第6話 ゴブリンスラッシュ! ゴブリンは死ぬ
修学旅行の旅行先で木刀を手にした時、妙に心が高鳴って手にぐっと力を入れて握りしめたり、掃除の時間の時、モップやほうきを構えて、週刊誌の剣技を披露したことはないだろうか。
ある。あるよ、あるよね?
木の枝でやろうというエヴァに剣を持たせて欲しいと駄々をこねて、彼女の剣を持たせてもらう。
鉄でできたショートソードはエヴァにあわせてか短めだったが、それでも、俺にとってはまるで長剣だ。
重さもあって、振り回すどころか構えるだけでも手がプルプルしそうだったが、得も知れぬ感動が脳内をピリピリと痺れさせる。
(剣、持ってる!)
鮮やかに剣を振り、魔物を斬りたおす姿を想像しながら剣を振り下ろす。なんだかすごく強くなった気分だ。
それは実際のところは一閃どころか筆でゆっくり1の字を書くような遅々としたものだったけれど、頭のなかではかっこいい剣撃に差し替わっていた。
「勝手に剣を振るっちゃだめよ!」
振り下ろした手を掴まれる。かなり力が入っていてまるで万力に湿られているみたいだった。
一瞬、涙がポロッとこぼれて鳴き声を上げそうだったがギュッと口を閉じて我慢する。痛みが引くのを待ってから、恐る恐る口を開く。
「な、なんでぇ?」
「剣は間違って扱ったら自分の手足を斬ることもあるから、教えた振り方以外はしちゃだめよ!」
「まだなにもおそわってない……よ?」
「じゃあやっちゃダメ」
なら先に言って欲しかったという思いと、痛いという気持ちに、たしかにそのとおりだという理解がぐるぐる頭を回りながら最終的には自分が悪いのだという結論に至る。
まあ、猫の手をせずに食材をずとんずとんと切り始める少年がいれば絶対止めるだろう。
基本引っ張っていくエヴァだが泣きそうになるほど痛くされたのは初めてなので、もしかしたら彼女から見てかなり危なっかしかったのかもしれない。
それからは真面目にエヴァに言われるとおりに剣を振るう時間が続く。
箸より重いものを持ったことがない、なんてことは言わないが、鍛えるための運動なんてしたことがないこの体からすると鉄の剣は重たすぎた。
次第にへろへろになっていくがここで諦めてなるものかと気合を振り絞りながら振る。
そんな俺の様子を満足気に眺めていたり、型が崩れだすと訂正したりと忙しく動きながら、訓練を行う。
しかしあれだね! 指導するからって後ろから抱きしめるみたいにしながら『手はこう振るのよ!』とかされるとあれだよね! ときめいてしまうよね! 女の子って男が勘違いしやすい生き物だって絶対わかってないよね! なんだかんだで柔らかいし、甘い匂いするし!
エヴァ相手じゃなかったら気があるとか勘違いしてもおかしくないと思う。
従姉妹なら結婚できるよねとか頭に浮かんじゃうもの!
そんな風に時々邪念に囚われながらも訓練を続けていると、不意にぐう~とお腹がなってしまい、休憩ついでにお弁当を食べることにした。
お弁当と言っても、ご飯にハンバーグに、たくさんの品目、みたいないかにもなお弁当ではなく、スランスパンみたいな固めのパンの切れ目ににベーコンや野菜を詰めたものだ。
結構硬いので、はぐっと勢い良く食べてると、むせてしまう。
「んっ、ごほっ!」
なんだか自分の年齢がいくつだったか思い出せなくなる感じだけれど、これでも一生懸命なのだ。
呆れるような笑い声が小さく聞こえると、エヴァが「んっ」とコップを押し付けてくる。
いつの間にか淹れたのだろうか。コップから昇る湯気。紅茶の香りが鼻をくすぐる。
魔術を使ったのだろうか。お湯を沸かしたりと、やっぱり使えるとだいぶ便利そうだ。
「あ、ありがと」
「このくらい大したことじゃな――」
話を途中で切って、エヴァは鞘に締まっていた剣を引き抜いて構え、森の奥の一点を険しい目で見つめている。
「二匹来るわ」
「えっ?」
「後ろにいるのよ。絶対よ」
がさがさとかき分けながら森の奥からやってきたのはゴブリンだった。
その身なりはとても汚く、浮浪者でも着てないようなボロをかろうじて身にまとっている。
一匹は握りやすい硬そうな木の棍棒を握りしめ、もう一人は錆びついた青銅の剣を握っている。
剣には赤黒い何かがこびりついていた。
――きっと、誰かを襲って殺したことがあるんだ。
証拠に奴らは人を全く恐れていなかった。確かに子供二人だからといえばそうだけれど、まだここはそれほど森の奥というわけではないのだ。
ゴブリンは戦おうとしているエヴァをあざ笑うように指をさして笑う。
「やっぱりゴブリンって可愛くないわね。ぶった切ってあげるわ!」
まるで散歩みたいに悠々とした歩みでエヴァは近づいてゆく。
2対1の不利な状況なんて全く気にしない堂々としたその様子にゴブリンたちは肩をすくめるような舐めきった態度をとって、エヴァに棍棒を振り上げる。
一番上まで振り上がった瞬間だった。素早く飛びかかると、棍棒に対して剣を切り上げる。
腕よりも太さがあったはずのそれはまるで豆腐か何かを斬るみたいになんの抵抗もなしに切れてしまい、ぽかんと口を開けたままのゴブリンに対し、一閃。
剣なんて持たずにただ手を横にふったみたいな軽さで、まるで壊れたおもちゃみたいにゴブリンの頭と胴体が2つに別れてしまった。
切れた頭と体の両方から血が流れ続けているがなんだか現実感がなかった。
「さて、後はアンタだけね!」
お返しみたいにびしっともう一匹のゴブリンを指差すエヴァ。
ゴブリンの緑色の肌は血の気が引きすぎて気の毒な位だった。
なんていうか、エヴァって勇者みたいだよね……。
彼女みたいなのが主人公張るのかなあ。
転生したはずなのに、元の自分より年下の女の子の背中に隠れている自分にそっとため息をついた。




