第1話 どうしようもない人生
俺は増永東、25歳の無職の男だ。
高校卒業から7年経つが、未だに自立せず、親のスネを齧っている。
何度かハローワークとかいうのに行ったことはあるが、ほとんどの仕事は合わず、すぐに辞めてしまった。
いや、嘘だ。嫌なことから逃げ帰ってきただけだ。
親に行ってくると言い、チャリで向かうが、ほとんどは近くのラーメン屋に身体が吸い込まれていく。
これはニートあるあるだ。ハロワに向かうのはいいものの、やる気が起きず、結局方向転換してどこかに逃げる。
ニートを脱却できる気がしない。だって、もう7年だぞ?社会復帰なんかできるわけない。
俺だって、昔は普通に生きてたさ。友達を作って、勉強して。
変わったのは、高校に入ってからだ。
中学まで友達だった人と離れ、新しい環境になった。
元々内気な性格だったが、あまり頭が良くない学校だったため、いじめを受けてしまった。人生初めてのいじめだった。
今でも、ショックで泣いてしまったあの時を思い出す。小心者で臆病だった。今もだが。
いじめを受け、俺は引きこもってしまった。
親からは文句を言われるようになり、次第に俺の心は薄汚れていった。親のせいとは流石に言わないが、あの時の俺は辛かっただろう。逃げ出したくなるのも仕方ないほど辛く、頼れる人も周りにいなかった。
何度か立ち直ろうと頑張ってみたが、やる気が起きず、そのまま今のように腐り果ててしまった。
俺の外見はどんなものかというと、一言で言えば生気のない顔の、痩せたみすぼらしい身体という感じだ。
みすぼらしい姿で毎日ネトゲばっかり。
3年前くらいから親は何も言わなくなった。
諦めて期待しなくなったのだろう。食べ物だけは出してくれるだけ有難いのかもしれない。
ある程度自由快適なニート生活をしていた。
しかしある日突然、家に借金の取り立てがやってきた。
どうやら、俺の親は借金をしていたらしい。
ニートをしている俺を支えるために。兄弟がいて、元々あまり裕福ではない家庭なのに、俺を支えるためだけに借金をしていたのだ。
俺はクズだなと思った。
でも、どうしようもなかった。為す術がなかった。
そう言い訳して逃げ続けた。
そしてある日、両親が死んだ。死因ははっきりとは分からない。だがおそらく、自殺なのだろう。
俺は困惑した。どうすればいいんだよ。親が死んだら、俺は生きていけない。兄が1人だけいるが、とっくに絶縁されている。借金もあり、もうあの家は使えない。
俺は家から追い出された。かなり久しぶりに外に出たが、どうすればいいか分からなかった。とりあえず、ハロワか。でも、意味はあるのか。いや、ハロワじゃないか。
こういう時はどうすればいいのか。分からない。
頼れる人がいない。俺は1人、のそのそと歩いていた。
何も考えられず、無意識で歩いていた。
誰も俺の存在に気づいていないかのようだ。
自分だけこの世界から切り離された感覚に陥る。
歩いていると、ある交差点に辿り着いた。
青信号に変わり、群衆が一斉に動き出す。
その中で、ふと視界に入った。
横断歩道の真ん中に、しゃがみ込む小さな影。買い物袋を落としたのか、白髪の老女が必死に手を伸ばしている。周囲の人波に押され、立ち上がれずにいた。
――クラクション。
異様な音だった。
視線を上げた瞬間、トラックが信号を無視して突っ込んでくるのが見えた。こちらに向かって、一直線に。
「ぉ、おぃ!」
精一杯叫んでみるが、声が出ない。
何年も引きこもっていたせいだろう。
距離は、近すぎた。
誰かが叫ぶ。誰かが立ち止まる。だが、老女は動けないままだった。
考えるより先に、身体が前に出ていた。
「っ!待てー!」
今の自分に出せる最大限の声で叫ぶ。
叫びながら、老女の背中に手を伸ばす。力いっぱい突き飛ばすようにして、横断歩道の外へ転がす。
驚いた顔。転ぶ音。
それで、全部だった。
次の瞬間、視界を埋め尽くす巨大な影。
ブレーキ音が、やけに遠く聞こえた。
逃げられないと、はっきり分かった。
それでも、不思議と後悔はなかった。
知らない人だった。名前も、顔も、もう覚えていない。
それでも――確かに、助けた。
衝撃が身体を貫く直前、空が歪み、音が消えていく。
――ああ。
誰か知らないが、あの老女が助かったなら、
人生の最後に言い終わり方ができたと言えるかもしれない。
死ぬのか。俺は。
老女がこちらを見て、青ざめた顔をしているのが目に入り、俺は意識を失った。




