6−27 マナーズ侯爵領 (3)
ここで議長であるリッチモンド侯爵が口を挟んだ。
「マナーズ侯爵は議事の後で宰相と情報交換をしなさい。宰相、現状報告を続けなさい」
「議長の議事進行に従って、その他の現状報告を行う。ニューサム商会の事務所から賄賂と思われる帳簿と、人身売買の帳簿が発見された事から、ニューサム商会のへ出資をしていたジンジャー商会にも人身売買に関与した疑いがあり、これから考えると、ジンジャー商会がポートランド伯同様に繊維工場をモーランド伯の領地で昨年から操業している事は女性の供給元と疑われている」
これに対してモーランド伯が挙手した。
「議長、発言をお許しください!」
議長のリッチモンド候は今回は制した。
「モーランド伯は発言を少し待つ様に。宰相、キリが良いところまで報告を続けなさい」
宰相は報告を続けた。
「こちらとしてはモーランド伯の関与を疑っている訳ではない事を明言しておく。だから、今後の調査への協力を期待している。さて、これらの事からしばらくの間、ニューサム商会とジンジャー商会の営業、輸送は大幅に制限される。よって、各貴族領の検問・関税については一時的な縮小をお願いしたい。そうして今までとは異なる商会の営業を促進し、両商会の営業活動の減少を補う様、ご協力をお願いしたい。モーランド伯、質問があれば答える」
モーランド伯は疑われていない、の一言で大分落ち着いた。
「捜査協力については個別に相談したい。議会の閉会後に時間を取って頂きたい」
「後ほど相談しよう。議長、関税の減免については別途相談が必用と考える。よって、次の議題への進行をお願いしたい」
「個別の領地でのニューサム商会・ジンジャー商会への捜査については議会の後に宰相と相談をお願いする。よって、急ぎの質問がなければ次の議題に移りたい」
むしろ個別の領地での捜査協力については別室で個別に話したいと考える貴族が多く、異議は出なかった。
「それでは次の議題に入る。現今、一番の議題は反乱の後処理とは思われるが、こちらは騎士団と宰相の方で検討中であるので、まとまり次第、後日臨時議会の招集にて承認する事とする。次に、人身売買の女性供給元となった港湾都市の繊維工場への規制が必用と考える。宗教教義にもとる犯罪があればこその今回の反乱であるから、その犯罪防止が次の優先問題と考える。前回、これを協議する目的で臨時議会を招集したのだが、そういう事で、ジンジャー商会とニューサム商会の妨害で阻止されたと考える。つまり、反乱は両商会の扇動で起こったと言える。よって、新規規制法の制定で早急に人身売買を制限する事が肝要と思う。では、女性の足取り調査を攪乱する目的の女性大量解雇を制限する法案の審議に入る。宰相、お願いする」
こうして貴族議会は、本来審議する筈だった解雇時旅費法の審議に入った。この法案審議の阻止の為に最大手の商会が扇動を行い貴族を躍らせ治安を乱した事から、むしろそういう人身売買を根絶する事が貴族達の間でも強く望まれた。当面、有効策がすぐには考えられなかった事から、この法案はほぼ異論なく承認された。
もっとも、マナーズ侯爵は審議中、心ここにあらずだった。早急に宰相、騎士団などから自領の情報を得る必要があったのだから。この日の議事が終了した後、マナーズ侯爵は宰相に詰め寄った。
「宰相!何故私にすぐに情報を伝えなかった!」
宰相としては何を分かり切った事を聞くのか、と呆れた。ジンジャー商会の共犯者と思われるマナーズ侯爵に証拠隠滅および捜査妨害をさせない為の情報規制である。
「もちろん、ニューサム商会の情報網がまだ生きているか確認する意味もありましたよ。そうなると、まだ内乱が続きますからね」
マナーズ侯爵もいいかげん自分が疑われている事に気づいた。当然気付いていないといけなかったのだが。
「待て!私を疑っているのか!?」
「それは勿論。ジンジャー商会のサミュエル会長と最も親しい貴族はあなたですから」
「冤罪だ!私とサミュエルはあくまで仕事の上でのつきあいしかない!」
「サミュエルの仕事の一つに人身売買があり、反乱の準備がありましたね?だから、あなたにも当然それらの仕事に対する嫌疑はかかりますよ。我々があなたを調査しなければ、むしろ我々が買収されていると言う嫌疑がかかりますからね」
「だから冤罪だと言っている!何故調査もせずに私を疑うのか!?」
「だから、疑いを晴らす為には調査に協力して頂かなければなりませんよ。私達はあなたやサミュエルではないのだから、調べないとどういう人間関係でどういう仕事に協力していたかは分かりませんからね。あなたこそ、調査を受ける前から冤罪だと騒ぐとかえって疑われますよ?まだ容疑者である段階から説明もせずに『冤罪だ』と騒ぐのは、真摯に調査に協力する姿勢が無いと判断出来ますからね」
マナーズ侯爵としては感情的に騒いでしまったが、冷静に調査に協力するのが疑いを晴らす一番の行動だった。自分が無罪と信じているなら、それこそ情報を惜しまず公開すべきなのだ。真っ先に『冤罪』と騒ぐのは、自分が有罪と知っているからこそ感情的に否定してみせていると思われるのだ。
こうして、マナーズ侯爵は冷静さを失っていたから、自領の状態をしっかり聞きだす事が出来なかった。何しろ、自分が反乱の嫌疑から逃げ切る事が今や最優先になっていたのだから。もちろん宰相は王から大司教デイビー・クラレンスがどうマナーズ侯爵を料理しようとしているかは聞いていたが、惚ける必要すらなかった。
そしてマナーズ侯爵はようやく伝令兵を自領に走らせる事になった。マナーズ侯爵も領地の代官達も、多くをニューサム商会とジンジャー商会に頼っていたから、自分で考え自分で行動する事が出来なくなっていた。それ故、領地に戻る伝令兵は、領地が悲惨な状態になっている事を目撃する事になった。
マナーズ侯爵領では農産物の供給が需要を下回る様に調整されていた。そうする事で農作物を握る領主は利益を得たし、税として収める分以外の農作物を売る農民や農民を束ねる庄屋も利益を得ていた。一方で高い食料を購入しないといけない都市住民は農家に不満を抱いていた。だから、中心部で食料を得られない都市住民達は、都市を逃れて移動しながら、積年の恨みを爆発させて農家を襲っていた。管理者である貴族関係者と農民、平民が衝突するのはあり得る事だが、民同士が衝突するのはさすがに世も末と思われた。
伝令兵は領主の館近辺の行政区画で代官達と話したが、商業地域で消失した農作物を領地外からの購入で賄う事が出来ていない事を教えられた。教会が手を回して、神罰の落ちた地であるマナーズ侯爵領を更に苦しめる為に買占めが行われているのだった。残酷な事だが、それは神意に沿うとも言えた。マナーズ侯爵の領地を任された行政官僚達は神の悪意に絶望していた。
それを神の悪意と判断するか。受け取る人の見方次第と思いますが。
明日はクリスティンの更新です。こちらの更新は木曜に。キアラの登場は金曜になりそう。