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6−17 ランバートが語る現状 (1)

 朝起きると、例の無表情な侍女のジェニファーがやって来た。

「朝食後にランバート殿下からお話があるそうです。ですから、朝食後に入浴をお願いします」

そういう訳で、朝から入浴となった。ちなみに王城の侍女、メイドはさすがに入浴補助もお手の物で、フォーウッド家のヘイゼルの様に時に痛いほどこする事などなかった。こんな場所のお客に対して粗相をしたら本気で首が飛ぶだろうからね。私の様な者がお客で申し訳ない。


 そうしてランバートがやって来た。私服の筈だが貴公子然とした服装だった。白いスーツとか絶対食事前に着替える前提で着てるよな。かくいう私の着せられた服もシンプルながら超高価な布地に刺繍と小さな飾りが付いた服だ。

「朝から済まないな」

「いや、情報が貰えるなら時間なんていくらでも取るよ。ところで一つ質問して良い?」

「ああ、何か気になるか?」

「前から気になっていたんだけど、ここで着せ変えられる服がいつも凄く高そうなんだけど、何の服?」

「ああ、それか。妹の服だ」

…王子の妹さんはもちろん王女です…ぎゃあっ!

「ちょっと待て!そんな立派なものを私に着せて良いの!?」

「ああ、妹はもう17才だからそんな服は着れないから安心しろ」

そんな服は着れない、の意味が胸の事だったら激怒するところなんだが、それは優先順位の低い話題だ。悲しい事だが。だから他の事を聞く。

「いや、その、妹さん、つまりお姫様の同意は得ているの?」

「妹はもうそんな服の事は忘れてるから気にするな。母の許可があって着せているから文句は言わせない」

…王子のお母さんはもちろん王妃様です…ぎゃあっ!

「ちょっとちょっと待って!私の事はどう説明してるの!?」

「生まれも育ちも貧しいが、心と顔は立派な女だって説明してるから心配するな」

「増々心配な説明だよ…まあ良い。誤解が解かれる事はないだろうし」

会う事なんか無いからね。

「ああ、今度一回会ってくれ。会いたがっているんだ」

「何用でお会いする事になるんだよ…」

「野暮用扱いで良いだろう。普通に会ってくれれば良い」

それ、私に拒否権無いよね!?

「まあ、そういう機会があればお願い致します」

「…気になる態度だが、まあ良い」


「ところで、『ブラッディ・ブラッドフォード』という呼び名は知っているか?」

「通り名?上流階級の噂話はまだ私には早いから聞いてないと思うよ」

「そうか…王都とか東部では有名な噂だと思うが、海寄りだと聞かないか。二代前の王があまり評判が良くなくてな、先代王の選定に異論がある者が多かったらしい。普通に長男が後を継いだんだが、次男は不満があったらしく、三男が王弟役になった」

「よくある話みたいだね」

「まあな。それでその三男がブラッドフォード・クラレンス前公爵で、次男派の貴族達を十家も暗殺したんだ」

「…王様がそういう意図だったの?」

「いや、ブラッドフォード卿が王国の前途の為に独断でやったと言われている。ブラッドフォード卿にとっては必用な事だからと泥を被ったつもりだったんだが、それで王と距離が出来てしまい、その後に干された。そういう訳で、ブラッドフォード卿は王弟でありながら、『ブラッディ・ブラッドフォード』と悪名をばら蒔かれる事になった」

「…先王が広めた?」

「そこまでは分からない。だが、先王が弟を庇う気が無かったからそうなったと考えられている」

「それで、王弟は挿げ替えられた?」

「その頃にはもうとっくに次男は恐怖から発狂して閉じ込められていた。その後、人知れずに亡くなった」

「王は王弟なしに宰相に政治をやらせていたと?」

「そうだ。それで各貴族のご機嫌取りが必用になった」

「…その一つがポートランド伯?」

「証拠は残っていないがな。話を戻すと、そういう事でクラレンス家は諜報、工作、表の兵力と合わせ持っていたが、王と疎遠になり政治力を失っていた」

「反王家にはならなかったんだね?」

「王家の人間も、公爵家も王国の存立の為に働くべき、そういうモラルが強い人なんだ」

「うん…何によっても強い信念は過激な行動に繋がり易く、人に反発され易いけど、そういう扱いを受けても感情より信念を優先している内は暴走しないと」


「そうなんだが…話を戻すと、そういう訳で、先王が貴族達と個別に交渉して味方に付けていた件、一方で貴族が増長しない様に商人にも利便を図っていたんだ。ジンジャー商会がその筆頭で、東部の一商家に過ぎなかったのが、十数年で王国一の商会に成長した。それらの密約や裏取引がやがて王家に牙を剥く事になるとブラッドフォード卿は思っていたらしい。十年以上に渡り、調査を続けていたんだ。但し、王家を刺激しない程度にな」

「いや、それ、信念って言うか…」

「まあ、狂信の類だな。他所では言うなよ」

暗殺されたく無いから私としては素直に頷くしかなかった。


「それで、ポートランド伯の人身売買はある程度掴んでいたとの事だ。一方、他の売買ルートがある事も掴んでいた。ニューサム商会とジンジャー商会を疑っていたらしい」

「行方不明の平民を追っていた?」

「いや、貴族の領地などの監視の結果らしい」

…そうだろうね。王族出身者が平民女の心配なんかする訳がない。

「お前の気持ちは分かるが、そんな顔をするな。一応問題の要素を掴んでいたんだから。それで、近衛の綱紀の乱れからブラッドフォード卿が父上に接触して来ていたんだが、お前の持って来たニューサム商会の帳簿からブラッドフォード卿が気付いた事があった。二種類の帳簿の片方は、賄賂の帳簿ではないか、と」

「賄賂の帳簿なんか付けとくものなのかな?」

「理由があった。毎年賄賂の総額は、ニューサム商会の年間の総収入の三分の一を越えていたんだ」

「二重帳簿で誤魔化していたんじゃない?」

「当然それはあるが、それにしても多すぎる。ちなみに、各地の商会は領主に収支報告をして納税するが、全国規模の商会は中央官庁にも提出する必用がある。そうして監視を強めているんだが、二重帳簿で誤魔化すには額が多すぎる。だから、その出所はニューサム商会ではなく、出資者のジンジャー商会ではないかとブラッドフォード卿は考えたんだ」

「ああ、ニューサム商会は輸送代行が仕事だけど、賄賂の輸送も代行していたと」

「そう予想された。それで賄賂の行く先として三年前から額が急増したのがモーランド伯なんだ。そして中央に提出されていたジンジャー商会の新規事業として、昨年からモーランド伯の領地での繊維工場の経営開始と、その為の女性労働者を集めている事が判明した」


『繊維工場』

『女性労働者を集めている』

私が殺気立つワードが並んでいた。

そんな私の顔を見たランバートは全然違う事を考えていた。

(そんな顔だ、俺を不安にさせるのは。力なく倒れているお前は、華奢で軽く、俺の腕の中に収まっているのに、そんな顔をしているお前は俺より大人で、その翼でどこまでも飛んで行ってしまいそうなんだ。それが俺を不安にさせる)

 ヤンがちょっと入ってそうなランバート。ヤンバート言うな。


 明日はクリスティンの更新です。まだ10行しか書いてませんが。こちらの更新は木曜日に。

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