」

 顔をしかめながら、吐き捨てるような口調で言う成宮。

「義理の兄、か。なるほどな」

「そうです。しかも、岸田は神居家のトラブル対処係みたいな役割も担っているんですよ。神居家で何かあったら、岸田が動きます……もともと頭がイカレてる上に、神居家の後ろ楯がありますからね。下手すりゃ、この真幌市まで出張してきますよ」

 成宮の口調は軽いが、表情は真剣そのものだ。岸田という男の怖さを、よく知っているのだろう。

「そうか。だが、関係ないな。もし、その岸田が邪魔だというなら、こっちに誘き寄せて始末するだけさ」

「そうですか……分かりました。くれぐれも気をつけてください」

 成宮の言葉に、明智は頷いた。だが頭の中では、その岸田なる変人について考えていた。

 恐らく、岸田は金では動かないタイプの人間だ。もう少し詳しく調べれば、場合によっては上手く利用できるかもしれない。




 その夜、明智はダニーを連れて外を歩いていた。ダニーはいつもと同じく、フードを被りサングラスとマスクを着けた姿である。

 二人はのんびりと歩いていたが、不意にダニーが足を止める。

「あ、兄貴……やっぱりいいよ」

 そう言って、来た道を戻ろうとするダニー。しかし、明智は彼の腕を掴み、強引に引き戻した。

「ダメだ。行くぞ」

「う、ううう……」

 もじもじしながら、下を向くダニー。だが、明智は容赦しない。

「いいか、お前だって店で好きなものを買いたいだろうが。だったら、自分で買いに行くことを覚えろ。次からは、自分ひとりで買いに行くんだぞ」

 言いながら、明智はダニーを引いて行く。ダニーは下を向きながらも、されるがままになっていた。


 やがて二人は、コンビニの前に立つ。時刻は既に二時を過ぎている。もともと、この近辺は住宅地であり、夜中になれば人通りは途絶える。今も、店の中には店員の他には誰もいない状態だ。

 そんな店内に、明智とダニーは入って行った。


「ダニー、何か欲しいものはあるか?」

 尋ねる明智。しかし、ダニーは困ったような様子でキョロキョロしている。サングラスとマスクのため表情こそ見えないものの、狼狽しているのは一目瞭然だ。そもそも、ダニーはこういう店に入るのは初めてである。これまでは、切った張ったの修羅場にしか同行させていなかったのだ。

 明智はため息をついた。このままでは、埒があかない。今日のところは、買い物をする場面を見せるだけでいいだろう。

「しゃあねえな。ダニー、とりあえずカップラーメンと菓子パン買ってくぞ。よく見とけ」

 言いながら、明智は手近なカップラーメンと菓子パンを掴み取って、レジへと向かって歩く。

 その時、もう一人の客が店に入って来た。

 すると、明智の表情が一変する。新しく入ってきた客は、明らかに様子がおかしいのだ。いかにも何かしでかしそうな雰囲気を漂わせている。

 明智は、横目で新客を観察した。ニット帽を被った若い女だ。大きな瞳と白い肌、可愛らしい顔立ちをしている。化粧っ気は無いが、その表情は挙動不審だ。入ってくるなり、チラチラと店のあちこちを見ている。しかし、明智や店員とは目を合わせようとしない。

 また、黒い革のジャンパーを着てはいるが、腰のあたりに武器らしきものを忍ばせているのが分かる。

 ひょっとしたら、この女はヤク中なのかもしれない。たまに、ヤクをやった直後やたらと活動的になる者もいる。多いパターンは覚醒剤だろうか……覚醒剤を射ち、高揚した気分で家を出ていく。その後は、目をギラつかせながら挙動不審な態度で町を徘徊する。結果、警察官に職務質問された挙げ句に逮捕されるケースがほとんどであるが。

 いずれにせよ、この女は何かをやらかす気配を漂わせている。トラブルに巻き込まれる前に、コンビニを出るのが賢明だ。明智は会計を済ませて、ダニーの方を向いた。

 だが、その瞬間、明智の表情が歪む。

「あ、兄貴、待って!」

 叫びながら、カップ焼きそばとシュークリームを持って歩いてきたダニー。しかも、彼の口元からマスクが外れているのだ。どうやら、大きな声を出すために外したらしい。

「ダニー! マスクを付けろ!」

 明智は怒鳴りつける。その時、彼の視界に妙なものが入った。目の前を、フラフラとした足取りで歩いて行く者がいるのだ。

 それは、先ほどの挙動不審な女である。女はダニーの前に立ち、じっと彼の顔を見つめた。

 ダニーの方は、明らかに戸惑っている。いきなり現れ、自分をじっと見つめている不審な女に対し、どう反応していいのか分からないのだ。

 しかし、明智の反応は違っていた。眉間に皺を寄せ、つかつかと女に近寄る。

「おい、そこのキチガイ。ダニーの顔に、何か付いてるのか?」

 後ろから、低い声で凄む明智。だが、女はその言葉を無視していた。まるで何かに取り憑かれたかのように、ダニーの顔を凝視している。

 一瞬の間を置き、女は口を開いた。


「ねえ、あんたの顔を見せて」


 その時、明智は動いた。憤怒の表情で女の頭を掴み、力任せに横に放り投げようとする。

 だが、女の動きは明智の想像を超えていた。明智の手が女の被っているニット帽を掴んだ瞬間、ボクシングのウィービングのような動きで、パッと明智の手を躱したのだ。

 結果、明智は女のニット帽だけを放り投げることとなった――

 一方、女は憤怒の形相で明智を睨みつける。顔の造りそのものは美しいが、髪の毛はツルツルのスキンヘッドだ。しかも、額の辺りから後頭部にかけて、一本の長い傷痕がある。

「なんだ! てめえは!」

 喚きながら、ポケットから何かを取り出そうとした女。しかし、今度はダニーが反応した。後ろから、女の肩を掴む。

 そして言った。


「俺の顔、見たいか? それで気が済むなら、見せてやる」


 ダニーは片手でフードを上げ、サングラスを外す。

 ケロイド状の皮膚に覆われた、醜い顔が露になった……。

 だが、女は眉一つ動かさない。じっとダニーの顔を見つめている。

 そのやり取りを見ていた明智は顔をしかめた。この女は、いったい何を考えているのだろうか? ダニーの顔を見ても、表情を変えないとは驚きだが。

 奇妙な空気が、店内を支配する。だが、次の瞬間――


「ちょっと、大丈夫ですか?」


 とぼけた声を発しながら、その場に現れた者がいる。二人組の制服警官だ。

 だが、警官たちはダニーの顔を見るなり、ギョッとした表情で動きを止めた。




 簡単な事実聴取の後、解放された明智とダニー。明智はすました表情で警官に対応し、ダニーもおとなしくしていた。そのため、二人はすぐに解放されたのである。


「ダニー、あの女は何だったんだろうな」

 帰り道、呟くように言った明智。女は、おとなしく警官に連れられて行った。警官の話では、この近所に住んでいるらしい。以前から奇行が目立ち、住民からも苦情が来ていたとのことだ。

 しかし、女のダニーを見る目は……。

「あいつ、何か分からないけど、悪い奴じゃないと思う」

 こちらもまた、呟くように言ったダニー。明智は首を傾げた。いったい何者だったのだろう。

 まあいい。あんな女のことなど、気にしている場合ではない。さしあたり考えなくてはならないのは、神居桜子のことだ。

 桜子に、どうにかして接近する。そして、父親である神居宗一郎をこちらに引き込むのだ……。

 頭の中で冷酷な計算をしながら、明智はダニーと並んで歩いていた。






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