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EP6 とある色街の張り込み

 色街の中を長次郎が勝手知ったる様に歩いて行く。

 この感じ、(やっこ)さんかなりここに行き慣れてると見た!一度や二度なら街の雰囲気に押されて、こうも堂々とは歩けないだろう。


 男ってのは意外と気の弱い生き物だからな。こういう色街、性に関する所では露骨にそれが出てしまう。

 素直に気後れを出す奴もいれば、逆に強がる野郎もいる。しかし、慣れってヤツは大したもんで数をこなせばそれなりに場所に合わせた振る舞いってもんを、自然とそいつらに叩き込んでくれる。


 そう考えると、長次郎って奴は随分ここに慣れ親しんでいる空気を持つ。

 もしかしたら、お春と結婚するより先にこっちの女と繋がっていたのかも知れないな。

 もしそうなら、お春が哀れだが・・・。

 ま、そこは哀れと思うだけできちんと真実は伝えますがね、お仕事なので。


 長次郎は色街の奥へ奥へと歩いて行く。

 提灯や灯籠で華やかに照らされた入り口から、灯りもまばらな暗い奥まった店へと向かっている。

 色街はやはり入り口近くが一等地だ。

 夜に焚かれた灯りは幻想的で、浮ついた男達を火に向かう蛾のように引き付ける妖しさってのがある。


 とはいえ、灯りもタダじゃない。当然灯りが多いところと少ないところがある。

 明るい入り口近くは客も多い一等地で、奥に行くほど暗くなり客の足も遠ざかってしまうもんだ。

 長次郎はあえて奥の店に行っているのだ。

 俺の直感が告げている。これは遊びじゃなくて本気・・・・だとな!

 まぁ、直感なんて言いながらテキトーこいてるだけだけどさ。


 そんでもって長次郎の奴は色街を結構歩いたかと思うと、ある古びた小さな女郎屋に連れと一緒に入っていった。

 うわ、俺知り合いと女郎屋になんて絶対入りたくないけどな。

 たまにいるよな。男同士連れだって女を買う奴らが。女との秘め事を共有したいのかね、ああいう連中は。

 いやー・・・・無理だな、俺は。趣味の範疇を超えとるな。


 おっと、俺の趣味嗜好などどうでもよく大切なのは長次郎のお相手だ。

 入った店は“文目屋”・・・あやめやと読むのかな?

 文目屋は周りに比べるとこじんまりとして古い店に見える。少なくとも何処かの商家の番頭が好んで入る店とは思えない。


 よっぽどお熱な女郎でも居るのなら話は別だがな。

 さて、どうしたものか。

 出来れば俺も入って長次郎と女の姿を確認したいが、店は小さく中に入って長次郎と鉢合わせるのは流石にバツが悪い。

 これは、今回は外の見張りで留めておいて、日を改めて文目屋で聞き込みをした方が良さそうだ。


 はぁ・・・・野郎が中でお楽しみ中、俺は外で待たなきゃならないのか。

 俺は文目屋から少し離れたところ、店と店の間に隠れて長次郎を見張る。

 俺が隠れる小道は、資材置き場のようになっていて、いくつかの材木と火事用の大きな水桶がざっくばらんに置かれている。

 ん?この水桶・・・・。いや、別に俺に関係ない話か。




 しばらく経っても長次郎が出てくる気配はない。くそ!野郎楽しんでやがるな。

 「あーあ、勘弁してくれ。こっちは独りで飯も(かわや)も行けねぇんだぞ!

 野郎は二人で楽しんでるっていうのに。何たる不条理、何たる不公平!!終いには世界を呪うぞ、この野郎」

 ヤバい。現状への苛立ちが募りすぎて、つい、口から愚痴がこぼれちまった。


 俺は俺を落ち着けるために、空を見上げる。ああ、星空が綺麗だ。夜空はいつだって俺の心を満たしてくれる・・・・訳ではない。

 理想を言えばそう在りたいが、人間そんなに美しくはない。

 星で心を満たすより、今は飯で腹を満たしたいのだ。


 俺が夜空で心も腹も満たされない中、どこからか汚いダミ声の男の声が聞こえる。

 「おい、見つかったか?」

 「いや、俺の方はいねぇな。っくそ!あの女手間かけさせやがって!!」

 苛立ち紛れの声が響く。どうやら、女郎か何かが逃げ出してようだ。売られた女が逃げ出し、買った男共が追いかける。色街なら、良くも悪くも日常に目にする光景だ。


 俺はチラリと大きな水桶に目を向ける。

 水桶は当然、桶で在るため何も話さない。

 その時、女を追っていた男達が俺に気づいて話しかけてくる。

 「おいお前・・・・確かお伊勢んとこのなんでも屋だったな?こんなとこで何してる」

 しまったな。こいつら“日高組”の三下共だ。俺の素性を知ってやがった。


 日高組はこの辺りを縄張りにしているヤクザの組だ。

 シノギは主に女と博打の稼ぎ。時々、用心棒気取りの脅しと強請(ゆす)りで小遣い稼ぎしている。

 金がないなら追い込みかけて、搾りきったら死体が川に浮いてたりする。


 そんな感じで、まぁまぁガサツな連中である。

 そんな連中に、浮気調査をしているなんて知られるのは些かばかり面倒である。

 仕方ない、テキトーこいて誤魔化すか。

 「いやね・・・どうにも独り身が寂しくて、寂しさ埋めるためにチョイと女が欲しくなりましてね。こんな色街まで足を伸ばした次第ですわ。

 とは言っても、実のところ懐も寂しいもんで、こんな場所で金のかからねぇ女を物色してたって訳ですが・・・何か?」


 「はっ、金もねぇのに色街とはな。さもしい野郎だ」

 俺の行動を鼻で嗤う三下ども。すんなり騙せたのはいいが、疑問を持たれないということは、こいつら俺をそういう目で見ているのか。・・・ぶん殴ってやろうかな。


 「おい、なんでも屋。お前この辺で珍妙な服を着た女を見かけなかったか?」

 「・・・・・珍妙な服?」

 珍妙?珍妙ねぇ・・・。それが探している女なのか。それにしても珍妙とは、思いがけない特徴だ。

 「珍妙ってのはどういうもんだい?」

 俺の当然の疑問に、三下共は説明が難しいのか苛立たしげに吐き捨てる。


 「珍妙ってのは・・・あれだよ。何か服が上と下で分かれて、袖がキュッとしてだな・・ああ!ウルセイな!!

 おかしな服着た女を見かけなかったかと、聞いてるんだ!!」

 「ないですねぇ。そんな珍しい服着た女見かければ、まず間違いなく憶えてますから。それで、その女がどうかしたんですか?」

 「だったら早く先に言え!くそ!!無駄な時間とらせやがって」


 俺の問いに答える事なく、下っ端共は女を捜しに走り去ってしまった。

 ホント、自分達の要求しか興味のない連中だ。

 俺は地面の濡れた水桶に目を向け、何とも無しに話しかける。

 「アンタを追っている野郎共は行っちまったよ。いつまでそんな中で隠れてるつもりだ?」


 俺の言葉に驚いたのか、桶がガタンと大きく揺れた。

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