6−35 もう一つの顛末 (2)
副謁見室に入って扉が閉まった後、ランバートが立ち止まり片膝を付いたのでキアラも真似をした。するとアルフレッド王から朗らかな声がかかった。
「ああ、楽にするといい。キアラ嬢、よく来てくれた。まあ座り給え」
その言葉を聞いて、ランバートは王と多分王妃の二人の正面にある椅子に連れて行った。初めて見る王妃は微笑んでいた。
(不機嫌魔王のランバートとは大違いだね。ランバートは父親似か、爺さん似かな)
よく見ると以前にこの部屋に来た時同様、フォーウッド子爵夫妻とキャベンディッシュ公爵夫妻が同室していた。ランバートまたはフォーウッド家の後見人が見守る事態とは何だろう、とキアラは今日の案件が何だか思いつかなかった。
王がまず現状を教えてくれた。
「まず解雇時旅費法は可決され、即時発効となった。ただし、事前に資金の準備がされていない場合に備え、1年間に限り各領主が半額までの低利融資を行う事と決められた。同時に労働者が不当解雇を訴えられる窓口の設置も決められた。詳細は領主の裁量に任せられた為、場所によっては不満を持つ者もいると思うが、工場主なりギルドなりへの掣肘と言う意味では貴族側に掣肘する手段を認めた事になるので、全く役に立たないと言う事はなかろう。また、途中で移動に携わる商会が変わっても目的地に行ける様に、経路確認書を雇用主に戻す様に義務付けた。ここまでで意見がある様なら言って欲しい」
アルフレッド王がキアラを見たが、どう考えても私の提案より多くの配慮がなされている。
「いえ、よく考えられた法となり、ここまでお手を煩わせた宰相府と貴族議会の皆様に感謝致します」
「そう言ってもらえるとこちらも時間をかけた甲斐があった」
「続いてニューサム商会を通じてジンジャー商会が情報と物流を握っていた事への対策だが、元々マナーズ領に商業拠点を、ファインズ領に物流拠点を置いたのは、それらが王都に集中していると王都付近の物流が滞るとのサミュエルからの申し出を先王が飲んだ結果であった。ところが今回の様に反乱の拠点、反乱分子の交流路として使用されてしまうと王都からの鎮圧が難しいと分かった。だから、今後はもっと王都近くに東西を結ぶ通路を設置する事、王都の東と西で商業許可を分けて全国的に影響を与える様な商会の成長を阻害する事にした。そうする事で今後反乱が起こっても、各地方の公爵家を中心に貴族が集まれば対抗出来る規模に抑える事が可能と考えている。これについて意見がある様なら言って欲しい」
…反乱と鎮圧の貴族の連携は私が考慮している問題ではないが、一応意見は言っておこう。
「貴族の横の連携として貴族議会での議論がまずあると思いますが、それ以外の連携に商会が関わる事があると分かっている訳ですから、その様な対策を取られるのは有効と思われます。追加の意見はありません」
「ああ、その点は今後も商工業の発展促進と併せて対策を考え続ける必要があると考えている」
「一方、農家の貧困対策だが、一つのケースとしてモーランド伯の領地でジンジャー商会が始めていた繊維工場を担い手を変えて操業を続けようと思う。その他、工場制手工業の小規模事業を提案していくつかの領地にて試行して貰う予定だ。何か意見がある様なら言って欲しい」
「いえ、特にはありません。農家の女達のしている仕事を集約して専門化する事で、技能が向上した場合に価格を上げて売れるのかを見てみたいです。後は、男性の仕事をギルドの協力の元で各地で生産して欲しいのですが、むしろ彼等は価格維持を優先しそうですから、それは後日となるでしょう」
本当は領主が農家から搾取しているいくつもの税の禁止をして欲しいのだが、それは貴族議会の反発を受けるだろう。黙っているしかない。
しかし、アルフレッド王の瞳が細くなった。王も各領主の搾取の制限は検討しているだろうし、それを今言わない私の事を好意的に受け取ってくれた様だ。殆ど裏の無いランバートの父とは思えない思慮深さだ。
「さて、後は王家を支える体制について聞いて貰いたい。現在、キャベンディシュ公爵の長男がノッティンガム伯爵を名乗っているのだが、キアラ嬢にはこのノッティンガム伯爵の養女となって頂きたい。貴女のデビュタントを待ってランバートが婿となり、ノッティンガム伯爵を継いで貴族議会に出席し、王太子が即位するまで経験を積んで行ってもらう予定だ」
…はい?私がフォーウッド家からノッティンガム伯爵(キャベンディシュ公爵長男)の養女にスライド、そこにランバートが婿に来る。…つまり、私がランバートの妻となり、将来のキャベンディシュ公爵を支える女になるという事?
理解はしたが腹に落ちてこない私は目を瞬くばかりだった。それを見た王は苦笑した挙句、口を開いた。
「少しランバートと話してやってくれないか?」
「はい、分かりました」
ここでランバートが私の方を向いて話し始めた。
「と、言う訳だ」
私としてはちょっと小声で喋ろうと思った。ところが室内全員黙っているから静かな部屋で、しかも私以外は貴族として育っている。小声で喋るくらいでは皆聞き取ってしまう地獄耳揃いだ。噂話を聞き逃す様では足の引っ張り合いの貴族の中で生きていけないのだから。
「ちょっと、あんたはアグネスと結婚するんじゃなかったの?」
「そんな話をした覚えが無いし、しかも俺とあいつは何時も緊張関係で会話しているぞ?主にあいつ主導で」
「いや、女の機嫌一つうまく操れないと聞かされても情けない奴と思うだけだから。それより、聖女を外国に取られない為には王子あたりがくっつくしかないと思うんだけど?」
「あのな、聖女と天使はどちらが大切だよ?」
「あんたね、女を『天使』なんて呼ぶ男は、十年後に絶対後悔するよ?」
「お前はそういう天使じゃないだろ。大体、俺はお前の天使としての能力というより、お前の農民の為、女達の為に働ける気高い魂に好感を持ってるんだ」
「いや、でも結婚するなら綺麗な女の方が良いでしょ?」
「うん、前にも言ったと思うが、真面目な顔してる時のお前は誰よりも大人の顔をして美しい」
「いや、逆に普段が間抜け顔と言われてるけど?」
「…実を言うと、真面目な顔をしているお前は俺を放っておいてどこかに行ってしまいそうで恐いんだが、リラックスしている時はちゃんと俺の顔を見ていて可愛いと思っている」
「どっちなんだよ!?真面目顔が良いのか、間抜け顔が良いのか?」
国営企業を分割して民営化するのは、一私企業が市場を寡占状態にするのを避ける為ですが、同じ理由で単一企業が大きくなりすぎない対策も検討するのはこの事件後なら必要だろう、と書いてみました。また、現状報告をするのは、キアラを通して神に隠す事はない、と示しているという事もあります。
明日も更新します。




