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生徒会よ、永遠に……

「今日も相変わらず寒いなぁ……」


 年も明けて昭和六十年の二月……三年生は自由登校期間となり、ほとんどの三年生の生徒は学校には来ていない。しかし……


「おはよーございますー」


 今朝もいつものように始業一時間前には生徒会室に入る。そこには……二年生の優子ちゃんと一年生の由加里ちゃん……で、何故か三年生の小夜子先輩とさっちゅん先輩が生徒会室にいるのだ。


「よっ、トモ、おはよーさん」

「トモっち、おはよー」

「……って、どうして自由登校なのに小夜子先輩とさっちゅん先輩は来てるんですかぁ?」

「だって、あたしもさっちゅんも推薦で大学決まってるし」

「いっ……いつの間にか決まってたんですかぁ?」

「まあな……」


 小夜子先輩が胸を張って自慢げに僕を見る。


 意外なことだが、今まで生徒会役員の中で小夜子先輩とさっちゅん先輩、いわゆる三年生組の卒業後の進路が話題に上がることはなかった。いや、正確には僕も含めみんな、あえてその話題を避けていたような感じだった。「卒業」という現実から逃げていたとも言える。


「で……小夜子先輩はどこの大学行くんですか?」

「あたしは……北横浜大の理工学部だ!」

「えっ? 女子大とかでなく? それに理系?」


 僕は小夜子先輩から意外な言葉にちょっと驚く。てっきり女子大か短大に進むかと思いきや、まず普通は女子が行くことはありえない理工学部に進むということに……まあ、生徒会室に自作の電磁式ロックなんてものを付けることができるくらいだから、彼女の進路が理系でも不思議でもない気もする。おそらく彼女のことだから、男子を圧倒するくらいのパワフルさを大学でも発揮するに違いない。


「あたいも北横浜大学だよ! ちなみに医療看護学部ね。大学のうちに看護婦の資格取りたいし……」


 さっちゅん先輩も自分の進路をしっかりと決めているようだ。看護婦か……彼女には合っていそうだ。


「さっちゅん先輩の看護婦姿、見てみたいなぁ……」


 僕がなんとなく呟くと、


「おおっ! トモっち見て見る? ちょっとナース服を演劇部から借りてくるから」

「いっ……いいですよぉ、そこまでしなくてもー……」

「残念ーっ! ナース服着たらトモっち喜ぶかと思ったのにー……」

「ぼっ……僕はそういうマニアックな趣味とかないですよぉ」


 まったく……さっちゅん先輩はいつも元気というか、あっけらかんとしているというか……まあ、そういうところは看護婦に向いてるのかもしれない。


「そういうトモは、おまえこそ卒業したらどこ行くんだよ?」


 小夜子先輩が僕に訊いてくる。


「えーと……僕も北横浜大で考えているけど……法学部だけど」


 僕はなんとなく決めている自分の進路を言うと、


「おい、おまえの成績ならもっと上の大学行けるだろ? 」


 小夜子先輩はぐいっと僕の制服のネクタイを引っ張り、小夜子先輩の目の前に顔を引き寄せる。


「くっ……苦しいですよぉ……」

「うっさい! おまえみたいにそこそこ成績のいい奴が、何でまた平均的過ぎる北横浜大なんだよっ!」

「だって……北横浜大だったら推薦で確実に入れるし、あの大学広々としてるし……それに近所だし……都内まで通うの大変だし定期代もかかるし……」

「なんかトモらしいというか……堅実というか、冒険しないというか……」

「僕は冒険なんか嫌ですよぉ……」

「やれやれ、こんなヘタレくんが生徒会長かよ……」


 小夜子先輩が僕にいつものように呆れ顔で言い放つ。


「まあ……どうであれ、あたしらの後は任せたぞ! トモっ!」


 小夜子先輩が、ポンと僕の肩に手を乗せる。


「ぼっ……僕に任せてください」

「大丈夫かぁ?」

「大丈夫……かな?」


 どうであれ、僕は生徒会長を任されたのだ。自分のできることを精一杯やるしかない。


「大学に行ってもみんな一緒だねー」


 優子ちゃんが紅茶を淹れながら僕に微笑む。


「えっ? まさか……優子ちゃんも北横浜大学?」

「そう、わたしは文学部の英文学科に推薦で……」

「私も北横浜大志望なんですよ」

「由加里ちゃんまでー?


 まさか七高を卒業して大学に入っても、この生徒会のメンバーで過ごすのか? まさか……ねぇ……

 僕は思わず苦笑する始末……



 そして……月日は流れ……時は昭和六十一年四月……


「うわー……広いなぁ……」


 僕、津島友樹は北横浜大学の法学部に入学することになった。大学に入ったとは言うけど、僕を含め七高の生徒である程度の成績の生徒は推薦での入学なので、世間一般で言うところの『受験戦争』とは無縁といった感じだった。しかも生徒会役員ともなると、確実に推薦で大学に入ることができるので尚更世間ずれしている感じだ。

 周囲では、僕の成績ならもっと上位の大学に入れるとか言われていたが、僕にとっては都心の優秀な大学より、通学も自宅から比較的近くて楽な、世間一般に言うところの平均的な学力水準よりちょっと上の、郊外の広々とした大学の方に魅力を感じていた。それに、もうひとつ……ここに通うことには理由わけがあった。


 大学の入学式を終え、スーツ姿の僕は広大な敷地を歩き回る。高校がブレザー制服ということもあって、スーツでも違和感なく動けるのだが、高校と違って大学というところは学生の人数もケタ違いに多いこともあって、建物も多くて入学したばかりの僕にとってはまだわかりにくいことも事実だ。まさか大学生にもなって迷子……さすがにそれはないと思うけど。


「トモー、やっと見つけた!」


 僕の背後から聞き覚えのある声で呼びかけられる。


「あっ……小夜子先輩」

「おまえ何こんなとこでウロウロしてるんだよ。サークルがある棟はあっちだぞ」

「サークル? 何ですかそれ?」

「いいから付いてこいや! ほかの連中も待ってるぞ」

「はっ…はい……」


 僕は小夜子先輩の後に続く。そう、彼女もこの北横浜大学の学生、しかも女子だというのに理工学部だ。まあ、生徒会室の扉に自作の電磁ロックを付けるくらいだから不思議ではないのだろうが。


「小夜子先輩……いったい僕はどこへ連れていかれるんでしょうか……」

「いいとこだよ、いいとこ」


 そう言われるままに僕は小夜子先輩の後に付いていく。


「ほら、ここがあたしらのサークルだ! 大学入ったらサークル活動だろ?」

「ここ? 学校自治研究会? 何なんですかぁ?」

「いいから入れって!」

「うわっ!」


 僕は小夜子先輩に、無理矢理に目の前の部屋に押し込められた。すると、そこには……


「トモくん、ようこそ!」

「トモっち、待ってたよ!」


 『学校自治研究会』なる部屋の中には、優子ちゃんとさっちゅん先輩が笑顔で迎えてくれた。そう、彼女たちもこの大学の学生だ。

 そして、部屋の真ん中にはどっかて見たような丸テーブル……


「小夜子先輩……みんな……これって……」

「トモ、ここは学校自治について研究する会というのが表向きだけど、要は七高の元生徒会役員の溜まり場だ」


 小夜子先輩が自慢げに話していると、


「紅茶が入りましたよー」


 優子ちゃんがかつての生徒会室と同じように、みんなに紅茶を淹れてくれる。まるでかつての七高の生徒会室のような光景が繰り広げられる。


「あのー……小夜子先輩……これって、いったい何をするサークルなんでしょうか?」

「見りゃわかるだろ?」

「いや……わからないですよぉ……」

「まったく……トモは相変わらずノリが悪いよなぁ……みんな、アレをやるか?」


 アレっていったい何なんだろう……僕がそう考えていると、


「トモっ! おまえちょっと廊下に出てろ!」

「小夜子先輩……どうしてですかぁ?」

「いいから、すぐ終わるから! 五分ちょっと待て!」


 僕は小夜子先輩に言われるまま、サークルの部屋から出され廊下で待つこととする。部屋の中では彼女たちの賑やかな声が聞こえる。いったい何をやっているのだか気になるけど、まさか覗くわけにもいかないし……


「トモ、入っていいぞ!」

「はい……」


 僕が『学校自治研究会』の部屋に入ると……彼女たちは見慣れた紺色のブレザーとスカート、そして赤いネクタイ……


「みっ……みんな……それって……七高の制服?」


 僕は思わずあっけにとられる。すると小夜子先輩が


「バーカ、これは七高の制服を忠実に再現した『学校自治研究会』のユニフォームみたいなもんだ!」

「……って、それってただ単にコスチュームプレイっていうやつですよっ!」


 僕が小夜子先輩に突っ込みを入れると


「トモくんの分もあるわよー」


 優子ちゃんが笑顔で僕に言うけど……まさか、僕にそれを着れってこと?


「大丈夫、ちゃんと男子制服だから」

「いや……そういう問題じゃなくて……」


 優子ちゃんのこういうときの笑顔は色んな意味でこわい。本当にこわい。


「トモもこのサークルの一員なんだから着替えてもらわないとなー!」


小夜子先輩がたたみかける。どうやら僕もコスチュームプレイというものから逃れられないらしい。


「さっちゅん、トモを押さえ付けろっ!」

「はいよー!」


 そして……


「どう……かな……」

「おおーっ! トモっ! 似合ってるぞ! ……と言ってもさんざん見慣れてるけどな」


 小夜子先輩が僕の制服もどきの姿をしみじみと見つめている。

 紺の上下に赤いネクタイ……まさか僕は大学生にもなって……そして入学早々に七高の制服みたいなものを着せられるとは……思いにもよらなかった。


「さーて、記念撮影とでもいくかー!」


 小夜子先輩が怪しげなカメラみたいなのを三脚に据え付けた。


「小夜子先輩、そのカメラみたいなものって……」

「トモっ、よくぞ聞いてくれた。これは写真をフィルムでなくデジタルのデーターで記録できるんだ! ちょっと前のロス五輪で使われたやつを基本にあたしが更に高解像度化と色域の拡大とか改良してなぁ……現像しなくてもテレビで写真が見られるんだぞっ!」

「なんか……僕にはよくわからないなぁ……」

「何言ってんだよ、二十一世紀にはデジタルのデーターで写真撮るのが当たり前になるぞ!」


 小夜子先輩がそう言いつつ、カメラみたいなものを弄っている。


「あっ……それからトモ、あたしのことは昔みたいに『会長』って呼んでもいいぞ」

「えっ?」


 僕はあまりに唐突なことで動揺する。以前みたいに呼び慣れた『会長』って呼んでいいものかと……

 すると笑顔で


「だってあたしがこのサークルの会長なんだから……なっ!」

「わかりました、小夜子会長!」


 昭和六十一年四月……僕たちの『生徒会』は、まだもうちょっと続きそうだ。



―完―

 というわけで……一年近く連載してきましたが、ようやく完結しました。

 主人公のトモくんは、ちょっとは成長したのかな?

 みなさんの応援、感謝します。ありがとうございました。

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