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生徒会S59(せいとかいえすごーきゅう)――あのゆるふわな僕の日常――  作者: 私市よしみ
第八章 生徒会の「活動」昭和五十九年度・一学期
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春の嵐

 昭和五十九年四月……僕、津島友樹つしま ともきは高校二年生に進級したのだが……いまだに実感がないままだ。ただ、窓から目に入る桜の花々が、ここ七高に入ってから一年がたったことを感じさせる。


「うわぁ……ちょっとお茶飲みすぎたかなぁ……」

 僕は生徒会室を出て、トイレに向かっている。


「優子ちゃん、僕のカップが空くと次々に紅茶を淹れてくるんだもんなぁ……でも、美味しいから調子に乗って飲んじゃうんだよね……」


 生徒会室からトイレまでは校舎の両端に位置するので、長い廊下をひたすら歩かなければならない。しかし、今の僕には正直歩いている余裕があまりない。


「早くしないと……」


 僕は思わず小走りになってしまう。生徒会役員として、廊下を走るなんてやってはならないことと思いつつも、今は僕にとっては緊急事態……しかし、そういうときに限って……


「うわっ!」

「きゃっ!」


 いきなり誰かが教室から飛び出し、僕はなんとかかわすことができた。危なかった……

 ふと目をやると、そこにはブレザーの襟の校章バッジから判別すると、今年入学したらしき一年生の女子生徒がいた。

一目で見て真面目そうだと分かる、三つ編みの髪型のちょっと小柄な女の子……


「ごっ……ごめん……大丈夫?」

 僕は我に返り、目の前の女子生徒にとっさに謝る。すると


「危ないじゃないですかっ!」

 いきなりもの凄い剣幕で怒られてしまった。まあ、僕が廊下を走っていたのが悪いのだから仕方ないんだが……


「いくら学年が上の先輩と言えども、廊下を走るのはどうかと思います!」

 ごもっとも……彼女の言い分が正しいのだから、僕は何も反論できない。しかし、今の僕にはそんなことよりも、もっと大事な「緊急事態」がある。


「あっ……えーと……ぼっ……僕……ちょっと急ぎの用事があって」

 僕は迫り来る尿意と闘いつつ、なんとかこの場を納めて早くトイレに行きたい。


「先輩っ! 逃げるんですか?」

「いっ……いや……逃げるとかそういうわけじゃないんだけど……その……」

「逃げるなんて卑怯ですよっ!」

「ごっ……ごめんっ……」

 僕は彼女を見捨て、急いでトイレへ向かうことにする。もう我慢できない……


「先輩っ! また走ってるー!」

 彼女が叫ぶが、もう僕は構ってはいられない。

「ほんとにごめーん」

 そう言い残し、僕は一目散にトイレへ向かう。そして、なんとか間に合った……



「ふぅ……」

 僕は開放感に浸りながら、生徒会室へ戻ることとする。

 それにしても、さっきの女の子は一年生なのにしっかりしているというか、お固いというか……融通がきかないというか……まあ、世の中にはああいう子もいるんだなぁと……そんなことを思いつつ、僕は生徒会室までたどり着く。


「ただいまですー」

 僕が生徒会室の扉を開けたその時、


「あーっ! あなたさっき私を見捨てた無責任な先輩っー!」

 そこには何故か、さっき廊下でぶつかりそうになった三つ編みの女の子がいた。


「あっ……えーと……さっきは本当にごめん……って、どうしてキミがここに?」


「私、生徒会役員になりたくてここに来たのですが……先輩こそどうして生徒会室に?」

「どうしてって……僕は生徒会の役員だから」

 そう僕が言ったとたん、


「あなたみたいな廊下を走ったりするような先輩が生徒会役員なんて、いったいこの学校の生徒会ってどういうことになってるんですかっ!」

 彼女の口調が強くなる。


「おい、トモ……おまえこの子といったい何があったんだぁ?」

 さすがに小夜子会長も見かねて僕に尋ねる。


「トモくん、いったいこの子と何があったの?」

 優子ちゃんも気になるようだ。


「トモっちー、何があったのかあたいも気になるなぁ」

 さっちゅん先輩も、当然ながら僕と彼女に何があったのか気になるようだ。


「実は……さっき僕がトイレ向かってるときに廊下でこの子にぶつかりそうになってしまって……」

「あちゃー……トモ……おまえって奴は……アホというか、バカというか……やれやれれ……」

 小夜子会長が呆れる。


「仕方ないですよぉ会長ぉー……僕にとっては緊急事態だったんですから……」

「ギリギリまでトイレ我慢してたトモが悪いっ!」

 僕は小夜子会長に一喝される。


「だっ……だってー……優子ちゃんがお茶くれるしー……ついつい飲んじゃうし……美味しいから……それに……女の子の前だと……なかなか行きづらくて……トイレに……」


 そう言ってる間に、優子ちゃんが僕のティーカップに紅茶をついでいる。


「とりあえずトモくん、お茶どうぞ」

「あっ……ありがと……優子ちゃん」

「さよちんもさっちゅん先輩も紅茶どうぞ……あと、一年生のあなたも……名前、まだ聞いてなかったわね」


「わっ……私は……遠山由加里とおやま ゆかりと言います。先輩方は私を『遠山』と呼び捨てで呼んでもらって結構です」


「とりあえず、あなたもそこに座って紅茶でも飲んでゆっくり話しましょ……由加里ちゃん……でしたっけ」

 優子ちゃんが、遠山さんを落ち着かせようと気を利かす。


「ですから……先輩方は私のことは名字で呼び捨てでお願いします。上下関係は重要ですから」

 遠山さんは固い態度を崩さない。


「ウチの生徒会はあだ名か名前で呼ぶのが伝統なんだよ、お互い生徒会の仲間なんだからな。ちなみにあたしが会長で三年の寺崎小夜子だ。呼び方は『小夜子』か『さよちん』でいいぞ」


 しかし、遠山さんは、

「生徒会長には失礼な言葉だとは思いますが、そういう仲良しグループみたいなのって生徒会役員にはふさわしくないと思います。私は中学時代も生徒会役員でしたが、規律と規則を重んじる全校生徒の模範となる振る舞いをすべきだと思います!」

 確かに、彼女の言ってることは正論なんだが……でも、何かが違うような……


「それに……なんで生徒会室にティーセットとかあるんですか? あとこの喫茶店みたいな丸テーブル……それに茶菓子まで……普通はこんな物、生徒会室にはないですよね?」

 遠山さんが更にダメ出しをする。すると、小夜子会長が遠山さんの肩に手を当て、


「由加里……だっけ? おまえ、そんなにギチギチした生徒会ってやってて楽しいかー?」

「ギチギチも何も、生徒会ってそういうものじゃないですか!」


「でもなぁ……生徒会が楽しくなきゃ、生徒ひとりひとりだって楽しくないんじゃないかぁ?」

 小夜子会長の言葉が遠山さんを揺さぶる。すると、遠山さんは


「あの……私……生徒会役員志望でしたが……どうやらここの生徒会は私には向いてないようです……失礼します」

 遠山さんが生徒会室から出ようと、扉を開けようとすると……


「ガタガタ……」


「あれっ? どうして? この扉開かないんですけど」

 遠山さんが困惑する。


「ふっふっふー、せっかくの人材を逃がしてたまるかっ!」

「会長ぉ……まさか去年僕に使った電磁ロック……まだ付けたままだったんですかぁ?」

「まさかあたしもまた役に立つ日が来るとは思わなかったなぁ……」


「お願いですから私を外に出してくださいっ! もうここには用はないんですからっ!」

 遠山さんはなんとか生徒会室を出ようと試みるが、小夜子会長特製の電磁ロック扉には無力だった。


「まあ、とりあえず……一週間だけでも試しにやってみろや、ゆかりん」

「試しにって……私はこんなだらしがない堕落した生徒会なんか興味ありませんからっ! それに会長……勝手に変なあだ名付けないでくださいっ!」

「由加里だから『ゆかりん』でどこが悪いんだぁ?」

「だから私のことは名字で呼び捨てにしてくださいって……」

「だめだー、今日から仲間だからおまえのことは『ゆかりん』って呼ぶことにするぞ! みんなもいいよなっ!」


「よろしくね、ユカちゃん。わたしは副会長で二年の千代崎優子よ」

「ユカっち、よろしく。あたいは書記で三年の田村沙智子だよ、『さっちゅん』って呼んでね」

「あっ……あの……よろしく……由加里ちゃん……僕は事務担当で二年の津島友樹、『トモ』って呼んでくれると嬉しいかな……」


「わっ……わかりました……では、試しに一週間だけですよ……」

 遠山さん、もとい由加里ちゃんは恥ずかしそうに呟く。


「あっ、そうそう、トモっ! おまえは今日から事務担当から外れるからなっ!」

 小夜子会長から思いも寄らぬ言葉が僕に放たれる。


「かっ……会長っ……それって……まさか……僕は生徒会クビですかぁ?」

 僕は急に慌ててしまう。


「バーカ、事務担当はゆかりんで、おまえは今日からは副会長だからな」

「副会長って……優子ちゃんじゃ……」

「本来、副会長は二名なんだけどな……ここんとこ人材不足で一人だったけど、ゆかりんに事務担当やらせりゃトモを副会長にしても問題ないし……」

「でも……由加里ちゃんが生徒会やってくれるって……まだわからないし……」

「何言ってんだトモ、あたしらがゆかりんにやってくれるようにするんだよっ!」


「わっ……私は……本当に一週間だけなんですから……」

 由加里ちゃんの表情はまだ固い。


「一週間と言わず、ぜーったいにゆかりんを生徒会役員にしてやるぞっ!」

 小夜子会長の自信に満ちた笑顔……僕も会長、そして由加里ちゃんを信じることにする。


「さーて、それじゃ記念写真といくかー!」

 小夜子会長がインスタントカメラを取り出し三脚に据える。


「おい、ゆかりん! おまえ主役なんだから真ん中入れって」

「わっ……私は……正式に生徒会じゃないから……」

「いいから真ん中入れって!」

「きゃっ!」


 由加里ちゃんがみんなの輪の中に入った瞬間、フラッシュが炊かれカメラのシャッターが切られる。


「さーて、七高生徒会、今年度もハッスルでゴーなのだーっ!」

 いつもの会長の掛け声……僕たちも右手の拳を突き上げる。

 由加里ちゃんも、みんなに流されるように、やれやれといった感じでちょっと恥ずかしそうにポーズを取る。


 昭和五十九年四月……生徒会にも新しい仲間が入りそうです。できれば……男子生徒がよかったかなという気がしないでもないけど、由加里ちゃんもきっと本当は素直ないい子なんだろうと……僕は信じている。


 そして僕、津島友樹・十六歳は、生徒会副会長になりました。

 …というわけで、生徒会の面々も進級しました。トモくんも二年生です。

 そして、今回から新キャラ、遠山由加里ちゃんの登場です。新入生で「一般的な」生徒会の経験者ということで……果たして七高のゆるゆる生徒会になじめるのか……乞うご期待です。

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