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外へ

ハッチを前にしてホダカは戻りたいと思っていた。

どす黒く、血の色に光ったライトに照らされたクジラの腹のどこにハッチがあるのかーそれを探すのに20分もかかるとは思わなかった。だが、見つからなかった理由が狭く入り組んだ構造にあることではないことくらい全員が知っていた。


ホダカはハッチを見上げた。本当に外は太平洋の海なのかーそれとも呉の大和ミュージアムなのか

常識的に考えれば、当然後者だ。しかし揺れる自分の足元と同様に自分の常識も揺らいだ。もたつく男性陣に少し遅れてやってきた女性陣もすでに彼らに追いついていた。ついさっき、ナガトに端を切ったワダコスモは沈黙し、あれほど外に出たがっていたイシイメイもまた今は黙っている。皆、黙っていた。


口先だけで手を動かさない卑怯者が。また何かあったら責任を全部オレに押し付ける気かーホダカは動かない彼らに軽蔑し、怒りに身をまかせながらハッチを回した。ハッチは異常に硬く、腕っぷしに自信のある彼でもめい一杯力を入れなければ回すことさえ難しかった。ひょっとして錆びてるんじゃないかとホダカは思った。やがてガコッと鈍い音がし、今まで力が込めていた腕を支えていた扉が急に軽くなった。ホダカが息をのんだ。


下を見ると、ヤナギダとアズマが今にも早く行けと言いそうな目でこちらを見ていた。嫌な気分になりつつも、重いハッチを開けると柔らかい風がふっと入いり、彼の髪をそっとかきあげた。

外を見上げると、夕日のように明るく船内をその光が優しく包み込んだ。ホダカは温かいその光に向かって階段を登った。


ナガトは誰もいない薄暗い家の中にただ一人泣いていた。

自分のやり方を否定された挙句、女にあそこまで捲し立てられたことは彼の中にある無自覚な男としてのプライドを傷つけられ、怒りを通り越し、未処理の感情となり泣くと言う形で消化を試みていいる。


いったい何がダメだったのかー


これだけ大粒の涙を人知れず流せることは今の彼にとって唯一の救いと言える。が、それもすぐ終わった。


何を泣いているの?


そこには、自分が初めてお姫様抱っこした相手がいた。

オカダユミは不思議そうな顔をして言った。


みんなはどこに行ったの?


外に行った。 


ナガトは後ろ向きで航海図を見ながら何かをしているふりをしながら答えた。


なんで泣いてるの? オカダユミはまた尋ねた。


一度疑問に思ったら、自分の気が済むまで地獄の果てまで突き詰める。一度数学の授業で、解答に納得できず、納得したいがためだけに教員に一日中付きまとって、殴られた。それでも彼女は次の日も、教員に付きまとっていた。最終的にその教員はノイローゼにかかって、今学校を休職している。オカダユミはそういう女だ。


なんで?みんなと喧嘩したの?

ねえ?聞いてるんだけど?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?

ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?

ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?ねえ?


ナガトは怒鳴ろうと思ったが、嗚咽のせいでそれができなかった。


どうして?ねえ? オカダユミは尋ねながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


ナガトは次にオカダユミが喋れば、嗚咽を我慢してでも本気で怒鳴ろうと決意した。だが、次に聞こえたのは、オカダユミではない誰かの叫び声だった。


その声に、ナガトもオカダユミも驚き、動きを止め、赤く薄暗い通路に目を向けた。通路の奥に何か人影のようなものが見えた。さっきまで今年一番の大泣きしていたのに、ナガトの涙と嗚咽は意図も簡単に消えていた。そして、オカダユミの疑問にもその叫び声は彼女が納得いく形で答えてくれた。叫び声の中にイシイメイの声がはっきりと聞こえた。


腸みたいなのが出たよ~


弱弱しくか細い、しかしはっきりとその言葉がナガトの耳に入り、やがて心臓を強く握りつぶそうとした。奥から聞こえる鉄を激しく叩くけたたましい音と、男たちの絶叫に近い唸り声がクジラの腹に響きわたった。ナガトは締め付ける胸に手を当て、落ち着こうとした。そして奥にかすかに見える影はゆっくりと近づき、やがてその姿を二人に見せた。その姿を見てやっとナガトは安堵し、彼の心臓は落ち着きを取り戻した。ホッと胸をなでおろした。


コスモが言ったことは正しい。ここは広島県呉市のてつのくじら館だー改めて自分にそう言い聞かせた。


臓物を垂れ流した目のない男がうめき声をあげた。


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