EP1 とある何でも屋の男
和風異世界モノです。
軽く楽しめるものを書くつもりですので、お暇でしたら読んでいってくれると私が喜びます。
声が聞こえる。おかしな声、不思議な声、優しい声、気持ちのいい声、知らない声。
その声は私に語りかけてくる。私に、何も知らない“私”に。
これはとある“国”の話。
その国では昔から“夜の眷族”と呼ばれる存在が、人々を苦しめてきた。
夜の眷族は人間より遥かに長生きで、力も強く術にも優れ、歴史の裏側から人知れず人間達を搾取してきた。
そして10年前。
人間達は夜の眷族の王である“夜の王”を討ち倒すことに成功した。
それにより人々は夜に怯えることなく、本当の平穏を手に入れることが出来たはずであった・・・・。
それだけ語ると声はゆっくりと消えていった。
何の話?正直私は大声でツッコミたかった!こんな状況で、訳のわからない話をしないで貰いたい!
残されたのは真っ暗な世界と何も知らない私だけ。私はこの真っ暗な世界で、ただ独り落ち続けているのだ。
ずっとずっとただ独り、奈落の底に落ちていく感覚。
これが“死”というものだろうか?
はぁ・・・・齢16で亡くなるなんて、お母さん悲しむだろうな。
いや、死んだ私の方が悲しいか?んー・・死んだ人間と残された人間、本当に悲しいのはどちらなんだろう?
なんて死んでまで考える私は意外とお気楽なのだろうか?
黒猫を助けようとしてトラックに轢かれるなんて、古いコテコテのアニメの定番みたいな死に方だ。
別に凝った死に方などは求めていないつもりだけど、いざそれで死ぬとなると何となく決まりが悪い。
令和の小洒落た死に方?改めて考えてみても、全くアイデアは浮かばない。
死ぬということが悪いのだ。良い死に方なんてない。と、昔の人も言っていた『好死は悪活に如かず』ってね!
ああ、そんな事を考えている間に落ちる先に光が見える。
あの光の先が“あの世”というヤツなのだろうか?私は天国に行けるのか、それとも地獄に落ちるのか。
ん?待て待て。天国はキリスト教か?じゃあウチは仏教だったから浄土ということになるのかな?
行ってみたらわかるか。ああ、神様仏様!地獄だけは許して下さい。
私、聖人ではなかったけど常識人ではありました。地獄以外でしたら大抵は文句を言わず受け入れます。
ああ、光が強くなってきた!・・・・・ここ・・・え、ここって!?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ああ、眩しい。
空は突き抜けるように晴れている。ここ数日はおかしな程に天気が良い。
本来であれば清々しい、と心と天気を無理繰り結びつけて、馬鹿みたいな笑顔を浮かべて仕事に精を出すのが正しい人間の在り方なのだろう。
残念ながら俺という人間はそういう人間ではない。
どちらかといえば人の陰の部分に人間性を見出してしまう。自分でも困った性分を抱えている、言わば陰気な男と呼ばれる部類の男だろう。
誰が陰気だ、バカヤロー!
大体人間がいつも笑顔でニコニコしているなど、あり得るわけがない。
人間生きてりゃ辛いこともあるわけで、終始笑っている奴など底なしの阿呆か薬物か、それとも悲しみの果てに情緒がぶっ壊れた悲しき獣くらいしかあり得ないだろ。
つまり何が言いたいのかというと、人の陽気な一面など上っ面でしかない。陰にこそ人の本性が現れる。
だから、人の陰に惹かれる俺は陰気などではなく本当の意味で人と向き合っている男と言えるのだ!
と、俺は俺の在り方を弁護しつつ重い足取りで狭い路地を通り抜け、依頼人の元へと一路向かっていた。
さて、そういえばここまで俺という人間を語っていなかった。
俺はここ葦乃原国の東城京で“よろず屋”、つまりなんでも屋をやっている鴉羽 剣吾というケチな男だ。
身長は高い方、顔は中々に男前。ちなみに男前基準は俺の評価。歳は20代半ばのはず。親無しなので、正確な歳は今も不明だ。
まあ、昔取った杵柄で剣術などには少々心得があるつもりだ。
よろず屋の仕事は仕事を選ばない。
ガキのお守りから世界を救う事まで、金と労力その上俺のやる気を加味すりゃ、どんな仕事もこなしてみせる!
・・・・そんな風に息巻いてもいつも懐はカツカツ、仕事はスカスカだがね。
まぁ愚痴はその辺にして、さっさと仕事の報告へと向かうか。
今回の仕事は浮気調査だ。お春という新婚さんからの調査依頼。
相手はもちろん夫の素行調査。夫の帰りが遅かったり、休みにふらっとひとりで出かけてしまうとかで不安になって俺の所にやって来たわけだ。
これがまた想像していた以上に大変で、追加の経費を貰わなきゃ割に合わない大仕事だった訳だが・・・・・。
それは依頼人に言うべきことだな。
おっと、ようやく依頼人と約束のメシ屋が見えてきた。
メシ処“ふくふく亭”。一階はメシ屋、二階は泊まり部屋のこの辺りじゃよくある営業様式の店だ。
ただ、何よりこのふくふく亭は飯が美味い。その一点で俺は、何かと贔屓にしているのだ。
勝手知ったる風にふくふく亭の暖簾をくぐる。店の娘も俺に気づくと、愛想笑いも浮かべやしない。
困ったもんだ。
俺が何か言うより先に、俺の依頼人がいる席を教えてくれる。店の娘が見せない笑顔を俺が浮かべて礼を言うと、そそくさと依頼人の待つ奥の席へと歩みを進めた。
見れば俯きがちな可愛らしい女性が、俺に気づいて頭を下げる。
「お久し振りです、お春さん。この二週間、ご希望通りにダンナさんを調査しました。
ここにその内容を記してありますが、口頭と共に調査内容の報告、よろしいでしょうか?」
「よ、よろしくお願いします」
お春さんは不安げに緊張した様子で頭を下げる。
さて、色々あって一概に信じられないような事まであった一件だったが・・・・やはり順を追って説明しますか。