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最終話 「始まり」

その日以降、俺はエミルをよく見かけるようになった。


学年が違うのによく見かけるという不思議な事が起こっていた。


かといって、見かけても会話をするわけではなく、挨拶する程度だ。


何か言いたそうな感じだったが、結局特に話す事もなく、卒業を迎えた。


そして俺は全てを思い出した。卒業式、俺はエミルを心配していた。


あいつは俺がいなくても大丈夫か?またいじめられてやしないか?


最後に顔だけでも見ておきたかったが、とうとう見つける事が出来なかった。


そうか、あの時のエミルが今こうやって目の前にいる、別人のようだが、懐かしさも感じ始めていた。



「わたし、あれから演劇部に入ったり、ボイストレーニングに通ったりして本気で声優を目指したんです。」


「そして、見事声優になれたんです!」


「もしかして、春咲瑛美璢ってお前だったのか!?」



エミルは驚きながら嬉しそうに答える。


「そうです!わたしの事知っててくれたんですか?」


「当たり前だろ。俺の一番好きな声優なんだから・・・」


本人の前で言うとかなり恥ずかしいので、目線をそらして言った。


横目でエミルを見るとエミルはもっと恥ずかしそうにソワソワしながら照れていた。


俺は当時エミルに多分、絶対確実に声優に向いてるだなんて適当な事を言った。


その適当が人をこうも変えてしまうとは・・・発言には気をつけたいものだ。


俺は少し身震いした。



「その声優になったエミルがどうしてここにいるんだ?」


「それが、声優になってから少しずつセリフの多い役をもらえるようになって、とうとうヒロインの話が来たって時に交通事故に会っちゃったんです。

命に別状はなかったんですけど、脳にダメージを受けて、体に麻痺が残っちゃったんです。


そして舌にも・・・リハビリには2年くらいかかるって言われて、わたし、絶望して、リハビリも真剣にやろうとしませんでした。そして声優に戻る事をあきらめたんです。


そしたら先輩の顔が浮かんできて、とても申し訳ない気持ちになりました。


せっかく、声優に向いてるって言ってくれたのに・・・


今先輩に会ったら何か励ましてくれるのかな?とか、また会いたいなって思ってるうちにふと自分の気持ちを全然伝えてなかった事に気づいたんです。


それで、どんな形でもいいから会って気持ちを伝えたいって思ったら急に意識がなくなって、ここにいたんです。記憶もなくなっちゃってましたけど、やっぱりノエル先輩はわたしの光でした。」



俺の心はズキズキと痛みだした。



「エミル、お前まさか・・・」



「はい、記憶が戻ったという事はきっと向こうに戻れるんです。そしたら・・・もう・・・会えなくなりますね・・・」


「もしかしたらなんですけど・・・」


俺は嫌な予感がした。


「もしかしたら?」


「わたし達が会ってたこの記憶・・・消えちゃうかも・・・」


俺の頭の中が急に熱くなった。


「ほ、本当か!?」


「はっきりとは言えないんですけど、わたしがここに来た時も記憶が無くなってますし、わたしだけかもしれないですけど・・・」


「そんな事ってあるのかよ・・・」


お互い沈黙が続いた。



エミルは少しの間、俯いてから意を決っしたように言った。



「だから、戻る前にわたしの気持ちを伝えさせてください!」


わたしは少し呼吸を整えてから話し始めた。


「わたし、助けてもらってからずっとお礼が言いたくて、でも緊張してノエル先輩の近くに行っても結局言葉が出てこなくて・・・

だから卒業式の時だけは絶対に気持ちを伝えたいって思ってたのに・・怖すぎて足が動かなくて、挨拶にも行けずごめんなさい。」


あの時から言いたくても言えなかった事をようやく言える事が出来た。


そして今度はあの時一番伝えたかった事を言おう。


でも言葉が喉に詰まってすんなり出てこない。


わたしは全身の力を勇気に変えて恐怖を振り払った。



「あの時、助けてくれてありがとうございました・・・わたし・・・助けてもらったあの日から・・・ずっと・・・ずっと先輩の事が・・・好きでした・・大好きです!今もずっと・・・」


しばらく先輩の方へ顔を向けられなかった。


こんなに赤く染めた顔を見られるのが恥ずかしかった。


わたしは胸が一杯になった。

心臓もまだ飛び跳ねたまま収まる気配がない。


気持ちを伝えたくても会う事すら出来なかった数年間、わたしの時間は先輩の卒業式から止まったままだった。


何をしててもどこか前に進んるっていう実感があまりなくて・・・。


でもこれでようやく前に踏み出せた気がする。


わたしは今まで言えなかった思いを伝えられた安心感から心が緩み、溢れた気持ちが頬を濡らした。



「もう、何回泣くんだよ。でも・・ありがとな。」


「エル君もね・・・」


気づけば俺もまた泣いていた。


ようやくエミルの気持ちを聞く事が出来て素直に嬉しかった。


二人の涙が収まってきた頃にエミルが提案してきた。



「やっぱり、今まで通りの方が言いやすいからエル君て呼んでもいい?」


「好きに呼んでくれ。そうだ、エミル、俺も卒業式の日会ってたら言おうと思ってたことがあったから言うな。」


エミルは嬉しそうな、でも緊張した面持ちで俺を見つめながら、静かに話を聞いた。



「俺、あの日からエミルの事をよく探すようになってた。もっと色々話したい、もっとエミルの事知りたいって思うようになった。俺もあの時からエミルの事、いや、春咲美希の事を好きになってたみたいだ」



俺は全てを思い出した。


俺は彼女と初めて会った時、自分と同じ孤独とコンプレックスの香りがした。

だが、それ以外は真逆で、その現実から目をそらさず、それでも前に進みたいという意思を感じた。


普通あんなにいじめられていたら絶対ひねくれるだろ!おかしいだろ?


仮病を装い、保健室のベッドの中でしばらく悶悶と考えるこんでいた。

最初は彼女を否定していたが、そのうち憧れるようになり、気づけば彼女の事ばかり考えていた。


その日のうちに、俺は彼女の魅力に取り憑かれていった。



友人がいない俺は凄く苦労をして、彼女の事を調べた。


クラスと本名と部活の情報だけは何とか入手出来た。

演劇部に入ったと聞いた時は嬉しかった反面、心配もした。


他の部員とぅまくやっていけるだろうか、と。


俺はその後の情報を掴めないまま卒業した。


だから卒業式の日はそれを心配していたのだ。


エミルは最初、驚いたようだったが、急に笑い始めた。



「何か、あやふやだね。」



二人は笑い合った。笑いながら涙がこぼれた。


「でも嬉しいな。エル君と両想いだったんだね・・・」


「わたし、今日の事絶対忘れない。」


「お互い、新しい一歩踏み出したら、次は俺達の新しい一歩を踏み出さないか?」


エミルは黙って頷いた。


「じゃ、わたしそろそろ・・かな。」


「あぁ、またな。もし俺が今回入賞出来なかった時はお前の胸貸してくれよな。」


「もう・・・バカ・・・本当に・・バ・・カ・・」


最後は笑って別れようと思っていたのに、余計に泣かせてしまった。


「エル君ならきっと大丈夫だよ!

だって、わたし、人の才能見抜く力があるみたいだし。」


「俺、そんな事まで言ってたんだな。どんだけ適当なんだ。」


俺は苦笑しながら言った。


明るく笑って別れたいのはエミルも同じようだった。



「わたし・・・エル君の事・・・ずっと・・・好き・・離れ・・たく・・ない・・・」


「あぁ、俺も・・だ・・・」


上手くしゃべれなくなるくらい涙が込み上げてきた。


拭ってもすぐにまた込み上げてくる。とうとう、前を向いていられない程込み上げてきた。しばらく俯いたまま涙を拭いた。


そしてようやく前を向けるようになった時にはもうエミルの姿はなかった。



夕方、俺は郵便局まで全力で走っていた。投稿に必要な書類を書いたりしてるうちに期限がかなり迫っていた。


夕方、わたしは目を覚ました。そこには両親と看護師さんが心配そうに私を見つめていた。


私は起きようとするが、体が思うように動かない。苦しい状態だったが、なぜか気持ちは前向きだった。


(こんな状態でちゃんと復帰できるのかな?ううん、絶対復帰してみせる)



普段なら諦めてコンビニへ寄って自宅へ引き返しているはずなのに、なぜか今回は違った。


久しぶりのダッシュで顔が歪むほど苦しいが、心は羽が生えたように軽かった。


(原稿間に合うか?いや、間に合わせる。)


二人はそれぞれの状態で、走りながら、ベッドの上で、辛いかもしれないが、将来に希望を見出そうと同時に決意をした。


(まだ何も始まってない、ここから始めよう!)





おわり

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