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EP2 とある大家の婆さん

 始まりは二週間前。

 前日に所用があり疲れていた俺は、布団に倒れるなり気を失うように深い深い眠りへと落ちていった。

 心地のよい眠りとは、まさに極楽。もう二度と目を覚まさなくても良いと思えるほどに熟睡していた俺を、イヤらしい現世に引き戻したのはどこか聞き覚えのある耳障りなダミ声であった。


 「この穀潰し!いつまで馬鹿みたいに寝てるんだい!!もう巳の刻、お昼だよ。

 周りの連中は、すっかり起きて働いてんだよ!」


 聞き覚えのあるダミ声に、俺は一気に極楽から地獄へと落とされてしまう。

 薄らと開けた視界には鬼ババアが・・・・ではなく、そこにいたのは俺の住む長屋の大家のお伊勢であった。


 どうやって入ったんだ?

 俺の疑問を置いたまま、お伊勢は鬼の形相で俺を睨み付けている。

 「何の用だよ、くそばば・・・・じゃなくてウンコ垂れ婆ちゃんよ。大家だからって人ん家勝手に入ってくんなよ」

 「何だいそりゃ?お前それ糞ババアを丁寧に言っているつもりかい?だとしたら脳みそにハエがたかってるね」


 そりゃどうも。寝起きにババアの顔を見たら、嫌味の一つもこぼしたくなるというもんだ。

 「それで?穀潰しの家に何の用だよ」

 「家賃だよ家賃!もう6カ月も滞納してるんだよ。払うモン払わないなら、出て行って貰うしかないんだよ」


 「6カ月?そんな馬鹿な。あー・・・確か3カ月前に払ったじゃねぇか」

 「そりゃ、その前までに滞納していた分の払いだろ!お前は度々支払い滞納して忘れてるかも知れないけど、こっちは取りっぱぐれがないようにきちんと帳面に記して管理してるのさ!」


 そう言われると返す言葉がない。確かに家賃に関しては、少々遅れることも無いようで有るようで、有るようでやっぱり有る。

 「で、昼近くまで寝てるんだ。そんないい身分なら当然ウチの溜まりに溜まった家賃、耳揃えて払って貰えるんだろうね?」


 ・・・・・・まずい。鬼の形相であったお伊勢の顔が、死の罪人を裁く閻魔のような顔になっている。

 お伊勢の婆さん、今回は本気で俺を長屋から追い出すつもりじゃねぇよな?

 それはマズイ!今追い出されたら、次に家を借りられる未来が見えねぇ!

 部屋の小銭をかき集めてもひと月分になるかどうか・・・・・。


 それでも閻魔さまに供えるつもりで、お伊勢の閻魔になけなしの銭を捧げるしかないか。

 「要らないよ、そんな端金!」

 「え?俺口に出してたか」

 「はっ!口にしなくてもお前の考えてることくらいわかるさ。

 どうせその辺の小銭集めて、ひと月分で許して貰おうとしてたんだろ」


 マジかよ・・・・・。全て見透かされてんじゃねぇか。

 俺がお白洲に引っ張り出された下手人のような気持ちでいると、不意にお伊勢が「はあぁぁぁ」と糞デカイため息を漏らした。


 「お前が家賃払えるなんて、最初から期待しちゃいないよ。

 ほれ、今日来たのはお前に仕事を頼もうと思ってね」

 「お伊勢の婆さんが?俺に?」

 こりゃ珍しい。明日は槍が降るか世界が滅ぶな。


 「アタシじゃないよ。ほれ、この紙に書いてあるだろ。依頼人はアタシの知り合いの娘さんでお春って娘だよ」

 俺は目覚めたばかりの回らない頭で、渡された紙切れにざっと目を通す。どうやら、俺に依頼するにあたって依頼内容を紙切れに書いておいたらしい。

 まったく、顔に似合わず几帳面なことだ。

 もう少しガサツなら家賃もいくらか踏み倒せただろうに・・・・。


 「依頼人はお春。依頼内容は・・・浮気調査?」

 「そうだよ。お春ってのはアタシの知り合いの娘でね。3カ月前に祝言を挙げたばかりでね。

 まぁ、最初は仲良くやってたみたいなんだが、ここ最近ダンナの帰りが遅くなって来たらしくてね。

 何となく怪しいから調べて欲しいんだとさ」


 「ふーん・・・・杞憂じゃないの?」

 「それを調べんのがお前の仕事だろ!なんでも屋!!」

 それはそうなんですけどね。あまり気乗りせんなぁ。浮気調査は時間がかかるし、面倒なうえ銭を渋られる傾向にある。

 「もっと手っ取り早い仕事はないかね?例えば浮気者のダンナをたたっ切る、とかさ」


 「浮気者のダンナを斬るも刺すも妻の特権だよ。お前が出る幕じゃない。

 ま、断りたきゃ断っても良いよ。その時は溜まってる家賃、耳揃えて払って貰うだけだからね」


 はははは、ご冗談を。・・・・・あれ、どうやら冗談ではないご様子だ。

 仕方ねぇ。仕事を選べる立場じゃねぇ事くらいは承知しているつもりだ。

 「わかりましたよ。有り難く引き受けさせて頂きますよ。

 それで?依頼人とはいつ会える」


 「今日だね。正午にふくふく亭に来る約束だよ。遅刻したら値引きするって約束しちまったから早く行った方が良いね」

 はぁ?このババア・・・さらっととんでもねぇこと言いやがる。

 「正午って・・・もうすぐじゃねぇか!クソ!ただでさえ面倒な浮気調査に値引きなんてしてられるか」


 「そうかい、それじゃ急ぐんだね。ちゃんと受けて貰ったみたいだから、アタシはこれでお暇するよ。・・・・あ、仕事の金が入ってきたらちゃんと取り立てにくるからね」

 何たるババア・・・・地獄に落ちろ!!!


 お伊勢のババアに怒りながらも、俺は大急ぎで支度をしふくふく亭に走り出した。

 どんな形であれ仕事は仕事。

 キッチリこなして文句はその後愚痴れば良い。

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