第23話 マリオンの過去
「いずれあなたはどこかの貴族の家に売りつけるわ。せいぜい、偉大なる家名を汚さぬよう努力しなさい。お人形さん」
クレーフェは公爵家だった。王の次の爵位であり、その正妻オリーヴィアは第四王女だった。
高貴なる者として、結婚と子を生むことは義務だ。
正妻と父は家によって決められて結ばれ、父は受け入れた。
不幸なのは父にとってはただの責務なのに、オリーヴィアは父を愛していたことだ。
父は正妻との間に男子を設けても、オリーヴィアを愛することはなかった。
彼女の愛は深まる一方だったのに。
側室を更に娶り、更に男女を産み、十分に責務を果たせた後、父は母に出会う。
戯れに変装して出た街で出会ったただの花屋の女。
美しいだけの母は、だからこそ父の心を掴んだらしい。
父は初めて愛を知って、母も父を愛した。
自分が得られなかったものを奪う母をオリーヴィアは許さなかった。
ただでさえ、好きになれるところはなかったのに、母は妊娠した。
『もしかしたら男の子を生むかもしれない』
愛した女の子供に自分の物を上げたいと言い出す可能性はあったから。
オリーヴィアは嫉妬に狂い、母をいじめた。
子供を産んでそれが女の子でも終わることはなかった。
その空気を嫌い、父はあまり母を訪ねなくなった。そうして、久しぶりにあった母は心労で美しさを失っていた。
――父の恋は終わった。
父の愛を失い、母は孤独の中、病に倒れ一人になった私を世話すると言ったのはオリーヴィアだった。けれども、彼女は私に礼儀作法、学問やあれこれと、僅かな時間の隙間もないよう詰め込んだ。
オリーヴィアは母親の代わりではあったが、彼女は私を「人形」と呼んだ。
だから本当に私は自分は人間ではないと思っていた。
だって、バルコニーの向こう側で笑う人々は自分とは全く違う存在に思えてならなかったから。
変わったのは10才になり、魔術の教師をつけられてからだった。
光の魔術の適性を持つものは少ない。
先生はそんな光の魔術の適性を持っていて、雇われた没落貴族の冒険者だった。
なんの縁で雇われることになったのかはいまもわからない。
治療の魔術の練習で、彼女は自分の手を切って私に直させた。
血の赤はなぜかとても私を惹きつけ――こっそり自分の指を切りつけてみた。
痛みと、彼女と全く同じ色の血が流れ出て……もしかしたら人形じゃないのかもしれないと思った。
そう訪ねてみると先生は魔術以外にもたくさんのことを教えてくれた。
こっそり屋敷を連れだし、冒険者に登録してくれた。
一緒に冒険をして――私は外を知った。
知ったら、もう耐えられなかった。オリーヴィアの言うとおりにするのも、愛していない相手と結婚することも、愛されないことも。
いつか冒険者となり、オリーヴィアの手の中から逃れる。
それを目的にしていたのに――。
「申し訳ありません、あなたが受けられる依頼はありません」
いつものように屋敷を抜けだして、依頼を誰かと組んで受けようと思っていた。
ヒーラーはいつだって歓迎される。
なのに、ギルドは依頼がないといった。ボードにはいくらでも仕事が貼りだされているのに。
貴族からの圧力だった。
そしてここを納めているのがどの領のだれなのか。
冒険者は自由だったが、それは貴族のためになっている範囲での自由だった。
貴族の力を超えるランクがあればともかく、一人では戦えないマリオンは無力だった。
冒険者を諦めなければならなかった。
残る方法はひとつ。教会に所属すること。
教会は国にも口を出せる、権力機関だったから。
私は諦めたように振る舞いながら、自分を磨いて……タイミングを見計らって家を出た。
逃げるように旅をしながら人々を癒やし、実績を作り王国の教会に自分を売り込むつもりだった。
鍛えた自分は光属性の上位魔術フルキュアが使えた。身体の欠損すら生やす強力な魔術で、教会は聖人として力の持ち主を求めていた。
決まった態度を求める教会は好きになれなかったが、それでも貴族より自由だった。
だから、決めたというのに。
旅の中、盗賊に囚われた。『愛されてないとたいへんだよなあ』
盗賊は嘲笑うように、私を笑った。結局何処まで行っても彼女から逃げられない。
でも、最後の瞬間まで諦める気はなかった。そうして、神に出会いを感謝した。
村を襲って帰ってきた彼らは私の隣に、貴族の少年を連れてきたのだから。
心根の良さそうな明るい声。
しかも彼は名高い吸血鬼殺しの英雄、セドリック・フォン・アルカードの息子であり、彼も吸血鬼だったのだから。
吸血鬼であることへの不快感より、強力な闇の魔力への期待が勝った。
都合よく現れた彼に期待をしてた。
けど、彼は近くの村か街に送り届けて別れようとしているみたいだった。
だから、もっと踏み込んで近寄ってみることにしたのだ。
うまくやって、オリーヴィアを見返してやれないか。自由に生きられないか。
自分は役に立つと売り込んで――血を吸われた。
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「ま、まずいですね、これは――」
体がほてり、興奮が収まらない。
快感が体をしびれさせ、跳ね上がらせる。
トイレなどと勘違いされたのは遺憾だが、好都合でもあった。
草むらで私は体を押さえつけていた。おさまれ、治まれと言い聞かせていた。
「あれって本当だったんですね……」
なんの役に立っているように見えない男性一人、女性三人のパーティーがあって、私は先生に『利用されてませんか? なぜあの人たちはあいつを連れているのか?』聞いたら、『体でたらしてるんですかね? まあ、彼女たちも得してるんじゃないですかね』と言われた。
そのような関係もあるのかと驚いたが、一方的な関係は嫌だった。ああはなるまいと思ってた。思ってたのに――。
「ぐぐっ、あんなのずるいじゃないですか……」
意志は強いつもりだった。なのに、自分の意志が甘く折られそうだった。
ずっと吸ってもらいたい、どうすれば吸ってもらえるだろうかとそれだけを考え始めた自分に気づいて愕然とした。
(なるべく吸われないようにしよう。それで、どこかで別れればいい)
今のままではあっという間に溺れてしまう。幸せになってオリーヴィアを見返すことも、自由に生きることもできなくなってしまう。
私は決意を新たにした。
吸血なんかに絶対負けない……!
絶対に負けないっ (`・ω・´)キリッ




