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6−30 言えない言葉

 ランバートは私の椅子に手をかけて中腰のまま傍にいる。

「それで、一方のマールバラ領の情報はある?」

「ああ、オールバンズ家を通して話が来ている。マールバラ公爵夫人と成人していない子供はオールバンズ領の修道院に入った。また、マールバラ家の家臣のジャージー家の指揮でマールバラの家臣の殆どがオールバンズ家に投降している。だから、ヴィンセントがまだやる気でも反乱は行い様が無い」

「領地内の状況は?」

「マナーズ領と違って食料不足な訳では無いので農家への襲撃は無い。ただ、ヴィンセントが往生際が悪い場合に備えて農家以外は逃げ出している」

「そちらは秩序のある避難がされている訳ね?」

「ジャージー家の当主は前マールバラ公爵の長男だ。ヴィンセントが謀反を起こした際の対応は計画してあったのだろう」

「やはり前もって対策を立てておく事が重要と言うことね…」

「そうだな」


 キアラとしてはこの両者の対応の差を見て学べ、と言うのが上司の意思なのだろう、と思った。

(自分に利益を与えてくれるからと言って、信用してはいけない悪魔の使い達を信用して任せていたマナーズ侯爵は失敗した。侯爵の利益は国あってのものだから、国が乱れれば当然利益を失う。悪魔がどんな風に囁いたのか知らないが、信用してはいけない者を信用すれば待っているのは当然破滅だ)


(一方、マールバラ家の家臣達は、ヴィンセントが公爵を継いだ時には既にこの新しい当主が家を破滅させる悪魔だと知っていた。だからこの日に備えて、計画通り行動した。多分、損害は最小になるだろう。結局、二家の差は人を見る目の差か…無理言うなよ!私達工場労働者なんて直属の上司の言う事を聞く以外に生き延びる道は無い。たまたま上司のサマンサは同じ労働者だから私に対する悪意は無かっただろうが、その上に睨まれれば解雇されて路頭に迷う以外出来る事は無かった筈…だから、警戒すべき人が警戒しないといけない。その役が私に回って来ていると言うのか。)


 キアラの思考が一段落した時、ふっと気付いた。ランバートは私の隣にいながら、視線が時々横に泳ぐ。私の顔色も見ているが、他の事も考えている…

「ねぇ」

「何だ?」

「何か言いたい事があるんでしょ?」

「そんな事も分かるんだな…」

ランバートは項垂れた。

「あんた、腹芸が使える訳じゃないのに、私と喋りながら他の事を考えてるからね、見え見えだよ」

「いや、その…」

このやり取りを聞いていた侍女のジェニファーが眉を少し上げた。仕方が無い坊やだ、と思ったのだろう。

「頼み事だったら、嫌な事はきっぱり断るから、とりあえず言ってみなよ」

キアラの言葉にランバートは更に頭を下げた。悩んでいるんだ。私に何か頼むつもりだったのだろうが、今に至るまで決意が出来ていなかったらしい。


 仕方が無い、ケツを蹴っ飛ばすか。

「殿下、頼み事があるなら毅然と依頼すべきですよ。嫌な事なら絶対断るから言ってみな」

「殿下って言うなよ…バートと呼べって言ってるだろ…」

拘るなこいつ。仕方がない。

「バート。とりあえず言ってみな。仲間だろ?」

仲間、という言葉にランバートは反応した。

「すまん。これは俺の独断だ。嫌なら断ってくれて良い」

私はじっとランバートの目を見た。良いから言ってみろ、と目で催促したんだ。

「…ハロルド兄上が荒れているんだ」

私は目を細めた。当たり前だろ。死が与えられるのを待つだけの日々を穏やかに過ごせるくらいの人物だったら、もっと違う人生を送れていただろう。


 その目をランバートは誤解したらしい。

「すまん。それは嫌だよな…」

「違うよ。荒れて当たり前だろ?死の恐怖に多くの人間は負けて荒れたり、泣き暮らす。そんな人として当然の心の動きを誰がどう出来るって言うんだよ」

ランバートは再び項垂れた。

「そうだな…そうなんだが…なんとかしてあげたいと思ったんだ…」

馬鹿だな、こいつ。第二王子ハロルドが反乱側に立っていたって事は、多分港湾都市で二度ランバートが襲われた事は、ハロルドの意を汲んでジンジャー商会が手を回したんだと思うぞ。そんな相手の心配してどうすんだよ。

「藁にも縋るってのは、藁が何の役にも立たない事を示してるんだぞ?まあ一応見てやるよ。どこにいるんだ?」

がばっとランバートは顔を上げた。

「そうか!済まない。じゃあ、これから行こう!」

ランバートは私の手を取って室外に歩き始めた。侍女のジェニファーは詰所に小走りで向かい、男の騎士二人と女の騎士二人が私達の護衛に付いた。一方、ジェニファーは応接室に戻った。重罪犯の捕らえられている部屋に行くんだ。許可が下りているのはランバートと私だけなのだろう。


 男の騎士二人が先導し、建物を出てその北にある尖塔に向かう。

「この尖塔は貴人の囚人を捕らえておく場所なんだ…」

「ああ、すまん、階段を昇るが、大丈夫か?」

「そこそこのペースで上がってくれれば大丈夫だよ。田舎者は裏山に登って野草を取るし、港湾都市の裁縫工場から学校に行くのに長い階段を上り下りしてたから足はそれなりに鍛えられてるよ」

「そうか、辛かったら言ってくれ」

「遠慮なく言うから気にしないでいいよ」


尖塔の根本の事務所で騎士が書類を差し出す。そこで書類にサインが入り、これを持って一行は螺旋階段を登って行く。途中で守衛室があり、そこでもサインを貰う。

「良いタイミングで休憩が入るね」

私が言うのにランバートが応える。

「普通の令嬢なら最初の守衛室の前に音を上げているぞ。お前が逞しくて助かったよ」

「普通の令嬢ならそもそも監獄になんて行きたがらないだろ」

「そう。それで悩んでいたんだ。誘うべきか」

「貴公子だったら普通なら色気出して誘うところなんだろうが。私相手に色気は役に立たないしね」

「…役に立たないのか…」

何言ってんだよ。私とあんたはそういう関係じゃないだろ。

 明日はクリスティンの更新です。ようやく実験内容が分かってきた(私は化学屋ではありません)。

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