6−20 貴族らしく
キアラはその晩も王城に留められた。言うまでも無く今晩も襲われる貴族がいるから、反乱貴族側の兵が逃げて何をするか分からないからだ。
反乱貴族達は今晩襲われる家も二家と予想していたが、考えが甘かった。リッチモンド侯爵の軍勢が軍旗を立てて下位貴族街を行進していた。パイロン子爵の館の門の前で攻城槌を前に出し、正門に何度も打ち付け壊してそこから侵入した。通用門を守っていたパイロン子爵の兵達が大声を上げた。
「何をする!?」
「敵襲だ!皆起きろ!」
一晩中、兵が交代で起きて警戒する予定だった為、逆にこの時間に起きている兵は少なくなっていた。声を上げた者達は次々とリッチモンド候の兵に斬り捨てられていった。
パイロン子爵の館の正面玄関前でリッチモンド候の兵達は整列した。指揮官が大声量で叫んだ。
「我等はリッチモンド侯爵の軍勢である。臨時貴族議会でパイロン子爵はリッチモンド候を押し退けてヴィンセント卿に議長を任せた!この無礼を許した恥辱を晴らすため、我等はパイロン子爵の首を所望する!邪魔する者はリッチモンド候の名誉に賭けて斬り捨てる故、命が惜しくない者はかかって来い!」
そう言って再び攻城槌を用いて館の正面扉を破壊して、堂々と進軍した。
使用人達は反乱貴族の手下として斬り捨てられるのは御免だったから、裏口や東西の扉から逃げようとしたが、どこからパイロン子爵が逃げ出すか分からない為四方に網を張っていたリッチモンド候の兵達は出て来る者全てを撫で切りにした。しかし今回、ブラッディ・ブラッドフォードが女は許したという実績があるから、リッチモンド候の兵達も女達は縛って逃げられない様にして拘束するに止めた。
パイロン子爵の護衛は子爵に状況を伝えた。
「リッチモンド候の兵が臨時貴族議会の恥辱を晴らす為と言って攻め寄せて来ております。我が兵力では防戦は難しく、裏門からの脱出をお急ぎください」
パイロン子爵はブラッドフォードに攻められるのは致し方ないと思っていたが、ここでリッチモンド候から無礼として討たれるとは思っていなかった。貴族議会の議長である侯爵に恥をかかせたのだから報復される、という当然あるべき事が想像出来ていなかった。
「何で私に言ってくるんだ!議長を奪ったのはマールバラ公爵ではないか!」
近くの兵達は、よりにもよって一番恨みを買いそうな議長更迭宣言なんかやるからだよ、と思っていた。感情に従って行動し、思ったように事態を進めればそれは気持ちが良いだろうが、当然恨みは買う。貴族議会に出席した貴族達も、もちろん議長も、当然尊重されるべき貴族議会という権威を踏みにじられて唯々諾々と従う訳がない。
侍従長が子爵を説得した。
「相手にはもう釈明の言葉は通じません。さあ、せめてお顔を隠す外套を羽織ってお進みください」
「貴族同士なんだから、話ぐらい聞けよ!あいつら何様だ!」
子爵の部下達もあきれていた。議会で相手の言う事を聞かずに大声で議事を止めた癖に、いまさら話を聞けもあったものではない。自分達がした事が跳ね返って来たのだ。議会という権威を、貴族の爵位の上下を尊重するという守るべきルールを踏みにじったのだから、当然起こるべき貴族の名誉をかけた争いが起こっているだけだ。
「お急ぎください。座して死を待つ訳には行きますまい」
侍従長や護衛の騎士隊長の説得で子爵は横階段を降りて裏口を目指した。こんな領主でも主人である、兵達は死を覚悟したが、せめて部下として主人を逃す為に死んだとささやかな名誉を残したい、それが最期の意地だった。偽装の為に正面階段に防衛線を築き、欺瞞の為に横階段から逃げ出す兵と見せかけた決死隊を押し出し、その隙に子爵を裏口に進ませた。
正面階段の障害物に梯子や椅子をぶつけてリッチモンド候の兵達は階上に進もうとしたが、パイロン子爵の兵達は一人以上進める隙間を決して開けなかった。その隙間にリッチモンド候の切り込み隊長が割り込もうとした。パイロン子爵の兵ではこの名家の部下の中でも屈指の猛者に対抗する事など出来ない筈だが、死兵なればこそ決死で相打ちに持ち込んだ。続くリッチモンド候の兵の中でも指折りの剣士も相打ちとなった。
「固すぎる!時間稼ぎだ!」
リッチモンド候の指揮官は相手の作戦を看破した。だから正面階段の戦線は固定したまま、横階段や館の他の扉への兵を増やした。
一方、いざと言う時の隠し扉から館を出たパイロン子爵と少数の部下だったが、進もうとした裏門にはもう敵兵がいる事を知った。せめて朝まで隠れきれば何とかなるのではないか、とパイロン子爵は考え、裏の物置に隠れる事にした。ここは床板を外せば数人が地下に潜める様になっていた。だからパイロン子爵と直掩の兵二人が地下に降りた後、他の二人の兵が床板をはめて元に戻した。二人は偽装の為に裏門に切り込みをかけて討ち死にした。
正面階段以外を制圧して二階に進出したリッチモンド候の兵達は、書斎にも寝室にもそれらしい男がいない事から、どこかに隠れているものと判断した。館の全ての部屋を捜索し、女達は縛り上げて正面玄関前に座らせ、子爵の兵達は問答無用で斬り捨てられた。並べられた侍従や下男達は何度も殴られ、一人ずつ斬られていったが、誰一人子爵の隠れ場所を口にしなかった。どうせ皆殺しにされるのだから、せめて意地を見せたんだ。女達の悲鳴やすすり泣きの中、殺した男達の顔検分が行われたが、パイロン子爵を見た事があるリッチモンド候の部下達はそれらしき人物を見つけられなかった。
地下の倉庫や使用人の部屋なども虱潰しに調べられたが、まだ子爵は見つからなかった。
「隠し部屋でしょうか?」
「見過ごしがあってはならない。各部屋を調べよ!」
兵達が各部屋の壁を叩いて空洞がないかを調べ、床も叩いて空間をしらべ、床板が剥がれないか調べて回った。館の中の物置部屋に空洞を見つけたが、あったのは帳簿だけだった。
「ランプを用いて木々の上も調べよ!」
敷地内には木々が多く生えていた。下位貴族とは言え、子爵のタウンハウスである。館の裏の林の中をリッチモンド候の兵の声が響いた。
「いたか!?」
「こちらにはいない!」
「この物置は調べたのか!?」
「さっき調べている者がおりました!」
「もう一度探せ!」
裏の物置に入った兵達は、棚の中身をぶちまけて隠し扉がないか調べたが、発見出来なかった。
ところが、足元から物音を聞いた気がした。現場の指揮官は口に指をあて、兵達に黙る様に知らせた。一人の兵が下を指さした。兵達はそっと近づいて、その内二人は剣を抜いて不測の事態に備えた。剣を抜いていない二人が床板の境目にナイフを入れ、こじ開けられる事を確認した。ぎぎぎ、と板を擦る音がして床板が外されたが、それに従って剣が地下から上に突き出された。剣を抜いていた兵が剣を撥ね退け、もう一人が下に剣を振り下ろした。
「ぎゃっ」
悲鳴を聞いた男達は槍を持ち出して下を突いた。
「ぐあっ」
「ぎゃあ」
悲鳴が更に響き、槍を持つ男達はその後は石突で何度も下を叩いた。最初は大きかった悲鳴が小さくなった頃、ランプが下に向けられた。血まみれの男達三人が呻き声を上げながら転がっていた。痛めつけられ動けない男達が地上に上げられ、正門前に運ばれて行った。
「パイロン子爵です」
顔を見た事のある男が断定した。それを聞いた指揮官が声をかけた。
「パイロン子爵でお間違いないでしょうか?」
丁寧な言葉に子爵は希望を見出した。
「そうだ!私に対する無礼、どう責任を取るつもりだ!?」
指揮官は冷たく答えた。
「閣下は反乱の張本人として、討伐が許可されております。最期に貴族らしく名乗る名誉を認めただけです。末期の言葉はございますか?」
パイロン子爵はがっくりと肩を落とした。
「何故、私が討たれねばならぬ?」
「反乱者ですから」
他に理由は無かった。平民に対する人身売買ではわざわざ討たれる事は無かった筈だ。
「くそっ、王家も、リッチモンド家も恨んでやる!祟ってやる!」
「残念ながら、この一カ月のリッチモンド侯爵の怒り、恨みはあなたのそれを上回ります。恥を知る貴族なればこそ、もし臨時議会でヴィンセント卿が王に指名される事があったとしても、必ず貴公を討つと決めて軍勢を呼び寄せていたのですよ」
「私一人の責任では無い筈だ!」
「それはあなたにも責任があるとお認めになったと聞こえます。もちろん、必用があれば更に反乱貴族を討つ事もありますから、あの世で寂しい思いはせずに済むと思いますよ」
「くそっ、私が何をしたって言うんだ!?」
「だから、リッチモンド候を辱めました。あなたがどう思おうが、候はリッチモンドの家名に誓ってあなたを討つと決めました。お覚悟を」
パイロン子爵はまだ未練があり、悔しさに涙を流した。二人の兵が子爵の肩を持ち、剣士が子爵の首を斬り落とした。
リッチモンド候の方がクラレンス家より秩序ある討伐をするイメージで書いたつもりですが、最後にやる事は一緒ですね。
明日はクリスティンの更新です。