1−8 襲撃 (3)
調査チームの5人は高級宿へ戻った。
「コーデリア、あれは奴なのか?」
「この都市で二人異能持ちが居て、どちらも強化魔法らしき魔法を使っている。存在確率的にキアラと考えるべきでしょう。背丈もだいたい同じだし」
若い男は顔を歪ませた。
「あれだけ叩かれて夜には動けるのかよ」
「キアラが蝙蝠女なら、天の使いなんだから治療魔法くらい使えるでしょ。エイブ、聖魔法を感じた?」
「私だと聖魔法を実際使っている時じゃないと感じる事は出来ないよ」
若い男とは別の騎士、ジムが口を開いた。
「そうなると、今後の対応を決めておく必要があるが」
若い男が答えた。
「素知らぬ顔で我々を助けたという事は、こちらも確証を得るまで気付かないふりをすべきだろう。コーデリア、一先ず聞き取り調査を進めて、他の候補も確認後に、奴を連れ出す理由を考えよう」
「そんなところでしょうね。先程の不審者は、強化魔法が使え、マフィアの事をある程度知っており、町人が女性労働者の境遇をどう思っているかも知っている。発言が心情的に女性労働者よりと聞こえるから他の町人とは毛色が違う。そういう意味で蝙蝠女の疑いのある人物だし、あれがキアラだとするとそもそも工場の壁を越えられる段階で飛行能力を持つ可能性がある。この段階でキアラが蝙蝠女の可能性がかなり高いと思われるから、その推論だけでも連れ出す理由になるでしょう。それを補足する証拠があればなお良いのだけど、あれだけの魔法使いだと、貴族や外国に気付かれると危険だわ。早期に連れ出す事も考えておきましょう」
「分かった」
ここで下男らしき男がノックの上、部屋に入って来た。
「奴を見失いました」
コーデリアが茶化した。
「飛ぶように速く移動したので見失ったのでしょう?」
男は冷静に返した。
「そうかもしれません。裏通りに入ったところで見失いました」
若い男は素直に労った。
「よい。但し、今後は上も気にする事だな。周囲の警戒に当たれ」
「はっ」
下男らしき男は部屋を出て行った。
「問題は、誰が俺達を消そうとしたかだが」
若い男の言葉にもう一人の騎士、ジムが答えた。
「それこそパット達に任せるべき事です。すぐに隠密の増援が来るでしょう」
「そうだが…奴の推測なら、代官が一枚嚙んでいると危険なのだが」
「その場合はスペンサー侯爵が首を切られるでしょうよ。だから第三者の関与を疑うべきでしょう。そちらは隠密に任せて、我々は蝙蝠女の調査を進めるべきよ」
「そうだな」
翌日の午前、清掃作業を続けるキアラは、少々動きを小さくしていた。
皆には急な体調不良で休んでいた事になっていたし、実際には思いっきり叩かれたのだから動きに変化が無い方がおかしい。ケイは心配して声をかけてくれた。
「大丈夫?」
「大丈夫。だから真面目に掃除をしようよ」
「うん」
その日も各班の学生労働者が聞き取りに連れていかれたが、体調不良で戻ってこない人間は居なかった。
(私だけ特別扱いかよ。不審な素振りはしなかったと思うのに)
警戒をすべきかもしれない。しかし、隣のシャツ班の班長のキャシーが時々キアラを見ている。
(はあ、どっちにしろ挙動不審になる訳にもいかないし、何かトラブルがあっても逃げ出す訳にもいかない。工場労働者というだけでも身動きが取れないのに、こうも監視が増えると困るよね)
とりあえず何も知らない労働者として振舞わないといけない。背中にじんわりと汗をかく以外、出来る事は無かった。
いつもより動作を小さくして動いているのに、精神的に疲労した一日だった。夜に寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、閉じられた窓の外に蝙蝠の鳴き声を聞いた。
(え?勘弁してよ、今日はもっと多くの街娼達に食べ物を差し入れするんだから)
窓を開けたキアラの顔の前に、蝙蝠二匹が近づいてきた。口をぱくぱくしている。
(急げ、って言うんだね…)
外套を被って外に出る。林の隙間から飛び立ったキアラを蝙蝠達は先導し、西の大岩を経由して南下を始める。飛んで行くのは繁華街の西、廃屋の上空だった。
(…誰か死んだのかな…)
そう思うが、廃屋を飛び越えて港の方に飛んで行く。そうしてぐるりと迂回した後、宿場街の南で低空飛行を始めた。
(下りて歩けって言う事かな?)
そういう事で、着地して歩く事にした。
蝙蝠達はゆっくりと前を飛んでいるが、その前を数人の男達が足を忍ばせて歩いている。明かりを点けないで歩いている事から、こいつらはやましい事をしようとしているのだと分かる。
(私なら夜目が利くけど、あいつらから私は見えないだろうね…)
蝙蝠達が周囲の宿の屋根の上に止まった。
(やれ、と言う事なんだね…上司よ、九人の男に女一人で立ち向かえと言うのか。人でなし!)
まあ、私の上司は神でなければ悪魔だろうから、どっちにしろ人では無い。
また書き忘れた事があって急遽書き足しました。やはりネタ帳みたいな手帳を持って思いついたものをすぐメモ書きした方が良いのでしょうか。問題はそのネタ帳って他人に見せられないものになる事ですね。ノクターン系でなければ見られても恥ずかしくない、なんて事ないし。
明日は更新をお休みして、日曜はクリスティンの続きを更新します。キアラは月曜に更新します。