6−25 マナーズ侯爵領 (1)
ジンジャー商会は東部通商路を確保していたから、生姜の専売契約を外国と結べていた。だから、専売は縛りなのだが、ニューサム商会に輸送委託をする、という格好で販売をさせていた。そうして貴族に名を売り、販路確保およびその他の物資の輸送委託も請け負い、国内第一の輸送力を誇る事になった。その輸送力に便乗する形で、各貴族間の通信の仲介も請け負う様になっていた。もちろん、王家と秘密通信を行う事も少なくない公爵家は独自の通信網を確保していたが、それ以外の貴族は売買での信用もあり、格安な通信手段としてニューサム商会を使っていた。
ジンジャー商会の本拠地を領地内に抱えるマナーズ侯爵は、そういう訳で領地と王都との通信を完全にニューサム商会に任せていた。次の臨時貴族議会を間近に控えてトマス・マナーズ侯爵は当然王都にいた。
「それで、サミュエルとは連絡が取れたのか?」
マナーズ侯爵はここ数日、何度も侍従にジンジャー商会への連絡を取らせていたが、返事はつれないものばかりだった。連絡から戻った侍従は俯き加減に答えた。
「それが、連絡が取れないの一転張りで。緊急事態の為、ご連絡は慎重にして頂きたいと言われました」
「緊急事態だから連絡が必要なのではないか!ジンジャー商会の行動が分からなければこちらも妥当な行動が取れないではないか!」
「あちらもそれは理解していると思うのですが…」
「それで、ニューサム商会の方はどうか?」
「そちらは公式に連絡を取るのは王家側の不審を招きますから、下男を何度もやっておりますが、騎士団が立哨を行っており、何らかの調査が続いている様です」
「全く、肝心な時に連絡が途絶えたら意味がないだろう!?」
そういう訳で、王都ではまだ地方でのニューサム商会への立ち入り捜査は明かされていなかった。こうして王都内の各貴族への情報は気付かれない様に制限されていた。
一方、マナーズ侯爵領で留守を預かる代官の方では王都のマナーズ侯爵に連絡を出しているのだが、返事が返ってこずに困っていた。
「王都の閣下からの指示はあったか!?」
「ニューサム商会の話では、一部で輸送が滞っているとの事で、まだ連絡が届いていないものと思われます」
「…そうなると、伝令を独自に出すべきか?」
「少なからぬ費用がかかります。吝嗇な侯爵におしかりを受ける可能性があります」
「くそう!サミュエルやらゲイリーやらに任せているから、こんな時に頼りにならないではないか!侯爵閣下ももう少し独自の通信網を整えてくだされば良かったのに!」
「他人任せで上手くいっているから、余計な費用はかけたくなかったのではないでしょうか」
「商人なんて貴族の上前をはねて儲けている連中を信用しすぎるからこういう時に対応が出来ないではないか!」
「…そうお考えなら、ご自分の判断で今回は伝令を出されてはいかがでしょうか?」
「…」
皆、ここは非常事態なのだから費用をかけても王都と連絡を取るべきとは思っていたのだが、ジンジャー商会やニューサム商会を信用しきって任せている侯爵から後日責任を取らされるのが嫌で動けないでいた。要するに行政担当者達は、侯爵と信頼関係が出来ていなかった。侯爵が金を集めてくれる商会の方を重用していたからである。
封建領主と言うのは領地を任されその農地の収穫を主な収入としていたが、貨幣経済が発展すると農作物の価格を気にする様になる。そうなると外部からの農作物流入は制限する必用がある。だから、領地を越える際には関税をかける訳だが、マナーズ侯爵は領地内の農作物の流通をジンジャー商会とニューサム商会に任せる事で価格調整をさせていた。農作物の価格が高騰しすぎる場合に両商会が領地外から買ってくる作物については関税をかけずにいた。それを利用してジンジャー商会はニューサム商会にその流通経路を利用して、僻地の小麦は買い叩き、その販路を調整する事で各地の農作物の価格調整により売却益を得ていた。その調整用の備蓄がマナーズ侯爵領に蓄えられていた。それは反乱発生時に反乱側に供給する物資でもあった。
こうして王国に何かあった場合の転覆の意思は、マナーズ侯爵にはなく、ジンジャー商会のサミュエル会長が持っているのだった。そして、それはマナーズ侯爵領の大火発生時に消火活動にあたった市民消防隊により目撃されてしまった。
「おい、商会達の倉庫にはたんまり小麦が蓄えられていたって言うぜ」
「何だよ、麦が無い無いと言って価格を釣り上げておきながら、実は隠していたんじゃないか」
「おまけに、今度は火災で消失したから在庫が無いって言って更に高く売ってるんだぜ?」
そもそも小麦でパンを焼くことが出来るのは領主に許可を得たパン職人だけであり、今回の大火で小麦の供給が止まってパンの販売も停止した。それを怒った市民の打ちこわしが始まっていた。とは言え、今回は実際に供給不足となっていた。焼けたかあるいは濡れた小麦を使う訳にはいかなかったから。
こういう時の互助組織として教会の下部組織が既に動いていたが、何せ教会にある小麦の備蓄は僅かだった。教会では儀式でパンを使う為にパン職人を抱えていたが、供給できるパンには限りがあった。そんな時、マナーズ侯爵領の教会の本拠地である聖堂に、王都の大聖堂から指示が来た。その指示は宗教家としては妥当なものであったが、人情としては忍びないものだった。とは言え、神意は明らかだから、聖堂の司教達は領地内の神父達にすぐに指示を出した。
次の日の朝、マナーズ侯爵領内の多くの教会は張り紙をして厳重な戸締りをした。
『神罰の地にて布教は出来ない。本教会は閉鎖された』
その張り紙を残して、教会関係者はマナーズ侯爵領を去った。
もちろん、領地境の検問所で兵達と教会関係者の押し問答が発生した。
「待て!我が領を捨てるつもりか!?」
「仕方ありませんね。神の罰が落ちたのですから。あなた方が悔い改めて敬虔な信徒である事を示したなら、神のお許しが下りるかもしれませんが」
「だが、教会が領地を捨てるなど、領主の許可がなければ容認出来ん!」
「そうですか。でも、住人が減った方があなた方にとっても好都合ではありませんか?マナーズ領内では食料が不足しています。このまま住民を養う事など不可能でしょう?それともあなた方の責任で、私達にここで領主の許可を待って飢え死にしろとでも仰るので?その責任はこの検問所の責任者が取って頂けると?」
飢え死にはあり得る話だった。領地内の商業地では打ちこわしが頻発しており、食料不足は明らかで、食料の大量供給が出来ないのなら、大量の餓死者が出る可能性が高かった。結局、各検問所の責任者は教会関係者を餓死させた責任など取りたくなかったから、教会関係者が領地を出る事を許した。
一方、ニューサム商会とジンジャー商会はどちらもトップが不在であり、ニューサム商会の裏帳簿を騎士団側が確保した事もあり、ジンジャー商会の捜査も王都ならびにマナーズ領以外では始まっていた。そういう事でマナーズ侯爵領が領地外から食料を買い集めようという動きは大火から二日経っても始まらなかった。マナーズ領内の商家は概ねジンジャー商会の言いなりで動いていたから、サミュエル会長の不在では何も出来なかった。
そういう訳で、最初の臨時貴族議会の前には、ニューサム商会が通信仲介のついでにデマを流した事が有効だったとなります。明日はクリスティンの更新になります。頑張って明日書きます!




