カギとくろいねこ
西洋の作りの特徴であるレンガが目立つ西の大地のとある街。黒猫は不幸とされる土地。不幸のくろいねこと小さなカギは人探しの途中。
ここは西の大地で三番目に大きい港町、アクアポート。たくさんの船がこの町の港に泊まりほかの大地の物や遠い土地の珍しいものなどを輸入したり、この町の周りにある畑でとれた農作物を輸出したりしている。くろいねこと人の姿に化けた白狐の紺は、この町に旅の買い出しにきていた。二人は、町の中心地から少し外れたところに宿を取った。高くはない、趣のある宿だった。
「いい街ですね。町の人たちも優しくて。」
「そうですね。久しぶりにしましたが街の雰囲気は変わりませんね」
ねこの姿のままのくろいねこが窓側に置かれている椅子に飛び乗って言った。紺は、リュックサックからメモ帳を取り出していた。
「レイさんも買い出し行きますか?それともここで待っておきます?」
「私は行かないです。買い出しお願いできますか?」
くろいねこは外を見ながら答えた。町は朝を過ぎたぐらいで多くの人が家から出てきているところだった。
「わかりました。どこか行きますか?」
「少し散歩に出るかもしれないです。あと、夜ご飯は魚がいいです。」
「はい、じゃあいってきます。」
紺はくろいねこの返事を聞くと少し笑って部屋を出て行った。くろいねこは、椅子の上で少し寝た。くろいねこは、ベッドの上で寝るより地面の硬さが少し伝わる布団や椅子の上で寝るのが好きだった。ベッドはふわふわしすぎていて、立っているとバランスが取れなくなってしまうから。
次にくろいねこが起きたのは、お昼頃だった。くろいねこは椅子の上に立つと体を反らせてあくびをした。椅子から地面に降りて一言。
「散歩に行きますか。」
くろいねこはベッドに投げ捨てた猫の姿用のポーチを取って自分の腰に巻き宿の部屋の扉のドアノブへジャンプし手をひっかけて扉を開けた。くろいねこは部屋の外に出るとあいている扉を頭で押して閉めてロビーへ向かった。宿から出ると、そこには主に西の大地でみられるレンガ造りの家が立ち並んでいた。町の中心から少し離れたここは住宅地。ここから少し歩けばこの町の中心、市場兼商店街のアクア市場に出る。
「ここを曲がるんでしたかね」
車の通る道を右に曲がる。そうすると出てくるのは店がたくさん並ぶ商店街だった。ここは、朝は海でとれた魚を売る朝市。昼は飲食店やお土産屋さん、商店などになる。そして夕方になると輸入船が港に着きほかの大地の物や食材などが届きまた市場や飲食店などがにぎわい始める。この時間は、商店街としてにぎわい始めるところだった。
「相変わらず、栄えていますね。この街は」
黒猫を見る目も変わってない。この街はずいぶんと昔からある港町だった。それゆえか、黒猫は不幸を運ぶという西の大地特有の不確かな噂が一部の人々に残っていた。そのせいか時々くろいねこをにらむように見下ろす。人の姿になればそんなことはされないのだが、くろいねこは自分の猫の体が好きだった。それに、くろいねこはそれをあまり気にしていなかった。なぜなら、
「あら、ねこちゃん。魚食べてく?」
「いいんですか!」
「まぁ!ねこのて屋さんね!初めて見たわ。ずっと会ってみたかったの」
くろいねこは魚屋の店主にもらった煮干しを食べながら返事をした。
「ありがとうございます。何かお困りごとはないですか?」
「そうねぇ、じゃあ港にいるヴァンさんっていうおじさんに今日は大目に仕入れたいから少しキープしといてほしいって言ってきてくれるかしら?」
「わかりした。ヴァンさんですね」
「ええ、お願いするわ」
お使いを頼まれたくろいねこは港に向かって歩き始めた。噂は所詮、ただの噂だ。気前のいいおばさまは煮干しをくれるし、ねこが好きな子供はくろいねこを撫でていく。どうせ、一番初めもねこ嫌いな人間が噂をばらまいて去っただけなのだろう。
商店街から少し歩いたここは西の大地で一番大きい港、グランデポートだ。輸出品も輸入品も置かれるここは猫の目から見ても人間の目から見ても驚くほど広い港だった。大きい港には当然人もたくさんいる。この中からヴァンという人を探し出さねばならない。
「まずは聞き込みですね」
そう呟くとくろいねこは、大きな船の目の前でタバコを吸っている漁師の人たちへ向かって走っていった。ねこの鼻にタバコのにおいはきついけれど慣れてしまえばそんなこともなかった。
「ヴァンさんという方をご存じですか?」
「ヴァンさんかい?あぁ、さっきまでここでタバコ吸っていたんだがなぁ。あっちの船のほうに行ったと思うが」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう、仕事がんばれよ。嬢ちゃん」
くろいねこは漁師の言葉に少し頭を下げると、漁師が指を差したほうへと走っていった。グランデポートはとても広い。一つの船と船の間の間隔もとても広かった。
「ここ広いですね。屋根もないので走っただけで疲れます。」
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
くろいねこが座って少し休んでいると上から少し笑いの混じった声が聞こえてきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「嬢ちゃんはここで何を?」
「ヴァンさんという方を探しておりまして」
「ヴァンかい?」
「はい、漁師の方だと聞いております」
「それは俺のことだな。俺がヴァンだ。漁師をしている。」
くろいねこは吃驚し目を少し見開く。
「あなたがヴァンさんですか?市場の魚屋の奥様から伝言を預かっていまして。」
「それはありがとよ。で、おばちゃんはなんて?」
「今日は、仕入れ量を少し増やすからいつもより多めにキープしといてほしい。と」
「あいよ。ありがとな嬢ちゃん。着払いかい?」
「いいえ、前払いで煮干しをもらいました。」
「よかったな」
ヴァンはそういうとくろいねこに手を振って船のほうへと去っていった。
「という感じにヴァンさんに伝言を言ってきました」
ここは、アクア市場。くろいねこは依頼を達成したことを魚屋の店主に報告しているところだった。
「ありがとうねぇ。助かったわぁ」
「いえ、煮干しをもらいましたから。それに散歩にもなりましたし」
「それなら、よかったわぁ」
くろいねこは報告し終わると魚屋の店主に別れを言い散歩の続きを始めた。市場を一通り回り終わったくろいねこは、住宅街の路地に入った。ねこの本能なのか、くろいねこは暗い所や狭いところが好きだった。だが、こういう大きい街の住宅街の路地にはホームレスの人や子供がたくさんとは言わないがほどほどにいる。くろいねこはその人たちの横をすり抜けて気の向くままに散歩を続けた。
「おい」
くろいねこは呼ばれた気がして立ち止まった。振り返ると人の手に収まるようなサイズの鉄製のカギ。持ち主らしき人はいないようで路地の中央にポツンと落ちていた。
「私ですか?」
「そうだそこの黒猫。こんな時に黒猫に会ってしまうなんて癪だがな。」
「では、話しかけなければよろしいのでは?用がないようならもう行きますね」
「わ、悪かった。助けてほしいんだ」
「そうならそうと言ってください。で、どうしたんですか?」
「実は、俺は主人が一番大事にしていたカギなんだ。だが、あるやつに盗まれちまった。主人は俺がなくなって困っているに違いない。主人のもとに俺を届けてくれないか?」
カギはこの路地のホームレスに盗まれてしまったようだ。そのホームレスが落としたのだろう。だが、モノはひとりでは動けない。それでくろいねこに助けを求めたのだろう。くろいねこには思いの強いモノの声しか聞こえない。くろいねこに声が届いているということはカギは言っている以上に困っているのだろう。そう考えたくろいねこはカギに向かってこう言った。
「あなたの主人はいつもどの辺にいるんですか?手あたり次第行ってみましょう」
「主人は大体港にいる」
「港ですね。行ってみましょう」
そういってくろいねこはつい二時間ほど前にいたところにカギを咥えて戻っていった。アクア市場を走って抜けるとくろいねこが行った時よりも人が減っているグランデポートに着いた。
「着きましたよ。グランドポートといっても広いのでこのエリアではないかもしれませんけど」
「いいや、主人はよくこのエリアに来ていた。主人は漁師だったんだ」
「漁師ですか?この時間ではグランドポートにいるか微妙なところですね。今はもう魚を下ろし終わったくらいの時間なので」
「悪いな、もう少しグランドポートを探してくれないか」
「高くつきますからね」
くろいねこはそういうとグランドポートを走り始めた。端から端までというわけにはいかないができるだけ多くのエリアを回った。だが、やはり魚を下ろす時間はどこの漁船も終わっているらしく漁師らしき人はあまりいなかった
「ここにもいなさそうですか?」
「そうだな。主人はここにはいない」
くろいねこは少しため息をつくとまた歩き出した。
「あなたの主人の行動をたどってみるのはいかがですか?」
「わかった」
そう返事をするとカギはくろいねこに指示を出した。
「主人はいつもグランデポートで仕事を終えるといつも市場に向かう」
それを聞いたくろいねこは、市場のほうに向かい始めた。最初にいたエリアから遠いところまで来ていたが猫は、足を止めることなくすぐに市場についた。
「着きましたよ。ここからどうするのです?」
「ここにつくとあそこの、屋根の青い魚屋に寄っていた」
くろいねこはそれを聞いて少しの間無言になってから言った。
「あそこですか?わかりました」
くろいねこはカギが指定した魚屋へと歩き始めた。魚屋の目の前まで来るとくろいねこに声がかかった
「あら?くろいねこさん。また何か用?」
そう優しく声をかけてきたのはくろいねこがつい先ほど依頼をこなした魚屋の店主だった。「ええ、少し。この魚屋さんによく来る漁師さんを教えてほしくて。いいですか?」
「あら、そんなこと?きっとまた誰かの以来の途中なのでしょうね。ここに来るのは、アリアさんと、ルーシさんと、あと、あなたが会ったヴァンさんくらいねぇ」
「ありがとうございます。また、機会があったらお魚買いに来ます」
「待っているからねぇ」
「はい」
そういうとくろいねこは魚屋から離れていった。市場の路地に入りカギを地面に置いてため息をついた。
「さっきおばさまが言っていた名前の中に聞き覚えのあるものはありますか?」
「ヴァンという名だ。主人のポケットに入っていた時によく聞いた名だな。」
「あなたの主人の名でしょうね。今日の昼にお会いしまた」
「会ったのか!元気にしていたか?」
「ええ、とても元気そうでした」
「そうか。」
カギはそれだけポツンとそれだけつぶやくと黙った。くろいねこは、市場のほうを向いた。主人思いのいいモノだ。元気にしていたかなんて聞いてくるモノなんてそういない。くろいねこはそう思った。カギのほうに向きなおして聞いた。
「ヴァンさんの家の場所、わかりますか?」
「あぁ任せろ。」
くろいねこは住宅地に向かって歩き始めた。カギが案内する道は車も通れるような広い道だった。右に曲がって、左に曲がって。その途中すれ違った車を見てカギが声をあげた。
「今の車!俺はあいつの鍵だった!」
「わかりました。あの車ですね、追います」
そういうとくろいねこは灰色に近い色の軽トラを追いかけた。軽トラはさっきまでくろいねことカギがいた市場に向かって走っていく。ねこでもさすがに自動車には追い付けない。そう思ったくろいねこは裏路地に入っていった。自動車が走れる道は限られている。猫だからこその身軽さを利用してショートカットをしながら市場に向かった。やっとも思いで市場についたくろいねこはあたりを見わした。
「あそこだ!」
カギが声を出してくろいねこに言った。くろいねこは返事をせずにグランデポートに入っていく軽トラを追いかけた。グランデポートに入って少し進んだところに軽トラが止まった。くろいねこは少し離れたところで止まって軽トラを観察していた。カギもくろいねこをせかすことなく、黙っていた。
「ああ、やっぱり。あなた、いつ盗まれたのですか?」
くろいねこが見つめる先ではヴァンが軽トラから出てきているところだった。ヴァンの手にはしっかりと鍵がにぎられていた。最近作られたかのようなきれいな鍵が。
「海に捨ててくれ。」
「錆びますよ」
「いい、捨てろ。支払いは主人につけておいてくれ。」
それを聞いたくろいねこは躊躇することなくカギを海へと投げた。あのカギが主人の家へと帰ったってきれいな鍵を使う主人を見ることになるだろう。きれいな鍵を見てあのカギがどう思ったかなんて、自分を使わない主人をどう思うかなんて考えることはねこのて屋の仕事ではない。
「嬢ちゃん、今海になんか捨てなかったか?」
ヴァンが近づいてきて話しかけた。くろいねこがカギを海に投げたのを見ていたのだろう。
「着払い、みたいですよ」
「はぁ?嬢ちゃんそれはどういうことだ?」
「車のカギをなくしたでしょう。依頼されました。」
「あのカギか?あったのか!」
「ええ、路地に。盗まれたようでしたよ」
「それで、今あいつはどこに」
くろいねこは海を見つめていた。少しするとくろいねこは口を開いた。
「依頼者の願いはできる限りすべてこなすように言われています」
「そうか。いくらだ?あいつは俺のためにこのアクアマリンを回ったんだろ?」
「ねこのて屋の料金はお気持ちです。」
ヴァンは財布ごとくろいねこに投げた。くろいねこは財布をキャッチするとヴァンのほうを見た。これは、くろいねこと自分を探してくれたカギへのお気持ちなのだろう。
「こんなにいいのですか?」
「ああ、あいつのためにたくさん走ったんだろう?」
「優しい方ですね。ありがたく受け取ります。」
「あいつと俺とあの車は相棒みたいなもんだったんだ。でも、漁師に車は必須でなどうしても車が必要だった。だから、新しく鍵を作ったんだ。親父からもらった車だった。あこがれていた親父が乗っていた車のカギを渡されたときは、俺が親父の跡継ぎをしたようでうれしかった。だから、あいつは大切なもんだったんだ。なんで、探しに行かなかったなぁ」
そういうとヴァンはその場でしゃがんで海を見つめた。鉄製のカギは錆びて、何百年もして溶けてなくなるのだろう。くろいねこはしゃがみこんだヴァンの横に座り一緒に海を見つめた。どのぐらい見つめていたのかはわからないがようやくくろいねこが立ち上げり、
「そろそろ、行きますね」
といった。ヴァンはまた、とくろいねこを見もせずに言った。くろいねこは静かに宿へと向かった。
「後味の悪いお金ですね」
くろいねこはそういってヴァンの財布を見た。そして、海の底のカギに別れを言ってグランデポートを出た。
宿に帰ると、紺が夜ご飯を作っているところだった。
「おかえりなさい。遅かったですね。」
「ええ少しありまして」
くろいねこはポーチからヴァンの財布を取り出し紺に渡した。
「え、売り上げですか?」
「そうです。」
紺がくろいねこの不機嫌そうな顔を見て微笑むように言った。
「後味の悪い依頼ですか?レイさんは西で仕事をしてると後味悪い仕事が多いですね」
「うれしくないですね。素直に喜べません」
「今日は、焼き魚です」
「ほんとですか!楽しみです」
くろいねこは顔をあげて紺を見た。
「ねこの姿で食べるんですか?」
「はい」
「わかりました。用意するのでもう少し待っていてください。」
「もう少し、この街に滞在しましょうか。」
紺は吃驚したようにくろいねこを見た。
「珍しいですね。明日はどこに行きましょうか?」
くろいねこは考えるように目をつぶった。優しさは人を助けて傷つける。では、どうしたらよかったのだろうか。それは、仕事ではない。くろいねこはあくびを一つすると言った
「今日はたくさん走って疲れました。」
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