プロローグ 鴉は舞い降りた
習作なので軽い気持ちでどうぞ。
更新は不定期だし、深いテーマもありません。
今の時代、ヒーローは絵空事ではない。
仮面ライダーにスーパー戦隊、ウルトラマン。遠く海を渡ればクモ男にコウモリ男、さらにはファンタスティックな四人組も――いまさら言うまでもなく、世の中にはヒーローが溢れ返っている。これは創作の中だけの話じゃない。悪の怪人はいなくても、凶悪な犯罪から市民を守るために日夜戦い続けるヒーローは存在する。
自らが生まれ持った特殊な力、あるいは科学によって手に入れた力を正義のために振るう。俺はそんな姿と理念に憧れていた。自分もそうなりたいと思った。
だけど、いつだって理想と現実には、大きな隔たりがあるものだ。
ヒーローに憧れた俺が、今こうして悪役さながらの真っ黒な戦闘スーツに身を包んで、夜の闇に紛れているのも、その隔たりが原因と言えるのかもしれない。
俺は音を立てないように、脇に抱えていたヘルメットタイプのマスクをちらりと見た。
体は、ここへ来る前に着こんでおいた特製の戦闘スーツで完全防備。身体にフィットした動きやすいボディスーツに、プロテクターを追加して、防御力を高めてあるし、背中には、翼をイメージしたマントが揺れている。もっとも、お手製のスーツなので特殊な力は何もないが。これに、鴉をモチーフにデザインしたマスクを被って、変身完了。どこから見ても完璧な悪役……いや、ダークヒーローだ。
俺は物陰に隠れたまま、その光景をじっと見つめた。
レッドを中心に、ピンク、グリーン、イエロー、ブルーという鮮やかなカラーリングの全身タイツを着た五人組が、三人の不良高校生を取り囲んでいる。
「悪党め! 正義の拳から逃げられると思うな!」
中央に立った真っ赤な全身スーツとマスクの男が、ビシッと指を突きつけて叫ぶ。大げさなポーズをとる姿は、戦隊ヒーローのレッドそのものだ。ただ、舞台が採石場っぽい場所ではなく、学校のグラウンド。どんなにカッコつけても、背景がサッカーゴールなのでいまいちキマらない。
「気弱な生徒に暴力を振るい、あまつさえ金銭まで脅し取るとは……貴様のその悪行、たとえ天が許しても、このオリュンポスVが許さん!」
レッドの一昔前っぽい口上は続く。
っていうか何だ、オリュンポスVって。神様気取りか。語感もカッコ悪いし。
「今日こそ成敗してくれる!」
「わかった、わかったからそうムキになんなよ……ちょっと遊んでただけじゃん。降参するからさー、勘弁してくれよ」
不良の一人が、ヘラヘラと笑いながら言った。相手は戦隊ヒーローだ。最初から戦意なんてものはないんだろう。しらけただけかもしれないけど。残りの二人も、興ざめしたようにその場を退散しようとした。
「待て」
立ち去ろうとした三人組の前に、カラフル五人組が立ちふさがる。
「貴様はいじめていた生徒にそう言われて、やめた事があるか?」
男子生徒の言葉を振り払うように、レッドは腰から五十センチほどある棒のようなものを抜き放った。その様子を見て、不良グループの顔色が青ざめる。
「お、おいおい……よせよ……冗談だろ?」
「オリュンポスVの辞書に、冗談などという言葉は載っていない」
「勘弁してくれよ……」
「勘弁などという言葉もない!」
買い直した方がいいぞ、その辞書。きっと落丁だ。
ピンクを除く残りのメンバーも棒を抜き放ち、三人組を取り囲む輪を狭めていく。三人組の顔は、可愛そうなぐらい引きつっていた。まさか正義の味方が、無抵抗の人間に暴力を振るうとは思わなかったんだろう。そりゃそうだ、普通そんな事は思わない。だが……。
「ゴッドロッドを受けて、悔い改めるがいい!」
「やめろおおおおっ!!」
「くらえ、神の鉄槌!!」
「ぎゃあああ!!」
レッドの掛け声を合図に、ヒーロー達は三人組をしたたかに打ち付け始めたのだった。まさにタコなぐりという言葉がふさわしい光景――ヒーローというより、悪の組織みたいだ。これで、俺の中にあったほんの少しのためらいが消えた。
「よし、行くぞ!」
俺は自分に気合を入れ、一気に物陰から飛び出した。全力で走りながら、もっと速く、風よりも早く走る自分をイメージする。周囲の音が遠ざかる感覚と共に、俺のスピードは一気に人間の常識を超える。視界の中のオリュンポスVの動きが、スローモーションのように見えた。俺はスピードに乗ったまま、地面を蹴って宙に舞い上がり、ゴールポストの上に飛び乗る。やはり、ヒーローは高いところから登場しなければならない。
眼下では、ピンクを除く四人のヒーローによる悪党蹂躙が続いていた。誰も、俺の登場に気づいていない。まあ、そのために能力を使ったのだから当然か。
俺は大きく息を吸い込んで……
「やめろっ!」
可能な限りの大声で叫んだ。マスクに仕込んである変声機の調子もいいようだ。
突然の声に、ヒーロー達は暴力行為を止め、慌てて周囲を見回す。最初に俺に気づいたのは、レッドだ。
「貴様、いったい何者だっ!」
予想通りのセリフだ。この時のために、しっかりとセリフを考えておいたし、何度もシミュレーションした。完璧だ。
「お前りゃに名乗る名前はにゃいっ!」
噛んだ。こんな短いセリフで二か所も。登場からやり直したい! それかもう帰りたい!
「怪しい奴め……何が目的だ!」
レッドが、俺にむかってゴッドロッドとやらをビシッと突きつける。よかった、噛んだ事は気にしないタイプだったようだ。よし、ここから立て直そう。
「戦意を喪失した相手に過剰な暴行を加えるその所業……貴様らに正義という言葉を口にする資格はない。このクロウ・ザ・ダークナイトが成敗してくれる」
よし、決まった。
「名乗る名前はにゃいんじゃなかったかしら」
と思ったら、ピンクに思い切り突っ込まれた。ひるむな俺。
「あと、大事な決め台詞を噛む人にも、ヒーローを名乗る資格はないと思うわ」
何なのこのピンクさん? さりげない言葉で俺の心をザクザクえぐってくるんだけど。俺もう挫けそうだよ。
「おい、そこのカラス野郎! 偉そうな事ばっか言ってねえで、下りてこいや」
何とか心を奮い立たせようとしていたら、ブルーが苛立った声を掛けてきた。よし、まだ立て直せる。ピンクの事は忘れるんだ。
「ほう、最初の相手は貴様か、青いの」
心情的にはいっぱいいっぱいだけど、可能な限り余裕ぶった口調で言ってやる。ブルーが挑発に乗りやすいのは知ってる。ヒーローというより、言動が雑魚っぽい。ヤクザ映画でいえば、真っ先に撃ち殺されるチンピラだ。
「下りて来いってんだよ!」
ブルーは乱暴にも、手にしていたゴッドロッドを俺に向かって投げつけてきた。ヒーローとは思えないほど雑な攻撃だ。俺は飛んできたロッドをかわしながら、素早く動く自分をイメージした。
一気にゴールポストから飛び降り、ブルーの背後に回ると、その首に自分の腕を巻き付けた。柔道で言う裸絞め、プロレスで言うスリーパーホールドだ。
「ぐおっ!」
「ブルー!」
「瞬間移動!?」
残る四人のヒーローには、俺の動きがまったく見えなかったのだろう。当り前だけど、瞬間移動じゃない。
「かっ……はっ……」
頸動脈胴をうまく絞めれば、十秒もかからず相手を失神させられる。ちなみに頸動脈を絞めるのがスリーパー、気管を絞めるのがチョークなんだけど……まあ、結果に大した違いはない。ブルーはすぐにダラン、と全身を弛緩させる。俗にいう『落ちた』ってやつだ。
「まず一人」
ブルーから腕を離すと、その場に崩れ落ちた。ほら、雑魚だ。
「強敵だ……フォーメーションを組んで戦うぞ!」
レッドの指示に従い、カラフルなヒーロー達が集結。レッドの前にグリーン、後ろにピンク、右側にイエローが並ぶ。
「行くぞ!」
レッドが身構えた瞬間、俺は素早くその左側に回り込んだ。本当ならブルーがいるはずの場所だろうが、あいにくブルーはおねむの時間。がら空きだ。
「二人目っ!」
「お……俺ぇっ!?」
陣形の先頭にいるグリーンに、跳び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。どうやらブロックしたみたいだけど、その衝撃を殺しきれなかったグリーンは派手にひっくり返った。人数が減ってるのに、五人を想定した陣形なんかとっちゃダメだろ。
「くっ……トライアングル・フォーメーショ……」
陣形を立て直そうとするレッド、イエロー、ピンク。だけど、ここまでやれば今日の所は十分だ。俺はその三人から大きく距離を取り、直立腕組みポーズ。顔だけ相手に向けて、体は少し角度をつけるのがポイントな。うまい具合に風が吹いてくれればマントが良い感じにはためくんだが、残念ながら今は無風だ。くそう。
「貴様……狙いは一体何だ!」
戦闘中断の気配を感じたのか、レッドが俺に指を突きつけて言った。人に指をさすなと、お母さんから教わらなかったのか、あんた。まあいい。そろそろ締めに入ろう。
「俺の狙いか……そうだな、堕天使の羽根をもぎ取る事、とでも言っておこうか」
割と時間をかけて考えたセリフなので、ゆっくり溜めながら言ってやった。
「え、ちょっとごめんなさい。抽象的すぎてよくわからないのだけど、具体的に言ってみてもらえるかしら」
……通じなかった。
またピンク! 何となくわかるじゃん!? 様式美的なアレでスルーしてくれよ! この人はどうしていちいち、こっちの演出を潰しに来るんだ! 何か恨みでもあるのか? いや、いきなり襲撃してるんだから恨まれても仕方ないけど、下手に攻撃されるよりダメージでかいんだよ!
……何て考えても仕方ない、言い直そう。
「お前達のような、堕落したヒーローを俺は許さない。汚れた英雄を刈り取る事こそが、俺に与えられた使命なのだ」
「与えられたって、誰から?」
ピ……ピンク、もう勘弁してくれ。
「……て、天……から?」
「天って何なの? 堕落したかどうかは、誰がどういう基準で決めるの?」
そんな質問までは想定してないんだ。天といったらアレだ、神とか運命とか、そういう抗えない何かだよ。天の神様の言う通りなんだよ。
「いいか貴様ら!」
もういい! 話を切り上げて、ぼくもうおうちかえる!
「ヒーローが汚れた振る舞いを見せる時、私はまた現れる! 心しておけ! そして覚えておくがいい! 貴様らの所業は、このクロウ・ザ・ダークナイトが見ているぞ!」
「一人称が『俺』から『私』に変わったわ。まだキャラが定まってな……」
「さらばだっ!」
ピンクの発言は危険すぎる。俺は自分の叫びで彼女の言葉を封殺すると、一気に加速してその場から駆け去った。もう、セリフを準備するのはやめて、アドリブ能力を鍛えようと、心に誓いながら。
これは、俺――皆守宗次郎の、ちょっぴり苦いデビュー戦だ。同時にこの夜の出来事は、腑抜けたヒーロー達にとっては、恐怖の始まりでもあったのだ。何となく想定していたものとは違っていたが、たぶんそうなるはずだ。なるといいなあ。
3~4話分ぐらいは早めに投稿する予定です。