20、お酒は二十歳になってから
「これが…。」
目の前には、赤と言うより濃紫な色をたたえた液体が揺らめいている。
「ようやく…出来た…。」
たったカップ一杯だったけども、それは、紛れもなく私が作り出した物。
「さて、誰が飲んでみる?」
時は少し遡る。
ノッピィさんが針を作ってくれると言い、さらには私に合わせた剣も作ると言い。
私が、お礼にお酒を、と言い出し、魔力発酵酵母を爆発させていた日々。
それは決して無駄にならなかったのである。
魔力発酵酵母は、成功しませんでした。
とほほ…。
まぁ、普通に作っても、それほど手間が掛かる物でもなかったので、普通に作る事になりました。
爆発させ過ぎて、ダニィさんから遂に禁止を食らったのも、理由の一つ。
街の人が、何をしてるんだと言い出したらしい。
その代わりに、魔力発酵はかなり極めることが出来て。
そして、今回出来上がったのが…この葡萄酒である。
日本酒とか、焼酎とか作りたかったんだけどね。
イメージ出来なかったのだよ…。
製造過程が大事だと、最近分かった。
その割に、酵母はなんで爆発するんだろう…。
ダニィさんが、カップをあと二つ持って来て、葡萄酒を分ける。
「初物ですし、ここは三人で、飲んでみようではないですか。」
カップの中で、ゆらゆらと揺れる葡萄酒。
立ち昇る匂いは、元いた世界で飲んだワインと似た香り。
まあ、安物しか嗅いだことないですけどね。
料理に使う様な。
少し考えた。
あっちの世界では、お酒は二十歳になってからだったんだが…。
こっちの世界では、どうなんだろう?
まあ、まだ、お酒が出回っていない世界だ。
これから、色々と決まっていくのだろう。
そう思いながら、カップに口をつける。
甘く、何処か渋く、そして喉を焼く様に過ぎていくアルコール。
「…ほう。」
「これは、これは。」
今思ったけど、ダニィさんって、よくそれ言うよね。
「アイリ、なかなか美味い。昔飲んだのより、甘くていい。」
流石は王族と言うか、何というか。
ティークは、その昔、少しだけ魔族さんたちが作るお酒を飲んだことがあったらしい。
「この年で、この様な物を味わえるとは。長生きして、損はありませんね。」
ダニィさん、それは言い過ぎだと思うの。
「ふっふっふ…実は。」
まさか、カップ一杯しか出来なかったとお思いか?
葡萄酒てのは、大量に出来るんだよね。
樽で作った物を、瓶に詰めて売るのだから。
そんな訳で、部屋の隅の樽を指差す。
本来なら、水を入れて置いたりするものだ。
「あれになみなみ一杯あるんだけど、どうする?」
急遽、コンロに火を点ける。
直ぐに出来るもの…塩胡椒して焼いた鳥肉に、トマトにスライスした玉ねぎを乗せたサラダ…。
残っていたシチューも温める。
酵母のおかげで出来る様になったパンに、色々な副産物から出来る様になったチーズ。
おつまみ代わりのそれらを、運ぶ。
ダニィさんが、樽から掬うための物を探してくる。
「アイリ、凄いな。」
色々と並べ、お酒を注ぎ、座った所で、ティークがしみじみと言った。
「いや、まだまだ。」
これらの料理は、まだここ…ティークとダニィさんしか食べたことがない。
私も私で、ほとんど家に篭っていた。
爆発とか爆発とか爆発とか発酵とか魔調合とか。
そんなので、篭っていたんだが。
みんながこの料理を作り、食べれる様になって欲しい。
そのためには、まだまだなのだ。
「いやはや、ティーク王子の言う通りにしておいて、正解でしたな。」
早くも二杯目の葡萄酒を空けながら、ダニィさんが笑った。
「えー、何々?」
「ちょっ、ダニィ、それは…。」
もうしっかり聞いちゃったもんね。
じーっとティークを見つめてみる。
「はぁ…。街のね、大通りに面した空き店を、一軒買い取ったんだ。元は宿屋だったんだけど、店主が亡くなって、おかみさんは、一人ではどうにも…って言うから。」
おかみさんは、故郷に帰ったらしいよ、と付け加えるティーク。
「そこで、料理屋をして欲しいってのが、ティーク王子の願いなんですよね。」
「言うな!」
澄ました顔で、カップを空けるダニィさんと。
頭をわしわし掻いてるティーク。
「まだ、買っただけで、何も出来てないってのに!」
私も思わず、笑みが零れた。
「ティーク、そういうことなら、早く言ってもらって助かったよ。準備もいっぱいあるし、作って欲しい物もあったから。」
間違いなく、オーブンになる窯は欲しい。
焼き菓子を焼く、型もだ。
「でも、ありがとう。」
ティークは私の事を思ってしてくれたに違いないからだ。
「…。」
ティークは黙ったまま、そっぽを向いて、飲み始めちゃったけどね。
明るかった頃から始めた筈の試飲会は、結局暗くなり樽のお酒が無くなる迄続いた。
飲み過ぎたら、二日酔いになることを知っている私は、三杯位で辞めたのだが…。
「あれぇ?アイリって、分身したにょお?」
「ほぉーっほっほ!ティーク王子!そんな王子も分身してますぞ!ぞ、ぞ!」
「はえ?いつの間にぃ?回ってるだけらと思ったのにぃ〜。」
「ふぉーっほっほ!」
ティークは、甘え上戸で。
ダニィさんは、笑い上戸だったと言っておく…。
私の膝を枕に、うにゃんうにゃん言っているティークと、その周りをくるくる回っていたダニィさん。
今日見た事は、記憶に封印しておこうと、そう決めた。
曲がりなりにも、王子なティークと、執事なダニィさんの為に。
飲酒は成人してからと、日本の法律では定められています。
アイリの行った世界では、成人の概念は元より、お酒が無い国です。
きっと、ティークあたりが、おいおい作るでしょう。
お酒は何才になってから、とか。
これで、20話なのですが…いつになったら、他の種族が出せるようになるんだろう…。