第24話 やだ、癖になったらどうしよう(なってる)
最近は夜がとても待ち遠しい。
はじめは吸血が終わるとすぐにトイレに行ったり、馬車の端っこで小さく丸まって、近づこうとすると真っ赤になりながらも、睨みつけたりしてきたのに、一週間も経つと、終わってもすぐ隣りにいてくれる様になった。
なんというか、距離が近くなった気がする。
それまではパーソナルスペースは広く、馬車の中なのに距離を感じそうで感じないくらいのちょっとした間が開いていたのに、最近はマリオンから近づいてくることもある。
吸血の時は必然的にすぐ近くにいれるし、マリオンはとても良い匂いなのだ。
旅の途中、川や、お湯で布を濡らして拭いている程度なのに、より良い香りになっている気さえする。
日が落ち始めると馬車を交代して俺が走らせる役になる。と言ってもそろそろ無理に逃げる必要もないだろう。
多少走らせて、暗くなり始めたら止めて、後は盗賊や野犬、モンスターを警戒する番をするだけだ。
夕食を共にして、マリオンが眠る前に、いつも声をかける。
「ねえ、マリオン」
「だ、だめです」
「ええ? ねっ、いいでしょ?」
「だからダメです! 初めてからもう、毎日じゃないですか! 毎日搾り取られるせいでフルキュアを一回唱えるのがせいぜいくらいまでしか回復しません!」
フルキュアは人体の欠損すら治す強力な回復魔術だ。
失った血液すら戻すその力はすごく、なら毎日でもいけるじゃないかと思ったのに、どうやら違うらしい。
血には大量の魔力がこもっており、血液自体は戻っても、宿った魔力や、消費した分は当然元に戻らない。
だから、今は毎日休んで回復した分をそのまま吸わせてもらっている状態らしい。
宿で休んでフル回復、と行かないのが現実なんだとか。
「だから、これからは3日に1度! 3日に1度にしましょう!」
「ええ!? そんな横暴だ」
「いいんです! 私がルールです。今決めましたおやすみなさい」
まるで俺から逃げるように馬車の奥に駆け込んでいき、毛布を頭からかぶって、ぐーぐーと言っている。
あまりにも下手な言い訳は可愛らしいくらいだが、ここまで拒否されたなら諦めるしかないだろうか。我慢しなければいけないと思うと惜しくなる。
ずっと今日一日の楽しみにしてたのになぁ……。
ちらりと馬車の中を見る。こんもり大きくなった毛布の丸まり。にょろんと、間からはみ出ている金の髪は毛布を内側から握りしめる手がプルプルと揺れるのに合わせてかすかに動いている。
視線は彼女から全く外れてくれない。
……ダメダメ。
無理強いは良くない。良くない。うん、無理強いはね。
体はいつの間にか忍び足のまま、勝手に彼女の隣まで俺を運び、体が求めてるんだもの、無理はできないよね! と腰を下ろす。
血の楽しみもなしに、マリオンが寝てしまった夜の警備をするなんてヤダ。となれば、褒め殺ししかない。
お父様もお母様にお願いをする時は褒めるところから入っていたものだ。
「ねっ、マリオン」
「ダメです」
「まだなにも言ってないよ?」
「言わなくてもわかります。ダメです」
「でもさ、マリオンってとても魅力的だから。きっと相性が良かったんだと思うだ。あんなに素敵な血の持ち主なんて他にいないと思う。マリオン自身が素敵な人であるからってこともあると思うけど」
「だからどうだって言うんですか?」
「血は美味しいよ? でもそれは吸った後に、マリオンと一緒にゆっくりできる時間も含めてとても大好きだったんだ。なのにさ、そんな風にいきなりダメって言って、話もできないなんて悲しいんだ」
血のためと思うと、口がスラスラと動くから不思議だ。
これだけ頑張ってねだったのは、ミハエル叔父様に魔術を習いたいと言った時と、フェリシアにセロリを夕食に出さないでと説得しようとした時以来だ。
「……それは、その、申し訳ないと思いますが、どこかで控えなきゃいけないと思っててですね……」
「心の準備をさせてくれたら、我慢するよ。だから、明日からにしない?」
「あ、明日からですか」
ダイエットは明日からするべき。
明日からがんばるんだから、今日はダイエット前ということで、食べ納め。
控えるんだもの、しょうがないよね、という論法で泣き落しにかかる。
端から聞けばそれはないと思っても、まあ、やるよね! ってアレだ。
マリオンも吸血させると言っていたのに控えることを提案しだしたことに後ろめたさを感じているのか、なんだか拒否する力が落ちだしているのを感じる。
いけるっ!
「そうだよ。明日からは我慢だって思っておけば準備できるでしょ?」
「い、いやでも、それは――」
「マリオンの気持ちはわかるんだ。だからさ、今日は控えめにするし、ね?」
こちらの譲歩を盾に迫る。
「じゃ、じゃあ、――少しだけなら」
しょうがないですね、そんなふうに言いながらのっそり、毛布を剥いで起き上がってきたマリオンは仕方ないなあといいながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
(なるほど。本当は嫌じゃない嫌ですだな!)
脳内でその瞬間から『ホントはアンタなんかに血を吸われるの、い、嫌なんだからね!』と置き換わる。とはいえ、血は美味しいが、マリオンとの時間が楽しいのは確かだ。
今まで俺の回りにいた女性と言えば母親に、従姉と姉のように思っている侍女だ。
それに対して、マリオンは純粋な異性、という感じで、美少女なこともあり、常に一緒にいて、だいぶ落ち着いたものの、不意にとても高鳴る。
今も、ぷいっと言い出しそうなちょっと頬を膨らませた様子が愛らしい。
さあ、許しも出たことだし、量は控えめにしてゆっくり楽しむことにしよう。
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「今日こそはダメですからね!」
結局、それからもなんだかんだと言い合いながらも毎日吸血を続けることに成功するのだった。
そんな日々の中、着実に足を進め、俺達はエティリア王国を出て、アウグルクリス帝国の最初の街にたどり着いたのだった。
吸血には勝てなかったよ……(´;ω;`)




