新惑星メニル
目が覚めた、開発途中の惑星上とは思えないほど豪華な部屋での目覚めだ。
ベッド脇のベルを軽く叩く。クレマン・バルロー女史が淹れたての熱いコーヒーを持ってきてくれる
それを口にして頭を寝起きから十分な覚醒へ導く。元々彼女はエリック付きのメイドだったが、今は私の専属になっている。別に婚姻とかの手続きをしたわけではないのだが、エリックの計らいでそうなっている
当初私が造るべき魔法は16だったが、始めてみるとあれもこれも欲しいとなってきて、私も現場を見てるので納得の上で増やしていき、すでに40近い魔法を創造した
おかげでテラフォームも順調で、あと5年もあれば目処も立つだろう
ここに来てすでに半年が過ぎてる、予定の2ヶ月で当初の魔法ができなかったこともあり、それからずるずると延びてしまっているのだが、しかたないと言えばしかたないのだ
問題はここでの人間関係だった、エリックが元々お偉いさんだった上に、会長、社長の面々が私を最重要人物と認め、同等以上の扱いを現場に強制したのだ。
彼らはある程度重要なポストの人物に囲まれてるから問題にならないだろうけど、ここでは一番偉い人でもせいぜい係長クラス。下っ端なんていつ死んでもどこからも文句がこないようなならず者ばかり。
それらの人に社長待遇を強制すれば、おのずとヤクザのボスみたいな待遇になってしまう。初めは強烈な嫌悪感からなんとか止めさせようとしたのだけれど、何をしても逆効果にしかならず諦めてしまった。
今では無視に近い状況となっており、私がまともに話せるのはクレマン・バルローだけだ。
しかし、そのクレマン・バルロー女史ですらイエスマン以外の何物でもなく、次第にストレスを募らせているのがわかっているのだが解消できずにすごしていた
今日はとても重要で、だけど極めて難問だった魔法の実験が予定されていた
大気中の有害物質の結晶化という、機械でも可能ではあるがとても時間のかかる事を魔法で時間短縮するというものだ。限られた空間での実験は成功したのだが、惑星規模で行うとなるとやはり厳しい
「理論は完璧、詠唱も問題ない、あとは実践あるのみ!」
魔法の理論は実に簡単でそれほど強力ではない、惑星上の大気を全て一度結晶化機械に通す。それだけだ。惑星の上を強風とも呼べない風が吹き抜けて一箇所を通り抜け、また全土に散る。それだけの事
自分に気合を入れて仕事にかかろうとする。それが凄惨な惨劇の幕開けとも知らずに
「惑星の一部地域では真空状態になっているところが点在します」
「結晶化装置オーバーフロー!制御不能!」
「エネルギーの逆流確認!発電装置の過負荷と整流器が異常過熱!」
けたたましい警告音と次々に上がる報告、その直後全ての情報表示パネルのブラックアウト、続いて響いてくる地鳴りと遅れて爆発音。実験の失敗を告げるように落ちる照明。
「どうなっているの?」
こんなはずがない、そんなに強力な大気移動が起こるはずがないのだ
「誰か納得のいく説明をしなさい!」
いや、すでに自分ではわかっている。有害物質の結晶化をする機械とその近くの発電設備。それらを調整管理する人々は既に帰らぬ人となっているだろう。加えてちょっと風が吹く程度と認識していた屋外作業員は宇宙服に順ずるような重装備ではなく、軽い呼吸補助器程度の軽装備で作業をしてた。彼らも真空などに耐えられるはずがない、良くて重度の危篤状態は避けられない
「問題ありません、彼らは替えの利く消耗品です」
クレマン女史が私に告げる
「この程度の事故は政府に報告するほどでもないような軽微なものです、お気になさらずに」
私は恐らく彼女を睨んでいただろう、しかし彼女は至って普通に、ほんとうに何でもない事のように話す
「彼らはお金を稼ぐためにここに来た者たちです、コレで予定以上の金額を稼げたのですから感謝こそすれ恨むような者は一人もいませんよ」
それは知ってる、彼らは私の理解の外の人間たちだった。どうしても纏まったお金を必要としていた。その為には死ぬことも厭わない者、むしろ死んでお金を残したい。そんな人たち
でも、私は間違いなく彼らを死なせた。いや、殺したと言っても過言ではないはず・・・
「少し休みます、結果を詳細に調査して報告書を作成してください」
「畏まりました」
私は罪悪感から逃れるように自室に篭った。
気分は最悪だ、死者の数などはまだ不明であるとしても、30人は下らないはず。大惨事と言っても言い過ぎに思えない。それほどの被害が出るはずなかったのに・・・
一人で死んでいった者たちに色々と言い訳を考えるくらいしか私にはできなかった
「失礼します」
そこにクレマン・バルロー女史がバインダーを抱えて入ってきた
ノックもなしに突然入ってきたのだから、本来なら文句でも言いたいところだが、今の私はそんな心理状態ではない、どちらかと言えば彼女に責められるのでは?と怯えるような気分だ。
だが、彼女は私に持ってきたバインダーを見るように促しただけだった。
最悪な気分が最低な気分になる。バインダーは遺書だった。
惑星改造とは恐ろしいほど危険な仕事なのだ、生還率も低く自殺志願者かと思えるほどである。そのため作業に従事する者は全員遺書を書くことが義務付けられている。
その遺書をしばらく読んでいると彼らは本当に自殺志願をしているように感じた
まるでここに仕事にきた者は、残らず殺してあげたほうがいいのでは?と思えるほどに・・・
「彼らは理由こそ違えど死意外に安らぎを得る事ができない人たちなのです。ですから実験で何人死のうとあなたが気に病む必要は微塵もありません」
それはそれでショックなのだ、私は今まで魔法によって全ての人が幸福に暮らせていると思っていた
もちろん年間数千人の自殺者がいたことは知ってる。だが今や全宇宙に3百億以上の人がいるのだ、自殺者の心理など知らないが、そんな人たちはどんなに満たされようと不満を撒き散らすような異常者か、どれほど救われようとそこに不安を抱く心の弱い者たちだと思っていた
そして私の周りにそんな人は片鱗すら見かけなかった。自殺者の知り合いを探そうとしても個人では特定すら難しい。それほど少なかったからだ
魔法は全ての人に幸福をもたらしている。そして私もその一躍を担い世界に貢献している。私はそう信じて疑わなかった。だがそれは現実を知らなかっただけだと今思い知った
ここには数百人を超す人が働いている。彼らは死んでも自殺者として数えられることはない。労働災害なのだから当然だろう。だが実態は全て自殺志願者であり、まさかと思うが自ら機械の誤操作をしていても不思議がないほどなのだ
この実態を知ってしまうと罪悪感こそ薄れたが、違う意味で嫌悪感を感じる
「つまりここは生ける死者の集う場所なのですね」
「そうです」
はっきりと明確に肯定された
本当にこんなことが許されるのだろうか?私の不安は拭いきれないが、ここまでしっかり肯定されると少し肩の荷が下りた気がする
後日詳細がわかってきた、死者42人。重症者12人。それに支払われた見舞金や慰謝料は他の惑星改造で支払われる人的金額の1%にも遥かに及ばない数字だったそうだ
ここでは人命がなんと安いものなのか・・・
私がここにきて2年が過ぎた。度重なる期間延長に私も当然と思っていた
そして魔法の実験は幾度となく重ねられた。そのほとんどが成功していたのだが、それでも死者は出た。その死者も次回の注意喚起に生きるとして詳細なデータ化がされ、もしかしたら必要な死者ではなかったのか?と思えるほどになっていた
他の惑星改造ではその数倍の死者が当たり前なのだから、私のなかでも実験で何人死のうとそれはただの数字になっていた
次第に魔法の実験は増えてゆき、今では毎日のように行われている。
そしてこの惑星の名前が決まった、メニルと名づけられたこの星は人類に28番目の故郷になるだろう
そして今日アレックスが来る、2ヶ月のはずが2年になっているのだ。どうなっているのかと知りたいのだろう。同じ惑星ならば魔法での通話もできるが、違う星までは無理だ。亜空間通信もまだ未開の惑星ではマトモな通信ができない。必然的に見にくるしかない
彼はまだ監査官なのだから、捜査権限で魔法使いの行動に違法性や協会の理念に反していないかの視察ができる。それを利用して私に会いにくるのだ
「視察自体拒否することも可能だったのですよ」
「何もやましい事などしてないのに視察を拒否したら非があるように見えてしまうわ」
「それはそうなのですが」
そう、私の行動に非はない。問題となるとしたらこの地に出来上がってしまった人間関係だろう
私は絶対の支配者。今話をしていたクレマン・バルロー女史はその補助役。あとは従属者という形になっている。これはエルトナと同じ社会形態。規模こそ小さいが全く同じなのだ
だが、これは全ての人が望んで出来上がったことで、私が独走して出来上がったものではない
私にはアレックスがそれを看破できるのかも知りたい事だった
「ちゃんと何も隠さず見せてあげるよ、それで見破れないならあなたは本当の2流魔法使い」
誰にも聞かれないようにそっと呟いた




