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6−37 ある日の午後

 その後、私はケイをメイドとして連れてキャベンディッシュ家のタウンハウスに移った。フォーウッド子爵夫妻とはこれからももう一人の義父、義母として付き合って良いとのお許しをキャベンディッシュ公夫妻からもノッティンガム伯爵夫妻からも頂いたが、むしろこちらの方々と仲良くならないといけない。だから、週二度、フォーウッド子爵夫妻に手紙を書く事にし、貴族間の手紙としての体裁についてノッティンガム伯爵夫人にチェックして貰う事にした。

「そこまで気にしないで良いのだけれど…」

と夫人は言ってくれたが、一方手紙の添削には容赦が無い。

「未来の公爵夫人として間違いの無い様に指導はさせて頂くわ」

そう、貴族としてあらゆる点で教育が必用なのだから、何かにつけチェックしてもらう事が必用だった。


 一方、ケイも公爵家のメイドとして厳しく躾けられている。二日に一度はお互いの辛さを分け合う様に二人で抱き合っている。それでも二人とも若くして大人だ。仕事があるから生きていける事を知っているから、辛くても仕事と向き合っている。


 何かにつけ教師の指導が必用と言う事で、キアラに付けられた二人の教師が、前マールバラ公爵夫人のセリーナと前マールバラ公爵令嬢のナタリーだった。二人揃って王都近郊の修道院の修道女となっていた為、そこから教師として呼ばれたのだ。


 反逆者には情け容赦のないクラレンス公爵家とその血を引く大司教デイビー・クラレンスも、ヴィンセントの被害者と見做される母子にはこうして情けがかけられた。


 年の近いナタリーが手本を示した後、キアラが真似をするのをセリーナが指導をするという形になっている。ナタリーとしては将来が不安なくせに堅苦しい公爵家から解放されたのに、また作法に則って行動をするのは嫌な様だが。

「全く、せっかく身分が関係ない修道女になれたのに、また礼儀作法の授業に付き合わないといけないなんて…」

「ごめんなさい、でも助かってます」

「はい、キアラさん、背中が丸まっていますよ」

「はい、すみません」

前公爵夫人は柔らかい言葉遣いだが、流石に教師としての指摘は手厳しい。


 セリーナとナタリー母子は月曜の朝に迎えの馬車に乗ってキャベンディッシュ家にやって来て、木曜の晩に送りの馬車に乗って修道院に帰る。金・土・日は修道院での粗食で暮らす訳だが、キャベンディッシュ家からのかなりの額の寄進により修道院の食事は向上している。

「でも、修道院だからあまり贅沢をしないで貧民街とか孤児の食事に当てちゃうのよね」

ナタリーがそう言うと、キアラも王都の貧民に何かしたくなる。

「今度、炊き出しに付き合いますね」

「まあ、公爵家としてはそういう活動をやってます、と示す必要があるけど、あなたも大変ね」

セリーナもナタリーもキアラの正体を知らされてはいない。だが、聖女でもジェニファーでもない者がランバートの婚約者になった事から、薄々感づいていた。ナタリーはキアラが宗教的な義務として炊き出しに付き合うと言っているのだと思ったのだろう。

「別に普通の事ですよ」

キアラにとっては普通の事だ。他人事ではない。キアラもケイも港湾都市で餓死する筈だったのだから。


 公爵家同士でセリーナ母子に情けをかけるのは普通だが、貴族同士だから気にかけるのであって、この人達は平民や貧民に興味は薄い。キアラとしては貴族のフリをしながら平民・貧民にも心を配らないといけない。平民寄り過ぎると『やはり平民あがりは』と不評に晒される事になり、それはランバートの弱点になる。

少し伏目がちになったキアラを見ていた相談役のジェニファーの瞳が優しく輝いた。近くにいると、ジェニファーは公爵家としての立場でも、平民寄りのキアラの立場でも物が考えられる才女である事がよく分かる。

(聖女や私が現れなければ、この才女がランバートを支える筈だった)

それを思うとキアラの胸は痛む。皆にとって、今描かれている人間関係の地図は最良のものではないのではないか。


 しかし、ジェニファーは王城で王子の侍女が務まる程の万能人間である。今も気付いた事があったから、口を開いた。

「馬車の音がしましたよ。間もなく殿下がやって来ますから、皆さん準備をお願いします」

メイド達がその言葉に一度食器を片付け始める。殿下の現れる場所に使用済みの食器など置いておける訳がない。


「やあ、皆さん。お邪魔するよ。キアラ、沢山叱られてるか?」

「沢山叱られてるよ、あんたは仕事は滞りなくやってるかい?」

「今日は宰相の下で働いて来たからな、沢山指摘は受けたぞ」

「お互い伸びしろしかないからね。まあ頑張るんだね」

「おまえもな。じゃ、失礼するよ」

ジェニファーがキアラに小声で伝えた。

「とりあえず受け取ってください」

キアラはランバートに近づいて言った。

「それで、その花束は何の花なのさ?」

ランバートは花束を持って来たのだが、普通は婚約者に花束を渡してから婚約者の服でも褒めるところなのだが、全部端折って座っていた。

「ああ、とりあえず今咲いているのを見繕って持って来たから、説明を聞くのを忘れた」

王子どころか紳士としてどうだろうというところだが、後の仕事の流れがあるからとりあえずキアラは黙って受け取った。それをジェニファーに渡し、ジェニファーがメイドに渡して花瓶に活けさせる。


 ランバートは今日、宰相の下で聞いた事を話しだした。

「一部で小河川を使った荷物の輸送を拡大するという話が進んでいて、上流の寒村から買い付ける小麦の量の拡大が見込めるんだ」

キアラとしては気になる点がある。

「小河川だと流れが蛇行したり一部で流れが速かったりするから、濡れる危険性があるよね?その場合の破棄率を考えると、上流側の収入は増えるの?」

「まあ、試験中だが、雨の後などを避ければそれほど濡れない経路を検討している」

「そっか…」

二人とも色気の無い話をしているのだが、傍から見るとランバートの瞳は優しいし、キアラも嬉しそうに聞いている。ランバートはキアラの喜びそうな話が出来て嬉しいのだし、キアラもランバートからそういう話が出るのを喜んでいる。この二人、同志とも言えるが、信頼で結ばれた良いカップルに見えていた。天の配剤はこの二人にとっては最高のものだったし、内政寄りの王弟の誕生は、二代続いた王と王弟の断絶を再現する事は無いと思われた。


 一方、公爵家生まれの女達にとってもこの二人が良い関係である事は好感していた。セリーナ母子の現状が、ヴィンセントにとって結婚が失敗だった事を示している。ヴィンセントは人の為に働く事を拒否していた。自分の利益の為だけに人生を使ったんだ。そしてジンジャー商会のサミュエルの扇動に乗ったが、それはサミュエルが自分の利益の為に他人を踊らせる行動だった。二人の人間が、自分の利益の為にどれだけの人が犠牲になろうが構わない、という行動を取ることで今回の事件になった。


 もしヴィンセントが愛情を持てる様な女と結婚していれば、家族に累が及ぶ様な行動は取らなかったかもしれない。だからセリーナ母子も、王弟の妻になるかもしれなかったジェニファーも、次代の王弟が思い合える女と結婚する事を歓迎していたんだ。


「まあ、俺も三年、しっかり修行するから、お前もそれなりに貴族のフリくらい出来る様になれよ」

「多分、あんたよりは器用だから心配いらないよ」

しかし、この婚約者同士は微妙に容赦のない言動の二人だった。

 ここまでお読み頂きありがとうございました。


 本作の前編に当たる『蝙蝠の翼』は人権どころか生存権すら認められない人々の代弁者を描いた作品です。現実の世界で救いがない以上、作品としても救いはありませんでした。しかし、救いの無い作品を見た人は、『こんな作品読むのに使った時間を返せ!』と言いたくなるもので、そういう訳でこういう娯楽作を続編として書きました。


 まあ、色々溢れている気もしますがスルーして頂ければ幸いです。


 第三王子調査隊のあとがきで書いている通り、8月上旬に次作を開始予定です。こちらは本当に娯楽作にする予定です。またお読み頂けると嬉しいです。

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