第31話 栗の花のかおり
シルヴィアは相変わらずマリオンにベッタリなので、吸血はお互いにこっそりと隙を見て行っている。
お腹を丸出しにしながら日光の当たるところで昼寝をしている時とか、お風呂に入っているうちにソファーでとか。
なんだか、娘がいる夫婦みたいだなあ、なんて思いながらも、肩に感じるマリオンの頭の重みに嬉しくなる。吸血が終わったあとのマリオンはとても無防備だ。
そのくせ、赤くほてって潤んだ瞳は毎回心をかき乱す。
乱れた衣服が胸を高まらせるのだ。
そんな日々だったが、いつまでも家に引きこもってはいられない。
シルヴィアが屋敷ぐらしに慣れだしたこともあり、ランクを上げるべしとギルドに通う日々が始まった。
冒険者家業は順調だ。
俺もシルヴィアも種族的な下駄を履いた状態だが、普通の人間よりぐっと強さが上がる。
そのため、子供だけのパーティーなのに、あっという間にCになったし、Bも見えてきている。
怪我を大して恐れなくていいうちのパーティーは、そのせいで何処よりも一歩踏み込む。
闇の魔術で隙を作ればシルヴィアが隙をついて首を跳ねに行くし、大型の魔物はシルヴィアが変身して襲いかかっている隙に俺が決めるとスイッチして戦っている。
だんだん連携ができてくると、口に出さなくてもお互いに気持ちがわかるようなときも増え、お互いに言い合いや張りあうものの、どこか楽しい友達みたいな関係になっている。
――ふと思ったんだが、俺は今世、友達というものは存在しただろうか。
エヴァは従姉で、フェリシアは姉のようなもので、やはり友達ではない。
誰かが『お兄ちゃんは友達枠と共用でもいいんだぜ!』と言っている気もしたが、友達枠にも兄枠にも入れたくない。
そうなれば、シルヴィアは俺の初めての友達である。
思えば、前世では友達はいたが、お互いに背中を預けあえるような相手はいただろうか。
いやいない。俺は多分もうシルヴィアをかなり信じている。
シルヴィアだってそういうところがあると信じてる。
親友と言ってもいいかもしれない。
だとしたらそろそろ教えてもいいかもしれない。
三人で暮らしているのに、隠し事をしているのはやや後ろめたい気持ちもあるのだ。
命に関わる問題でもあるが、それだけに、受け入れて欲しいとも思っている。
そう思ってると、部屋を叩く音がする。
ゴンゴンと、強く、そして低い位置からなる音で誰かはすぐわかる。
「入っていいよ」
シルヴィアが俺に会いに来るのは珍しい。食べ物を持って会いに行くほうだからだ。
だが、今は夜で、今日はもう、マリオンに血をもらっているので、素直におやすみを言っているのだ。きっと二人で寝てるんだろうな、と思ってたのに。
「は、入るにゃ」
何故か真っ赤な顔のまま、何かを決心したみたいな、力のこもった目をしている。
もしかしたら、シルヴィアもまた、友情を感じてなにか言いに来てくれたんだろうか。
――心が通い合ってるのを感じる。
だが、興奮しだした俺をきっと睨んでくる。
「わ、わたしをごしゅじんさまの代わりに抱くにゃ! 決心はしてきたにゃ」
「――はい?」
こころ、通ってなかった。
「リオンがごしゅじんさまに男が女にするひどいことしてるって知ってるにゃ!
お、お前と夜会った後、ごしゅじんさまは息も絶え絶えってやつにゃ!
しかも夜だけじゃなくてわたしが見てない隙を見計らってお前はやりたいほうだいにゃ!」
言葉がでなかった。
――あっ、でも、マリオンは夜の当番みたいな話をして誤魔化してたし、影でコソコソしていたのはそうだ。シルヴィアが勘違いするのも仕方がない。
「ごしゅじんさまは、ごしゅじんさまは、わたしの大切な人にゃ! 命に変えても守りたいにゃ! だからひどいことはわたしにするにゃ!」
かんどうてきだなー(棒)その心の半分でも向けてほしいよ……。
でも、ひどいことをするように思われてたのか。いや、実際することはしているのだから、間違っていないのだろうか。
「い、いや、エッチなことはしてない」
「信じられないにゃ! リオンは目がやらしいにゃ。胸とか足とか見てくるにゃ!」
ごめんなさい。体が5歳から成長して女の子にドキドキするようになったんです。
男の子だからしょうがないと思う。
だれだって見る。俺も見た。ああ、混乱しているのがわかる。頭がまわらない。
「い、いや、シルは獣人だろ? 犬ほどじゃなくてもその、匂いで分かんないの? そういうことをしたら臭うでしょ……?」
「嗅いだことないから知らんにゃ!!」
「栗の花の臭い? イカの臭いとか」
「どっちも知らんにゃ!」
ぐいっと、くっつきそうになるくらい顔を寄せるシルヴィアの顔は真剣そのものだ。
い、一体どうやってあれをいたした臭いを説明すればいいんだろうか。
というか、俺はなぜこんなことを聞かれているんだろうか。
将来子どもに『どうやって子供は生まれてくるのー?』と質問された時もこんな気持になるんだろうか。
もう嫌。逃げたい。早くどっか行ってほしい。
「嗅ぎたきゃ、嗅げば?」
部屋の隅にある、ゴミ箱を指差す。
嗅ぎたくない? じゃあ帰れ。
そんなつもりだったのに、シルヴィアはひょいひょい移動して、ゴミ箱にひとつ捨て入れられた丸まったティッシュを大して気にせず掴み上げる。
持ち上げると『変な匂いしてるにゃ……?』と言いながら不思議そうにじっと見た後に、鼻に近づけてすんっ、すんと鼻を鳴らしながらじっくりと嗅いでいた。
やめて! 俺の嗅がないで! 冗談なの! 俺は女の子になにさせてるの!
合わせる顔もなくて、俺は両手で顔を抑えながらベッドの上をゴロゴロ転がる。
「嗅いだことない臭いだったにゃ。よくわからんけど、納得したにゃ! 疑って悪かった、今日は帰るにゃ」
一体何だったんだよお。
パタンと閉まるドアを俺は虚ろな瞳で見つめ続けた。
されたことはないけど、母親にエッチな本を机に並べられるよりきっとダメージがあると思う。




