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 俺の住む町には川がある。深さはどれぐらいかよくわからないが、幅は二十メートルぐらいだろうか。きっちり護岸整備されていて、土手の上は定番のランニングコースになっている。ここは、俺が彼と初めて会った場所だ。

 土手から階段を下りていくと、川べりに出られる。そのまま川べりを橋の方へ歩いていくと、橋の下に段ボールをいくつも組み合わせた、大きな家のようなものがあった。それが、俺の会うべき人物の「秘密基地」だ。

「お~い、おっさんいるか~?」

 外側から声を掛けると、中からもそもそと何かが動く音がして、やがて段ボール製の壁がパカッと開き――ドアらしい。意味ねえ――中から一人の男が顔を出した。

 ミノムシのように毛布にくるまってる姿は、どう見てもアンダー・ザ・ブリッジな人。ぼさぼさに伸びた髪と無精ひげもすごいが、別に不潔な感じではない。

「おう、少年か! 今日はずいぶんさっぱりした表情をしているな!」

 おっさんは外見に反して妙に張りのある声で、嬉しそうに挨拶してきた。ぼさぼさ髪の隙間から見える目は、ギラギラと暑苦しい光を放っている。

 こんななりだが、実はこのおっさんは立派な元ヒーローだ。かつてはオリュンポスVのように、五人組のヒーローチームを組んで市民の平和を守っていたそうだ。きっとその頃から、暑苦しい目をしていたんだと思う。見た事ないけど。

「よく来たな、まあ入れ入れ!」

「いいよ、この家せまいじゃん」

「家じゃない、秘密基地だ!」

 そうだった。ここ間違えるとおっさんキレるから注意な。

「この秘密基地、前と少し違うな。改造したのか?」

「ああ、前の奴は役所に撤去されてな。大丈夫、中の設備はギリギリで運び出して、すぐに作り直したから。正義の心は不滅なのだ」

 段ボールハウスで示される正義の心ってどんなんだ。切ないにもほどがある。

「何をしてるんだ、今回のは力作だぞ、さあ入れ!」

 おっさんに引きずり込まれるように、俺は段ボール製の秘密基地に入った。

「何だこれ、広いな!」

 入り口はちょっと屈むぐらいで通れるほど大きいし、中も無駄に広い。六畳ぐらいあるんじゃないか、これ? 所せましと機械やモニターが設置されてるし、デスクトップ型のパソコンも置いてある。中だけ見れば、ちょっと手狭だけど立派な基地だ。外観と中身のギャップが半端ないな。それなのに、明かりが裸電球一個というあたりがアンバランスだ。

「作り直すついでに、少し拡張したんだ。設備も増えたし、立派な秘密基地だろう」

前から思ってたけど、どこから電気引いてんだ? あと、川べりでこんな面積占有してたら怒られるに決まってるだろ。この基地も、近いうちに撤去されそうだ。

「で、今日はどうしたんだ?」

 おっさんは基地の真ん中の床にどっかりと胡坐をかき、期待のこもった眼で訊いてきた。

「報告だよ。昨日の夜、クロウ・ザ・ダークナイトは無事にデビュー戦を飾ったぞ」

「おお、そうか! それで、首尾はどうだった? 腐ったエセヒーローに、手痛い一撃を食らわせてやったんだろうな?」

「まあな……舌戦ではちょっとピンクに圧倒されたけど」

「バカ者、敵の言葉にいちいち動揺してどうする。言いたい事は強い言葉で押し通し、反論は『黙れ!』で封じるのがヒーローだろうが」

 どこの暴君だよ。相変わらずめちゃくちゃだな、このおっさん。

「無意味な反論に耳を貸す必要などなし! 自らの言葉に揺らぎがなければ、それで通る!」

 おっさんは拳を握り締めながら力説する。

 呆れた理論だが、おっさんは最初に会った時からそうだった。そして、ある意味乱暴なこの理論が、俺を迷いから解き放ってくれたのも事実だ。

 そう、あれは俺がヒーロー部を辞めて、一週間ほどたったの頃だっただろうか……。


 部活を辞めた後の俺は、もやもやしたものを心に抱えながらも、何もできずにいた。目指した道が閉ざされて、何をすればいいのかもわからないまま、レッドアレスだった頃に巡回していたルートをぶらぶらと彷徨い歩いた。それは、巡回と呼べるようなものではなかった。

 川べりに差し掛かった時、誰かが正面から歩いてくるのに気が付いた。それは、ミノムシが直立して歩いているような姿のおっさんだった。

「少年、顔が暗いぞ! こんなに天気のいい日に、そんなしょぼくれた顔で歩くもんじゃない!」

 おっさんに最初に掛けられたのは、そんな言葉だった。朗らかというか能天気というか、そんな口調と言葉に、無性に苛立ったのを覚えている。

「ほっといてください。見ず知らずのホームレスに心配される筋合いはありません」

 突き放したつもりだったが、おっさんはまるで怯まなかった。

「私はホームレスではない! 放浪のヒーローだ!」

「え? 何、ホーローのヒーロー? 台所のシンクにでもいそうだな」

 しつこいので適当にあしらおうとしたのだが、おっさんはしつこかった。

「違うっ! さすらいのヒーロー、人呼んでワンダリング・ヒーロー!」

「英訳しただけじゃねえかこのやろう」

「はっはっは!」

 俺の突っ込みは、高笑いにかき消された。

「時に少年、君は何か悩みがあるのだろう? 良ければ私に話してみたまえ!」

「ふざけんな。何で青少年の悩みをあんたに相談しなきゃいけないんだ?」

「まあそう言うな。悩める少年を正しい道に導くのも、ロンダリング・ヒーローの使命の一つだからな」

「変わってんじゃねえか! 何だロンダリングって? 洗浄か? 上等だよ、デッキブラシで全身洗い流してやろうか!」

「鼻息が荒いな、少年。よかろう、では君の身の上話を聞く前に、私の話をしようじゃないか。さあ、我が秘密基地へ来るがいい。仲間を失った一人のヒーローの話をな」

「仲間を失った……?」

 その言葉に興味がわいた。このおっさんは、俺と同じような経験をしているのかもしれない。話を聞けば、何か吹っ切れるものがあるかもしれない。ないかもしれないが。

 俺はおっさんの招きに応じ、秘密基地という名の段ボールハウスを訪れた。撤去される前のもので、最新型よりだいぶ小さい基地だった。

「さて、何から話したものかな……」

 そう言いながら、おっさんはくるまっていた毛布を脱いだ。毛布の下に隠されていたのは、緑色の全身タイツに覆われていた、見事にビルドアップされた肉体だった。ちなみに俺も自分ではかなり鍛えているつもりだが、こんなゴツい筋肉にはなっていない。

「おっさん……あんた本当にヒーローだったのか?」

「だから何度もそう言っただろう。聞いていなかったのか?」

「聞いてたけど、信じてなかったんだよ……で、元ヒーローのおっさんが、こんなところで何をしてるんだ?」

「こらこら、失礼だな。私は元ヒーローじゃない、現役だ。わけあって昔の仲間とは道を違えてしまったが、引退したつもりはないぞ」

 そう言っておっさんは、自分が今のような立場になってしまった理由を、とうとうと語り出したのだった。

「私も昔は五人でチームを組んで、悪人と戦っていたものだ。私は当時からグリーンで、特殊能力の『筋力増強』を武器に、先陣を切る事が多かったなあ……」

 遠い目をするおっさん。だが、その表情はどこか悲しげだった。そんな中で俺は、早くおっさんが段ボールに住む羽目になった理由を聞きたくて、うずうずしていた。

「だが、大学を卒業するころになって、仲間は一人、また一人とヒーローをやめたいと言い出したのだ。『このままでは自分の明るい未来が見えない』とか言い出してな」

「バンドの解散みたいだな」

「まあ、大して変わらんさ。中でもひどかったのが、ピンクとブルーだ。二人の間に子供ができてしまってな……」

「うわぁ……」

 急に話が生々しくなった。

「ピンクはうちのチームの紅一点のアイドル的存在だったものだから、もう大騒ぎだ。結局、壮絶なケンカの果てに私を残して全員ヒーローを辞めてしまった……それで私は単独ヒーローとして、活動を始めたわけなんだが……」

 ここからが本題だった。

「ヒーロー活動に熱が入るあまり、就職活動に身が入らず、就職に失敗し……恋人にもことごとく逃げられ、バイトも長続きしなかった。そりゃそうだ、どんな大事な状況でも、事件が起こるたびに出動していたのだからな、はっはっは」

「笑いごとじゃなくね?」

 俺はそう言ってみたが、おっさんの笑いは止まなかった。よく見ると普通に笑ってるんじゃなくて、泣き笑いだった。

「それでもヒーローをやっていたら、住んでいたアパートも追い出され……いつの間にかこんな生活になってしまっていた。何せ金が入らなかったからな!」

「厳しい! 厳しいよ現実!」

 ヒーローなんてのはほとんどボランティアみたいなものだ。どこぞの虎や兎みたいにスポンサーも中継番組もないから、みんなだいたい副業を持っている。いや、副業じゃなくて本業かもしれないが。

「そうこうする内になぜか『筋力増強』の能力も消えてしまい、今の私はちょっと鍛えた普通のおっさん、というわけだ。だが、そのおかげで私は戦略を練る事を覚えたぞ」

 切なすぎる話だった。だが、それだけに疑問点もある。

「何でこんなんなってまで、ヒーローを続けてるんだ?」

 チームが解散した時。能力がなくなった時。住む場所が段ボールハウスになった時。いくらでもヒーローを辞める機会はあったはずだ。俺が尋ねると、おっさんの眉がぎゅっと吊り上がった。

「そんなもの、好きだからに決まっとるだろうが!」

おっさんが拳を握り、鍔を飛ばしながら叫んだ。これぞ魂の叫び、と言いたくなるような熱いシャウトだった。

「私はな、ヒーローが好きで好きでたまらんのだ。そこまで好きなものを、仲間がいないとか生活が苦しいとか力がないとか、そんな下らない理由でやめられるか!! 正義を愛し、市民を守ると誓った者が、戦う力をなくしたからといって『じゃあ辞めます』なんて言えるか!」

 俺は呆気にとられていた。どこがくだらない理由なんだ、と。少なくとも力がなくなったというのは、ヒーローとして致命的じゃないのか。単独のヒーローならなおさらだ。

「力がなくて……どうやって戦うんだよ?」

「いろいろあるだろう。毎日電話して説得するとか、分かってくれるまで、どこまでも追いかけて説得するとか」

「ストーカーっつうんじゃね、それ」

「ともかく、その気になれば戦い方はいくらでもある」

「ヒーローらしくはないけどな」

「別にいいじゃないか。私は人に何かを思ってもらいたくてヒーローをやってるわけじゃない。自分の心の声に従っているのだ。だから後悔など何もない」

「心の声か……」

 そんな環境にありながら、一点の曇りもなくそう言い切るおっさんに、俺は不覚にも尊敬の念を抱いてしまった。

このおっさんは、ヒーローが持っているいろいろな要素の中で、『正義感』と『不屈の精神』以外を全てなくしてしまったのだ。おっさんを支えているのは、自分がヒーローだという思いだけ。それが一番大事だから、戦い方がカッコ悪い事なんて気にもしていない。たとえ体がついてこなくても、心はヒーローであり続けているのだ。

 俺はこのおっさんを、素直にすごいと思った。

「……さて少年、次は君の番だ。話を聞かせてもらおうじゃないか」

 おっさんの問いに答え、自分の身に置きた出来事を素直に話してしまったのも、その生き様に感動してしまったからだ。いいかげん、どこかで胸に溜まったものを吐き出したかったせいでもある。

「……ってわけで、俺もおっさんと同じように仲間を失ったわけだ。おっさんと違って、俺はもうヒーローじゃないけどな」

 全て話し終えると、少し胸のつかえが取れたような気がした。

「ふむ……」

 黙って話を聞いていたおっさんが、首をひねった。何かわかりにくい部分があったかな、などと考えていると……。

「くだらん!」

 一刀両断された。いや、そりゃハードすぎる現実にぶち当たって、段ボールに住んでるおっさんからすれば、くだらないかもしれないけど……。

「くだらん、くだらんぞ少年! そんなもの、女性に幻想を抱いていたチェリーが、初めて彼女ができたと思ったら現実を見せつけられ、ガッカリするようなものだ!」

「身も蓋もねえな!」

 人が真剣に悩んでいた出来事を、ものすごく身近な例に置き換えられた……むかつくのは、それがものすごく的を射ていた事だ。

「男は誰しもその現実に突き当たる……問題は、その時どうするかだ。すなわち、妥協するか、彼女を自分の理想に染めるか、別れて己が理想を貫くか、それともいっそ同性愛に走るか」

「そのたとえ、いまいちピンと来ないんだけど……」

「つまり今の君で言えば、頭を下げて部に戻り、我慢して活動を続けるか、内部から部員の精神を叩き直すか、部から離れて孤高のヒーローとなるか、という事だな」

「同性愛は?」

「さあ、君はどうするつもりかなっ!?」

 俺は考え込んでしまった。今更ヒーロー部に戻る事はできないし、何よりヒーロー部をあのままにしておきたくない

「君はどうしたいんだ? どうなれば、満足なんだ? さあ、さあさあさあさあ!!」

 考え込む俺に、おっさんが詰め寄ってきた。

 何か言わなきゃと焦って、考えて焦って考えて……。

「俺が奴らの敵になる……ってのはどうだろう?」

 ふと思いついたのは、そんな考えだった。

「敵?」

「そうそう。よくあるじゃん、バラバラだったメンバーが、強敵を前にして『今は俺達が争ってる場合じゃない』とか言って、一致団結するやつ」

「ふむ……確かに黄金パターンだな。少年自らが、ヒーローが成長するための障壁になるわけか。だがそのオリュンポスVとやら、壁を乗り越えるだけの根性があるかな?」

「根性ない奴は辞めてくれていいんだ。残った奴らは、真面目にヒーローやる気がある奴ってことだから」

 最初は単なる思い付きだったのだが、だんだんとてもナイスアイデアな気がしてきて、俺はその計画を進める事にした。段ボールハウスの中でおっさんと額を突き合わせ、クロウ・ザ・ダークナイトのキャラクターを作り上げていく作業は、思いのほか楽しかった。

 こうして俺は、ダークヒーローへの道を歩み始めたのだった。


「二人で考えたクロウがデビュー戦を飾ったんだ、おっさんも感慨深いだろ?」

 俺が言うと、おっさんは何も言わずに笑った。そして、俺に向かって何かを試すような、悪戯っぽい表情を浮かべる。

「だが、いいのか少年。クロウはいわゆるダークヒーローであって、君が目指していた正義のヒーローではないぞ?」

 確かにそうだ。自分の価値観に会わないヒーローを襲うクロウは、どう贔屓目に見ても正義ではない。その事については、俺自身も考えた事ではあったのだが。

「何かさあ、そういう形にこだわるのも、馬鹿らしくなったんだよ」

 それは、俺の身に起きた出来事、そしておっさんの身に起きた出来事を考えているうちに、

自然と俺の中にあふれてきた感情だ。

「俺にとって一番大事なのは『ヒーローはヒーローらしく』って事だ。俺自身の見栄えなんか大した問題じゃないよ」

 おっさんがヒーローであるために、なりふり構わないのと同じだ。俺も、自分が信じるヒーローの姿を取り戻すためなら、自分がヒーローでなくなっても構わない。

「悪人になったつもりもないしな。ダークヒーローだからって、人助けしちゃいけないわけでもないだろ?」

 悪事を働くヒーローはダメだけど、敵役が良い事をする分には問題ない、ってのが俺の中でのルールだ。俺は人を守りたいからヒーローに憧れたんであって、ヒーローになりたいから人助けをするわけじゃない。ダークヒーローになっても、俺のやりたい事はできる。

まあ、周りがクロウを悪人だって言うならそれでもいいさ。独善的だ、開き直りだと笑わば笑え。俺はもう覚悟を決めたし、動き出したんだ。

やれる限りやるだけさ!


計画性のない書き方をしたせいで妙に長い…


そのうちまとめて直すとします。

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