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生徒会S59(せいとかいえすごーきゅう)――あのゆるふわな僕の日常――  作者: 私市よしみ
第八章 生徒会の「活動」昭和五十九年度・一学期
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免許皆伝?

「じゃーん!」

 さっちゅん先輩が自慢げにカードのようなものを僕に突きつける。


「さっちゅん先輩、それって……もしかして」

「そう、あたいもようやく十八歳、この日のためにずっと頑張ってたんだ」


 さっちゅん先輩が出したカードのようなもの……そこには「運転免許証」と書いてある。


「これって……本物ですよね……ちょっと前に流行った不良の猫の免許証じゃなくて」

「トモっち、ちゃんとあたいの写真でしょ!」


 免許証には、七高の制服姿のさっちゅん先輩が写っている。しかしまあ、高校の制服姿の免許証って、普通ではなかなか見られないものだ。


「なんか悔しいなぁ……あたしは誕生日九月だからなぁ……まあ、あたしは今からでも教習所には行けるけどな」

 小夜子会長が羨ましそうに呟く。


「会長も免許取りたいですか?」

「そりゃな、この坂の多い横浜では車乗れるってだけで便利だしな」


「しかしまあ……会長だと、運転席座ってもペダルとか届かなかったりとか……なんてことになったりしてね……あはは……」

「トモっ! おまえっ!」

「いっ……痛いっ! 痛いですよぉ……」

 久々に小夜子会長の「上履きチョップ」が僕の頭上に突き刺さる。やはり図星だったのか……


「トモ先輩って、いっつもこんなに情けないんですかー?」

 由加里ちゃんが呆れた顔で僕を見る。僕の方が由加里ちゃんより先輩なのに……


「ユカちゃん、あんまりトモくんをいじめちゃだめですよ」

 優子ちゃんはいつもさりげなく、そして優しく僕をフォローしてくれる。


「優子、あんまりトモを甘やかすなよ-、こいつ最近調子に乗ってるから」

 小夜子会長が釘を刺す。まあいつものことなんだが……


「会長、僕そんなに調子に乗ってますかぁ?」

「まったく……自覚がないというのも困ったもんだなぁ……」

 小夜子会長の言う通り、そんなに僕って調子に乗っているんだろうか……まあ、考えていても仕方ないけど。


「で、さっちゅん先輩は免許取って車は何乗るんですかー?」

 僕は、高校生で車の免許を取った女の子がどんな車に乗るのか、ちょっと気になる。おそらく、軽か小さめのリッターカーあたりだろうとは思っていたのだが……


「実はねー、今日は車で学校に着たんだ!」

 さっちゅん先輩は、なんともあっけらかんと言ってのけた。


「さっ……さっちゅん先輩……まさかの車通学ですかぁ?」

「そだよー」

 いつもさっちゅん先輩には驚かされるけど……まさか、もうすでに車に乗って、しかもその車で学校にまで来たとは……


「学校の駐車スペースに空きがあるのは確認済みだしね」

「学校の中に乗り入れたのね……」

 さっちゅん先輩のあまりに自由な行動に、僕もさすがに呆れてしまう。しかしまあ、勝手に駐車スペースを使っていいのだろうか……しかも生徒なのに……


「で、トモっち、あたいの車見たい?」

「見たい……かな……」

「トモっち、素直に『見たい』って言えばいいのにー……男の子は車とか好きだからね」


 すると、小夜子会長が突っ込みを入れる。

「ほほっ……コイツが男の子だってさ、さっきも情けない甘ったれた声出してたのになぁ」

「会長~、そんなぁ~」

「ほれっ、その感じが男らしくないんだってばさ」

 小夜子会長はいつもながら厳しい。まあ、言われても仕方ないとこあるんだけど……


「それじゃ、今日はあたいの車でみんなを送っていくからさ」

 どうやら帰りはさっちゅん先輩の車で家まで送ってもらえそうだ。どんな車なのかも楽しみだし。



 生徒会の仕事も終わり僕たち生徒会役員一同は、校舎裏の本来は先生の通勤用の駐車スペースへ向かう。その一番隅は今は誰も使っていない区画らしい。さっちゅん先輩もよくチェックしたもんだ。


「ほれっ、あの銀色のがあたいの車だよー 昭和四十五年式だけどね」


 目の前に現れた、四角い銀色の時代掛かった車……いわゆる世間で言うところの「ハコスカ」というやつだ。四ドアセダンのちょっと古い車……しかし、よく見ると、フロントグリルに赤い「GT―R」のエンブレム……そして、なんだか太いタイヤ……これって……まさか……


「さっちゅん先輩っ! こっ……この車、いったいどうしたんですかぁ?」

「親戚のお兄ちゃんから貰ったんだけど……十八歳の誕生日プレゼントで」


「でっ……でも……先輩は女の子でしょ? なのにこの車って……」

「えっ? トモっち、確かにこの車は四ドア車だけど、そんなにおかしいかなぁ……もしかして四ドアだから女の子っぽくないとか?」


「そーじゃなくってっ! さっちゅん先輩っ、よーく聞いてください! この車って、車体は普通の乗用車だけど、中身はスーパーカーとかレーシングカーみたいなもんですよぉ」


「そうなの? どうりで加速がいいはずだと思った……なんかスピードメーターも二四〇キロまで書いてあるし」

「さっちゅん先輩、どうりでって……」

 どうやら、さっちゅん先輩はこの車のことがよくわかってないらしい。まあ、車に詳しくない人だったら、ただの古い乗用車にしか見えないのも事実だけど。


「あれっ? この車ってウチの車とハンドルが反対側に付いていますね」

 優子ちゃんが何気なく呟く。そう……そうなのね……優子ちゃんの家の車って、左ハンドルの外車なんでしょうね……どうやら俗世間とは違う次元みたいなようだ。


「それじゃ、みんな乗って!」

 さっちゅん先輩がみんなに促す。


「おい知ってるか? 車に乗るときは席順ってものがあるんだぞ」

 小夜子会長が何やら語り始める。


「まずは、運転手はさっちゅんだけど、いっちゃん偉いあたしは後ろの運転席の後ろ、そして二番目の優子は後ろの真ん中、三番目はゆかりんだから後ろの助手席側、そしてトモは最下位の助手席だっ!」


「会長……僕って……生徒会の中では一番下ってことですかぁ? 僕……一応副会長ですよぉ」

「まったく……トモはレディーファーストという言葉を知らないのか?」

 小夜子会長から、これまた意外な言葉が出た。レディーというよりはチャイルドと言った方がピッタリなような気がするが、それを今言ったら僕は確実に生きてはいないだろう。


「会長……レディーなら上履きで人の頭叩いたりとかしませんよぉ……」

「うっさいうっさいうっさい! とにかくトモは男子なんだから助手席でさっちゅんをサポートするのが役目だ。何て言ったっけ……アリゲーターだったっけ……?」

「会長っ、それはワニですよぉ……それを言うならナビゲーターですよ」

「うっさい! トモはいっつも優子の淹れる紅茶をワニみたいに口開けて飲んでるからそれでいいんだっ!」

 小夜子会長の一度言い出したら聞かないのはいつものことだが……それにしても、僕は紅茶飲むワニですか……


 そうこう言ってる間に、さっちゅん先輩が車のエンジンをかける。なんかとても普通の車とは思えない野太いエンジン音が響き渡る。


「今日も絶好調だなー。しかも一発で始動したよ」

 さっちゅん先輩が満面の笑みを浮かべる。絶好調ってことは、調子悪いこともあるのだろうか……まあ、十四年も前の車だからいつも調子いいとは限らないのかなと。

 しかしまあ、いくら貰ったとは言え、なんでまたこんなに手のかかりそうな車を……と思う僕だが、さっちゅん先輩にとっては初めての車ということもあって、愛着もあるんだろう。


「なんと! この車にはクーラーも付いてるんだぞっ」

 さっちゅん先輩が自慢げに言う。

 今時の車だとエアコン付は当たり前だけど、この時代の車にはそんあものは標準装備ではあるはずもない。僕の座っている助手席の前には、古い車によくある後付けのエアコンの吹き出し口の箱がある。最近はすっかり見かけなくなった代物だ。


「さあ、さっちゅん! みんなの家までレッツのゴーだ!」

 小夜子会長がいつもの勢いで雄叫びを上げる。


「はいよー、威勢のいいお客さんだねぇ」

 さっちゅん先輩もすっかりタクシーの運転手のノリだ。


「おいっ! アリゲーターはしっかり地図みて道案内するんだぞ! トモっ!」

「はいはい……わかりましたよ……会長……」

「トモっ! 『はい』は一回だろっ!」

「わかりました……もう会長、好きにしてください……」


 さっちゅん先輩の「GT―R」なる車は、学校の門を出て、道路に差し掛かった。


「さーて、みんなしっかりつかまってー」

 さっちゅん先輩がそう言ったかと思ったら、勢いよくアクセルを踏み込んだ。

「この車、エンジン回さないとまともに走らないんだよねぇ」

 そう言いながら、さっちゅん先輩は更にアクセルを踏み込む。


「うわっ……待って……うわぁぁぁ……」

 さすがに中身がスーパーカーな車……もの凄い勢いで加速する。


「さっちゅん先輩ーっ! スピード出し過ぎですよぉー!」

「トモっちは男の子なのに情けないなぁ。これくらい普通でしょ?」

「先輩っ……三桁……スピード三桁いってますよっ!」

「あははっ……ちょっと出し過ぎかなぁ……」


 昭和五十九年七月……梅雨も明けて夏が始まりかける頃……銀色のちょっと古い車は、エンジン音も高らかに夕方の家路を疾走する。

 というわけで……十八歳の誕生日に合わせて車の免許取る高校生は当時でもいましたね。僕が免許取ったときも、制服姿で教習所に来ていた女の子がいました。

 それにしても、銀色の箱形の車……最近すっかり見なくなりましたね。昭和五十九年当時は、まだまだ街中でたまに見かけることもありました。

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