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私立英明高校の門をくぐり、俺は何気なくグラウンドの方に目をやった。昨日、俺が上ったサッカーゴールに、朝練を終えたサッカー部員が集まっているのが見える。

昨夜のデビュー戦は、我ながらなかなかの出来だったように思う。ピンクの突っ込みさえなければ、もっとうまく立ち回れたような気がするが。ほんと、あの人の突っ込みには今後も注意しなければ。

「そーちゃん、おはよー」

 苦い顔をしながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くまでもなく、声の主には心当たりがある。

「おう、桜」

 気のない声を返して、俺は背後を振り返る。ポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、活発そうな女子生徒が駆け寄ってくるのが見えた。陸上競技のウェアを着てるって事は、朝練が終わって教室に戻るところなんだろう。

 女子生徒の名は高梨桜たかなしさくら。家が隣同士の幼馴染ってやつで、ガキの頃からずーっと同じ学校だ。最近はクラブが忙しいとかで、登下校が一緒になる事もめっきり少なくなった。

「ねーねー知ってる? 昨夜ゆうべのオリュンポスファイブの話!」

 ほほう、さっそく話が広まってるみたいだな。よしよし。

「不良学生をやっつける大活躍だったんだって!」

 ん……?

「その不良学生、カツアゲの常習犯だったらしいから、皆喜んでるみたいだよ!」

おかしいな。確かに途中までは大活躍かもしれないけど、謎のダークヒーローの襲撃で、オリュンポスVの面目は丸つぶれのはず……。

「あ~あ、見たかったなあ、オリュンポスV!」

 ……ふん、なるほどね。どうやら昨日の件は闇に葬られたらしいな。自分達の都合の悪い事はひた隠しにするなんて、汚れた英雄のやりそうなこった。まあいい、別に奴らの評判を落とすのが目的じゃないからな。デビュー戦がなかった事にされたのなんて、気にしてないったらないんだい。

「でもすごいよね、学校の中にヒーローがいるなんて! この学校に来てよかったぁ!」

 顔を真っ赤に上気させ、桜は興奮気味だ。こいつは女の子なのに小さい頃からヒーロー物が好きで、昔はよく一緒にヒーローごっこに興じてたクチだ。今でも、毎週日曜の朝七時半には俺の家に押しかけてきて、一緒にヒーローものの番組にかじりついている。

「大きくなったらピンク何ちゃらになる、とかよく言ってたよな、桜」

「うん! ピンクビーナスカッコいいよね!」

 ピンクビーナスってのは、オリュンポスVのピンクの名前だ。桜は彼女に憧れてるようだけど、キャバクラの店名みたいだと俺は思う。あと、オリュンポスならビーナスじゃなくてアフロディーテじゃないのか。まあ、どうでもいいけど。

「そんなにヒーローが好きなら、桜もヒーロー部に入ればよかったじゃん」

 ヒーロー部ってのは、オリュンポスVが所属している公式の部活動だ。特殊な力を持った生徒が集まり、ヒーローとして学内の平和を守る、というのがその活動内容。他の学生から絶大な人気を誇る、ヒーロー予備軍の集まりと言えばわかりやすいだろう。

「そりゃあ入りたかったけどさ……あたしには特別な力なんてないもん。そーちゃんこそ、何でヒーロー部やめちゃったの?」

 桜に言われて、俺は言葉に詰まる。

 そう。かく言う俺も、一か月前まではヒーロー部の一員だった。一か月前に、とある理由で自主退部するまでは。

「入部した時は、『これが俺のヒーロー道の第一歩だ!』って息巻いてたじゃない」

「ははは……」

「何かトラブルでもあったの?」

「いや……更衣室が臭かったんだ。そんな事よりそのウェア、ちょっとエロいな! お尻のラインが丸見えだぞ」

俺なりに事情があったけど、いちいち説明するような事でもないし、桜の夢を壊す事もない。適当にごまかしてやろう。

「また適当な事言って……」

「適当じゃねえ、本当にエロいぞ! 絶景かな、絶景かな!」

「そんな下衆い石川五右衛門、聞いた事ないよ」

 バカバカしいやりとりをしている間に、俺達は下駄箱にまで到達していた。そのまま上履きに履き替えようとしたところで、学生服の袖がぐいぐい引っ張られている事に気が付いた。桜だ。

「そーちゃん、そーちゃん、大変だよ!」

 桜の声が、さっきよりはるかに興奮の度合いを増している。何だかプルプル震えながら、下駄箱の端を指さしていた。

「何だよ……」

「ぴ、ぴ、ピンク!」

「何がだよ。桜のパンツの色か?」

「違うよ! 今日は白だよ! そうじゃなくて、ピンクビーナス!」

「げ……」

 俺が桜の指さす方向を見ると、確かにそこにピンクビーナスがいた。ヒーローのいる下駄箱ってすごい違和感だけど、この学校ではそれほど珍しくはない。

「おはよう、皆守くん」

 ピンクビーナスは俺の方に近づいて、被っていたマスクを脱いだ。柔らかそうな長い黒髪が、流れるように背中へと落ちていく。高級なシャンプーのコマーシャルみたい。

整った顔立ちにキリッとした表情は、ヒロインに相応しい。あと、スタイルも抜群なので全身スーツ姿が妙になまめかしいのが困りものだ。ついでに言うと、いかにもお嬢様然とした見た目だけど、昨日も実感したように突っ込みが鋭く厳しい。

 ピンクビーナスの中の人は、愛川音子あいかわおとこ――先輩だ。俺は彼女をよく知っている。以前は同じ部活だったし、そもそもオリュンポスVは別に正体を隠したりしてないから、当たり前だけど。あと、ここだけの話だが、俺がちょっと憧れてる人でもある。

朝っぱらからスーツを着てるのは、恐らくヒーロー部も朝練だったのだろう。ヒーローにだってトレーニングは欠かせないし、仲間との連携の練習なども必要なのだ。

「愛川先輩……おはようございます」

 俺が彼女に向けた表情は、恐らく暗く沈んだものだったと思う。言っておくが、昨日さんざん突っ込まれて困ったからではない。できる事なら俺は、この先輩とあまり顔を合わせたくない。ヒーロー部にいる頃はいろいろと面倒を見てもらったし、先輩達の中では特に親しかったと思う。それだけに、今は気まずいものがある。

顔を背けようとしたが、そっちには何だか無駄にあわあわしている桜の姿があったので、仕方なく先輩に視線を戻す。

「昨日は大活躍だったそうですね」

「え? ええ……まあ……大活躍というか、何と言うか……」

 俺の問いに、先輩は視線を伏せた。困ったような、戸惑うような表情――恐らく、昨日の件を隠蔽したのは先輩ではないのだろう。少し安心した。

「ところで先輩、朝っぱらから何か用ですか?」

 先輩と話したくないわけじゃないけど、今はまだ気まずさが払えない。早く用件を済ませたくて、俺は話を促した。

「可愛がっていた後輩を見かけたから声を掛けてみたんだけど」

「俺……もうヒーロー部員じゃないですよ」

「部を辞めたからって、後輩じゃなくなるわけじゃないでしょう?」

 にっこりと微笑む先輩。だけど、その表情は一瞬で消えた。急に真剣な表情になり、雰囲気が重みを増す。ここからが本題か。

「……ところで皆守君、いつまでそんな生活を続けるつもりなの?」

 先輩は少しきつい目つきで、睨むように俺をまっすぐ見て言った。咎めるような口調の中に、少しためらいのようなものが感じられる。

「いつまでって……先輩が俺とデートしてくれるまで?」

「なっ……!」

 重くなりかけた空気を、軽口ではぐらかす。つもりだったが、先輩だけでなく、何故か桜も一緒になって固まってしまった。桜は、ピンクビーナスをデートに誘うなんて畏れ多い、とか考えてるんだろうか。

「じょ、じょじょうだんはおよしなさい!」

 ジョジョーダンって……人に突っ込む時は強いのに、防御力はえらい低いな先輩。これはアレだな、戦闘特化タイプじゃないからだな、うん。

 精神を立て直した先輩が、こほんと咳払いを一つ。

「君が部を辞めたのは、そんな風に普通の学生として生きるためだったのか、と聞いているのよ。この一か月、君は漫然と日々を過ごしてただけでしょう?」

 はぐらかしきれなかった。先輩はマジだ。一つ言えるのは、昨日の件とは無関係な話らしいという事か。とりあえず、先輩はクロウ・ザ・ダークナイトの正体には気づいていないはずだ。ここで妙な事を口走ってしまっては困るので、だんまりを決め込むとするか。

「部を辞める時、君は私達オリュンポスVのメンバーに言ったわよね? 『こんなのヒーローじゃない』って」

確かに言ったし、今でもそう思っている。それなら本当のヒーローの姿を彼らに示すのが筋だけど、俺はそうでない方法を選んだ。

「大きな口をきいて部を辞めておきながら、今の君は何なの?」

 先輩の言葉に、思わず奥歯を噛みしめた。先輩は一つ間違ってる。俺はヒーロー部を辞めたんじゃない。辞めさせられたんだ。

「俺は……」

 言葉が喉まで出かかったが、必死で飲み込んだ。先輩は事情を知らないだろうし、オリュンポスVを正義のヒーローだと信じて活動している。変に水を差す事もない。

黙ったままでいると、先輩は小さくため息をついた。

「残念だわ……君の中のヒーロー魂は、もう消えてしまったのかしら」

 先輩がどこか悲しそうに言った。きっと、俺に失望しているんだろう。彼女から「次期エース」として期待されながら、部から逃げ出した俺に。俺が部を辞めると言い出した時、一番怒ったのは輩だった。入部した時に、一番喜んでくれたのも。

「ここまで言われても、まだ黙っているつもり?」

 先輩は怒っても美人だ。でもごめんなさい。

「授業が始まるんで失礼します。デートの話、気が変わったら連絡ください」

先輩に背を向けて、俺は教室に向かって歩き出す。

 悪いけど、俺にはもうヒーロー部で活躍しようという気持ちはないんです。そして、この件について先輩とこれ以上議論するつもりもないんです。

「待ちなさい、皆守君……!」

 先輩の声を無視して、廊下を足早に進む。

 後ろで桃の「サインください!」という声が聞こえた。ちょうどいい足止めになってくれたようだな……その空気の読めなさ、GJ(グッジョブ)だ。

もうちょっと投稿して様子見ます。

何か字下げがうまくいかないな…

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