ハーフの村
祭たちはヴォルグの案内により、一日半かけてようやく無事に【ハーフの村】に辿りついた。道があると思っていなかった場所に隠し通路があり、そこを通らなければ【ハーフの村】には行けないらしい。二人だけでは到底見つけられなかったであろう道に、多少の生命の危機はあったが、ヴォルグと出会えて良かったしみじみと祭は思った。
足を踏み入れた【ハーフの村】は静かだった。否、静か過ぎた。そこに人どころか他の生き物の気配すら感じられない。
祭と結一は顔を見合わせる。ヴォルグは確かに【ハーフの村】に案内すると言った。武骨で実直そうなこの男が嘘を吐くとは考えにくい。
「ヴォルグさん、ここが本当に…【ハーフの村】なんですか?」
恐る恐る結一が意を決して聞けば、ヴォルグはしっかりと頷いた。
「でも、誰もおらへんで?」
「【ハーフの村】の住人は、天魔聖戦以前、以後ともに迫害されてきた。言われのない罪を着せられ、殺された住人は数え切れない程だ」
「だから、住人は誰もいない、…死んでしもた……ってことですか?」
「そうは言っていない。俺たちだってただ殺されるのを甘んじていたわけではない。見つからないよう、姿を隠し、村をも隠した」
ヴォルグは耳に付けられた真黒なピアスを外した。そして、槍を叩いたように、小さなピアスを叩くと、大きな犬の様な動物が出現した。
「彼らは安全だ。結界を緩和しろ」
ヴォルグが言うと、その動物は大きな鳴き声を上げた。鳴き声は辺りに響いた。
その瞬間、無かったはずの場所に家が出現し、誰もいなかったはずの場所に人が現れた。小さな子供たちが珍しそうにこちらを見ている。
「ヴォルグ、お前が人を連れてくるなど、何十年ぶりだろうな?」
真黒な髪を後ろに撫でつけた長身の男性がヴォルグの前に立った。白い肌に真黒な目が目立つ。耳はエルフのように尖っていた。
「…24年」
重く吐き出された年数に、二人は首を傾げた。何かが24年前にあったのだろうか。その時の出来事が、もしかするとヴォルグの顔の傷に関係しているのかもしれないと結一は突然の出来事に驚きながらも、冷静に分析した。
「人間嫌いのお前が珍しいことだ。…この小さき生き物が信用するに値するということか?」
ヴォルグは真っ直ぐ男を見た。
男は視線を一瞬祭たちに向けたが、すぐにヴォルグに戻し、笑った。大声で笑い声を上げる男に、周りは動きを止め、その動向を窺う。
「お前は24年前の出来事を忘れたのか?あの惨劇を!!」
男の笑い声がピタリと止んだ瞬間、男は叫ぶように声を張り上げてヴォルグに詰め寄った。ヴォルグに向けていた視線を二人に向ける。その視線は鋭く二人に突き刺さった。
憎々しげな視線に、結一は下を向いた。この憎しみは人間全体に向けられているのだと分かっていたが、あまりの視線の鋭さに前を向いていられなくなったのだ。
「人間は平気で我らに嘘をつき、欺く。自分たちの利益のためならば何でもする生き物だ!!」
「あの時と今では状況が違う。それに…この二人は異世界の者だ」
ヴォルグが反論すると、男は眼光をさらに強めた。
「どう違うというのだ!?言われなき罪に問われ続け、身を隠す他生きる術を持たぬ我らを取り巻く状況が、どう変わったというのだ!?それに、この者らが異世界の者だと?そんなはず無かろう。異世界からのゲートは確かに閉じられた。あの方がいなくなったことで、開かなくなったはずだ!お前もその目で見ただろう?」
男はそこで言葉を止めた。ヴォルグを見つめる目は真剣そのものだ。
ヴォルグは一瞬押し黙ったが、すぐに口を開いた。
「確かに、あの時からゲートは開かなくなった」
「ならば、何故そのような戯言を信じる?」
「それは……この世界から失われた能力を持っているからだ」
ヴォルグに向けられていた視線が祭たちに移る。信じ難いものを見る様な目だった。
「失われた能力、だと?あの方の、あの方々の能力が戻ったと?」
「ああ。俺はそこの女性の能力しか見ていないが、確かに、あの方の能力だった。この世界から消えたはずの能力。しかもあの方々が関わっていることを、俺が見誤ると思うか?」
鋭い視線を向けていた男の目に涙が浮かぶ。
「本当なのか?」
「あぁ」
肯定の言葉を聞いた瞬間、男の頬に涙が伝った。
「ようやく…ようやく、この世界は解放されるのだな…」
「レイモンド…」
二人のやり取りを黙って見ていた祭は、レイモンドの涙と、向けられる視線が和らいだことに驚いた。
―私ら一体何者なんやろ?役割って?なんか、この人とかヴォルグは分かってるみたいやけど、さっぱり分からん…
「レイ様、涙拭いて」
小さな子供がレイモンドに向かって小さなハンカチを差し出した。レイモンドは有り難うの言葉とともに受け取ると、涙を拭いた。そして、祭と結一の方に向き直った。
「先程の非礼お詫びする。村への訪問、歓迎しよう、異世界の方」
手を差し出される。初め、何を求められているのか分かっていなかった祭だったが、少しして、握手を求められているのだと気付き、レイモンドの手を握った。同じように、結一も握手をした。
「私の名前は祭。こっちの人が結一さんです」
「よ、よろしくお願いします」
「私はレイモンド。ヴォルグの兄だ。よろしく頼む」
そうしている内に、様子を窺うように見守っていた【ハーフの村】の住人たちが次々に近付いてくる。
「ヴォルグ様とゲイル様が認めたんだ。私たちも、あんたらを歓迎するよ。ゆっくりしていきな!」
恰幅の良いおばさんが豪快に笑い、祭の背中をパシンと叩いた。衝撃で、祭は一歩前に出たが、懐かしい感覚に、自然と祭の顔にも笑顔が浮かぶ。
「お姉ちゃんは僕たちに痛いことしない?」
祭とおばさんのやり取りを見ていた結一の服の端が、クイクイと引っ張られた。視線を下げると小さな子供がこちらを見上げ、そう問いかけてきた。結一は一瞬「お姉ちゃん」と呼ばれたことに戸惑ったが、すぐにその場にしゃがみ込み、子供と視線を合わせた。ぎこちないながらもニコリと笑う。
「何もしないよ。僕たちは痛いことなんて、するつもりこれっぽっちもないから、心配しなくて良いよ」
「そっか…じゃあ、あのね、あのね…僕が抱っこしてって言っても気持ち悪がらない?」
子供が不安そうに瞳を揺らめかせる。結一は言葉もなく、子供をぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃん?」
突然、抱きしめられた子供は抱きしめられた事実を喜んでいた。その証拠に結一を呼んだ声が明るく弾んでいる。
結一はゆっくりと口を開いた。
「こんなに可愛い君を、気持ち悪く思うわけがない。皆、皆そうだ。この村の人たちを気持ち悪く思ったりなんかしない!」
体を離し頭を撫でる。周りで見ていた子供たちが我先にと、結一の元にやって来る。
「僕も、僕もぎゅってして!」
「次は私!!」
可愛い子供たちのおねだりに、結一はわたわたと焦りながらも、ゆっくり、一人一人の願いを叶えていく。子供は嬉しそうに声を上げ、抱きしめれた後に、飛び跳ねていた。
そんな様子を傍で見ていた祭があることに気付く。
周囲を見渡せば母親らしき者の姿が少ない。若い女性と年をとった女性が数人いる他は、男性がほとんどを占めている様だった。
「あの、この子らのお母さんは一体どこにおるん?」
近くにいる女性に問いかけると、女性は困ったように眉を寄せた。そして、悲しげな表情をした。
「カカサマたちはね、前に死んだんだよ」
「え?」
結一が小さな子供から発せられた言葉に小さく声を上げた。
冷静に、淡々と言ったこの子供はどれだけの痛みをその胸に抱えているのだろうか。そう考えるだけでも、胸がぎゅっと締め付けられるのを、結一は感じた。
「ごめんな。私、無神経なこと聞いたな…」
頭を下げて謝罪する祭に、子供たちは抱きついた。
「良いの。だって、私にはトトサマやレイ様がいるし、クレイア様もいる。皆も同じ。だから気にしないで!」
一番年長の子供だろうか。はっきりとそう言いきると、祭たちに笑って見せた。
祭は罪悪感に駆られながらも、笑顔を返した。
「エリン、お前たちも、異世界の方を歓迎する支度をマリアたちとしておいてくれ。一度クレイアの元に行ってくる」
「クレイア様のところに?…分かった。皆で準備してる」
「良い子だ」
レイモンドがエリンの頭を撫でる。エリンは嬉しそうにそれを受け入れ、すぐにマリアたちとともに、一つの家に入っていった。
「では、行くとするか」
レイモンドとヴェイグが歩き出す。それに付き従うように祭たちが続いた。
歩いて二分程で、一軒の家の前に着いた。
レイモンドがドアをノックすると、ドアの向こうから少しかすれた歳のいった女性の声がした。
「開いているよ」
ドアを開け、家の中に入ると、古ぼけた椅子に腰かけたクレイアが祭たちの方を見ていた。歳のせいだろうか、皺が目立つその顔にさらに皺を刻みながら微笑む。まるで、祭たちが現れたことを知っていたようだった。
「クレイア、あり得ない話だが、異世界からやって来たという者が現れた。しかも、あの方々の能力を持っているという。あなたに紹介するべきかと思い連れてきたのだが…」
「そこにいる二人のことだね?ああ、確かに感じる。懐かしいモノを……。もう少し近くにおいで」
祭たちの背中をヴォルグが押した。数歩進み、クレイアに近付くと、彼女は祭と結一の手を取った。
「あの方がこの世界から消えて60年と少し。そしてあの方がこの世から去って32年……本当に、懐かしい。触れさせておくれね」
クレイアは、祭の顔を両手で触り、驚いたような声を上げた。
「これは…!?」
閉じられていた両目が開かれる。しかし、開かれた目は濁った色をしており、光を映していなかった。それでも、必死に見開かれた目を見た瞬間、祭はクレイアの目が見えていないことに気付いた。
「貴女は目が…?」
途中で途切れた問いかけと、クレイアはゆっくりと頷いた。
「私は自分の意思でこの両の目を塞いだ。この目に映すモノだけを信じ、世界を救えなかった自分への戒めのために。私は、取り返しのつかないことをしてしまった…」
濁った目が遠くを見つめているようだった。遠い昔、過去を思い出していたのだろう。
「貴女は自分の間違いに気付いた。それだけで十分です」
祭の隣に立っていた結一が突然口を開き、そうクレイアに話しかけた。結一自身、気付かない内に出てしまった言葉に驚いた様子で、両手で口を塞ぐ。結一の意思ではなく、勝手に言葉が出てしまったのだ。何者かに操られたように。
クレイアの濁った目が結一の方に向けられる。彼女はジッと結一を見つめた後で、祭にしたように、両手で顔に触れた。
「ああ……」
クレイアの口から小さな声が漏れた。そして、濁った目に涙が浮かぶ。一筋の涙がクレイアの頬を伝った。
しばらくして、クレイアは涙を拭くと、最初に見せた微笑みを浮かべた。
「歓迎しましょう。異世界の方々。ようこそ参られた。私は、あなた方に先を示す者。全ては告げられないけれど、出来得る限り、この世界の成り立ちとあなた方の役割をお教えしましょう」
クレイアに勧められるままに座った椅子の上で、祭と結一は背筋を伸ばした。そんな二人の様子を、見えないはずの目で見たクレイアはクスリと笑い、はちみつのような物で作られた飲み物を二人の前に置いた。レイモンドとヴォルグの前には別の飲み物が置かれる。
「そんなに緊張しなくても良いですよ。まずはハニールでも飲んで落ち着いて。ゆっくり話していきますからね。長くなるかもしれませんよ」
ハニールと呼ばれた飲み物を口にすると、やはりはちみつに似た味が祭の口に広がった。その後に広がる爽やかな酸味はレモンのようだ。結一もそう思ったらしく、飲み物をじっと見つめている。幼い頃に飲んだ懐かしい味がした。二人とも、望郷の念に駆られたわけではなかったが、祖父母が作ってくれたはちみつレモンを思い出していた。
祭と結一がカップを机の上に置くと、クレイアが口を開いた。
「まずはこの世界がどうやって出来たか、そのことについて話すとしましょう」
クレイアは古びた椅子に深く腰をかけると、手を前で組んだ。
「人間も魔族も天界人も動物さえもいなかった遥か昔この世界は無だった。
そこからどうやって出来たのか、それは誰にも分かっていないけれど、ある時、当然、三柱の神が生まれた。三神はそれぞれ、天と地、そして地下を治めるようになった。三神はそれぞれの世界に自分たち以外の生き物を作り、ルールを作った。その内容はそれぞれの世界により異なり、そこに住む人々の考え方も違った。三神はそれぞれの世界の均衡を保つため、必要最低限しか干渉しないことを決めた。これが三柱の約束と呼ばれるもので、未だに破ってはいけないルール。
しかし、ある時、天地の神が地下の神を裏切り、その世界を侵そうとした。
これに激昂した地下神はその力を持って打ち払った。天地両方に住む人々にも影響が現れ、地神はこれを嘆いた。そして、自らの永遠の命を限りあるものとした。ここから、世界の均衡が崩れ始めたんだよ…。
天地から仕掛けたはずなのに、打ち払った地下神が悪とされ、魔王と呼ばれ、地下に住む全ての者が忌むべきものとされるようになった。天に地が属し始め、地にいたはずの神は王と呼ばれる存在となった。異世界より召喚された勇者と呼ばれる者が魔王と呼ばれるようになった地下神を滅ぼそうと挑んでは敗れるという出来事が数百回繰り返された。
魔と呼ばれるようになってしまった人々にも心はある。殺されれば憎しみ、仇をとろうとする。仇をとろうとすれば、益々悪を叫ばれる。世界は悪循環に支配され、混沌の時代が始まった。長く、長く混沌の時代は続いた。勇者が現れ始めてから1000年以上の間、そんな時代だった。そんな混沌に支配された世界を見続けていた地下神は、自分の死をもって世界の混沌を終わらせようとした。
……あの方は優しすぎた……っ…」
クレイアはそこまで言うと、言葉を詰まらせた。濁った目に、再び涙が浮かぶ。深呼吸を何度かして、言葉を続けようとしたが、堪え切れず、クレイアの頬に涙が伝った。隣に座っていたレイモンドがその背中を撫でる。
皺だらけの手で涙を拭い、自分のカップに口をつけた。そして、再び、深呼吸をした。
祭と結一は真剣な目でクレイアを見つめた。
呼吸を整えたクレイアが、言葉を紡ぎ始める。
「地下神は勇者に殺された。殺された彼には愛する者がいた。彼を支え続けた優しい方だった。
彼女の名はリーン。地下の民の中でも彼女は特別な存在だった。神に近しい能力を持ち、長い時を地下神に仕えた。彼女は地下神とともに戦うことを望んだけれど、彼はそれを許さなかった。地下神により生かされ、ともに逝くことはできなかった彼女は、その胎に地下神の子供を授かっていた。彼女はその子供を守り、生き残った地下の民を守った。そして、真実に気付いた天界人と地上の民を保護し、この村を作った。
彼女は混沌から解放されず、それどころか混沌が増すばかりの世界に嘆きながらも、見守り続けた。そして、今から32年前、その生を全うされた。
世界の情勢は今でも変わっていない。災厄や何か害となることが起これば、魔族、そして魔族に加担した堕天の民のせいにして、彼らを殺そうとする…何一つ変わってはいないんだよ……ただ一つ変わったことがあるとすれば、地下神の死により、世界のゲートが開かなくなったということ。天神と地王の力だけでは開かなくなってしまった」
クレイアの言葉に、ここまで黙って聞いていた祭が口を開いた。
「…じゃあ、何で私らはここに来れたんですか?開かんのやったら、私らはここに来れんかったはずやのに…」
「それは、あなた方があの方々の能力を持っているからでしょうね。開かないはずのゲートが一瞬開き、そして、こちらの世界にやってきた」
何者かの手引きという言葉を聞き、祭と結一の頭に森で出会ったマスクの人物が浮かぶ。
確かにあの人物は二人を『連れ戻した』と言っていた。しかも、先の助言までしていった。あの人物のお陰でここに辿り着いたといっても過言ではないだろう。
しかし、クレイアの話によると、地下神の死後、世界のゲートは開けられず閉じられたままだったいう。それなのに、『連れ戻す』ことが出来たあの人物。自分たちの味方か敵か分からないが、どちらにせよ、『連れ戻す』ことが出来るということは、強力な力を持っているということだろう。そんな存在のことをクレイアたちに告げておくべきなのではないだろうか。そういった考えが二人の頭に浮かぶ。マスクの人物について少しの情報しか持たないが、少しの情報でも知らないよりは知っておいた方が良いだろう。
思考の結果、話すことを決めた結一は、控えめに手を上げた。
「あの…」
黙ったままだった結一が口を開いたことで、周囲の視線が一気に結一に集まる。自分で挙手したはずなのに急に向けられた視線に、何故か謝罪の言葉を口にしたくなった。それをぐっとのみ込むと、森での出来事を話し始めた。
「あの森で、マスクをつけた人と出会ったんです。その人は僕たちを『この世界に連れ戻した』って言ってたんです。もしかしたら、あの人が何か関係しているのかなって…あの、思っただけです…」
結一の言葉に、ヴォルグとレイモンドが反応する。
「何だと!?」
「そんなことが出来る奴がこの世界にいるだと!?」
凄い剣幕で顔を近づけられ、結一は悲鳴を上げた。目には涙がうっすらと溜まっている。クレイアは苦笑いを浮かべ、二人を諌めた。
「これこれ。異世界の方が怯えているよ。もう少し女性には優しくしないと」
「はっ!すまない…驚きのあまりつい…」
「これからは気を付ける」
プルプルと小動物のように震えながらも、二人の言葉に頷く結一を見て、祭が不服そうに唇を尖らせた。そんな祭の様子に気付いたのはクレイアだけで、彼女だけが祭の様子を小さく笑っていた。
「さあさあ、話はまだ終わりじゃないですよ。ここからが、あなた方にとってとても重要なこと。マスクの人物のことも含めて、あなた方の役割、何のためにここに来たかの話をしなければならない」
一瞬和やかになった空気がピンとはりつめる。祭の目が再び真剣なものになった。結一は不安そうに瞳を揺らめかせた。
「まず、マスクの人物についてだけれど、その人物は、彼女の言う通り、この件に一番関わっていると言えるだろうね。あちら側を支持する人物である可能性もあるから、注意する必要がある。それ以上のことは、あなた方の目でしっかり見極めなさい」
「分かった」
「はい」
素直に頷くと、クレイアは二人に向かいにっこりと笑った。まるで良い子だと言いたげな様子に、二人は祖父母の優しい眼差しを思い出た。
「そして、あなた方の役割だけれど…それはこの混沌から世界を解放すること、だと私は思うわ。あなた方が授かった能力、それがその証。今はまだ開花していない能力もあるでしょうが…。あの方々の能力は、天神も地王も持たぬ癒しの力。悲しみを叫ぶこの世界を救う能力で、どうか、あの方々が望んだ世界に戻してあげてください…」
「私らの能力を見やんと、何でそう言えるんですか?ヴォルグの勘違いかもしれへんのに…何で私らがこの世界を救えると思うんですか?」
自分でも捻くれているとは思ったが、どうしても、祭は聞いておきたかった。まるで救世主の様に扱われる。あまりに、出来すぎた話のように思えた。
皺だらけの両手で自分の目を覆い、祭の問いにクレイアは答えた。
「私はね、見えない分、色々なモノが見える。あなた方はきっとこの世界を救う。これはあなた方にしか出来ぬこと…この老いぼれの言葉を全て信じよとは言わないけれど、少しだけ信じて、先に進んでくれませんか?」
クレイアの濁った目を頭に思い浮かべた瞬間、結一の頭がズキズキと痛みだした。少しして治まったと思った瞬間、何かに気付いたような表情を浮かべた。そして、信じられないモノを見るような目でクレイアを見つめた。そして、少し黙った後で、彼女の言葉に答えた。
「あなたの言葉を信じます。あなたは僕たちに先を知らせてくださる方。そうでしょう?それならば、僕はあなたを信じて進みます」
今までにない、きっぱりといた言葉に、祭は笑った。先を越されたことを恥ずかしがるように、軽く頭を掻きながら、クレイアを見つめ、そしてレイモンドとヴォルグを見つめた。
「ま、結一さんがこう言うてることやし、私も信じますよ。先に進むにしても、まだ色々と教えてもらわなあかんこともあるし、よろしくお願いします」
頭を下げると、それに続くように結一も頭を下げた。
「出来ることは少ないかもしれないが、俺たちが知る限りのことは教えよう」
レイモンドがそう答えると、ヴォルグとクレイアも頷いた。三人の顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
狂った歯車がキシキシと音を立て、元に戻ろうと動き始めようとしていた……。




