6−19 ランバートが語る現状 (3)
ランバートによる説明は続いた。
「そう言う事で、王家側としてはこれまで距離があったクラレンス公爵家とも、ハロルド兄上の婿入れを辞退したハワード公爵家とも和解した。今ならクラレンス家が反王家の者達に対して暴れても、国体の保持に必用な事と納得する。そういう訳で、昨晩は反乱貴族が二家襲われ、当主が殺された」
キアラとしては貴族達の横暴が女性労働者を苦しめ殺していったから、それらを行った貴族が今度は上位貴族の無法により殺されるのを単純に受け入れられなかった。法とか道徳とか、そういうもので人を縛って虐殺を抑える、それが理想であるべきなのに、横暴貴族を無法貴族が殺して秩序を回復する。結局、権力を持つ者が無法に走れば誰も止められないのか…他人事ではない。上司も私に無法行為を何度もさせる。それも非常時だからと言い訳すれば許されるのか。
もっとも、そんな苦悩するキアラの顔はランバートがもっとも心配する顔だったから、ランバートはキアラを宥めた。
「そんな顔をするな。それはお前や神の問題ではなく、あくまで王国の秩序の問題だから、貴族同士で始末を付けているだけだ」
「いや、それを他人事と言ってはまた被害者にされる可能性があるんだ。今明らかになった問題を、皆で対策を考えていかなければ、いつかモラルを持たない無法者が権力を持った時、被害を誰にも止められない。そんな暴挙が続けば、そろそろ人間は主にも見放されるのかもしれない」
「…それもそうか。だが、その問題は今回の事件が治まってから考えないと、このまま治安が悪化している状態では外国が介入してくる恐れがある」
「…そうだね」
「とりあえず、王家、宰相以下の行政府、そして王国守護の礎である公爵家としては、王城に武器を持って不法に侵入した貴族達を鎮圧する法的根拠はある。連中が王都に居座るなら個別に排除する、武装した反乱勢力なのだから冤罪では無い」
「…えーと、冤罪と言い張る連中を罠に嵌めて別件で処罰する、王家としてはそういう作戦だった、と言う事?」
「王家だけでは反乱勢力を防ぐ事は出来なかった。だからブラッドフォード卿の発案で公爵家と裏で交渉して侵入後に殲滅する予定だった」
「ん?何故その場で殲滅しなかったの?法的根拠はあったのに?」
「その場ではブラッドフォード卿は父上に任せた。だから父上としては実弟に自分の始末は自分でつける様に言い渡したんだ」
「だから、一家一家潰して催促しているんだ、最期の責任くらいさっさと取れ、と」
「自分の立場には責任が伴い、その判断の下での行動にも責任が纏わりつく。権力を持つと言うのはそういう事だからな」
ランバートとしては父は弟が殺されるのを見たくなかったのではないか、とも思っていた。それはキアラから見れば責任逃れに見えるのではないか、とも心配していた。だが、むしろキアラはヴィンセントの無責任をこそ気に留めていた。
「王家を支える為に、公爵家という立派な道具を与えられた。でも責任を果す事無く、玉座を欲して反乱に走った。そもそも、ヴィンセントは反乱計画を前もって立てていたの?」
「そんなものがあったらここまで惨敗していないだろう?扇動に騙されて感情のままに暴れて自滅した、そこに計画性も論理性も見当たらない」
「それでも反乱兵を王城に入れる為の近衛への買収工作はやっていた…そうか、買収していたのはジンジャー商会か…馬賊達は何時でも王家を亡ぼせる様に準備をしていた?」
「ジンジャー商会側には何らかの計画はあったのだろう。だが、前倒しになった結果、失敗した。そこから先はジンジャー商会の各地の事務所に踏み込んで調べるしかないが…王都でも破壊工作の拠点を何か所か作っていた。それらを今後、全て暴くのは難しいだろうな」
「ジンジャー商会の関係者は喋らないだろうしね」
「会長のサミュエルなら、もうとっくに東の国に逃げ込んでいるだろうよ」
「これは答えたくなかったら答えなくて良いんだけど、ハロルド王子はどうしてる?」
「今更ながら、父上や近衛に対する不平不満を並べ立てている。反乱に加わる前に話す事だろうに。ニューサム商会の手の者に娼婦を与えられ、父上達を恨む様に思考誘導されたらしい。でも、もう父上達が悪いと思い込んで考えを変えないから、どこかで毒杯を与えられるのが決まっている」
「…悪い事を聞いて済まなかったよ」
「いや、どこかでお前には話さないといけない事だ。今のうちに話せてさっぱりしたよ」
「モーランド伯領の工場内の女性の被害状況は調査出来るの?」
「ジンジャー商会が反乱に関わった疑いがある以上、調査は出来るだろう。だが、本当に直前に分かった事だから、指示が飛ぶのはこれからだ」
「結局、ギルドがない職業に就くしかない女性労働者は、商人達に騙されても守る組織も法も無い、そこを突かれているんだよね」
「ああ。だから、そういう工場を作る場合は責任を持って運営出来る貴族に任せるか、法で保護するしかない」
「…人は道徳より利益を優先するから、やはり法で守るしか無いよね」
「それはそうだが、その結果、工場の設置を躊躇わせる様では結局貧しい家の女達を救う事は出来ない。調整が必用になる」
キアラとしては遠い目にならざるを得ない。
「結局、金を持つ者と権力を持つ者の駆け引きに私達は翻弄されるしかないのか…」
「まあ、こう言っては何だが、金で権力は買えるからな」
「爵位は買えないけど、爵位を持つ者は買収出来るって事?」
「残念ながらそう言う事だ。封建制と言うのは分権制だから、地方の権力が買収された場合、その裁量範囲を中央が断罪出来ない」
キアラとしては頭を抱えて項垂れるしか無かった。
しかし、ランバートはキアラのそんな顔を見たくなかった。
「キアラ、多分、次の事件が起こるまで時間がある。皆で対策を考えよう。しかし、今は気分を変える事も必要だろう。城の庭園でも見ないか?上空から何でも見下ろせるお前からしたらあまり面白いものに感じないかもしれないが」
キアラは笑った。
「何言ってんの。私達は壁に囲まれて外を見る事すら出来ない状態だったんだ。あんたが王子じゃなくったって、花でも見せてくれるってんなら喜んで付いて行くよ」
「悪い奴に騙されない様に気を付けろよ」
「とりあえずあんたにそこまで悪い事が出来るとは思ってないよ」
「そこまでって、どこまでだよ!?」
「女を騙して売り払う事は出来ないかな。嘘ついたら顔に出そうだし」
「感情を隠す訓練はしてるぞ!?」
「へー?」
「お前、俺の事舐めすぎだぞ?」
「滅相もありません、王子様」
「くそう、バートって呼べって言ってるだろ!?」
「はいはい、バートさん、お庭までエスコートして頂戴」
「…もっと有難がれよ…」
キアラは微笑んだ。
「とりあえずあんたが気を使ってくれたのは分かってるよ。ありがとさん」
ランバートは頬を染めてキアラをエスコートして庭に出た。
(感情、隠せてないじゃん)
その辺りが駄目っぽいんだよね、こいつ。
ちなみに、樹木に興味が無いランバートは、庭園の花々を解説する事が出来なかった。駄目じゃん。
反乱側は扇動でひたすら感情面を刺激されて暴発しただけです。電波による広域報道が存在しないと、口コミデマに簡単に騙されます。ボーリング玉試験もコンゴのお墓も、報道がなければ騙される人が沢山いたでしょう。
明日も更新予定です。




