第17話 盗賊の穴蔵で聖女様と出会う
皆さん、本日は盗賊さんのアジトにお伺いさせていただいております!
築100年以上といったところでしょうか! 岩造りで以外にも作りがよく、地下なのか、寒々しい空気があたりを漂っています。
松明を節約しているのか、あたりを照らしきるには不十分な光量あたりはとても不気味に映ります。
時々風に流れて、女性の甘いような、悲鳴のような声も聞こえて不快指数は高いのが特徴です。
……また捕まってるのか。
意識を取り戻して体を動かそうとしても、カスパーさん……いや、カスパーに縛られた手はしっかりと結び直され、解ける様子はまったくない。
どうやら牢屋のようだったが、ベッドが置いてあるわけではなく、薄く汚い布が一枚引いてあるだけだった。
まあね! 年をとって財産奪われたらやばいと思うけど、子供売るのってどうなのかな! いや、他人だもんね! 俺もカスパーさんの生き血を狙ってたからね!!
「起きましたか? 怪我はありませんか?」
隣から聞こえてきたのはこの場所に似合わない、可愛らしい声だった。
おそらく今の俺と同じか少し上くらいの少女の声だ。
隣りにいるのだから同じく盗賊に捕まったのだろうが、気丈にも声からは怖がるような色は見えず、むしろこちらを心配しているのがわかる。
「大丈夫です」
「それはよかったです。盗賊たちは子供にも遠慮しない方たちのようなので心配しました」
「多分、俺が貴族の息子だから、身代金目的なんだと思います」
「貴族ですか……幸い、というのもおかしいでしょうが、助かる宛があるのならよかったですね」
彼女はシスターとして働き始めたばかりで、才能を見込まれ、王都の教会を目指していたとのこと。次の街を目指していたら、盗賊に襲われてしまったらしい。
「シスターまで襲うなんて……彼らはどのくらいの規模なのでしょうか」
「二十人くらいのようです。この辺りの盗賊として、噂自体は昔からあったのですが、貴族や商人を目的に襲撃を行っているとのことでしたので、まさか教会の馬車を襲うとは思いもよりませんでした。ですが、人は追い詰められれば神を恐れぬもの。仕方のない事なのかもしれません」
「シスターは……その、助かる見込みは」
「ないでしょうね。私なりに一心に神に仕えていたつもりですが……汚れぬ身のまま神の身元へ参ることすら望めないでしょう」
「……そう、ですか」
「ですが、最後に同じくらいの年の方と話せてよかった。男性と話す機会など今までまったくなかったので楽しい時間です。――お名前を聞いてもいいでしょうか? 私はマリオン・フォン・クレーフェと申します」
「リオン・フォン・アルカードです」
悲しみすら通り越した達観したその様子に、同情が湧いてくる。
パーティーにもまだ大して出てない身なので、なんとなく聞き覚えがあるようなないような、という感じなのだが、聞き覚えがあるということはそれなりの貴族の娘さんなんじゃないだろうか。
「あら、お名前はお伺いしたことがあります。吸血鬼退治の英雄、セドリック様のご子息だとか。魔法にも剣にも明るく将来が楽しみだと聞きます」
「いえ! そんな大したことありません。父に比べれば俺なんて……」
閉じ込められた不安もあるし、女の子の前で情けない姿を見せたくない気持ちもあって、ペラペラ話をしてしまったが、思うに、攫われたお姫様を助けるのは騎士の引いては貴族の務めだ。
逃げ隠れて旅をしていた鬱憤が溜まっているし、盗賊からかわいい……かは分からないが、お嬢さんを助けるのは定番じゃないだろうか!
――血もどうにかしなきゃいけないし、今アルカード家に身代金交渉をされるのは非常にまずい。
何処にいるかバレてしまうし、うまく受け渡しができてもその瞬間に教団に引き渡し交渉をされるだけだ。
どのみち、……やるしかない。
ゴブリンみたいなもの、盗賊はモンスター、悪いやつだから殺してもいい、生きるためだからしょうがない……。
自分に言い聞かせるように口に出すと行けるような……でもいけないようないけるような気がしてきた。
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「おう、貴族のぼっちゃんども、飯の時間だ。舐めるように食いな」
床に置かれた皿にはパンとシチューの出来損ないみたいな汁が浸されている。
手を縛られている事もあって、食べるなら犬食いになるだろう。
屈辱的な話だが、そうすることで反抗心を抑えようとしているのかもしれない。
だが、檻の直ぐ側に来たのが運の尽きだ!
「ダークアロー!!」
闇の魔力を撃ちだす魔術だ。黒い波動が尾を引くためまるで矢を放ったように見える魔術だ。
威力は矢以上にあり、当たれば十分な威力になる……のだが。
「はっ。この程度か」
盗賊手甲をつけた手で矢を受け止めてしまう。
ええ? そんなバカな。以前のようなあふれる力はなくとも、軽く防げる威力ではないはずだ。
「残念だなあ。お坊ちゃんは初めて入ったんだろうけど、檻の中は魔術が弱るようになってるんだぜ。――女遊びから外されてガキどもの世話をさせられてイライラしてるんだ。ちっと教育してやらないとなあ」
盗賊は鍵を開けて、檻の中に入ってきて、挨拶とばかりに腹を蹴り飛ばす。
吐きそうになりながら、体を丸めると、そうはさせないとばかりに胸ぐらを掴みあげる。
「貴族だから優しくしてくれると思ってんのか?」
いっつも、全然うまくいかない。
剣も魔術もうまくいかないことばかりだ。ホント嫌になる。
だが、だからこそそれ以外に手がないから、選択できたのかもしれない。
俺は掴みあげた腕に歯を立てた。
「いってーじゃ……」
「俺の命令を聞け! 動くな!」
血を吸った相手に命令を効かせる力。
とは言え、そう長い時間ではないし、複雑なことをさせようとすれば魔力を使うようだ。
俺は麻痺したように、動きたいのに動けない盗賊に飛びかかるようにして首元にかじりつく。
噛みちぎるように歯を立てると吹き出すように口の中に血が飛び出てくる。
飢えた体は貪欲に血を求める。
「あっ…うあぁ……やめ…」
血の味の感想じゃないのはわかっているが、なんだかちょっと苦いし、臭い。
癖があって、正直あんまり飲みたくない。
だが、多少まずくても腹が減っていればご飯が食べられるように、ごくごくと、吹き出すまま、飲み込み続ける。
ひとしきり飲み続け、満足して口を離すと、盗賊はそのまま倒れる。
真っ青になった顔のまま、地面に倒れて動かない。
死んではいないが、このまま死ねば吸血鬼になるだろう。それは困る。
俺は盗賊の腰に下げられたシミターを引き抜くと、勢い良く首に斬りつける。
こんな仕事に身をついやす男だ。首もそこらの成人男性よりずっと太くたくましかったが、豆腐でも斬るみたいに全く抵抗なく簡単に切り飛ばされ、部屋の端に飛んでゆく。
躊躇なくこんなことができた自分に違和感があったが、血に満たされると、自信が出るというか、怖い気持ちが薄れて軽く興奮状態になる気がする。
開かれた檻からそのままぬけ出す。
「吸血鬼、なんですか?」
どうにかしないとと必死で意識から追い出されてしまっていた。
まずい。彼女は俺が誰かを知ってしまっているのに、吸血鬼だとバレてしまった。
鈴のような声に振り返るとそこには聖女とでも言い表すしかない美しい少女がいた。
神が作りし、なんて言っても良いほど顔が整った美少女で、薄暗い牢屋の中なのにもかかわらず、流れる金色の髪は僅かななずの光に反射してきらきらと光、深い青の瞳が俺を見つめてきて、見惚れて見つめ返してしまった。
「あの、リオンさん? 聞いてますか?」
「――あっ! うん、ごめんなさい、聞いてる、聞いてます」
責めるような視線に、なんだか無性に申し訳ない気持ちになってしまい、謝ってしまう。
もしかしたら吸血鬼の部分が彼女の神々しさに負けてしまっているのかもしれない。
なんだか声を聞くだけで胸が高鳴る。
――どうしたらよく思ってもらえるだろうかなんて場違いな気持ちにあたふたしながら出たのはこの言葉だった。
「わっ、悪い吸血鬼じゃないよ?」