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明智光一

明智光一アケチ コウイチ


 美しい顔の裏に狂気を秘めた主人公。ここ数年の間に、裏の世界においてめきめきと頭角を表している。主な収入源は、人身売買と合成麻薬クリスタルの取り引き。

「明智さん、お連れしましたよ」


 付き人らしき男の声とともに現れたのは、その存在だけで部屋の空気すら一変させてしまいそうな美女であった。

 年齢は二十歳前後だろうか。透き通るように白い肌をしており、顔はまるで作り物のように整っていた。青い瞳は大きく、たなびく金髪はウィッグではなく自前らしい。肩の開いた白いロングドレスを着てはいるが、その巨大な乳房はドレスの下からでも自己主張をやめていない。


「どうも、白井雪シライ ユキです」

 女は、にこやかな表情で頭を下げる。自らの美貌に対する圧倒的な自信が、その立ち振る舞いからも伺えた。

 しかし、そんな彼女の目の前にいる男も、顔の美しさでは負けていない。作り物のように端正な顔立ちは、精悍さと優雅さを合わせ持ち、独特の雰囲気を醸し出している。肩まで伸ばした髪を後ろで束ね、オーダーメイドのスーツに身を包み、手には革製の手袋をはめていた。いかにも愉快そうな顔つきで微笑んではいるが、白井を見る目には冷たい光が宿っていた。


 ここは新興宗教団体『ラエム教』の真幌支部だ。施設自体は三階建てであり、一階はまるでホテルのように、受付と待合室が設置されていた。白い壁に囲まれた建物は、外からは病院のようにも見える。明智はその待合室のソファーに座り、白井の到着を数分前から待っていたのだ。

 もっとも、この場所は……宗教団体の支部、とは名ばかりである。信者たちはごく普通の人間ばかりだが、教団を仕切る幹部たちはヤクザも顔負けの悪党たちによって構成されているのが実情だ。

 そんな教団が、裏で行なっている商売の一つが売春である。売春とは言っても、そこに所属している女性は並みの容姿ではない。そこらのアイドルや女優では太刀打ちできないほどの美貌の持ち主が、数多く所属しているのだ。この施設自体も、夜になると売春宿と化す。

 今、明智光一の目の前にいる白井雪も、ラエム教の売春組織に所属する女の一人であった。


「白井さん、といいましたね。あなたは実に美しい。今夜は是非とも、あなたと共に素敵な夢を見たいものですね」

 そう言って、明智は微笑んだ。こちらもまた、落ち着いた余裕たっぷりの態度である。大抵の男が、見ただけですくんでしまうであろう白井の美貌に対し、怯む気配がない。

 すると、白井はにっこりと微笑んだ。

「ええ、喜んで」




 そして白井は、二階の一室に明智を招き入れる。田舎のラブホテルのようにごてごてと悪趣味な飾り付けがされているわけではなく、ごく普通の落ち着いた雰囲気である。部屋はさほど広くなく、ダブルベッドとテーブル、それに冷蔵庫があるくらいだ。

 白井は妖艶な笑みを浮かべながら、ダブルベッドに腰掛けた。

「私、あなたのようなイイ男は初めて見るわ……仕事抜きでお付き合いしたいくらい――」

「ああ、ちょっと待ってな。今、呼ぶからさ」

 白井の言葉を途中で遮り、明智はずかずか部屋の奥へと進んでいく。白井には見向きもせず、奥にある窓を開けた。

 窓から顔を出し、叫ぶ。

「おい、ダニー! ここだから早く上がって来い!」

 その行動に、白井は唖然となった。この男は、いったい何をしているのだろうか?

「ちょ、ちょっと!?」

 白井が声を発すると、明智は振り向いた。

 にっこりと笑う。


「大丈夫。今来るから」


 その言葉の直後、白井は口を開けたまま硬直した。なぜなら、本当に窓から侵入してきた者がいたのだから……。

「な、何なの……」

 そう言ったきり、絶句する白井。窓から入って来た者は、黒いパーカーに身を包み、窓のそばに佇んでいる。体つきはがっちりしており、その両腕は長い。顔にはサングラスをかけマスクをしており、異様な雰囲気を醸し出している。

「白井さん、こいつはダニー……まあ、俺の弟みたいなもんだ。おいダニー、サングラスとマスク取って挨拶しろ」

 言いながら、明智はダニーの頭をはたく。

 すると、ダニーはためらいながらも、明智の言う事に従った。まず、被っていたフードを上げる。

 すると、ケロイド状の皮膚に包まれた頭が露になった。無論、髪の毛は一本も生えていない……。

 白井は思わず、ヒッと小さな悲鳴を上げる。だが悲鳴を上げるには、まだ早すぎたのだ……次いでダニーはサングラスを外し、マスクを取る。

 その瞬間――

「いやあぁぁぁ!」

 白井の悲鳴が、室内に響き渡った……。

 ダニーの顔を覆っているのは、ケロイド状の皮膚であった。鼻は削げ落ち、二つの穴が向き出しになっている。耳たぶも付いておらず、両目は極端に小さい。

 まるでホラー映画に登場する怪物のような風貌の男が、そこに立っていた。


 体を小刻みに震わせ、後ずさる白井。すると、明智が楽しそうな表情で口を開いた。

「白井さん、実を言うと……ダニーはまだ、女を知らないんだよ。チェリーなんだよな。だからさ、ダニーに女ってものを教えてやってくれ。頼んだぜ」

 言いながら、白井に向かいウインクする明智。次いで、彼はダニーの方に向き直る。

「そういうことだ。いいかダニー、白井のお姉さんの言うことをちゃんと聞くんだぞ。そうすれば、お前も天国に連れて行ってもらえるぜ」

 いかにも嬉しそうに、ダニーの肩を叩く明智。その時になって、白井はようやく我に返った。

「じょ、冗談じゃない!」

 憤然とした表情で怒鳴りつけ、部屋を出て行こうと扉に向かう白井。

 その瞬間、明智も動く。まるで忍者のように音も無く動き、扉の前に立ち塞がる。

「おい待てよ。どうしたんだ? いったい何を怒ってるんだよ?」

 微笑みながら、尋ねる明智。すると、白井は彼を睨み付けた。

「ふざけるんじゃないよ! こっちはね、そこらの売春婦とは違うんだよ! あんな化け物の相手するほど――」

「待てよ。お前は今、なんて言ったんだ?」

 尋ねる明智の声は、それまでとうって変わって無機質なものだった。顔つきも変化している。先ほどまでのにこやかな表情が、その顔から消え失せていた……白井は思わず後ずさる。

「ねえ白井さん、聞いてるの? 俺の聞き間違えでなけりゃ、今あんたは化け物って言ったよね?」

 無表情のまま、なおも質問する明智。

「ああ言ったよ! あいつの顔、どっから見たって化け物じゃない!」

 顔をゆがめながらも、言い返す白井。

 その時、明智はニヤリと笑った。

「顔か……分かった。顔に難があるから、ダニーは化け物だと、あんたはそう言ってるんだな」

 冷静な口調で言った直後、明智は白井の髪を鷲掴みにした。

 そのまま、何のためらいも無く壁に叩きつける――

 グシャリ、という音。血に染まる壁。

 一瞬遅れて、白井の口から悲鳴が上がる。だが、明智は平然としていた。

「そんな声だすなよ。今から、あんたの顔もきっちり変形させてやるから。あんたも、今日から化け物だ」

 冗談めいた口調で言いながら、明智は白井の顔を壁に叩きつける。

 何度も、何度も――

「あ、兄貴……」

 部屋の奥から、くぐもったような声が聞こえてきた。ダニーの声だ。

「何だよダニー。俺は忙しいんだ。今からこいつの顔を、名画『泣く女』に変えてやるから。俺の芸術的な創作意欲に火が点いちまったんだよ。ちょっと待っててくれ」

 言葉を返しながらも、明智は凶行を止めない。白井の金髪を掴み、顔面を壁に何度も叩きつけているのだ……その度に、グチャッという胸の悪くなるような音がする。

「も、もういいよ……」

 恐る恐る声をかけるダニー。明智が言い返そうと顔を上げた時――

 唐突に部屋の扉が開き、数人のスーツ姿の男たちが姿を現した。

 すると、明智は愉快そうな表情を浮かべ、パッとその場から離れる。血まみれで息も絶え絶えな白井を放置したまま……。

 男たちはまず、床で倒れている白井を見た。これまで、数多くの男を虜にしてきた美しい顔……だが、今は醜く変形している。瞼は塞がり始め、唇は裂け血が滴り落ちていた。鼻はあり得ない方向に曲がり、床には白い破片が落ちている。彼女の歯だろうか。

 次の瞬間、男たちの顔つきが変わる。

「明智さん! うちの商品に何してくれてるんですか!」

 一人の男が怒鳴り、明智に詰め寄る……そこまでは、まだよかった。

 しかし、その後の行動がまずかった。この男は怒りに任せ、明智を突き飛ばしてしまったのだ。

 今、この部屋において……それは、もっともしてはいけない行為だったのに。


 その瞬間、何が起きたかをはっきり理解していた者はいない。それくらいダニーの動きは自然で無駄が無く、かつ速かった。ダニーは瞬時に、突き飛ばされてよろめく明智のそばに移動する。

 直後、ダニーの横殴りの左肘が放たれた。左肘は男の顔面を抉り、肉を切り裂く。

 しかし、ダニーの攻撃はそれだけでは終わらない。彼の体は、なおも動き続けている。ダニーは時計回りに回転し、強烈な右肘を男の顔面に叩き込んだ――

 その間、僅か数秒ほど。次の瞬間、男は倒れた。


「お前ら、ここにいるダニーは俺の弟分だ。しかも、ムエタイの達人だよ。お前ら全員を一分以内で病院送りに出来るぜ。さっさと、そこに寝てる『泣く女』を連れて失せろ。俺たちは、もう飽きちまったから帰らせてもらう」

 いかにも楽しそうな表情で、男たちに言ってのけた明智。

 一方、スーツの男たちは目の前で起きた出来事に唖然となっていた。ホラー映画に登場しそうな醜い顔の男がいきなり現れ、仲間の一人を数秒で倒してしまったのだから。

 だが次の瞬間、彼らの視線が倒れた仲間を捉える。無残に陥没した顔面を晒し、ピクピク痙攣している仲間を。

 その途端、男たちは一斉に動く――

 しかし、ダニーの反応の方が遥かに早い。鞭のようにしなやかな、左のミドルキックが飛んだ。

 ダニーの足先は、催涙スプレーを取り出した男の右手首に炸裂する。鞭のようなミドルキックにより、男の手首は一瞬にして砕かれた。悲鳴を上げ、男は催涙スプレーを落とす。

 直後、今度はダニーの右足爪先が男の鳩尾を抉る。男は声も無く、前のめりに倒れた。

 だが、別の男がダニーに迫る。スタンバトンを手に、ダニーに襲いかかった。

 しかし、いくらスタンバトンが強力でも、扱う人間の性能が違い過ぎれば宝の持ち腐れである。ダニーはスタンバトンの一撃を難なく躱し、その持ち主めがけ横殴りの左肘を叩き込む。次いで、下から上へと打ち上げるような右肘が顔面に炸裂――

 ボクシングのアッパーカットのような軌道の右肘をまともに顔面に食らい、男は仰向けに倒れた。

 しかし、ダニーの動きは止まらない。残った男へと向かって行く。首を両手で掴み、飛び上がるような膝蹴りを顔面に見舞っていく――


 その場には、四人の男と一人の女が血まみれで倒れていた。

 一方、ダニーは息も切らさずに佇んでいる。ケロイド状の皮膚に覆われた顔からは、何を思っているのかは窺い知れない。

 その時、パチパチという妙に場違いな音が聞こえてきた。明智が拍手しているのだ……。

「いやあ、相変わらず見事なもんだな。ダニー、お前は天才だよ。さて、引き上げるとするか」

 愉快な表情を浮かべながら、ダニーに声をかける明智。しかし、またしても新手の男たちが部屋に乱入して来た。

 今度の男たちも黒いスーツ姿だが、先ほどの者たち――床に倒れている連中――とは明らかに違う雰囲気だ。格が違う、とでも言おうか。全員がサイボーグのような冷酷な顔つきで、部屋に入り明智たちを睨み付ける。

 しかし、明智は怯まなかった。

「何だよ、また来やがったのか。さっさと消えろや。でねえと殺すぜ」

 平静な顔つきで言いながら、明智が懐から取り出した物……それは、黒光りする大型の拳銃であった。そして横にいるダニーも、両拳を上げて構えている。

 緊迫した空気が、部屋を支配していた……。

 だが、一人の男が前に進み出た。顔に火傷の痕があり、綺麗に切り揃えられた口ひげを生やしている。その表情は冷静で、興奮している訳でも怯えている訳でもない。

「明智さん……私はマネージャーの藤堂です。うちの人間が、何か失礼なことでもしましたか?」

 あくまでも、平静な口調で尋ねる藤堂。すると、明智は口元を歪めた。

「失礼だぁ? そこで寝てるポンコツの金髪女はな、俺の弟のダニーを化け物と言いやがったんだよ。こんな失礼なことがあるか。俺たちは帰らせてもらうぜ。邪魔する奴ぁ殺すけどな」

 こちらも、平静な口調で返す明智。だが、横にいるダニーは今にも襲いかかりそうな様子だ。明智はさりげなく左手を伸ばし、ダニーの肩を叩きながら小声で囁く。

「ダニー、まだ大人しくしてろ。ただし、奴らが妙な真似したら殺せ」


 一方、藤堂はじっと二人を見つめた。

「なるほど……しかし、ここまでの事をされたら、ウチとしても黙って引き下がる訳にはいきませんね。この始末、どうなさるつもりですか?」

 重々しい口調で言い放つ藤堂。同時に、男たちの表情が変わる。上着の内ポケットに手を入れ、何かを取り出そうという構えだ。

 しかし、明智にも怯む様子がない。

「そうかい……だがな、あんたらは黙って引き下がるしかねえんだよ。ここでドンパチやったら、困るのはあんたらの方だろうが。宗教団体ラエム教の施設で発砲事件なんかあったら、こりゃあマズイよねえ?」

 余裕綽々の表情で、笑みを浮かべる明智。

 すると、藤堂の口元が歪む。黙ったまま、じっと明智を睨み付けた。

 ややあって、藤堂は口を開いた。

「では、我々が何もしなければ、あなた方は大人しく引き上げてくれるのですね?」

「ああ、そのつもりだよ」

 明智の返事を聞き、藤堂は部下たちの方を向く。

「明智さんは、お帰りだそうだ。お前ら道を開けろ」

 その声を聞き、スーツの男たちは動いた。不満そうな顔をしながらも、無言で部屋の隅へと移動する。

 その様子を見た明智は、愉快そうに頷いた。

「さて、邪魔な奴らは居なくなったことだし、帰るとするか」

 そう言うと、明智は意気揚々と部屋を出て行く。慌てて、その後を追いかけるダニー。

 しかし、そんな二人の背中に言葉が投げられた。

「明智さん、まさか、これで済んだと思っちゃいませんよね?」

 その声を聞き、立ち止まる明智。端正な顔に歪んだ笑みを浮かべ、ゆっくり振り返る。

 二階から自分たちを見下ろす藤堂を、凄みの利いた表情で睨み付ける。

「ああ……こっちも、この程度で済ませるつもりはねえよ」

 そう言うと、小馬鹿にしたような表情でペロリと舌を出して見せた。




 外に出た後、明智とダニーは並んで夜道を歩いていた。周囲は閑静な住宅地であり、人通りもほとんど無い。まさか、こんな所に宗教団体の経営する売春宿があるなどとは、誰も想像しないであろう。

「ダニー、腹へったな。お前は何が食べたい?」

 明智の問いに、ダニーは顔を上げた。

「う、うん。チキンラーメンとチョコボールが食べたい」

「チキンラーメン?」

 すっとんきょうな声を出す明智に、ダニーはためらいながらも頷いた。

「うん。ダメ?」

「ダメじゃねえけどな……じゃあ、今日はチキンラーメン食うか。ただし鳥のささみと卵、それにブロッコリーとヨーグルトも食べるんだぞ。栄養のバランスも考えないとな」

「わかった。食べる」

 素直に答えるダニー。すると明智の顔に、優しげな表情が浮かぶ。先ほどの、施設内での凶行が嘘のようだ……。


「ダニー……帰ったら、一緒にチキンラーメンとチョコボール食べような」






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