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EP5 とある浮気疑いの男

 「あー・・・・あそこだよ。この道を右に入ってずっと行った所の細い道の先。

 古い家が建ち並ぶボロ屋に、そんな看板が掛けてあったよ」

 何処だよ!と叫びたい気持ちをグッとこらえもう一度丹念に聞いてみる。


 何度か聞くことでどうにかおおよその場所くらいは把握できた。

 とはいえ、いくらでも迷いそうな感じではあるが。

 「へへ・・・俺はよ、こう見えて学があるからあのボロ屋にあった看板の文字が読めるんだよ。

 だからよ、何度か通りかかったときにボロい屋敷に変な看板が掛かってたのを憶えてたんだよ。すげぇだろ!」


 なるほど、看板で憶えていたのか。確かにこの辺りの連中じゃ、看板が読めるか怪しいもんだ。

 ただ、裏を返せば坂越屋はあまり商売らしい商売をしていないんじゃないだろうか?

 商売人のような動きをしていないから、誰も商家と認識していなかったのではないだろうか。


 まぁ、依頼人のダンナの仕事事情は依頼の範囲外だ。

 別にダンナが実は無職でも、俺には全く関係ないからな。お春の払いが悪くなる可能性は多少あるが。

 とはいえ、やっと手に入れた坂越屋の情報だ。

 俺は言われたとおりの道を進み、ゴチャゴチャと込み入った細道を通って坂越屋へと到着する。


 「・・・・・ここが、坂越屋か?」

 見るからに古びたぼろっちい屋敷。木の塀で囲まれた庭には草が茂り、植木もろくに手入れがされていない。

 屋敷も雨風を凌ぐのがやっとのくたびれ加減で、およそこんな所で商売をしているとはお天道様でもわかるまい。


 屋敷の中から人の気配はするが、周りに人気がない分あまりウロチョロして、中を確認するのもはばかられる。

 仕方ない。やりたくはないが、長次郎を見つけるまで張り込みをするしかないか。

 長次郎の人相はお春から聞いている。

 背が高くがっしりとした体格。歳は29だという。面長で前髪は短く後ろ髪はざっと括っているという。


 一番の目印は、顔の右上眉の辺りに傷跡があるという話だ。

 他にもお春は、長次郎の見分け方を長々と喋っていたが全て聞き流した。

 やれ、本当は優しいだの笑うと子供っぽいだの、お春の目玉以外では何の役にも立たない見分け方を吹聴されたので、丁重に愛想笑いで受け流した。


 俺は坂越屋から少し距離をおいて、長次郎がやって来るのを待つ。

 この張り込みというヤツが、一人よろず屋の俺にとって最もイヤな仕事のひとつである。

 一人であるが故にメシも便所も簡単に済ませられないのだ。

 張り込み場所近くに屋台があることは稀だし、便所も犬猫ではないのでおいそれとその辺にするわけにもいかない。

 我慢我慢の積み重ねだ。


 結局二日経っても長次郎は現れなかった。

 何処に居るんだ長次郎は!

 そんな苛立ちを抱えた三日目、ようやく長次郎らしき男が現れた。

 背が高くがっしり体型。顔は面長で髪は前短く後ろで括っている。その上顔の右上に傷がある。

 紛れもなく長次郎であろう!

 これで別人なら、説明したお春とその説明にそっくりな男の方に責任がある。


 見れば長次郎らしき男、取り巻きを数人従えており番頭という立場も、それなりに説得力がある。

 まぁ、見た感じ番頭というよりヤクザの若頭といった雰囲気なのが気になるが・・・。


 いやいやいや、細かいことは気にするなよ剣吾!相手が何であれ、俺の仕事は浮気調査だろ。

 さて、ようやく見つけた長次郎。見失わないように気をつけねばなるまい。

 また長い張り込みとなると、しんどいなぁ。


 それから数刻の時が経ち、日もそろそろ暮れる頃になって坂越屋に動きがあった。

 二人の取り巻きを従え、長次郎が屋敷から出てきたのだ。

 ああ、ようやく景色を眺めるだけの時間が終わってくれる!気分はウキウキ旅行気分!

 さぁ長次郎、お前は俺を何処に連れてってくれる?

 たった三日だが、もうこの景色には飽きてんだ。


 このまま浮気相手に行ってくれればこの上ない。お春の所には・・・帰るのは当然か。

 俺は逸る気持ちを抑えて、長次郎の後を付けて行く。

 しかしこの男、本当に番頭か?

 どうにも、周囲への警戒感やその雰囲気が商人とは思えない圧がある。どちらかといえば、俺のよく知るヤクザ者や傭兵そういった連中の雰囲気によく似てやがる。


 長次郎はお付きを従えたまま、お春の家とは逆の方へと歩いて行く。

 これはまさか、浮気相手の所へ行くのか?

 いや待て、この方向は確か41番街。通称“南条色街”の方角だな。


 南条色街。

 東城京にいくつかある色街のなかのひとつで、その中でも南条は多くの私娼が集まっていることで有名な色街である。

 色街を知らない人間にとっては、一括りにされる遊女にも実のところ私娼と公娼の二つが存在する。


 一つは公娼、つまり公儀が認めた遊女である。

 お上が運営する女郎屋があり、そこで働く遊女はすべからく公娼となっている。

 お上が運営する分、遊女として身分はそれなりにしっかりしており、その分決まり事も多く接客に教養も求められる厳しい立場だ。


 もう一つは私娼、つまり勝手に遊女を名乗り公儀が認めていない遊女だ。

 お上が認めていないため、遊女として身分は認められておらず、弱い立場で働いている者が大半である。

 その代わり、公娼と違って決まり事はなく自由に稼ぐことが出来、中には公娼以上に稼ぐ女もいたりするのが私娼である。


 もちろん、自由に稼げるとは言葉の綾、理屈でしかない。

 私娼の多くはヤクザに管理されるか、ヤクザにもなれないごろつきに飼われるか、運良く富豪の愛人か運悪く野垂れ死ぬのが関の山だ。


 南条色街はその中でも、安いが質の悪い色街に数えられている色街である。

 そういえば、お春が後を付けたのもこの辺りと耳にしたな。

 お春は色街に疎くて、南条色街の名前は出てこなかったが。


 「と言うことは、長次郎の目当ての女がこの色街にいるって事か・・・・」

 日がどっぷりと暮れると、提灯や燈台に灯りがともり妖しい光が影を揺らす。

 ここからは色街の時間。昼間はまばらだった女達が、化粧をほどこし街路に立つ。


 道に立つ女にはもはや社会的弱さはない。

 ここでは男と女ではなく、狩る者と狩られる者しか存在していないのだ。

 俺は長次郎を見失わないよう奴の背中を追って、南条色街の妖しく光る小さな門をくぐっていった。

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