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6−28 マールバラ公爵領

 ヴィンセント・マールバラ公爵は自分が公爵となってから雇った直臣達と領地へ北上していった。各貴族の領地の境の検問所では、先触れさえ貰っていれば公爵が通過する事を妨害する事は出来なかった。王家側はヴィンセントに素直に領地に帰って欲しかったから、まだ公爵の身分を剥奪していなかった。そうしてマールバラ領に入ろうとしたところ、検問所に人が少ない事に気付いた。


 ヴィンセントの家臣が検問所の役人に問いただした。

「何故この様に手薄になっておるのか!?」

役人は簡潔に答えた。

「代官様からのご指示です」

「何故その様な指示が出たのか!?」

「分かり兼ねます。末端の者に上層部の意図は伝わりませんから」

何となく素っ気なさを皆感じたが、長旅の疲労もあり、本城に急ぐ事にした。城に戻って尋ねれば良い事だから。


 城が近づいて来ると、倒壊した尖塔が見えた。途中でマールバラ領からの伝令と鉢合わせた為に、落雷で倒壊した事は既に知っていたが、実際に見ると煉瓦作りの塔が倒壊しているのは衝撃的だった。城の警備も通常より手薄になっていた。


 出迎えに出たのは長男のチャールズ、侍従長と騎士数人だった。ヴィンセントはそろそろ城の内情を悟った。

「城の保全は出来ているのか?」

侍従長は簡潔に答えた。

「この人数で出来る範囲でやっております」

ヴィンセントは息子に向かって尋ねた。

「セリーナ達はどうした?」

長男のチャールズは答えた。

「母上達はオールバンズ公爵領の修道院に向かいました」

ヴィンセントとしては唇を噛むしか出来なかった。表面的な察しは良い男である。妻とまだ成人していない長女と次男は他の公爵領の修道院に入り、ヴィンセントと事実上縁を切った事で生命だけは助けられるだろう。しかし、もう成人している長男のチャールズはヴィンセントと連座する事になるからまだマールバラ領に残っているのだ。こうしてマールバラ家の人間は王家に恭順を示していた。そしてヴィンセントに付いて来る反乱貴族はいなかった。もう反乱の意思を持つ者は王国内のどこにもいなかった。


(…何を文句が言える立場ではないか。私もあの女に愛情など無かった。いつか王になる日がくるかもしれない、と跡継ぎだけは二人作った。それだけだった)

マールバラの家で、公爵家としての責務を果す事を望む者達と、まだ王に未練のあるヴィンセントは水と油だった。むしろヴィンセントとしてはマールバラ家もその息女だった妻も、自分に付けられた枷と思えた。ヴィンセントが反乱を起こせばマールバラ家が王家に付くのは当然の結果だった。それでもせめてもの情としてヴィンセントに手をかける事だけはしない、それが最後の義理なのだろう。


 ヴィンセントは他に得るべき情報をチャールズに尋ねた。既に17才で成人している長男のチャールズは代官に教わりながら領政を手伝っていた。

「領内に混乱は無いか?」

「農村は問題ありません。商業地帯、工業地帯は人が領外に流れ出ております」

農民は土地に縛られているから逃げられなかったが、商人や職人達は討伐に備えて逃げ出しているのだ。

「他に問題は?」

「教会が閉鎖され、領地境の外で難民の救護活動を行っております」

ヴィンセントはデイビー・クラレンスがやはり大司教という身分より、クラレンス家の人間である事を優先して生きているのを再確認した。

(落雷が神罰である事を明らかにする為に教会を閉鎖する、民を見捨てる血も涙もない男が大司教とは笑わせる!)

察しは良いから他人を批判する言葉はすぐ出るが、自分の事は見えていない。ただ単に玉座が手に入るからと背徳貴族と手を組み大義の無い反乱を起こして、ブラッディ・ブラッドフォードが対策を取っていなかったら国中の民に迷惑をかけていただろう。そして何より、目の前の息子に迷惑をかけている。


 ヴィンセントはチャールズに尋ねた。

「領内の治安の乱れは無いか?」

「不安のある者達は領外に出る方向に誘導しております。領外に出る者は手続きをせず、入る者は規制する方向にしております」

マールバラ公爵領は反乱討伐の可能性があるから、市民としては領内で問題を起こすより避難する方が優先されるだろう。そして家臣達も公爵夫人同様に近隣の貴族に投降する事で、そもそもヴィンセントの抗戦能力を削ぐ。討伐に対抗する戦力が失われた事から市民達の領外避難を促進する。公爵領の総合力を喪失させる事で、増々ヴィンセントの抗戦意欲を削ぐ。もうヴィンセントには選択肢が無かった。


「チャールズ、お前はどうして欲しい?」

連座する息子にせめて希望を聞いてやる事ぐらいしか出来る事は無かった。

「私としては、父上に恥をかかせる事が無い様に振舞うつもりです。父上はお望みの通りになさってください」

つまり、動かぬ自分を王都までこの息子が連れて行ってくれると言うのだ。それは逆に、この息子に耐えがたい経験をさせると言う事になる。ヴィンセントは、自分の人生が二人の人間に耐えがたい恥辱を味合わせる物になった事を知った。

 こんな形で「君を愛する事はない」を書くことになるとは。明日はキアラが登場予定。

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