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生徒会S59(せいとかいえすごーきゅう)――あのゆるふわな僕の日常――  作者: 私市よしみ
第十章 生徒会の「活動」昭和五十九年度・二学期
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ちいさな、いのち

「今朝は格別に寒いなぁ……」


 十二月に入ると、急に冬らしく冷えてきた。僕は白い息を吐きながら学校にたどり着く。そして、今朝もいつものように生徒会室に向かう。

 今日はいつもより増して生徒会室からなんだか賑やかな声が廊下越しに響き渡っている。まあ、僕以外はみんな「年頃の女の子」なのだから、賑やかなのはごく普通なんだろう。ただ、あまり騒ぐと先生や他の部から何か言われそうだと、ちょっと不安も感じる僕でもあるが……


「おはようございまーす」


 僕が生徒会室に入ると、そこには、生徒会長を僕に譲った筈なのに何故か生徒会室に入り浸っている小夜子先輩をはじめ、生徒会役員の彼女たちが、何やら段ボール箱の中を覗き込んでいる。


「わー、やっぱかわいいなー!」

「さよちん、この子わたしの手にすりすりしてるー」

「優子はこの黒い子になつかれてるなぁ」

「さっちゅん先輩-、私にも触らせてくださいよー」


 小夜子先輩も、優子ちゃんも、さっちゅん先輩も、由加里ちゃんまで……箱の中のものに夢中だ。そして、


「にゃー……」


 なにか小動物と思われる鳴き声が聞こえた。


「トモくん、この子たち見て見てー」


 優子ちゃんに促されるように僕は段ボール箱の中を覗き込む。そしてそこには……茶色の縞模様と黒いふたつの小さな毛玉のようなものが動き回っている。それは……どう見ても……子猫、しかも二匹……


「いったいどうしたんですかぁ? これ……」


 僕は思わず小夜子先輩に訊く。


「なんだトモ、おまえ猫も知らんのか?」

「いや、知ってますけど……どうしてこの子たちがここに」

「あたしが拾ってきた」

「ひっ……拾ったって……学校に猫連れてきたらマズいでしょ? 生徒会長の僕の立場も考えてくださいよぉ……今すぐ戻してきてくださいよぉ」

「なんだよトモ、この寒空に箱の中に捨てられてみーみー鳴いてる姿見たら連れて来るに決まってるだろ? それをまた元の場所に戻せってか? おまえそれでも血の通った人間かぁ? こいつらのつぶらな瞳を見て見ろよ! 戻せとか絶対に言えなくなるぞ!」

「でもー……さすがに生徒会室で猫飼うのは……」

「猫飼っちゃいけねーとか、校則にも生徒会規則にもねーだろ? まったくおまえは生徒会長かよ?」

「いっ……いや……僕、生徒会長だけど……」

「うっさい! 生徒会長と子猫とどっちが大切なんだ!」

「はいはい、さよちんもトモくんも喧嘩はやめて。紅茶冷めちゃいますよ」


 僕と小夜子先輩の押し問答に、優子ちゃんが割って入る。きっと幼なじみの小夜子先輩をたしなめてくれるのだろうと期待したのだが……


「トモくん、小さな命を護ってあげるのも生徒会の重要な役目だと思うけど……ね」

「ゆっ……優子ちゃん……でも……」


 確かに、優子ちゃんの言うことももっともだ。だが、学校の生徒会室に野良の子猫を持ち込むというのは後々問題にもなりそうだし、万が一、生徒会室から逃げ出し他の教室や、職員室なんかに紛れ込んだらそれこそ大変な騒ぎになるだろう。僕はなんとかして生徒会室で子猫を飼うことを阻止したい。一応、生徒会長だし……そんなことを考えている僕に、


「トモっちはこの子たちを見捨てるなんて……絶対しないと思うんだけどねぇ……」


 さっちゅん先輩が更に僕に追い打ちをかける。


「いや……僕は見捨てるとかそういうのじゃなくて……えーと……」


 僕は思わず言葉に詰まってしまう。


「トモ先輩は初めて私にやさしい言葉を掛けてくれた人ですから……きっとこの子たちにもやさしくしてくれると私も思うんですが……」


 由加里ちゃんまで僕に追い打ちをかけてくるとは……いわゆる四面楚歌ってこういうことなのか……


「トモっ!」

「トモくん!」

「トモっち!」

「トモ先輩っ!」


 小夜子先輩、優子ちゃん、さっちゅん先輩、由加里ちゃんが僕をじっと見つめ決断を迫る。もう逃げ道は完全に塞がれた感じだ。こういうとき、古今東西の戦場の指揮官はどういう決断をしたのだろうとふと考えるのだが……しかし、僕には歴戦を戦い抜いてきた武将とはほど遠いくらいに優柔不断だということを自覚している。それでも、もう答えはひとつしかないようだ。


「はいはい……わかりました……この子たちは里親見つかるまでしばらく生徒会室で飼うってことで……いいですよね」


 僕はもう半分投げやりになって彼女たちに答えを出した。


「おお! さすがトモだ! おまえやっぱやさしいからなぁ」


 小夜子先輩が僕の肩をポンポンと叩きながら言う。


「というわけで、この子たちの里親を生徒会役員で見つけることに決まりー!」


 さっちゅん先輩が元気よく宣言したけど……結局、僕は彼女たちにハメられた感じだ。まあ、流されるのはいつものことだが……


 僕の目の前で動き回っている茶色の縞模様の子猫……一応雌猫らしいんだけど、なんか女の子にしてはずいぶんと活動的な感じだ。とにかくくるくると動き回るというか、落ち着きがない。まるでどっかで見たことあるような……


「こっちの茶色の縞模様の猫、ちょこまか動いて賑やかだし……なんか小夜子先輩に似てませんか?」

「おおっ! こんなにかわゆくてプリチーな子猫があたしみたいだと!」

「小夜子先輩、それ意味がかぶってますよ」

「うっさい! トモはどうでもいいことに突っ込むなぁ?」


 そういいながら、小夜子先輩は今度は黒い子猫をかまう。


「黒いのおいでー……って、なんだよ! 隅っこでなんかちっちゃくなっててこっち来ないじゃないか」


 もう一匹の黒い子猫は雄猫らしいが、なんだか茶色い方に比べるとずいぶんとおとなしい。落ち着きがあるというよりは、なんだか怖がっているような感じにも見える。まあ、こうも人間に囲まれたらさすがに猫でも怖いだろう。


「こっちの黒い子猫はなんかおとなしいよなぁ……なんか隅っこでビクビクしてるし、鳴き声も頼りなさげだし……なーんかトモみたいだな」

「僕に……似てるって……そうなのかなぁ……このちっちゃいのは……」


 そう思うと、僕はこの黒い子猫になんだか親しみが沸いてきた。黒い毛に透き通った瑠璃色の瞳……僕が手を差し伸べると、さっきまで箱の隅っこにいた黒い子猫が僕の手の掌にすりすりとすり寄ってきた。そしてペロペロと僕の指をなめはじめる……確かに……これはかわいい……彼女たちの言うことも納得してしまう。


「んじゃ、この黒い猫の名前は『トモ』だな!」


 小夜子先輩がいきなり宣言する。


「ちょ……ちょっと……飼い主決まっていない猫に名前つけちゃマズいでしょ」


 僕が言うと


「それじゃ、こいつらの呼び方どうするんだよ、猫一号とか二号とか言うのかよ? 三匹目だとV3で五匹目だとアマゾンかぁ?」

「小夜子先輩っ! 何なんですかその呼び方……かわいそうでしょっ!」

「ならこの黒いのはトモで決まりだな」

「小夜子先輩がそう言うなら、こっちの茶色い縞模様のは『さよちん』にしますよ、雌猫だけどなんかちょこまか動くとこなんか小夜子先輩に似てるし」


 そういうわけで、生徒会室にしばらく小さな居候が居着くことになった。



 翌日から、さっそく子猫の里親探しをさっそく始めたのだが……数日たってもなかなか反響がない。学校の廊下の至るところにポスターを貼ったのだが、子猫を興味本位で見に来る生徒はいても、飼い主を名乗り出る生徒はなかなか現れない。先生たちも、やはり飼い主になってくれそうな人はいない……やはり学校の中だけで探すのは無理があるのか……かと言って、いつまでも生徒会室で子猫を飼い続けるわけにもいかない。


 『さよちん』と『トモ』……二匹の子猫は今日も相変わらず猫缶を食べながら、時折甘えたような声を出している。優子ちゃんが猫缶などの餌、猫のトイレ用の砂などを彼女の家の経営するデパートから卸値で格安で調達出来るので、費用の面ではあまり心配ないのだが……でも、やっぱり学校の生徒会室よりはちゃんとした飼い主の元で過ごしてもらうのが、この子猫たちにとっても幸福なのだと思う。


「なかなか飼い主見つからないなぁ……」


 僕は思わず呟く。


「やっぱり学校の中だけでなく広く探さないとだめなのかなぁ……」


 僕が考えると、由加里ちゃんが何か思いついたようだ。


「そういえば……駅前の角の本屋さんのお婆ちゃん、最近飼っていた猫が亡くなったとかで寂しがってましたよ」


 由加里ちゃんが言った通り、最近駅前の書店でいつも店主のお婆ちゃんの膝の上で寝ていた、みんなから『大将』と呼ばれていた巨大な老猫がここ最近見掛けないと思っていたら……そういうことだったのか……


「そのお婆ちゃん……この子たちの里親になってくれるかな……『大将』のかわりに可愛がってくれるかな……」


 僕がなにげに呟くと、


「んじゃトモっち、さっそくその駅前の本屋さんに行ってみるかー」


 さっちゅん先輩が指先に鈍く光る鍵のようなもをくるくると振り回しながら僕に言う。


「さっ……さっちゅん先輩、まさかまた車で登校してきたんですかぁ?」

「あははは、だって今朝は寒かったしー」


 僕は呆れながら、そしてみんなでさっちゅん先輩の車に乗り込む。


「それじゃ、行くよー!」


 さっちゅん先輩のちょっと古めの四角いスポーツカーは、僕たち生徒会役員を乗せて駅前へと向かう。



 ……そして……本屋のお婆さんは子猫の飼い主になることを快諾してくれた。一人での店番は寂しかったのだろうか、なんだか嬉しそうだった。

 二匹の子猫は、お婆さんにほどなく懐いた。さすが、十五年以上も『大将』とともに過ごした、猫を飼うプロフェッショナルといったところだろうか。

 そして、僕たち生徒会メンバーは、二匹の子猫たちを無事に見届けて、学校へと戻ることにする。


……帰りの車中……。


「なんだ、トモ? おまえ元気ないなぁ?」


 小夜子先輩が僕を見て様子を伺う。


「ぼっ……僕は……何でもないですよ……」

「もしかしてトモは子猫に情が移ったのかぁ? 最初は生徒会室で飼うことに反対してたくせに」

「いっ……いやぁ……そういうのじゃなくて……」


 そう言いながらも、僕は車の窓の外の流れる景色を眺めながらぼんやりとしていた。


「あの子たち……幸せに……生きてくれるかな……」

「大丈夫だって、あの婆ちゃんやさしいし……むしろあいつら婆ちゃんより長生きするかもしれないぞ……って、トモ、おまえなんで泣きそうになってんだよ?」

「僕は……泣いてなんか……いませんよ……」


 そうは言ってはみたけど、もう僕の頬には涙が伝わっていた。そして、小夜子先輩も、優子ちゃんも、由加里ちゃんも、そして車を運転しているさっちゅん先輩の目にも涙が浮かんでいた。


「みんな……ごめん……あたい……運転できないかも……」


 そう言うと、さっちゅん先輩が高台へ向かう途中の道路脇に車を止めた。


「あたし……ちょっと外の空気吸ってくるわ……」


 小夜子先輩がそう言って車を降りた。そして、彼女に続くように僕も含めみんな車から次々と降りる。眼下には夕陽に照らされた駅前の町並みが広がる。そして……


「うわぁぁぁぁぁーー」


 みんな、言葉にならないくらいに大泣きしていた。


 昭和五十九年十二月……冬の寒さを感じる中、僕たち生徒会役員は命の温かさを実感していた。

 というわけで……今回はちょっぴりシリアス目に書いてみました。寒い冬だからこそ、命の温かさって実感できるんですよね。

 次回、いよいよ最終回……かも?

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