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宴の後の惨劇

【ハーフの村】を挙げての宴は素晴らしいものだった。

 子供たちが色とりどりの衣装を身に纏い、村の踊りを披露し、大人達は剣舞を舞って見せた。子供たちと数少ない女性が作った料理はとても美味しく、祭たちは舌鼓を打った。

 お礼にと祭が見せた空手の型は思いの外受け、特に武器や魔術による戦いに慣れた男たちの興味を引いた。見たことのない動きに興味津々といった様子だった。祭の型が終わった瞬間、わらわらと集まって来た男たちに、流石の祭もたじたじだった。

「あれで敵を倒すのか!?」「武器を使わずに戦うなど、可能なのか!?」など、様々な質問が飛び交い、祭はそれに対して一つ一つ丁寧に答えた。

 そんな祭の姿を少し離れた場所から見ていた結一は、賑やかな様子にひっそりと笑みを零す。

「お姉ちゃんは、お兄ちゃんのお嫁さんなの?」

 いつの間にか近付いて来ていた子供たちが、突然突拍子もない質問をした。結一は口に含んでいたハニールを噴き出しそうになるのを必死に堪え、ぐっとのみ込んだ。食道を何とか通っていったハニールにホッとしながら、子供たちに向き直る。子供たちはキラキラした目で結一を見つめていた。

「違うよ。僕は祭さんのお嫁さんじゃないよ」

 結一の言葉に子供たちが不満そうな顔を見せる。

「え~!!」

「トトサマとカカサマみたいに仲が良いのに違うの?」

「違うよ。僕と山下さんは……」

 ただ同じ様にこっちの世界にやってきただけ。そう言葉を続けようとした瞬間、大きな爆音が辺りに響いた。

 祭を取り囲み和やかに過ごしていた男たちの表情が一変に険しいものになった。

「ようやく見つけたぜ。ご丁寧に厳重に術を施しやがって…見つけるのに手間取ったじゃねえか!」

 爆音と共に現れた金髪の男が長い槍の様なものを手にしながら、ヴォルグたちを睨みつけた。

 祭の元に集まっていた男たちが、どこから出したのか、剣やら槍やら弓やらを手に、侵入者と戦う姿勢をとっている。

 結一は自分の元にいた子供たちを後ろにやると、侵入者の動きを窺った。

「お前は何者だ!?」

 レイモンドが叫ぶように問いかけると、男はふっと笑った。

「俺か?俺はそこにいる裏切り者の孫だ!!よくもまあ、神を裏切り、王を裏切れたものだな!!裏切り者のクレイア!お前のせいで、どれだけ、俺たちが苦しんだことか…」

 クレイアに向かい吠えるように放たれた言葉。クレイアは微動だにすることなく、男の言葉を聞いていた。

「お前が裏切り、ハーフ共を守ったせいで、俺たち家族は反逆罪の罪を着せられ、今の今まで苦しんできたんだ。今日こうして、お前を見つけ、この村を見つけ、滅ぼすことが俺の使命と思い耐えてきた。ようやく念願が叶う!!」

 クレイアは見えない目で男の方を見つめ、黙ったままでいた。男が言葉を言い切るや否や、大きな鎌が男に向かって飛んでいく。

「お前は何も分かっていないね。変わっていないんだね。罪はどこにあるのか。裁かれるべきは誰か。お前の目には真実が映らない。悲しいことだ…とても、悲しいことだね……」

 鎌を槍で弾き返すと、男はクレイアに近づいた。

「あなたはここに来るまで、俺たちの味方だったじゃないか!なのに、何故あなたは変わってしまったんだ!?」

「変わったわけじゃないわ。私は真実を知った。ただそれだけのこと。だから、世界を元に戻す為、罪のない民を守る為、私は生きるの。」

「昔のあなたに戻って欲しかった…!!」

 男の嘆きの声と共に、放たれる攻撃に、クレイアは結界魔法で応戦する。いつもの穏やかな様子からは凡そ想像出来ない力強い姿に、子供たちのみならず、戦いを知る男たちさえも息を呑んだ。盲目にも関わらず、男の攻撃をかわし、その上、村の人々を守り続ける。目が見えないからこそ、他の器官が研ぎ澄まされ、老体であるクレイアの判断を早くさせた。

 時折掠る攻撃で、頬から血を流しながらも、クレイアは果敢に男と戦い続ける。

 頭に血が上り、判断力に欠けた男と、老齢であっても変わらぬ力を持ち、最善の判断をするクレイアとでは、初めから勝負が決まっていた。誰もがクレイアの勝利を確信した。その時だった。

「痛っ!」

 結一は割れるような痛みを頭に感じた。そして、それと同時に、頭に浮かび上がる映像。それは誰もが予想していない、そして望んでいない映像だった。

 クレイアが男の手により、殺される。そして、それは村を守る為であったのだという、罪を償うために行うことだということも。すべてが鮮明に結一の頭の中に流れ込んできた。予知というにはあまりにも遅すぎる。今ではどうしようもないというのに…。

―役立たず!!どうして僕は、いつだってそうなんだっ!!

 間に合わない。未来は変えられない。それならば、何故こんな映像を見せたのか。クレイアの亡骸の横で、何か言いたげに微笑む女性がそこにいた。何を言いたいのか、それは分からない。諦めろと言っているのか、それとも、変えられる筈のない未来を変えろと言っているのか。全く聞こえない声は空気となって消える。

―変えられない未来なんてない!!

 結一が生きてきた人生の中で、これ程までに強く思い、願ったことはない。気が付けば、結一は、声を張り上げていた。

「クレイアさん!ダメだ!!」

 結一の叫びに祭たちが驚く。クレイアだけは柔らかく微笑み、首を横に振って見せた。

 その瞬間、祭の頭にもある映像が飛び込んできた。それは、結一が見たものと同じものだった。

「誰も、誰もそんなこと望んでない!!他にも方法はある筈や!!」

 結一と同じように叫ぶと、クレイアはまた再度首を横に振った。

クレイアの決意は固かった。そして、クレイアの決意を曲げるだけの、村を守ることが出来るだけの能力を祭たちは持っていなかった。

 大きく張り上げられた声で叫ばれる言葉を、周囲は理解出来ないでいた。クレイアだけが理解し、優しく笑うのだ。そして、今にも動き出そうとする祭と結一の動きを自身の持つ術で止めるのだ。

 動きたくても動けない。こんなにも助けたいと思っているのに。こんなにも未来を変えたいと思っているというのに…。

 二人はクレイアに向かって叫び続けることしか出来なかった。

 男が渾身の力を籠め、攻撃を放った瞬間、クレイアは悲しそうに呟いた。

「変わってしまったのは、あなたね…カミル。」

 跳ね返した攻撃に、カミルと呼ばれた男が呑まれそうになる。

「おばあ様…」

 カミルが切なくクレイアを呼んだ。その一瞬、たったその一瞬だった。クレイアの力が少し緩んだ。

 カミルはその瞬間を見逃さなかった。先程とは比べ物にならない位の鋭い槍を作り出し、クレイアの攻撃を切り裂いたのだ。そして、悲しげに、切なげに顔を歪めながら、槍をクレイアに向かって振るう。

「あなたを、こうしたくはなかった…」

「クレイアさん!!」

 結一の叫びも空しく、鋭い槍はクレイアの腹部を切り裂いた。クレイアは口から真っ赤な血を吐き、そして、涙を流した。ぐっと槍の柄をクレイアが握り締める。カミルが槍を彼女の体から離そうとしたが、抜けることなく、彼女の体を貫いたままだ。

「くっ…!!どういうことだ!?」

「カミル…いつかあなたにも分かる日が来るわ。私が何故彼らを守り、助けようとしたか。きっと…いつか、ね……」

 クレイアの体が光に包まれた。

「ぐああ!!!!」

 カミルの苦しげな声だけが辺りに響く。

 その瞬間、祭たちも光に吸い込まれそうになる。祭は見開いた目で、クレイアの姿を見た。クレイアの口がゆっくりと動いた。

「あなたなら、村を守れる筈…」

と。

 祭は大きく息を吸い込み、泣きそうになる自分を叱咤しながらまたも叫んだ。

「あなたも守りたかったのに!!!」

 その声と同時に、大きな防御陣が作られた。その大きな防御陣は村全体を包み込み、光に呑みこまれそうになる村を守った。

不思議な感覚だった。両手に熱い何かを感じたと思った瞬間、固い感触が広がったのだ。今までに感じたことのない、不思議な感覚だった。

 光が消え去った時には槍とカミルが消え去っていた。

「クレイアさん、どうして…?」

 結一の頬を涙が伝った。クレイアは、血に染まり真っ赤になっていた。

―未来を変えたかった。変えられない未来はないのだと思ったというのに。それなのに、僕は彼女を助けられなかった…。僕は…やっぱり無力だ…。

 全身の力が抜ける。結一はその場にへたりと座り込んでいた。その傍らで、祭が悔しそうに唇を噛んだ。噛みしめた唇にはうっすらと血が滲み、握りしめた手のひらには爪の痕がつく。

「クレイア!!!!」

 レイモンドとヴォルグが駆け寄る。クレイアを抱きしめる彼らの服もまた、真っ赤に染まった。

 クレイアを囲む人々から、悲しげな泣き声が上がる。

「うっ…」

 小さな呻き声がクレイアから上がる。

 漸く立ち上がることが出来た結一は、祭に支えられながら、真っ赤に染まったクレイアに近付いた。

「どうして?どうして…?他にも、方法があった筈なのに…」

 結一の言葉に息も絶え絶えになったクレイアが優しく微笑んだ。悲しい位優しい笑みだ。

「私は、この時を待って…いたのです……。私の死が、術を強くし、…この村は守られる……っ!……私の罪は、消えない。例え…人々に許されようとも……。私は、許されない…罪をっ…!!」

 クレイアの口から赤い血が溢れ出た。噎せ返り、苦しそうに息をする彼女の命の灯は後僅かだ。

「クレイア!もう喋るな!!今、癒士をっ!!」

 レイモンドの言葉に、結一は悲しげに首を横に振った。

「どんな術も、彼女には効かない…!!だってそれは…だってそれは!!」「呪い、ですから…」

 結一の言葉に続いたクレイアの言葉に、レイモンドが驚愕する。

「呪い、だと!?」

「私は、私に呪いを掛けた…誰も、解くことの出来ない、呪いを…。これで、罪が無くなるわけではない……そう、分かっていても…最後に、最後に…あなたたちを守り、たかった…許して、とは…言えないわ。だけど、あなたたちを、愛させて……ぅっ…」

 クレイアの腹部から溢れ出る血はとめどなく溢れ、地面の色を濃い赤に染め続けていく。

「誰も、誰もあなたを恨んでなどいない!!あなたは、あなたは私たちの家族なのだから!!」

 ヴォルグの言葉に、クレイアの目から涙が溢れた。満たされた、そんな表情を浮かべ、彼女は泣いた。彼女の濁った目に光が戻る。

「ああ…ああ…地下神様…リーン、様……私は、私は……!!」

 クレイアの手が伸びる。偶然なのか、はたまた必然なのか。その伸びた方向にいたのは、祭と結一だった。二人がクレイアの手を握りしめると、彼女は安堵の表情を浮かべ、そして息絶えた。その瞬間、再びクレイアの体が光る。眩しさに目を瞑ると、クレイアの言葉が祭と結一の頭に響く。

『二人の力を持つ方々。お願いです。世界を解放してください。あなた方にはそれが出来る。そして……どうか、幸せになって下さい。世界の為に。』

 クレイアの言葉が聞こえなくなった瞬間、再び二人の頭に映りだす映像。それは、遠い日のクレイアの姿だった。


『あなたは、【ハーフの村】の子なの?私はクレイアと言うの。私も堕天の者として、この地に追いやられたの。どうか、私もあなたたちの所に行かせてはくれないかしら?』

 ボロボロのマントを羽織り、弱弱しげに幼い少年に語りかける。少年はキョトンとした顔をしてから、にっこりと笑うと、彼女の手を取った。

『お姉ちゃんも僕の仲間なんだね!!良いよ!僕と一緒に行こう!!』

 嬉しそうに笑う少年に、クレイアは笑った。それは今では考えられない位、残虐な目をした笑いだった。

『だけど、そうやって行けばいいのかしら?私、ずっと分からなくてここで彷徨っていたの』

『そんなの簡単だよ!あの樹の間を抜けて、ラベンの花を超えて湖を渡れば、そこに入口があるんだから!』

『そう…そうなのね』

 クレイアの少年の手を握る力が強くなる。

『お姉ちゃん?どうかしたの?』

『うん?何でもないのよ。有り難う』

『そうなの?じゃあ、行こうよ!丁度、カカサマも一緒に来てるんだ!今呼んでくるねっ』

 少年が木々の向こうに走って行くと、クレイアは益々笑みを深めた。そして、小さく詠唱すると、少年に向かって放った。

 丁度母親の元に辿り着き、事の経緯を話そうとしていた少年に向かって飛んでくる炎の塊に、母親は叫んだ。

『危ない!!』

『えっ?』

 少年が振り向いた瞬間、母親が彼の前に立ち、クレイアの放った炎をその体で受け止めてようとしていた。

『あ゛ぁっ!!』

 受け止めきれなかった炎は少年の顔に当たり、激しい熱を発する。

『ヴォルグ!逃げるのよ!!』

 叫びのような母親の声を聴きながらも、少年はどうすることも出来ず、痛みでその場に蹲った。

『有り難うね、坊や。これで、お前らを根絶やしに出来る!』

 残虐な笑みを湛えたクレイアは今にも高笑いをしそうな程だった。

 ヴォルグは痛みと戦いながら、自分が騙されたのだと、その時初めて気づいた。

『さあて、それじゃあさっさと楽にしてあげるわ』

 言葉と共に、大勢の人が姿を現し、ヴォルグたちを取り囲む。

 異変に気付いたのか、一緒に村からやってきていたのだろう数人の女性が慌てて駆けつけてきた。

『一体これはどういうこと!?』

『それはそこの坊やに聞くと良いさ。…あの世に逝ってからだけどね!!』

クレイアが巨大な魔法陣を創り上げると、巨大な炎が彼女たちを襲おうとした。

 そして、クレイアがその炎を放った瞬間、ヴォルグは死を覚悟した。ぎゅっと目を瞑ったが、痛みや暑さはいくら経ってもやってこない。恐る恐る目を開けると、女性全員で、ヴォルグを守っていたのだ。人が焼ける嫌な臭いが辺りに広がった。『カカサマ!!ネエサマ!!』

 小さなヴォルグが泣き声を上げる。ひりつく頬の痛み以上に、母親の、そして彼女たちの死が痛かった。

 そんなヴォルグを嘲笑うかのように、容赦ない攻撃がヴォルグに向かって放たれた。

ヴォルグは自分の死を確信した。

 しかし、その攻撃は食い止められた。

『リーン様!!』

 涙声で、ヴォルグは自分の前に立つ女性の名を呼んだ。

『き、貴様!!』

『嘆きのクレイア、あなたが殺したいのは私でしょう?なぜ、罪もない者を殺すのです?』

 リーンは静かに問いかけた。再び攻撃を繰り出そうとしていた人々は、彼女の力により、跳ね返され、気を失っていく。

『こいつらがいたから父上が亡くなられた!こいつらの為に!!』

『いいえ、いいえ。嘆きのクレイアよ、聞きなさい。この民がいずとも、あなたの父上は戦われた筈よ。だって彼は、勇敢な戦士だったのですから…』

 その言葉にクレイアは吠えた。

『ならば、なぜお前は戦わなかった!!お前さえ戦っていれば、お前さえ地下神と共に戦っていれば、父上も!母上も!!兄上だって死なずにすんだのに!!負けなどしなかった筈だ!』

 リーンは悲しげに目を伏せた。

『私も、戦いたかった…』

『ならば、なぜ!?』

『地下神が望まなかったから…だから、私は戦えなかった……』

 悲しげな微笑みの後で、リーンはクレイアに手を翳した。

『嘆きのクレイア…あなたなら、きっと分かってくれる筈。あなたに…見せましょう』

『なっ!!?あぁっ!!』

「あなた方が負い目を感じる必要はないのです。これは私が望んだこと。っだからどうか、私の為に悲しまないで。どうか、あなた方の為に、世界の為に生きてください」


 クレイアの声と共に視界がぐにゃりとなった。立ちくらみを起こしながらも目を開けると、そこにはクレイアの死を嘆く人々の姿があった。

 クレイアの顔が微笑んでいるように見える。一瞬の内に見せられた映像は、クレイアの意思によるものだったのだろう。

 結一は静かにクレイアを見つめた。それは祭も同じだった。

 クレイアの言っていた罪。それは、罪なき村人を憎み、殺したことだ。クレイアが背負っていたものは、思っていた以上に重い、重いものだった。

 祭は隣にいる結一の手をぎゅっと強く握り締めた。一人では背負いきれない思いを、一緒に背負うことを決めたのだ。結一が自身を責めるならば、祭も自身を責めようと。結一が強くあろうとするのならば、祭も強くあろうと。そう祭は決めた。

「クレイア!!」

 涙を流し、彼女を抱きしめるレイモンドとヴォルグの姿がとても悲しく映った。

 赤い水溜まりは、クレイアの血だ。彼女はその命を賭してまで、村を、そして世界を守ろうとした。

 結一は、クレイアの亡骸の傍で赤い玉を見つけた。それをそっと拾うと、ギュッと握り締めた。

 クレイアの死を無駄にしてはいけない。自分達が出来ることをしなければならない。そう心に思った。

 それは祭も同じだった。

 強い思いが二人を支配する。もう二度と、このような悲しい出来事を起こしてはいけないと。

「あなたが守ろうとした世界を、僕たちは守ります」

 小さく吐き出された言葉は風に乗って消えた。その声が聞こえたのは祭だけだった。

 


 賑やかな宴とは一変して、重々しい雰囲気に村中が支配された。

 クレイアの亡骸は清められ、生前好んで着用していた服を着せ、村の中央に位置する広場の真ん中にその棺は置かれた。

 穏やかな表情を浮かべた彼女の棺には溢れんばかりの花が添えられ、未だ泣き続ける子供たちの姿がそこにはあった。

 彼女は今日、そしてあの時に自分が殺されることを知っていたのだろう。祭たちが村に来ることで少しだけだが緩む結界に、彼女の孫が気付き、襲来することも。全て、全て彼女の見えない目には映っていたのだろう。

 自分たちが来たが為に、クレイアは死んだ。

 少なからずその事実は二人の心に重く圧し掛かった。しかし、彼女は、自分が死ぬと分かっていながらも、二人の来訪を望んでいた。それもまた事実だった。

 結一の手の中で温かくうっすらと光る赤い玉が、結一に力を与える。すうっと息を吸い込み、目を瞑る。気が付けば、彼は知らない言葉で歌を静かに歌っていた。それは小さな小さな声だったが、泣き声だけが響くその場所では、よく響いた。

 記憶にない言葉が、歌が、自分の口から溢れ出す。戸惑いは一瞬で、考えなどすぐに消え去ってしまった。

 歌が村中に溢れる。閉じていた目を開けると、死んだ筈のクレイアがそこにいた。

『結一さん、あなたのお蔭で私は本当の意味で許されたようです。私の目があなたを映し出している。皆の姿も…それに、私を迎えに、あの方々がやって来て下さった。ほら、あなたにも見えるでしょう?あの方々の姿が……』

 クレイアが指差した先に、にっこりと笑う男女の姿があった。優しげなその姿に、既視感を感じる。

―この人たちは……。僕はこの人たちを……!!

 確信を感じかけた瞬間、結一の口から流れ出ていた歌は止んだ。そこに見えていた筈の男女の姿はなくなっていた。

 歌は泣き声を消し、クレイアの美しい魂だけをそこに映し出していた。

 その瞬間、村人たちが彼女の名を叫んだ。

「クレイア様!!」

 村人たちの声に、彼女はにっこりと微笑むと、彼女の体は光り輝き、光の粒となって村人たちの元から消えた。

『私はあなたたちと共にいます』

 消え去る瞬間に聞こえた声は、生前の彼女の声と何一つ変わっていなかった。村人たちの心に彼女の温もりが残る。涙を流している者は、子供を含め、誰一人としていなかった。

 消え去ったクレイアの体の変わりに、小さな白い花が咲く。それはまるで奇跡のようだった。

「クレイアの花か…」

 レイモンドが小さく呟いた。すると、子供たちがその花を囲み、涙を溜めた目をしたまま、笑って見せた。

「クレイア様の花が、笑っていられるように、私たちも笑うの!」

「クレイア様が、大好きだって言ってくれたから!!」

 その言葉は、大人たちの心にも響いた。涙を拭い、子供たちと同じように笑って見せる。強がりでも良い。笑顔こそが、クレイアの望んでいたものだった。

 結一の歌声と、人々の笑顔により、白い花が、クレイアの花が咲き乱れる。満開の花が、綺麗にそこにはあった。

 結一の肩を、祭がそっと抱く。震えそうになる彼を支える為に。

「大丈夫、大丈夫やから。」

 その言葉が何を意味しているのか、それが分かるのは結一と、今は亡きクレイアだけだった。



「新たな力に目覚めたようだねえ。魔法陣に魂の浄化、か…。これは…思っていた以上に早くことが動き出しそうだ」

 見える筈のない村の中を見つめる人影が、そう呟くと、眺めていた場所からすっと姿を消した。




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