6−34 もう一つの顛末 (1)
フォーウッド家には、ランバート王子からキアラに向けて上等なドレスが送られて来た。それを見たキアラは眉を顰めた。何しろこれまで王城で貸してもらった服なみに上等な生地であり、裏返して縫い目を見たら、それも見事な縫い目だった。
「こんな上等なドレスを汚したり、太って破いたりしたらもう首を吊ってお詫びするしかないっ!」
ケイも同意した。
「その時は介錯するから」
「首吊りに介錯なんているか!」
「だけど、本当に大事にしまっておいて、年に一回拝見するくらいの芸術品だと思う」
「しまっておこうね」
二人のやり取りを微笑んでみていたアメリア・フォーウッド子爵夫人は、それでも結論だけは否定した。
「ドレスは着てあげないと化けて出るわよ?殿下にこのドレスを着た姿を御覧に入れないと駄目でしょ?」
率直に言って、二人にとって上等な服は王子より大事だが、貴族家でそんな事は口に出せない。
「何か殿下に見せる会でもあれば、その時には…」
キアラの言葉にアメリア夫人が被せた。
「色々一段落したから、一度陛下のお言葉を頂けるそうよ。その時に着る様にとのお達しを頂いたわ」
先日ランバートがフォーウッド家を訪れて、事の顛末は話してくれた。マナーズ領の話でキアラの眉間に深い皺が寄ったが、ランバートが必死に言い訳したのでキアラも口元だけは笑って見せた。
そういう訳で、キアラはそのドレスを着てみたのだが、白いシンプルなドレスにリボンの飾りが付いている。はっきり言って、天使のイメージである。
(えー)
キアラ個人としては黒装束が結構気に入っている。白い天使イメージはどうにも落ち着かない。
(ランバートだって蝙蝠装束を見てるんだから、黒ドレスにしてくれたら良かったのに)
鏡を見て眉間に皺を寄せるキアラに、ケイが一言言った。
「キアラ、汚したら承知しないから」
「分かってるって。私だってどう見ても今日一番大事なのはこのドレスだから」
ケイの上司にあたる侍女のヘイゼルもその場にいたので、一言釘を刺した。
「今日、一番大事なのはお会いする陛下で、その次に大事なのは多分ランバート殿下ですから、ちゃんと配慮をお願いしますよ」
「ええ、もちろんよ」
そういうキアラもケイもドレスの皺ばかり気にしていたから、ヘイゼルは大丈夫かな?と心配していた。
そうしている内に出発の時間になった。フォーウッド子爵夫妻と共に王城へ馬車で向かった。フォーウッド子爵もキアラがずっとドレスを気にしているので一言声をかけた。
「良く似合っているよ。だから、そんなにドレスを気にする事はないよ」
「はい、分かっているんですが…」
アメリア夫人も微笑みを浮かべていたが、その微笑みが少し曇っていたのにキアラは気付かなかった。
馬車は珍しく正面玄関側に進んで行った。侍従が開けた扉の前で、手を差し出したのはランバートだった。
「おはよう。体調はどうだ?」
「悪くないよ。悪いね。態々出迎えて貰って」
「今更気兼ねする仲かよ」
「お城の中でくらいは気を使うよ」
「無用だ」
そのままキアラの手を掴んで、ランバートはさっさと歩き出した。
「あ、お義父様とお義母様が…」
「後から同室するから心配するな」
「そう」
ランバートは白地に黄色い飾りが付いたスーツを着ている。黙っていれば貴公子だ。その貴公子が白いドレスの女性をエスコートして王城の正式なお客用の経路を歩いて行く。さすがにキアラはちょっと気になった。
「ねぇ、もしかしてちゃんとした儀礼に則った仕草が必用?」
「入って俺が立ち止まったらそこで立ち止まって、俺が片膝付いたら同じ様にすれば良い」
「わあ、簡単な説明」
「簡単だろ?」
「そういう呼吸が分からないんだよ、田舎者は」
「だから俺の真似すれば良いんだ」
「あんた本当に王子より騎士の方が向いているよ」
「どういう意味だよ」
「多分褒めてる」
「貶してるんだな?」
「気のせいだよ」
ランバートの顔が微笑していたから、まあこいつに任せれば良いか、とキアラは悩むのを止めた。
そうして進んで行くと、多分正謁見室に繋がるメインストリートから横に入る。
「ところで、何処に進んでいるのさ?」
「前にお茶会の時に入った副謁見室だ」
「はあ、何の話か聞いてる?」
「すぐに話が聞けるんだからそれまで待て」
少しキアラの手を持つランバートの手が強張った。
(何らかの重大発表でもあるのかね)
ランバートが黙って付いて来いと言い、話を聞けとだけ言う。まあ悪い話ではないのだろう、その程度にはキアラはランバートの事を信用していた。
明日に続きます。これから書きますが。




