6−21 続く後始末 (1)
門外で布陣し、報告を待っていたリッチモンド候に勝報が届いた。パイロン子爵の首を確かめたリッチモンド候は、用意した箱に首を入れ、兵を従え、王城へ行進して行った。
王城では夜間にも関わらず正門を開け、本城の正面玄関前にアルフレッド王、エドワード王太子、ランバート王子が並んでリッチモンド候を出迎えた。リッチモンド候は王の前に跪いた。
「面を上げよ。報告を述べよ」
王の言葉にリッチモンド候は顔を上げて、報告した。
「はっ、我が軍勢をもって逆臣ロバート・パイロン以下、パイロン家の王都内の兵を討ち果たしました。こちらに証拠を示します」
リッチモンド候がそう言うと、部下が箱から証拠の首級を出して示した。王が近くに立つ宰相に目をやると、宰相が近づいて首検分を行った。
「確かにロバート・パイロンであります」
その言葉を聞いた王は、リッチモンド候に告げた。
「見事に逆臣を討ち果たしたリッチモンド候に銀一等十字勲章を与える」
「お待ちください、お言葉ですが、その栄誉、辞退致したく。理由をお聞き頂きたい」
アルフレッド王は寛大にも候の言葉を聞き入れた。
「忠臣の言葉は重い。理由を述べよ」
「はっ、わが身は部下の上にあり、功は部下の下にあります。それ故、今晩の軍功をお認め頂けるなら、私ではなく戦にて亡くなった我が配下の兵、十人へ下等勲章をお与え頂きたく、お願い申し上げます」
「認めよう。明朝、兵の名を伝えよ」
「はっ、必ず。有難きお言葉に我が将兵も歓喜に震えております。今後も麾下の将兵一同、王家への忠誠を必ず示しましょう」
「楽しみにしておる」
この候が勲章を辞退する下りは前もって奏上された事だった。一方でヴィンセントと王の、部下への扱いを区別する為のイベントであり、一方で戦死者への年金支給を王家からするための勲章の貰い手変更だった。王家の出す勲章には勲章の種類ごとに年金の支給が行われる。これも今後の反乱鎮圧時の兵達の士気向上の為の芝居であった。
リッチモンド候が下がった後、アルフレッド王は王太子とランバートに告げた。
「かつてブラッドフォード卿が討った逆臣の首を父王は私に見せ、『王の命など聞かぬ暴徒の仕業はこの様に残虐だ』と言った。だが、国を守る為に王家を守ろうとする部下が例え残虐な行為に及ぶとしても、それも飲み込むのが国の頂点に立つ者の勤めだ。一番信頼すべき部下を信頼出来ない王の統治の後始末が、今ここに行われている。長い目で国の行く末を見定める事が王家の者には必用なのだ。お前達の思うところを述べてみよ」
エドワード王太子は答えた。
「非常時には非情な判断もせねばならぬ事、肝に銘じておきます」
「ふむ、それも重要だろう」
王はランバートを見た。だからランバートも答えた。
「他人の言葉で申し訳ありませんが…いずれにせよ、非常時にもそれに対処する法なりルールを前もって作っておくべきだ、と言うのがキアラの言葉でした」
王は微笑んだ。
「そう。準備こそが大事なのだ。その対処が特定の人物に任せられる場合、その人物が理ではなく情に囚われた時、騒ぎは収まらなくなるだろう。前もって決められる制御方法、それを検討しておく事が大事だろう。二人共、話し合える事は話し合っておくがよい」
「はい」「はい」
二人の王子は素直に答えた。
そしてもちろん、ブラッドフォード・クラレンス率いるクラレンス家の軍勢は、この晩も二家の領主を斬首した。
リッチモンド候がパイロン子爵を討った事は、晩の内に貴族達に知れ渡った。下位貴族街から王城まで堂々と行進していったのだから当然だ。反乱貴族達にとって、直接的な敵はブラッドフォードだけと思っていたのに、リッチモンド候まで名誉をかけて襲ってくると分かって震撼した。
日の出後に王都の北門の外に出たヴィンセント・マールバラの一行に近づく反乱貴族は一家も無かった。1時間ほど待った後、ヴィンセントの一行は寂しく北上して行った。
その後、キアラはまた無表情な侍女のジェニファーに起こされた。
「この様な時間にご迷惑をおかけして申し訳ありません。ランバート殿下がお話があると仰られております。軽食とご入浴をお願いします」
よくも毎朝話す事があるな、とキアラは一瞬思ったが、重要事項と思われる。話を聞くべきと考え直した。
「毎朝騒がせて済まないな」
「いや、重要事項なんだろ?むしろこちらから伺うべきなのに来て貰って申し訳ないよ」
キアラは男心を分かっていなかった。呼んで来てもらうより、自分が来る方が少しでも早く会えるのだ。
「うん、まず耳汚しで悪いが、昨日もクラレンス家は二家の反乱貴族を討った」
「そうだろうね。各個撃破をしたいんだろうから」
「続きがあってな、昨晩はリッチモンド候も反乱貴族の一家、パイロン子爵を討った」
「何故!?」
「もちろん、血の気が多いから、ではない。臨時貴族議会で議長であるリッチモンド候は、反乱貴族の下位貴族達に押し退けられて議長の座から下された。その時に議長更迭とヴィンセントへの議長の依頼を宣言したのがパイロン子爵なんだ」
「え、名誉挽回の為に血で贖ってもらったと」
「そういう事だ」
「それなら自業自得だから、何かを言う気はないよ。あっぱれリッチモンド候、って言うのが貴族の言うべき言葉なんだろ」
「そういう事だ。そして、今朝ヴィンセントの一行は王都を出た」
「…他の反乱貴族達は?」
「それぞれ自領に帰った」
「それだと、個別に滅ぼすつもり?」
「それぞれの領地にそれなりの代償で家の存続を保証する、と伝える事になるだろう。反乱貴族が多すぎる」
「全部滅ぼしたら国の存続に関わる?」
「まあ、元々領主の代替わりくらいで収めるつもりだったからな。反乱まで起こしたが結局王家に人命という損害を与えた者は限られている」
「そうだね。こちらとしては再犯防止をしてくれるなら、必ずしも皆殺しにする必用はないと思う」
「お前が怒り狂ってなくて一安心だよ」
「血迷ってなければそうそう怒らないよ」
「そうしてくれ」
生首くらい既に見ていた王様。そして明日の更新ではランバートの話がまだ続きます。




