第18話 実は俗っぽい聖女様
「良い吸血鬼ですか……なら私のことを助けていただけますか?」
「え、ええっと、助けるのはやぶさかではないんだけど、俺が吸血鬼であることは黙っておいて欲しいというか……」
「はい、助けてくれた恩人を陥れるようなことは致しません」
ニコリと微笑むマリオン。ただの笑顔がここまで絵になるなんて! と心惑わされるところだが、コレ、助けなければバラすと暗に言っていないだろうか。
「ちなみに、ちなみになんだけど、善人である俺は考えても実行なんて絶対しないけど、仮に助けなかった場合、マリオンさんはどうする?」
「神の御心に任せるのみですが、死を前に聖人で居続けるのは難しいこと。口が軽くなっても誰にも責めることはできないでしょうね」
「ハイ。そのような必要がないようにあなたを危険から守ります」
「ありがとうございます。守っていただけるのなら私の口が軽くなることはないでしょう」
元からそのつもりだが、助ける事になりそうだ。
マリオンをじっと見つめてみると、なんでもないことのように振る舞って見えるが、じんわりと汗をかいている。助かるかも、助からないかもとなれば当然かも知れないが、聖女然とした彼女の人間味を垣間見た気がする。
今のほっと緩んだ笑顔はどこか愛らしさがあった。
殺すとか、血を吸って黙らせるという手段もないわけでもないが、吸血鬼になっても俺はサイコでもなければ、非道まっしぐらの主人公でもない。村人のオッサン相手にできなかったことが可愛い女の子相手に出来るはずがない。
シスターではあるのだし、秘密が守られるのであれば問題ない……はずだ。
しかし、お父様が有名人なせいで、身バレしてしまうのは迂闊だった。
今後は家名を名乗るのはやめるべきだろう。
倒した賊から鍵を奪い取り、隣の檻を開ける。
立ち上がったマリオンは背筋がピシっと伸び、その佇いは美しいものだった。
クレーフェと言っていたが、結構な家なんじゃないだろうか。
例えば、剣の腕がそうであるように、生まれつきの資質と同じかそれ以上に教えるものの能力は大きい。そして、腕のよい人間を雇うのは非常にお金がかかるし、金を払えば得られるというものでもない。厄介な事にならなければいいが。
「見つからないよう、注意して進もう」
吸血鬼になって、光の弱い暗所なら、集中すれば誰がどこにいるかは感じられるようになった。
イメージ的にはゲームのマップが見えて、周囲の構造と、生物、特に人間がいるのがわかる、という感じだ。
角を曲がる前に、誰がどこにいるのかは強い。
隙を見てやり過ごしたりどうしても通り抜けれない時は不意をうって襲いかかり、血を吸って操る。
あの村を襲ったばかりだからだろうか。
生命の反応の殆どが大広間にあり、なんとか影に潜む形で騒ぎにならずに逃げることができた。
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「や、やっと出られた。ここまでくれば安全だと思う」
「そうですね、ここまでくれば大丈夫だと思いますよ」
手を引くようになんとか逃げ出した。
彼女を無事に連れ出せたのは良かったが、結局、馬車は奪われるし、路銀だなんだと必要品の殆どがあの中出会ったと思うと、がっくり来る。
盗賊に多くのものを奪われていることを考えれば村にマリオンを連れて行くのも良くないだろう。
少々遠くても別の村に向かうしかない。
「これからどうするか、リオンさんは何かアイディアありますか?」
「え? あー、近くの村は襲われたばかりで危なさそうだし、ちょっと遠いけど、別の村に行くべきかなって」
違和感があった。
気品のある態度はなりを潜め、どこか、友達に話しかけるような柔らかい態度と話し方に変わっている。軽いところで見ても、彼女は変わらず美しかったので、見誤ったのではなく、態度を崩したという感じがする。
「あれ、なんだか雰囲気が……」
「ひとまず危機はさりましたし、これから長い付き合いになるんだからいいですよね? 探りあいは疲れるんです。向いてません」
「話し方も……」
「貴族態度は肩がこりますよね。気持ちを緩めると『君にはがっかりした』と言われてしまうのでで黙ってましたが」
今の彼女はなんというか伸び伸びしていた。
吸血鬼を前にした態度ではないと思うが、助けただけに信頼されたのだろうか。
「そ、そう。今のマリオンさんも素敵だよ……」
「本当ですか! では良い縁になりそうですね!」
飛びかかるように両手を握りしめられる。
というか、ちょこちょこ挟まれている、『長い付き合い』、『良い縁』とはなんだろうか。
「あの、長い付き合いって?」
「私、リオンさんについていきますね!」
「え? どこかの村連れて行くって話じゃ?」
「でも、私に危険がないよう守ってくれると言ってましたよね?」
「言ったけど……」
「それに、私は役に立つと思いますよ。回復魔術が使えますし、……吸血鬼にしないというのなら吸血だって受け入れるつもりです」
「……そこまで言うなら」
思った以上にマリオンはグイグイ来るタイプだった。
だがそれがなんだかんだで嬉しく感じたのは、寂しかったからだろう。
人に飢えていた。だから、仕方がない。
これから、本当に仲良くなるためには吸血鬼と知ったうえで仲良くしてくれる相手じゃないといけない。彼女がどこまで信頼できるのかは分からないが、少なくとも、吸血鬼であることを飲み込めるというなら、努力する価値があるはずだ。
――かわいいし。
両手を握り、嬉しそうに笑う。
「運命の人を逃したくなくて。すみません」
てへぺろとでも表現するのが一番のいたずらめいた笑顔を浮かべてマリオンはそう言った。