第56話 求めるのは永遠
虚ろな目のまま襲い掛かってくるエヴァはさっきまでの勢いも、剣から感じる嫌な感じも弱くなり、ギリギリではあるが、なんとか回避が可能だ。
「……意志がなければ英雄もこの程度か」
「俺の体なんてどうするんだ。自分が吸血鬼になればいいじゃないか」
夜のオーブを手にすることができるなら、それで自分がなればいいだけだ。
なのにわざわざ俺を吸血鬼にしてから体を欲しがるなんて迂遠すぎる。
「闇の魔力が強くないと良い吸血鬼になれません。私は光の属性で、そして、魂の交換は血が近いとかなり成功率が跳ね上がる。君の素質を知った時、胸が高鳴ったよ。学校に入学予定の生徒だと資質を調べさせて、確信した。君なら吸血鬼化も魂の交換も成功するとね」
「そんなもの、どうやって……」
「ライナーが動いていた計画を知っているのでしょう? 魂を加工する技術は既にある」
マリオンが攫われ、生きた人形にされそうになったあの商人だ。
死体を剥製にするのとは違い、生きたままの状態を保てるあれは、魂がとどまり続けているからだと言っていた。
確かに月の教団が魂を加工する技術を持っていてもおかしくはない。
俺を吸血鬼にして、俺と魂を交換することで自分が吸血鬼になろうだなんて。
「そのために、エヴァを利用したの?」
「ええ。ですが、君に適正があるとわかっていれば仲良くなどさせなかったのに、うまくいかないものです。灯台もと暗し、というのでしょうね……。まあ、最後が良ければなんにも問題有りません」
「くそ」
エヴァの動きは悪くなっても、俺の腕がない状態も、ミハエルに魔術を相殺される状態も変わらない。とことんこちらに相性が悪い相手だ。
ちらりと辺りを見渡すも、徐々に優勢になっているが、ある程度膠着状態で、また、二人に対応できそうなシルヴィアはマリオンの護衛にぴったりだ。
とは言え、そのマリオンの御蔭で回復し続ける兵士に徐々に優勢になっているのだから仕方がない。
「ああ、もう時間がありませんね。さあ、さっさと倒させてもらいましょう。私の体をあげますよ。人間に戻れるのです。どうですか? エヴァならあなたが大切にしてあげればいい」
「お断りだ! 親からもらった大切な体だからな!」
第一、ただでさえ従弟なのにおねえちゃん呼びの弟扱いだった上に、吸血鬼化で見た目の年齢は逆転。年下をおねえちゃん呼ばわり状態。
ここにさらに娘まで追加されたら俺とエヴァの関係が一体どうすればいいか訳がわからなくなってしまう。
「生きが良いのはいいことですが、どうするつもりですかね」
指摘されたように状況は悪いままだ。
正直加勢を信じて時間を待つのが一番の手かもしれないが、受けられない剣を持っているというのがきつく、逃げまわるしか選択肢がない。
そもそも、エヴァとわかってしまえば殺せないのだから、それしか方法がないのは変わらない。
「吸血鬼らしく甘さを捨てれたら違ったでしょうにね!」
「いいや、だからこそ何とかなるのさ」
飛び込んできたのは兵士を振り払ったお父様だった。
エヴァと三度切り結ぶと、簡単に剣を弾き飛ばしてしまう。
のしかかり、手足を抑えてお父様はミハエルを睨みつける。
「裏切るのですか、兄さん。家を潰すつもりですか?」
「ああ。家なんてどうでもいいね。お前は来る前に俺になんと言った? リオンを殺されないようにしますといったよな」
「今もそのつもりですよ」
「そうして戻ってくるリオンの中身はお前だと? そんなもの、許せるわけがない」
「許しなんて乞いてませんからね」
「お前のせいでアンリが死んだこともか?」
「ええ。私が伝えましたからね。母親の方が不要だと。イレギュラーになり得る要素は少ないほうがいい」
「お前の姉だぞ。情はないのか」
「ええ、あの方に捧げるものと比べればないに等しいでしょう」
……頭のなかを言葉がそのまま通って抜けてゆくようで、意味を理解できない。
お母様が?
「お母様がどうしたんです? お父様は言ったよね、寝込んでいるだけだって」
「セドリックは嘘をついてませんよ。二度と目覚めないだけですものね。うまい説明ですね」
「ミハエルっ!」
「ああ、何もうまくいかない。失敗というしかありませんね」
そう言って、落ちた剣を拾い上げると取り押さえられているエヴァを見ることなく、まっすぐに逃げ出していく。
俺にはそれを追う気力がわかなかった。
「おとう、さま」
「ああ。すまない。嘘をついた。……アンリは死んでいる。襲われた場所の近くに剣で刺されて死んでいた」
足元が崩れるような、大切な支えを失う気持ちだった。




