表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/96

6−29 神意の受け取り方はそれぞれ

 その夜、キアラは夢を見た。


 白髪の老人が背を向けて歩き去って行く風景だった。その隣に痩せた中年の男も歩き去って行く。二人の少し後ろを少年達が歩く。やはり去って行く方向だ。その後ろに幼女と手を繋ぐ中年女性が、やはり歩き去って行く。


 世界は青に染まっていた。空色の青じゃない。世界全体がもっと濃い青に染まっていた。一度だけ見た港湾都市の朝の海はもっと緑に近い青だった。キアラはこんな青を見た事が無かったが、見知らぬ青である訳がなかった。この青は、家族に捨てられたキアラの心の傷の色だ。


 フォーウッド家に戻ったキアラは精神的に疲れていた。流石に王城の客間で過ごす時間はリラックスが出来なかった。子爵夫妻も王城でのキアラの心労を慮って朝一番と夜最後に顔を合わせるのは、メイドのケイに担当させた。

「キアラ、朝だよ」

ケイの声を聞いて、まだ夢から醒め切らないでいたキアラはがばっと起き上がってケイに抱き着いた。

「ケイ!愛してる!」

ケイとしてもキアラが心を許してくれているのは嬉しいが、朝の準備がある。

「キアラ、仕事の邪魔。今日は王城に行くのでしょ」

真面目なキアラにとって、仕事をサボる事と他人の仕事を邪魔する事は傷害窃盗などの犯罪に次ぐ重罪だった。

「御免なさい、サマンサ!私が悪いの!ケイは悪くないから!」

裁縫工場での上司のサマンサについてはキアラもケイも同じ印象だ。

「サマンサ、恐いおばさんだったね」

「いや、おばさんって…私達と二・三才しか違わないって」

「でもおばさんっぽかったし」


 そうして軽食を部屋で食べたキアラは湯浴みをさせられ、手持ちのドレスの中では比較的豪華な服を着て、王城からの迎えの馬車に乗った。通用門から入り、入った事の無い北側の建物に入る。


 広くは無い応接室に入った。華美では無い年季が入った調達品が並ぶ、地味だが金がかかっているらしい部屋だった。無表情な侍女ジェニファーについて部屋に入ったキアラに、部屋で座って待っていたランバートが小走りに近づいて来た。

「おはよう。体調はどうだ?」

「ああ、悪くないよ」

「そうか。ところでマナーズ侯爵領の情報が入った。聞くか?」

「ああ、もちろん聞くよ」

「各商会で備蓄されていた小麦が失われた事で、領内の麦が不足している。商人達はリーダー格のジンジャー商会の会長サミュエルが亡くなった事で動きが鈍く、同様にマナーズ侯爵も自身が反逆に加わっていない事の釈明に忙しくて領地で指揮を執る事が出来ない。だから、領主の備蓄していた食料は役人・兵達の食料とされて市民へ放出されていない。そういう訳で、教会はマナーズ領を出て近隣の食料を確保出来た貴族領で、マナーズ領から流出する市民の救助活動を行っている」

キアラとしてもそこは理解出来る。自分達の食料が無い場所で市民に炊き出しなど出来る訳がない。


「これまでマナーズ領は食料が高い領地だった。国内最大の商会とその関連商会が集まっている土地であり、供給に対して需要が多いからだ。それで農家に対して不満を持っていた都市住人が、領地外に移動する際に腹いせに農家を襲っている」

それを聞いたキアラの体がぐらりと揺れた。それを見たランバートがキアラの両肩を掴んだ。

「しっかりしろ!それはお前の責任じゃないし、教会が敢えて領地外で食料を集めたのは、マナーズ侯爵領の商人達がここで飢餓を操ってまた金を稼ぐのを妨げる為だ!」

「だからって、農民に皺寄せが行く策を取る事はないじゃないか…小作農は娘を捨てないといけない程貧しいんだよ…まだ収穫まで時間があるのに僅かな蓄えを奪われたら…」

流石にランバートも返す言葉が無かった。だからキアラを強く抱きしめる以外に出来なかった。


 ランバートに抱きしめられてキアラは倒れる事はなかったが、それでも心の中は思いがぐるぐる回るばかりだった。

(確かにジンジャー商会を放置したらまた港湾都市やその他の繊維工場の女達が数千人餓死する事になる。その代わりに今農家が数千人の餓死者を出すべきだと言うの?これが上司が望んだ事だと?)


(いや、違う…上司の意思をデイビー・クラレンスが解釈すると、こうなると言うんだ。公爵家に生まれた男の解釈は、あくまで貴族的な権力争いに終始して、平民の生命など些末な事なんだ。政治判断で権力者にとっての障害を排除する事が優先され、それ以外は二の次なんだ。だから、上司の道具としてデイビー・クラレンスの他に私の様な立場の違う者、虐げられる者の代弁者が必用なんだ。この惨事から学習して、次の惨事を防げと言うんだ)

相変わらずの上司の要求の厳しさにキアラは唇を噛んだ。


 そして、ランバートも漸く言葉を絞り出した。

「すまん。俺達の行く先には解決しないといけない問題が多くある。これもその一つだ。次にこういう事態が起こった場合の対策もこれから考えよう」

キアラとしては突っ込みどころ満載の発言だった。

(いや、とりあえず現状の農家の対策を行わないといけないだろう。しかも、俺達って言うけど、あんたはあくまで権力者の側で、市民を救うより治安を優先しないといけない立場だ。私達は私達で考えて提案するから、あんたはそれと平行して権力側、貴族側の納得する対策を考えないといけないだろう。俺達、と仲間扱いしてくれるのは嬉しいけれど…)

それはともかく、こいつはいつまで私を抱きしめてるつもりなんだ、と気になった。

(ジェニファーがいるのはお客さんであるところの女性、つまり私に不埒な事をしない為だろう。彼女も王子の意思を尊重して無反応で良いのか?)

そう考えてランバートの腰を横からぱんぱんと軽く叩いた。

「何だ!?」

「侍女が見てるから、悪い噂が立つ様な行動は避けた方が良いんじゃない?あんた王子なんだから」

それに反応したランバートがばっと勢い良く腕を跳ね上げて離れた。

「す、すまん!」


 ここまで黙って見ていた侍女のジェニファーが漸く言葉をかけてきた。

「殿下、お嬢様に座って頂いてはどうでしょう?」

「ああ、キアラ済まない。こちらに座ってくれ」

そう言ってテーブルの横にある椅子を引いた。最初に座らせろよ、なんか手際悪いぞこいつ。

 明日に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ