6−18 ランバートが語る現状 (2)
気を取り直してランバートは話を続けた。
「ジンジャー商会の財力なら貴族の買収も、近衛の大隊長の買収も出来る。それどころか、どうやら商務大臣の諮問機関の数人も買収されていたらしく、解雇時旅費法を宰相が法務省と商務省に検討させた件がジンジャー商会に漏れた。それで法案の臨時議会での検討を妨害する為に、『臨時議会で人身売買貴族を処分する』という嘘を流して背徳貴族達を扇動したんだ」
「…ああ。解雇時旅費法は商人や工場経営者が解雇を増やす時にダメージを受けるだけで、貴族には影響が無い筈だから、これを潰すには偽情報で扇動するしかなかったんだね。そして、ジンジャー商会とニューサム商会はポートランド伯並みの規模で人身売買と、多分娼婦の確保をしようとしたんだ」
「そう、金をかけてこれから儲けようとしていた事業を妨害されたくないから、ここで勝負に出た訳だ。しかも、発覚してもニューサム商会のゲイリー会長の口を塞げばジンジャー商会には罪が及ばない様に、ジンジャー商会のサミュエル会長は貴族との連絡は取っていない。少なくともクラレンス家の諜報網では把握出来ていない」
キアラは強く唇を噛みしめた後、口を開いた。
「ニューサム商会とジンジャー商会はどちらにしても証拠不足で法的に処分は出来ないという訳だ」
「いや、ブラッドフォード卿はキャベンディシュ家を通じてハワード公爵家に出兵を要請して、昨日中にニューサム商会の本拠地の捜索に入っている筈だ」
「…素早いね?」
「だから、お前の持ち出した帳簿が発端だ。最新の帳簿はまだ事務所にある筈だから、根こそぎ捜査をしている筈だ」
「ああ、なるほど。だから主は私に最新の帳簿を持ち出す様には指示しなかったんだ」
「正式な捜査で押収しないと証拠にならないからな。ニューサム商会のゲイリー会長も確保した。口は割らないと思うが」
「そんなにジンジャー商会が恐いんだ?」
「元々は犯罪者集団だからな。クラレンス家の諜報機関の調べだと、ジンジャー商会の母体は馬賊らしい」
キアラとしては馬賊、という言葉に現実感が無かった。貧乏農家に駄馬の購入と維持が出来ない様に、ただの賊が馬の部隊を維持出来るとは思わない。
「馬賊って簡単に言っても、馬の確保と維持はお金がかかるんだよ?例えば海賊は通商の道具として船を確保して、それを海賊行為にも使って商売敵にダメージを…そうか、それを陸で…」
「そう、ジンジャー商会は東の国との陸上通商路を確保したから、国内の生姜専売権を得たんだ。元々は暴力集団だ」
王国東部の道なき高原を十数騎の馬が駆けていた。それを右側から約三十騎、左側から約三十騎が挟む様に距離を縮めていた。左側の騎兵達が近づこうとすると、中央の騎主の一部が短弓を射た。それを左側の騎兵は馬脚を抑えてやり過ごした。高速移動する相手には予測射撃をしないと当たらない。だから速度変化で矢を避けるんだ。
そうしている間に右側の騎兵達がもっと射程の長い弓をを射た。もちろん、弓を持つ者を狙っていた。約半数が落馬した中、残った十騎足らずがそのまま走り去ろうとしたが、今度は左側の騎兵達が馬上槍を持って接近した。弓もそうだが、攻め手の方が本格的な武装を持っていた。槍の応酬も攻め手が勝ち、逃げようとしていた一団はもう三騎しか残っていなかった。それでも数が少なくなって集団として身軽になったその三騎は、最後の馬脚をふり絞って林の中に逃げ込もうとした。それを追う二つの騎兵隊を見て、三騎の中央の男はにやりと笑った。彼らの向かう林の中から多数の弓矢が飛び出した。そこに追い込む事で追手を倒そうとした罠だったのだが…その矢は三騎に集中した。三騎の騎手達は動揺して回避が遅れ、それぞれ三本以上の矢を受けて落馬した。
騎兵隊が落馬した男達を囲み、隊の半数が下馬して男達に武器を構えた。
「お前等、馬賊達がまともにやりあうとは思わなかったからな。罠だろうと思って初めに行く先を抑えておいたんだ」
「ぐっ、ブラッドフォードの手の者か?」
「ああ。光栄に思え。俺は現クラレンス家当主、ジェフリー・クラレンスだ。お前は通称サミュエルで間違いないな?前に見た事がある」
「くくく、よりにもよって一番古臭い連中の手にかかるとはな」
「お前等小賢しい商人達は証拠がどうとか言って逃げるからな。一息に仕留めてやるのが情けだろう?」
「いつまでも土地と農業にしがみつく貴族どもの世の中が続くと思うなよ。これからは工業と商業の時代だ」
「それなら国ごと買い取ってから偉そうに喋るんだな。まだまだお前等にどうこうされる程、国は弱くない」
「お前等ブラッドフォードの手の者達が乱暴すぎるんだろうが」
「同じ暴力主義者が何を言うか」
「くくく、俺は拝金主義者だ。いずれ俺達拝金主義者の時代が来る。お前等みたいに国にしがみつく馬鹿共はそのまま沈んで行くが良い」
「あははは、扇動で人を動かすお前が何を言う。これからも権力者は口先三寸で国を纏めて行く事が出来るだろうよ。人は言葉に縛られ、国に縛られる。国と外国とに切り分ければ簡単に外国を憎み国にしがみつく。同様に愛国と売国に切り分ければ簡単に騙される。政治とは扇動だからな。拝金主義者は売国主義者として蔑まれて追い出されるだろうよ」
「くくくく、政治家の本音は汚いものだ」
「お前だって舌先三寸で利益と欲望を煽って儲けて来たのだろうが。お互い様だ」
「同類である以上、力を持つ者が勝つのは仕方がない事か…」
「ああ、そろそろ良いだろう?ブラッディ親父はお前の首をご所望だ」
「構わん、さっさとやれ」
そんなジンジャー商会のサミュエル会長に対して、ジェフリー・クラレンス公爵自らハルバートを振り下ろした。ジェフリー自ら布に包んで馬の後ろからぶら下げられた生首は、いつまでも血を滴らせ続けたという。
ところでその朝、マールバラ家に集まった反乱貴族達は、ブラッディ・ブラッドフォードが二家に対して凶行に及んだ事を知った。動揺する一同にヴィンセント・マールバラは言った。
「今日の内に荷物を纏めよ。明日朝、王都北門に集まり、隊列を組んで北上しよう」
ヴィンセントとしてはまだ一定の集団を作っておけば政治的に力を持ち続けられると信じていた。反乱貴族達は一刻も早く王都を脱出したかったが、家財道具は無理でも持ち出せる金目の物は持ち出さないと今後生きていく事が出来ない。明日の朝の王都脱出が程よい頃合いとは思った。
もちろん、ヴィンセントと同行した方が有利か、ばらばらになった方が有利かは悩みどころだった。ヴィンセント一行がある程度の集団だったら、そちらを重視して王家側が攻めるから、さっさと分かれて自分の領地に戻った方が優先順位が下がるかもしれない。そして、ブラッドフォードが倒せるのは一晩二家程度だから、下っ端の男爵家は逃げ切れるのではないか、と思っていた。
Bloodyというよりhead huntersなクラレンス家。
本編と関係ありませんが、Sing Like Talkingのギター担当の西村智彦さんががんでお亡くなりになったと発表がありました。御冥福をお祈りします。古い曲ですが、Find it(初夏の印象)という曲がエレキギターをかき鳴らしながらフェードアウトする曲で格好良い。